大きい?


ほどなく真相は明らかになるだろうが、ニコンが出したらしい日本の雑誌向け(?)の広告の印刷データが、ネット上に流出している。
「大きい」というキャッチコピーとともに、他機種と似たデザインの赤いラインの入ったグリップ部と、相対的に開口部が大きく見えるマウントが、暗闇の中に浮かび上がっている。
そしてマウントの中には横長のセンサーが見えている。
さていかなるものが出るのか・・・

D3 + AF-S NIKKOR 24-70mm F2.8G ED
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零戦の話 その2


日本の国民にとって零式艦上戦闘機、即ち零戦は、特別な意味を持つ飛行機である。
しかもそれは「敗戦」と密接に結びついている。
このような飛行機は、世界に他にないという。

零戦は日本製として初めて世界を席巻した「工業製品」だという説がある。
華々しいデビュー・・・そして連戦連勝の日々。
西欧諸国の模倣しか出来なかった東洋の後進国から、驚異的とも言える高性能機が生まれることなど、簡単に信じることの出来なった各国は、零戦に対しまともに戦いを挑み壊滅的な被害を受けた。

零戦のずば抜けた旋回性能の良さは、当時の空中戦の基本的なスタイルであったドッグファイトに極めて有利に作用した。
戦いを挑めばクルリと後ろに付けられ、強力な火器でたちまち撃墜されてしまう。
その劇的な強さは神秘性をも帯びており、零戦が来たら戦わずに逃げる・・というのがひとつの戦法にさえなった。

しかし戦時下の驚異的な技術開発のスピードは、やがて零戦の性能を古いものとした。
極端に優れた旋回性能を実現するために、あえて犠牲にした防弾装備や機体強度といった零戦の構造上の問題点は、不時着機の分解調査から露呈し、そこを突く戦い方が考案された。
勝利に酔い、あぐらをかいていた訳ではなかったが、日本の国力の限界もあり、零戦の次を担う戦闘機の開発は、強大な工業力を持つアメリカを前に完全に遅れた。
資源の少ない国である日本には、瞬発力はあっても、長い戦いに勝利する力はなかったのだ。

零戦の時代は終わり、敗北の日々が始まった。
それは日本がたどった敗戦への道に、ほぼ沿う形で進んだ。

不眠不休の努力の末に、一度は世界一の工業製品を作り上げ、世界をあっと言わせた。
その栄光と誇り、そしてその後に続く敗退の日々。
明るさと暗さ、喜びと悲しみのふたつのイメージが零戦には重なる。

最後は特攻機として多くの若者の命を犠牲にし飲み込んでいった零戦という飛行機は、日本人にとって特別な意味を持つ存在となった。
それは実際にその時代を体験した者ではなくても、人から人へと語り継がれ、今でも多くの日本人が引き継いでいるものなのだろう。

あの日竜ヶ崎飛行場で、飛び立つ零戦を無言で見つめた数万人の観衆・・・
その異様ともいえる静けさの中に、心を同じくした多くの人々の存在を、僕は感じたのだ。

おしまい。
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兵器


D2HsからD3に持ち替えて感じたことは、少し重いということ。
しばらく軽いカメラばかり持って歩いていたため、体が鈍ってしまったようだ。

しかしD3の持つカメラとしてのオーラは、やはり素晴らしい。
どのような環境でも写真として記録してみせる・・という凄みを感じさせる。

感じたままにさっと向ければ、抜群のレスポンスでシャッターが切れる。
雨が降っていても大丈夫、暗ければいくらでも感度を上げればいい・・・
どちらかというと兵器に近い存在だろう。

ほどなくより高画素なボディが出るだろうが、その時になってかえってD3の特別な価値が明確になるような気がする。
厳しい環境下で一台だけカメラを持ち出し、貴重な記録を残さなければならないとしたら、今なら間違いなくD3と24-70のズームの組み合わせを選ぶだろう。

D3 + AF-S NIKKOR 24-70mm F2.8G ED
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素直な選択


