【空への階段】

【空への階段】

北海道在住の友人は、狭い場所で本に囲まれていないと集中して勉強ができないそうで、広大な北海道で小さな居場所づくりに苦労しているという。大草原の小さな家さがしである。

考えてみると札幌市内に限らず、バス・トイレ、洗面所、台所がきちんと付いていて居室だけがとくに狭い物件など、住宅事情の悪い都内でさえ見つけるのは難しいだろう。
 
わが母は、僕が小学校を卒業するまで東京の六畳一間、バス・洗面所無し、台所・トイレ共同の木造賃貸アパートで子育てをしていたので、広い家にいつも憧れていたようだ。大都会の小さな家からの脱出にあこがれてがんばった。

一方僕は、狭い家に住みながら、更に狭い場所に憧れていて、祖父母の家に預けられたりすると広すぎて夜も眠れず、足踏み式ミシンの下に潜り込んで眠ったりし、
「かわいそうに、よほど都会の貧乏暮らしが染みついたずらなぁ…」
などと哀れがられていたのだ。

郷里清水に戻って真新しい店舗付き住宅で暮らせることになり、母は大喜びし、僕も自分の部屋があてがわれることになり、念願の二段式ベッドの上段で眠りたいと頼んだのだけれど、
「あれは兄弟がいる子どもの物!」
と言下に却下された。

だが数日後、家の設計図を見ていた母が、
「あんた二段ベッドで寝たいって言ってたよね」
と言いだし、理由を聞くと家を少しでも広く使うため、部屋に二段式ベッドを作りつけ、下を衣類収納スペースに使うという珍案を思いついたのだという。

できあがった作りつけの二段ベッドは快適で、そこに潜り込んで写真雑誌を読んだり、ラジオの受験講座を聴いたりしながら高校を卒業するまで寝起きしていた。その小さな穴蔵に入るための木製のハシゴが実に良くできていて、今でもその手触りを思い出す。

いま、集中してよい仕事がしたいと思うときに憧れる部屋は、なにも余分な物のない広々とした部屋の真ん中に小さな机と椅子を置き、好きなノートパソコンが一台だけあるような環境なのだけれど、部屋への入り口はありきたりのドアではなく、下の階からちいさな木製ハシゴで登るような構造がいいなと思う。

広い部屋を狭く使うために有り金はたいてソファを購入したりする友人もおかしいけれど、広い部屋への狭苦しいアプローチに憧れる自分もかなり頭がおかしい。集中という高みへの階梯は人それぞれ個性的なのだろう。

( 2009 年 3 月に閉鎖した電脳六義園通信所 2003 年 4 月 28 日、19 年前の日記に加筆のうえ再掲載。)

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