COLKIDが日々の出来事を気軽に書き込む小さな日記です。
COLKID プチ日記
大雪注意報
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未明から雪になるという。
明日の朝はどうなるだろう?
月末というのに迷惑な話である。
今日の時計ベルト。
バセロン・コンスタンチンにモレラートのボーレのダークブラウンをつけた。
このところバセロンのベルトにこだわっている。
いろいろなベルトを試しているが、決定版がない。
ボーレはモレラートの人気機種で、驚くほど様々なサイズ、色が揃っている。
バセロンのカン幅17mmという中途半端なサイズにも、全14色が対応している。
その点はありがたいのだが、惜しいことにカン幅17mmのタイプは尾錠側の幅が16mmになる。
ドレス・ウオッチには、尾錠側14mmのエレガントなシェイプのベルトが望ましいのだが・・・
それとアンチスエット仕様でないのも、残念なところである。
価格を考えると、そのまま無改造で使用して、劣化したら新しいものに買い換える・・という使い方のほうがいいだろう。
ボーレのダークブラウンという色は、バセロンとの相性の点では、かなりいい線をいっているように思う。
この機種には他にも様々な色が揃っているので、気分に応じて替えることも出来る。
ただし型押しカーフなので、クラスとしては時計とバランスが取れていないが・・・
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行きつけの店
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行きつけの、古い時計店がある。
中古時計を扱うジャンク屋のような店だ。
店内は薄暗くて、お世辞にも綺麗とはいえない。
ネットの検索にはまったく引っかからない小さなお店である。
そこのご主人は、驚くような知識量を誇る。
ご主人と言っても僕とそう変わらない年齢のようだが、とにかく時計に関する知識は凄い。
既に消えてしまった弱小メーカーを含めて、世界中に知らない時計メーカーはほとんど無く、しかも年代ごと、シリアルNo.ごとに内部の構造まで把握している。
その道のプロだから、当然といえば当然なのだが、少し話せば知識の度合いが尋常でないのがわかる。
しかもそれらは文献から得た知識というより、実際に長く現物に接した経験から得た情報なのだ。
自分の時計を鑑定して欲しいと、半分自慢したくて持ってくるお客を、よくお店で見かける。
これは幻のメカが搭載されている機種ですよね、とそう言って欲しくて聞くのだが、ご主人は、いえ、このシリアルNo.はメカが変更された後の製品なので違いますね・・と即座に否定する。
これは名機と呼ばれるキャリバーですよね、とお客が雑誌の受け売りで言うと、うーん、この機種は何台も扱いましたが私自身は名機とは思いません・・などと答えたりしている。
ご主人は東京の人らしい丁寧な話し方を崩さないが、商業主義にとらわれない説得力のある答えは、聞いていて気持ちがいい。
先日そのお店を訪れると、狭い店内に大柄な白人男性が立っていた。
日本製時計のコレクターらしく、今回の来日で収集した時計をご主人に見せていた。
二人の会話を聞いていて、ご主人が実に流暢な英語を話すので驚いた。
よくある単語の羅列ではなく、構文が非常にしっかりしており、しかも途中でひっかかることなく、日常会話の延長のように淀みなくすらすらと出てくる。
その上かなり難しい単語も混ざる。
ご主人が頭脳明晰で優秀な人物であるのが伝わってくる。
発音は明瞭であるが、日本人特有の英語の話し方なので、学校教育によって得たものであろう。
凄いのはご主人の知識がそのまま英語でも生かされていることで、白人男性の質問に明確に答え、わからないことがあると奥から分厚い資料を持ってきて、その場で答えを出してくれる。
日本語で話している時とまったく同じ印象を受ける。
それを白人男性は目を輝かせて聞いている。
ご主人に絶対の信頼を寄せているようで、来日するたびに、わざわざこの小さなお店に立ち寄るらしい。
抱いていた疑問が次から次に解決していくのだから、特に本国では資料に乏しいであろう日本の製品に関しては、神様と話すのに等しいのだろう。
同じ趣味を持つ者同士の強い共鳴もあるようで、珍しい機種を前にふたりで並んで「これは凄いね」などと笑みを浮かべながら話したりしている。