久々に素直に(笑)D3を持って出かけた。
ごくまっとうにD3と2本のズームレンズ・・・

しかし残念なことにこの天気である。
少し歩いたら雨が降ってきた。
まったく最近の日曜日ときたら大抵これだ。

Mrs.COLKIDと食事をして、その辺を少しうろついただけで帰ってきた。
写真は数えるほどしか撮らなかった。

D3 + AF-S NIKKOR 14-24mm F2.8G ED
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零戦の話 その1


調べてみたら1995年の事だというから、今から13年ほど前の話だ。
茨城県の竜ヶ崎飛行場で、アメリカから里帰りした零戦52型とP-51ムスタングのフライト興行が行なわれた。
僕は家族を連れて、はるばる見物に出かけた。
まだ健在であった祖母と父もいっしょだった。

ノースアメリカンP-51Dムスタングが唸りを上げて飛び立つと、観衆から歓声が上がった。
バリバリと爆音を響かせながら機体が通過するたびに、おおという驚きの声が漏れ、速度を上げたP-51がこちらに向かってくると、尖った鼻先が怖い・・・などという感想も聞かれた。
P-51は観衆の頭上を何度となく通過し、デモンストレーションを繰り返した。

いよいよ零戦が飛び立つ番となった。
飛行可能な唯一のオリジナル栄エンジンを搭載した機体であるが、老朽化しているためパワー全開には出来ない。
零戦52型はパラパラと出力を絞りながら離陸を開始した。

その時、数万人いた観衆が、異様な静寂に包まれた。
広い飛行場がシーンと静まり返り、その中を零戦はゆっくりと浮かび上がった。
目を涙で潤ませている人も多い。
誰もがそれぞれの思いで、その姿を無言で見つめていたのだ。

P-51は第二次大戦中の最高傑作機と言われている。
しかし零戦が飛行を開始すると、P-51の存在は霞んでしまった。
P-51が傑作機なら、零戦は日本人にとって「飛行機以上のもの」であったのだ。

飛行機のことを何も知らない母親までが、会場の異様な雰囲気に圧倒されたという。
人々は何も話そうとせずに、ただ固唾を呑んでその飛行を見つめていた。

その2に続く・・・ってその2があるのか??
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帰宅


今日は遅かったが帰宅した。
働きすぎで思考能力が無くなって来たので・・・(笑)

D2Hs + Ai AF Nikkor 35mm F2D
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それでも更新(笑)


案の定午前様だ(笑)
月末が迫っており仕事が忙しい。
肉体的にはへばっているが、明日も同じような事になりそうな予感・・・

というわけで写真どころではないので、古いものの使いまわしで申し訳ない。

D2Hs + AF-S VR Nikkor ED 200mm F2G(IF)
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今日モ


多忙ニツキ書ク時間トレズ
明日モ幽霊屋敷ニ泊マリカ?

D2Hs + Ai AF Nikkor 35mm F2D
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北志向


免許を取り、初めて自分の自動車(マツダルーチェの中古)を買った時、とにかく運転しなければ上手くならない、という理由で、そのオンボロ自動車で遠くに出かけた。
ところが、なぜか僕はいつも北へと向かう道を選んだ。
本能的に北に向かうことを好んだのだ。

学生時代、ゼミの合宿などがあると、それは必ず東京から見て南あるいは西の方角で行なわれた。
しかし参加するたびに、その明るい集団に対し、違和感を感じていた。
本質的な何かが、自分とは違う・・・

今日読んでいた本の一説にはっとなった。
「東京の下町の人間が罪を犯した時、必ずと言っていいほど北へ逃げる」・・・老練な刑事がそう言ったという。

僕は現在東京の下町に住んでいるが、決して罪を犯して逃げているわけではない(笑)
しかしなぜか北に向かうことに安心感を覚えるのだ。
そこは自分の住んでいる場所の延長というイメージがある。

