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馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

育成馬の胃潰瘍

2011-12-31 | 馬内科学

かつては街中に「●○消化器外科」などという看板の小病院がよくあった。

そういう小さい外科病院で行われていたのは虫垂炎の開腹手術と、胃潰瘍の入院治療、あるいは開腹手術だったようだ。

しかし、「モーチョー」と呼ばれていた虫垂炎の患者の多くは虫垂炎ではないか、あるいは今なら内科治療で抑え込めるような症例だったようだ。

そういわれると、昔はクラスに一人や二人は「盲腸」で手術を受けた子供がいたようだが、今はほとんど話も聞かない。

その辺の話は大鐘稔彦著「外科医と「盲腸」」に詳しい。

 もうひとつの収入源、胃潰瘍の治療はH2ブロッカーと呼ばれる胃酸分泌を抑える薬が開発されて外科手術の対象ではなくなった。

H2ブロッカーは今は薬局でも手に入るようになった。

ガスター10はファモチジンである。

今はさらにプロトンポンプインヒビターと呼ばれるさらに完全に胃酸を抑制できる薬が使われている。

「酸なきところに消化性潰瘍なし」

胃酸を抑えることができれば胃十二指腸潰瘍は治っていく。

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前置きが長くなった。

その馬用プロポンポンプインヒビターが馬の胃潰瘍の予防にも使えるか。

それも治療のための投与量より少ない量で予防できるか。の試験を手伝ったことがある。

予防効果を野外試験で証明するのはとても難しい。

投与群と非投与群に分け、投与群では胃潰瘍にならなかったが、非投与群では胃潰瘍になった。という結果が起こる設定をしなければならない。

投与前の内視鏡検査では胃潰瘍が無く、投与試験後の内視鏡検査では胃潰瘍になっている馬がかなり出ないと、予防効果を証明できない。

では、馬はいつ胃潰瘍になるのか?

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これは海外でもほとんど成績がない。

現役の競走馬だと8割前後の馬はすでに胃潰瘍があるので、治療試験にはなっても予防試験の対象にはならない。

それで、調教がだんだんきつくなっていく育成馬を対象にすることになった。

しかし、育成馬の調教のどの段階で胃潰瘍が起こってくるのか誰にもわからないことだった。

「育成馬に胃潰瘍ができるような調教をするのが間違えている。うちの馬ではそんなことはない。」

と言う人も居た。

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実際に調べてみると育成馬でも調教が強くなり、

ハロン20秒を超えるスピードの調教を始めると胃潰瘍ができる馬が出始め、

ハロン18秒を超えるとさらに増える。ようだった。

おそらく「15-15」と呼ばれるような調教をするようになると、馬の胃潰瘍の保有状況も現役競走馬と変わらなくなるのだろう。

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育成馬でも中には飼い喰いがおちているとか、イライラしているとか、神経質そうだとか、いつも扱っている人が「この馬は胃潰瘍があるんじゃないか」と疑うような馬もいたが、実際の胃潰瘍の有無とそれほど当たってはいなかった。

そういう点では、育成馬の胃潰瘍程度だと軽症なので、コンディションの悪化にもつながっていないのかも知れない。

しかし・・・・・

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Pc301726 この育成馬は突然の腹膜炎で死んでしまった。

解剖してみると十二指腸が穿孔している。

ズボンッと開いた穴だ。

十二指腸は全体にわたって発赤と偽膜の付着があり、十二指腸炎とでも呼ぶべき状態だったのだろう。

おそらくその中で一箇所だけ深い十二指腸潰瘍ができて穿孔したのだ。

Pc301728 胃の襞状縁(白い無腺部と赤い腺部の境界部分で、胃潰瘍の頻発部位)にも胃潰瘍が並んでいる。

面積は広くはないし、無腺部全体には病変はほとんどないが、襞状縁の潰瘍はかなり深く、上皮が完全に無くなって筋層が露出している部分もあった。

子馬の胃十二指腸潰瘍以外は、馬の胃十二指腸潰瘍が致死的経過を辿ることは少ない。

この育成馬だけがどうして十二指腸穿孔を起こしてしまったのかはわからないが、残念なことだ。

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Dsc_0807 今年は震災・津波・原発事故で記憶される年になるのでしょう。

世界経済の危機や、アラブ社会の革新や、中国の台頭や、TPPや、不安要素が山積みで、

日本の財政逼迫ももう待ったなしのようです。

V字回復とはいかないでしょうが、あり方を根本から考え直し見つめなおすことが必要なように思います。

Pc311744それにはうつむいて足元ばかりを見ているのではなく、

面を上げて、しっかり前を向いて進んでいくことが大事なのではないでしょうか。

多くのものを失っただけではなく、日本人や日本の社会の良さや、ふるさと、地域社会、家族のつながりの大切さを教えられた年でもありました。

Csc_0825いつか心の空にVictoryのVを描きたいものです。

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みなさんにとって来年がより良い年でありますように。

                      