会話の中で、今回の来日で時計を安く購入できた特別なルートを、白人男性が小声で明かしたので、僕も思わず聞き耳を立ててしまった(笑)
以前僕が
「カン幅18mmで1960年代の文字盤が銀色の時計はないですか?」
と聞いた時は、さすがのご主人も
「それはまた、ずい分と変わった要望ですね」
と苦笑していた(笑)
中古を買う時は、なるべくそのお店で買うようにしている。
価格は海外オークションより少し高めだが、送料やオーバーホールの代金を考えるとそれほど変わらない。
ネット上には一切出てこないお店なので、自分の秘密の場所になっている。
世の中には凄い人がいるものだと思うが、きっと日本にはまだ他にもこういうお店があるのだろう。
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無計画な休日
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雲の多い光の無い一日であった。
Mrs.COLKIDは京都に旅行に行っており、僕一人で過ごす週末である。
この天気ではもとより写真は期待できず、何をするか決められないうちに、とりあえず家を出てしまった。
佐々木譲氏の「警官の血」という小説を読んだので、その舞台になった谷中周辺を歩いてみようと、電車の中で思いついた。
三代に渡る警察官の生き様を描いた大河ミステリー小説で、2009年にオールスターキャストでテレビドラマ化されている。
まずは上野公園を通り、谷中墓地へと抜けた。
ここは以前より時折訪れている場所だが、谷中墓地の中央にある天王寺駐在所が小説の舞台になる。
かつて駐在所の隣にあった山王寺五重塔の、昭和32年に起きた炎上事件が、物語の中で重要な位置を占める。
物語はフィクションだが、登場する場所は実在している。
舞台になった地域が家から比較的近いこともあり、小説を非常に楽しむことができた。
ここは敬愛する作家・吉村昭氏の生まれ育った日暮里にも近い。
氏の作品にも五重塔の焼失事件は何度か取り上げられている。
また「警官の血」では日暮里の駅にかかる跨線橋が極めて重要なポイントとして登場するが、ここも吉村作品で何度となく登場する。
その跨線橋を渡り、日暮里で羽二重団子を食べて一休みし、それから山手線の外回りに乗った。
その後どこに行くか何も考えずに、電車の中で座って本を読んでいた。
このまま何周かしてもいいかと思ったが、あまりにも非生産的な気がして、新宿で降りた。
特に目的もなく、新宿のカメラ屋や時計屋を覘いてみる。
まったくの行き当たりばったりだが、次は有楽町線で銀座に出てみた。
銀座を少し散歩した後、喫茶店で和栗のモンブランを食べて、それから帰宅した。
計画性に乏しい一日であったが、意外に面白かった(笑)
今日の時計ベルト。
シーマスター・アクアテラにヒルシュのオスロをつけた。
同社のアーティザナル・コレクションのひとつで、カリブー(トナカイ)の革を使ったベルト。
非常に柔らかく、しなやかな触感を持つ革である。
僕好みのしぼが、革全面に入っている。
写真で見たときは素晴らしいと思ったのだが、実物は表面に中途半端な艶があり、細かいことを言うようだが、個人的な好みからは少し外れていた。
まあ単なる仕上げの問題だろうが、同じしぼを持つ革なら、艶消し仕上げのバッファローの方が好きだ。
目の粗い白いステッチが入るデザインも、個人的には好みではないのだが、アクアテラには結構合っているように思う。
クロノグラフなどの若向きの時計によくマッチするだろう。
実際時計好きの従兄弟に見せたら、素晴らしいベルトだと驚いていた。
人それぞれ好みがあるということだ。
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達人
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ゆりかもめに乗っていたら、隣に座った男性がオメガのスピードマスターを着けていた。
ふと気付いたように、男性は腕から時計を外し、iPhoneを見ながら時計の時刻を合わせた。
普段の習慣として、身についている作業のようだ。
男性は腕に時計を戻すと、次の駅で降りていった。
窓の景色を見ながら、スピードマスターって日本語に訳すと何になるのかな・・・と考えた。
速度の・・達人・・・?
カッコわるー。
思わず噴き出した。
それなら僕のシーマスター・アクアテラ・クロノメーターはどうなるだろう?