どちらかと言うと南志向を持つ山の手に住む友人たちを見ると、やはりこれは住んでいる場所と関係しているのかもしれないと思う。
僕にとって南の方角は未知の世界なのだ。

十数年前、九州の奥地にある会社から招待を受けて出かけたことがある。
福岡から電車と車で何時間も走ったところで、行くだけでまる1日かかった。
初めて接する景色や文化にカルチャーショックの連続で、今更ながら日本は広いということを感じた。

その時ふと思ったのは、駆け落ちするなら、こんな場所だろうか・・ということだった。
北の方角ばかり向いてきた僕には、それほど想像を超えた場所であったのだ。

D2Hs + Ai AF Nikkor 35mm F2D
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薄暗い部屋


昨晩は12時過ぎまで仕事をして、しばらく誰も住んでいなかった家にひとり泊まった。
懐かしいような、薄気味悪いような、何とも言えぬ不思議な気分であった。
けっこう長い期間ここに住んでいたが、今は廃屋寸前・・・
湿気が多く、かび臭く、床がギシギシいう。

夜中の1時過ぎに、洗濯機を動かし、大きな浴槽にお湯を入れた。
タイル張りの風呂は広くて、本来快適なはずだが、表面がガサガサしており、何とも気持ちが悪い。

つくかな?と思いながらテレビの電源を入れてみたが、夜中の番組は面白くなく、落ち着いて見る場所も無いので、すぐに消してしまった。
洗濯が終るまでの時間、やることも無くボーッとして待つしかなかった。
インターネットでもあればと思ったが、回線はとっくに切ってしまった。

自分の家なのに居場所が無い(笑)
部屋の照明が薄暗いのも気味の悪さにつながっている。
困ったように長椅子の中央に座っているしかなかった。

D2Hs + Ai AF Nikkor 35mm F2D
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標準


今日は仕事が忙しくて帰宅できそうにない。
・・・ので、例の幽霊屋敷にひとりで泊まる予定(笑)

ニコンから噂のAF-S 50mmF1.4Gが発表になった。
考えていたよりコンパクトで、価格も妥当な印象だ。
いわゆる普通の標準レンズに見える。
少しほっとした(笑)
すべてのレンズが20万円台で出てきたらどうしようかと思っていた。

先に発売されたAF-S 60mmF2.8Gマクロと同じ位のグレードなのだろうか?
この価格帯のシリーズで35mmの新型も出るのかな?
少し前ならD40Xと組み合わせるレンズの候補に考えたところだろうが、今ではD2Hsがお散歩カメラになっているからなあ・・・

前に読んだニコンへのインタビュー記事で、最初に高級なレンズを発表したので、これからはベーシックなレンズを充実させる・・というような話が載っていた。
どのレンズも考え出すと欲しくなってきて困るが(笑)、本当に欲しい1本といったら、僕の場合、やはりAF200mmF4マクロの新型になる。

一方で年末発売と発表されたツァイス・ディスタゴン21mmF2.8のZFタイプが相当気になる。
ニコンの広角も超が付くほどの高性能になっているから、今更どうかな・・とも思うが、やはり1本欲しいところだ。
コシナ製だとしたら、日本では十数万円になるようだが・・・

D2Hs + Ai AF Nikkor 35mm F2D
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退散


如何ともし難い雨だった。
墓参りの後、ひとりで都内を歩いてみたが、ほとんどシャッターを押すことは出来ず、ただ濡れるばかりだった。
早々に切り上げ退散したが、帰ってみたらBSの「篤姫」の放映が今日に限り5時からだったので、早く帰って正解だったかもしれない(笑)

D2Hs + Ai AF Nikkor 35mm F2D
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彼岸



まずは何といってもお墓参りだ。
お彼岸に墓参りに行かないなんて、罰当たりなことは出来ない(笑)

というわけで、前日近所の花屋さんでお花を用意してもらい、家族3人でお寺に出かけた。
当然お寺は先祖の霊を慰めに来た人たちでいっぱいだった。
小さなお寺ではあるが、檀家さんは千軒を超えたと聞いたので、その半数が来たとしても凄い人数である。