雪景色の年の暮れ

2011-12-30 | 日常

Pc301723 ゆうべからの雪はけっこうな量になった。

12月に入っても降らないと言っていたら、クリスマス前には雪が降って、融けるかと思っていたら正月前にもドンと降る。例年のパターンかもしれない。

朝から除雪。

久しぶりの綺麗な雪景色だ。

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突然死の1歳馬の剖検。Pc301729

1歳と言ってももう調教はかなり進んでいる。

入院馬が疝痛。退院は先延ばし。

文献をわんさか読む・・・準備。

夜になって、当歳馬の疝痛の来院。

やれやれ、毎年のこととは言いながら、こうやって歳は暮れていく。


横隔膜ヘルニアの記憶

2011-12-29 | 急性腹症

いくつか横隔膜ヘルニアの症例で記憶を辿ってみると・・・

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 横隔膜ヘルニアは、小腸が少し入り込んでいるだけだったりして、抜けてしまうと入り込んでいたのが横隔膜の孔だったとわからなくなってしまうことがある。

しかし、胸腔は陰圧なので(腹腔以上に?)、また腸管が吸い込まれて再発しがちだ。

腸管が素直に術創から出せないときはどこに入り込んでいるのか確かめてから引っ張ったほうが良い。(これがしばしば、なかなか難しいのだが・・・・・)

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 横隔膜の背中側が破れていると、縫うためには把針器を腹部の術創から、奥深くへ突っ込んで縫合しなければならない。

非常に手首の返しが難しい操作になることが想像できると思う。

横隔膜を覗き込みながら、左右の手を順手で使う方法がある。

馬の胸をまたいで術者が頭を下げて横隔膜を縫合するのだ。

縫合そのものは技術的にやりやすくても、体力的にきついので、私はもうやらない;笑。

開脚して前屈して、縫い物を何分できるか・・・やってみ。

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 分娩直前の馬で全身状態も悪い馬が横隔膜の破裂だったことがある。

母馬も助かる可能性は高いと思えなかったし、妊娠子宮を何とかしないと横隔膜の縫合もできそうになかったので、帝王切開をまずやった。

それから横隔膜が中央で大きく裂けているのを縫合することにしたのだが、助手が「ダメなんじゃないですか」と言う。

「俺がダメだって言うまであきらめるな」と言って、術創を胸骨まで伸ばして、横隔膜を縫合した。

横隔膜は呼吸のたびに動くし、筋部だけでなく腱部も裂けているしで、縫合は難しかったがなんとか縫えた。

 横隔膜の縫いにくさは症例によって異なるように思う。

破裂孔の部位にもよるし、呼吸のたびの動きの程度もさまざまのように思う。

できれば、空気や液が漏れないように縫って、最後にドレインを入れて、胸腔を陰圧にしてやると術後の肺の拡張も良いのかもしれない。

 帝王切開と横隔膜の縫合をやった繁殖雌馬の術創は、乳房の前から胸骨に至っており、術後も身動きするたびに痛そうだった。

それでも子馬も母馬もなんとか助かって退院していった。

その牧場のお爺さんと、1週間ちかく術後治療・新生児治療したのを覚えている。

その年、その爺ちゃんは体調を崩して亡くなってしまった。

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大掃除もこんなもんかなと思っていたら、当歳馬の疝痛の連絡。

掃除したての診療室と手術室で診察と開腹。

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Pc291722ノスリ。かな?・・・・・・

かなり大きい。

全体に白い。

つがいで、あの樹にとまっている。

よく見かけるノスリより一回り大きく、白っぽいのだが・・・

ケアシノスリかな?

Dsc_0802  いずれにしても繁殖地はサハリン、あるいはツンドラ地帯だそうだが・・・

Out of Africa の一節を想い出した。

この年の終わりに。

できれば、この冬、あの樹に仲良く羽を休める姿を見せてもらいたいものだ。


Kimzy Surgery Table

2011-12-28 | 日常

明日は仕事納め。

予定の診療は今日が最終。

陰睾が疑われる子牛の去勢。

喉嚢真菌症のre-check.

入院馬も帰っていった。

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Pc281726 手術台。

グリスアップしながら掃除する。

かれこれ8年使ったことになる。

錆びてしまっている部分もあるが、まだ機能に問題はなさそうだ。

1年に300回以上濡らす。

それも塩水(生理食塩水)や血液や汚物で。

亜鉛メッキされていたり、できるだけステンレスやアルミでできていて、錆対策されている。

カヴァーをかけて使うことも考えたが、下面からも濡れたり汚れたりするし、カヴァーも洗わなければいけなくなるので、いつも使った後は血液や生理食塩水を水で洗い流している。

良くできていると思う。

購入のとき他社製の手術台も比較検討したが、綺麗に塗装されていたので避けた。

塗装されているということはステンレスやアルミ製ではないということだから、錆び出すと始末に終えないだろうと考えた。

Kimzy Ironworks.