海の達人・地球水・検定合格品・・・
うわー、ださー。
今日の時計ベルト。
バセロン・コンスタンチンにバンビのグレーシャス・クロコダイルのチョコをつけた。
これも失敗した。
定価が、前回紹介したマルマンの安いワニ革ベルトの倍近かったので、てっきり違うものだろうと思って購入したのだが・・・
並べてみると極めて似通った作りである。
ここまで似ていると、同じところで製造しているとしか思えない。
丸斑はバンビの方が揃っているが、誤差の範囲かもしれない。
裏材は表面仕上げが違う程度で、触った感触はほぼ同じでプヨプヨしている。
(バンビの場合はピュアコートと呼んでいる)
マルマンと同じように薄い革を母材に貼り付けて作られており、構造上の理由かバンビは中央部が凹んでいる。
マルマンが遊革ひとつだったのに対し、バンビは定革と遊革が揃っている。
以上が相違点、あとは形が少し違うくらいで、質感はほぼ同等。
ちょっとがっかりした。
まあ御徒町で4掛けで買ったからいいのだが・・・
バンビは最近ホームページをリニューアルした。
以前の動きを多用したものから一転、簡潔でわかり易いサイトになった。
それを見ると、同社はアンチスエットにかなり力を入れており、今更ながら魅力的なランナップが揃っていることがわかる。
この業界では桁違いに大きい企業だと聞くし、御三家ばかりでなく、今後候補として考えるべきかもしれない。
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暗闇
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出張先で現地の男性と話した。
「僕が泊まっている○○ホテルって、この時期だとお客さんが少ないよね」
「何であそこに泊まっているんですか?」
「お客さんが少ないから、知っている顔に会わなくていいと思って・・・」
「あそこは幽霊が出るっていう話ですよ」
「え・・・嘘でしょう!」
「いや、どうも本当らしいですよ。それで廃業するという噂です」
「まさか・・幽霊くらいで廃業なんて、そんなことあり得ないよ」
「でも出るっていう、もっぱらの評判ですよ」
「この数年で10数回泊まっているけど、一度も幽霊なんて見ていないよ」
「まあ俺は幽霊なんて信じないですけど。でも皆が言っていますよ」
「それは単なる噂だよ。何度もひとりで夜の暗闇を歩いているけど、結局出なかったし」
「そうですか。旧館の洗濯室に行くあたりで出ると聞きましたけど」
「・・・・」
「あ・・俺は幽霊なんて信じないですけどね」
「その洗濯室は昨日も夜中に行ったけど・・・」
「・・・(真顔で)そうなんですか?」
「何かぞくぞくとはしたけれど、窓とか見ても何も映らなかったし」
「夜中に・・ですか」
「あのシチュエーションで出ないのだから、やっぱり幽霊なんていないんだよ」
「・・・」
「真っ暗な廊下をひとりで歩いても出ないんだから。いるならあそこで出なきゃおかしいよ」
「・・・」
「そもそも僕は生まれてから一度も幽霊なんて見たことがない」
「・・・」
「見えないのなら、幽霊なんていないのと同じでしょう」
「・・・」
「あのねえ、僕は次の4月にもあそこに泊まるんだよ」
「・・・」
「ああ・・聞くんじゃなかった」
「あ・・俺は幽霊なんて信じていないですけどね」
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帰京
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帰宅した。
たまたま羽田からリムジンバスが出るところで、それに飛び乗ったら、驚くほど早く(それでも夜10時過ぎになったが)帰宅できた。
椅子に座ったままで楽チンだった。
朝早くから仕事をして、夕方になって大急ぎで後片付けをして、遅い飛行機に飛び乗って九州から帰るという、忙しい一日であった。
バスの中の電光掲示板に、皇太子さまが52歳であるというニュースが流れた。
それが一番驚いた。
今更ながら、自分が50歳になるということを再認識させられた。
それはそうと、「さま」を変換すると最初に漢字の「様」ではなく平仮名の「さま」が出てしまうことが多い。
よく硬い文章と言われるが、僕は「様」を使いたい方なので、もう一度変換のキーを押さなければならない。
上の文章で使った「ほう」もそうだ。
ちなみに皇室の場合、誤読を避けるためと、偉そうだという反感を与えないために「さま」を使うという。
上の「いう」は平仮名で書くのが好きなのだが・・・(笑)
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廊下
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九州で書いている。
ホテルの宿泊客は少ない。
同じフロアに数人いるだけのようだ。
ホテルの経営はかなり苦しいようで、廃業するのではないかという噂も聞いた。
朝食の時、いつもはバイキング形式なのに、今朝はテーブルに予め膳が用意されていた。
数えてみたら、数は八人分だった。
その人数しか宿泊していないのだろう。
バイキングなんてしたら、余った分を大量に捨てることになる。
昨晩は、別の棟にある洗濯室に夜遅く洗濯に行った。
誰もいない暗い通路や階段を歩いていく。
ふと、まるで幽霊が出そうな廊下だなと思った。
思ってからしまったと思ったが、もう遅い。
吸い込まれるような暗闇の廊下を、速足で歩いて行った。
これだけ大勢の人が泊まる施設だから、過去に何があったかわからない。
シャイニングの世界だ。
エレベータの前で待つときは、他の足音が聞こえるようで落ちつかなかった。
鏡やガラス窓にも、何か映るのではないかと気が気ではない。
霊感が無いから、何も見えはしなかったが、そういう才能がないのが幸いであった。