その後母親が富岡八幡宮に行きたいと言うので、お寺からタクシーで直行した。
お参りしてから隣の深川不動尊に行き、仲見世できんつばを買おうとしたら、今作っているところで、焼きあがるのに20分ほどかかるという。
そこでその間を利用して昼食をとることにした。

お昼はあさりをご飯にのせて蒸篭で蒸したもので、いわゆる深川丼の少し高級版を食べた。
意外にあっさりとした味であった。
その後ホクホクのきんつばも食べたが、評判になるだけあってかなり美味であった。

近所の清澄庭園に行って撮影したいと思っていたが、雨脚が強くなってきたので諦めた。
雨は先程からシャワーのように強く降り、時折雷も鳴っている。
きっと墓参りに行かない罰当たりな人がいたのだろう(笑)

D2Hs + Ai AF Nikkor 35mm F2D

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クロサワ


子供の頃、父親から黒澤映画というものを教わった。
「生きる」を見ろと、風呂場で何度も聞かされた。

小学生の時に、僕にとって初めての黒澤映画である「羅生門」を見たが、難解で何が何だかわからなかった(笑)
しかしめげることなく黒澤映画を追う日々を続け、やがてその魅力にどっぷりと浸かっていった。

中学生の頃は、銀座の並木座や池袋の文芸地下に幾度となく通った。
これは東京に住んでいる利点を存分に生かしたと言っていいだろう。
毎週のように映画館に通い、かなりの作品を劇場で見ることが出来た。

どこかの映画館に隣接して、貴重な映画の資料を置いてある本屋があった。
そこで黒澤のシナリオの載った本を買った。
本屋のおじさんが僕に興味を持ち話しかけてきた。

黒澤のこの作品は見たかね?
いいえ、まだ見ていません。
それならいつか絶対に見なさい。

そんな会話があったと思う。
子供がいっぱしの本を買うのを見て、いろいろ教えてくれたのだ。
あの独特の雰囲気は、映画に人生を捧げた人に違いなかった。
もうあの本屋がどこにあったのか思い出せない。

高校生の時は、ついにテレビで放映された黒澤作品を、必死になってビデオに録画し、何度も何度も見た。
「七人の侍」の時など、あらかじめテレビ局に電話をして、CMの流れる時間をすべて聞き出しておいた。
テープを交換するタイミングを知っておきたかったのだ。

さらには名シーンをカセットテープに録音し、出たばかりのウォークマンで毎日聞きながら学校に通った。
そのためセリフとリズムを完全に覚えてしまった。

当時新作としては「デルス・ウザーラ」が公開されたが、全盛期の作品ばかり見ていたので、その静けさが今ひとつ理解できなかった。
しかし後になってシナリオを読み、何て素晴らしいのだろうと思った。

黒澤が亡くなった時、自分の青春も終ったような気がして、目の前が暗くなった。
せめてもと思い葬儀に出かけたが、黒澤プロが駅から遠くて閉口した。
着いてみると建物の前には数百メートルの長い参列者の列が出来ており、自分がその中の一人に過ぎないことを知った。

黒澤明監督は既に小さい箱になっていた。
祭壇の上の箱を見て呆然となった。
僕は黒澤久雄氏に一礼し、帰宅の途についた。

D2Hs + AF-S DX Zoom-Nikkor ED 17-55mm F2.8G(IF)
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忙しい日々


仕事が忙しくて、今日は帰れないから・・と言って家を出たが、急遽変更になり帰って来た。
台風が来ているので、逆に明日出社できるのかが心配である。

忙しいと気もそぞろで、eBayに入札したが、連続して落札に失敗した。
ゆっくり戦う時間がないので、適当な額で入札しておいたが、忘れているうちに別のビッダーにとられていた。
やはり本気を出さないと、オークションには勝てない。

ケルンで催されるフォトキナを前に、海外ではD3xのサービスハンドブックがニコンの拠点に置いてあるのを見た・・という話が出ている。
そろそろ発表も近いか?
一方でD800というモデル名を正式にリストに加えた海外の写真関係のサイトもある。
D700の多画素モデルか?

D2Hs + AF-S VR Nikkor ED 200mm F2G(IF)
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