馬獣医師に世界で最も有名な鉄工所。

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Pc281722 Pc281723 掃除前。

(左)

掃除後。

(右)


横隔膜ヘルニア

2011-12-27 | 急性腹症

横隔膜ヘルニアは難しい急性腹症のひとつだ。

その手術と麻酔もまた厳しいことになることが多い。

疝痛の程度はさまざまなのだが、痛みがひどくないこともあり手術適応の判断が遅れがち。

胸腔へ腸管が逸脱しているために肺が押しつぶされ、また胸腔が陰圧でなくなっているために、術前から呼吸が悪く、手術中の麻酔管理が難しく、術後の呼吸状態が悪いことが多い。

横隔膜の破れている部位によっては横隔膜の裂孔を縫合することがひどく困難なことがある。

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1週間前にも疝痛を示した妊娠馬。

そのときほどではないが半日疝痛が続いている。

痛みはひどくないが、心拍が50以上で、口粘膜が赤い。

私は口粘膜に不潔感と青さを感じた。

直腸検査で著変なし。腹腔超音波検査で著変なし。

ほかに気になったのは腹囲が膨満していないことくらいか。

呼吸はけっして速くも深くもない。

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Pc201713 感じるものがあり、胸腔に超音波プローブを当てると、表面に無気肺部がある肺と隣り合って液体の中に浮かんだ小腸が蠕動している。

気をつけなければいけないのは妊娠馬なので、腹圧が高く正常な馬より横隔膜が頭寄りに押されているかもしれないことだが、腸管が浮かんでいるスペースは三角形をしていて、胸腔の隅のように見える。

これは右の胸腔なので、腸管が液に浮かんでいる尾側に見えるのは、横隔膜か、肝臓だろう。Pc201715

それでも断定的なことは言わないほうが良い。

冬毛なので毛を刈らないと超音波検査しにくい。

広い範囲の毛を刈っているより、早く開腹手術した方が良い。

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Pc201707 かなり胸骨よりをとりあえず腕が入るだけ開腹する。

腕を入れて横隔膜を触ると、大きな孔が開いていて、脾臓の一部と小腸と大網が胸腔へ逸脱しているのがわかる。

術創を広げて覗き込むがそうそう楽に観えるわけではない。

結腸を後肢の間へ出し、胸腔へ逸脱した小腸も引き出して、さらに術創から出す。

Pc201712そして肝臓と脾臓を腕で押さえると、横隔膜の大きな孔が目視できる。

辺縁は白く、丸く、厚くなっていて、横隔膜の裂孔自体は新しいものではない。

おそらく前回の妊娠末期に腹圧に耐えかねて裂けたのだろう。

新しい孔ではないので、縫合できても癒合するかどうかわからない。

それで、非吸収糸で縫うことにした。

あまり細い糸で強引に縫い縮めると横隔膜が裂けてしまうかもしれない。

Ethibond(非吸収性編み糸)で縫うことにした。

孔の背側から連続縫合で縫い始める。

腹腔内での操作になるので把針器は使いづらい。針を指で持って連続縫合する。

糸の結紮は左手の片手結びで結ぶ。

中央付近まで縫っておいて、今度は孔の腹側から縫い始め、中央で2本の糸を結紮した。

長円形の孔だったがなんとか閉じることができた。

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横隔膜に孔が開いているのは3つの原因があると思う。

1つは肋骨骨折して、肋骨の端で横隔膜に孔が開いている。横隔膜の背側の小さな孔であることが多く、縫って閉じるのに苦労する。

子馬が難産のときに肋骨骨折していることもあるし、外傷性の肋骨骨折に伴う横隔膜の損傷だったりする。

2つ目は、腹圧で横隔膜が裂けてしまうタイプ。妊娠末期に裂けると思われ、横隔膜の正中近くで腹側寄りが裂けていることが多い。

3つ目は、先天性の奇形で、横隔膜に孔が開いていて、そこを腸管が通ってしまう。食道裂孔などに近い部分に孔が開いていて、部位が肝臓の裏で、周囲に食道や後大静脈があり、横隔膜が筋肉でできている部分ではなく腱組織でできている部分なので糸をかけると裂けてしまい縫うのは非常に困難だ。

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年末の片づけを始めてはいるが、なかなか。

片付けのコツは捨てることだとわかっていながらそうもいかない。

捨てられないもの、忘れられないもの、離れられないこと、が増えていく。

それが人生じゃないか。