薄情な男


Z7 + NIKKOR Z 50mm f/1.2 S

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強風の日、都内の歩道を歩いていた。
先ほどまでの豪雨で、路面はところどころ濡れている。
時折、身体が押されて止まるほどの、強い風が吹き抜けていく。

自転車に乗った女性が、歩道を走ってきて、僕の少し先に停めた。
派手めの服装の水商売風の若い女性だ。
ヒールの高いサンダルを履いている。
その女性が、自転車の荷台から、やはり派手な柄のトートバッグを取り肩にかけた。

その時、突風が吹いた。
煽られたトートバッグが、肩からするりと抜けて、コンクリートの歩道に落ちた。
ガツンという硬いものがぶつかる音がした。

バッグの中から、シャンパンの瓶が転がり出た。
凝った装飾の高そうな瓶だ。
しかし出てきたのは瓶の上半分のみで、真ん中から真っ二つに割れていた。

「キャー!!」
女性が悲鳴を上げた。
バッグの中から液体が流れ出てきた。
歩道上にサーッと染みわたっていく。
バッグの中は、ガラスの破片とアルコールで、さぞや酷いことになっているだろう。

両手で頬を押さえた女性が大声で叫んだ。
「割れちゃったぁ、どうしよう!!。割れちゃったぁー!!」
女性の私物なのか、あるいは誰かから預かったものなのか、女性は大声で騒ぎ立てている。
大袈裟な程の反応を見ると、きっと高価なものなのだろう。

都心の大きな道路沿いの歩道であったが、緊急事態宣言中で、通行人はそれほど多くない。
慌てふためいた女性が悲鳴を上げた時、僕がその横を通った。
しかしあまり関わりたくない相手だったので、薄情にもそのまま通り過ぎた。
助けようにも何もできないし、コロナで接触は避けなければならないし・・・

道路上には、ちょうど信号待ちの車が何台が並んでいた。
車の中の人たちが、騒ぎ立てる女性をじっと見ている。
女性は歩道上にしゃがみこんで、何やらわめきながら瓶のかけらを拾い集めている。
窓越しに面白いショーを見ているかのようで、見物人たちは興味津々だ。

「ぎゃぁぁ」
女性の一際大きい悲鳴が聞こえた。
振り返ると、強風に煽られた自転車が、地面にしゃがみ込んだ女性の上に倒れ込んでいた。
女性は歩道と自転車に挟まれて動けなくなっている。

見るに見かねて、すぐ前のお店から店員が出てきて、女性を助けようとしていた。
自動車の中の見物人たちは、女性の方を指さしてニヤニヤしている。
助けが出たからもう大丈夫だろうと、僕は薄情にもその場を後にしたのだった。
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