いきなり肩に手をかけるとか、そういう品のない演出だけは勘弁してほしいと、幽霊にお願いしたい気持ちであった。
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採用
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甥がある企業に就職した。
入ってみたら4年制大学を出たのは甥だけで、あとはみな大学院で専門的な教育を受けた人たちだったという。
つまり周りは全員年上だったわけだ。
それにしても何故大勢の中からひとりだけ選ばれたのだろう。
甥は特に専門的な知識を持っているわけではなく、ごく普通の真面目な学生であった。
ひとりだけ4年制大学出身者を採用することは、恐らく企業側が最初から決めていたのだろう。
何らかの理由でそれに甥が選ばれたのだ。
ひょろりと背の高い素朴な青年である甥は、田舎のごく一般的な家庭で育った。
近所には祖父母が住んでおり、子供の頃から身近に年寄りと接していた。
ひとつのことに真面目に黙々と取り組むタイプで、典型的な努力家である。
そのため成績は優秀だとは思うが、自己を主張しバリバリと仕事をこなしてみせるタイプではない。
面接で話をすれば、そういう素朴な面が垣間見えてくるはずで、多分そういう事のひとつひとつが、採用の理由になったのだろう。
案外企業側は、背景にある家庭環境も重要な要素と見ているのかもしれない。
是非はどうあれ、世間的な観点でまっとうな価値観を持っているとみなしたのではないか。
先日ある企業の人事採用のベテランの人と話した。
その人に言わせれば、面接した学生が使い物になるかどうかは、5分話せばわかるという。
基本的に今の学生には、採用してそのまま社会で通用する人はいないのだそうだ。
そのため教育は不可欠で、最初から採用者を再教育するコースが用意されている。
ただ問題は、教育したところでまったく使い物にならない人が混ざる事で、ベテランだとそういう人を5分で見分けて、ふるいにかけることが出来るのだという。
そんなものかと感心して聞いた。
僕も採用者の決定にかかわったことはあるが、なかなかそう上手くはいかない。
人は本当に付き合ってみないと判らないものだとつくづく思う。
一昔前の話なのだが、電話でやけに応対がいい人は要注意だと感じたことはある。
長続きしなかったり、すぐに切れたりという問題を抱えた人は、自身がその欠点を承知しているので、それを隠す術に長けていて、普段は妙に丁寧だったりするのだ。
案外ぶっきらぼうな人の中に優秀な人材が多かった。
もっともこういうことは、時代によって傾向が変わるだろうから、最近はどうなのか分からないのだが・・・
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またも出張です。
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九州に出張中。
いつもと同じ夕方の飛行機で来た。
本を読んでいるうちに着いてしまった感じ。
毎回同じパターンの繰り返しなので、遠くまで来ても何の感動もなくなった(笑)
今日の時計ベルト。
バセロン・コンスタンチンにマルマンのワニ(サイド)の茶をつけた。
これは実験の意味で買ってみたもの。
色の相性を見てみたかったのだ。
ヨドバシで税込み3150円で買ってきた(笑)
ベルトの色としてはよく合っている。
一応本物のワニ革と表記されている。
しかも裏革には抗菌防臭加工が施されたクリーンレザーという材質が使われている。
アンチスエット仕様である。
機能面では申し分ないのだが、何だかウレタンみたいなプニプニした感触で、質感は伴っていない。
よく見ると薄いシート状のワニ革を、母材に貼り付けてあるだけのようにも見える。
遊革も幅の広いものがひとつ付いているだけだ。
色としては合うには合うが、これだとモレラートのクラシコとあまり変わらないし、質感はクラシコの方がかなり上だ。
バセロンにはちょっと失礼な組み合わせだったかもしれない。
しかし相性を考える上での参考にはなった。
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風の冷たい日
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寒かったがよく晴れた。
Mrs.COLKIDは友人に誘われてコンサートに出かけた。
僕は一人でのんびりする予定でいたが、天気がことのほか良かったので、こうしてはいられないと午後から散歩に出た(笑)
いつも履いていくゴアテックスの靴ではなく、ライトグレーのスエードの靴を選んだ。
ちょっとちぐはぐなファッションであったが、たまにはこういうのも面白いだろう。
時計はこの後紹介するバセロンとペランの組み合わせを着けた。
コースを慎重に考えて、まずは上野まで行った。
そこからアメ横、秋葉原を経て、神田、日本橋、丸の内、日比谷まで、かなりの距離を歩いてしまった。
途中時計屋を覘いたり、三越でアフォガード休憩を挟んだりしたので、けっこう楽しくて疲れなかった。
風は冷たくて寒かったが・・・
Mrs.COLKIDの方は、ある女性歌手のコンサートに行ったのだが、別にファンというわけではないので、どれも同じような曲に聞こえたという。
ステージが遥か遠くで、歌手の姿は米粒くらいにしか見えなかったようだ。
明日からは出張で急がしい一週間になる。
今日の時計ベルト。
バセロン・コンスタンチンにJ.C.ペランのクロコダイルマットをつけた。
既製品として店頭に在庫していたベルトなので、色の正式な名前はわからないが、同社のカラーサンプルで一番近いのはキャラメルだろう。
ただしこのベルトの色がキャラメルかと言われると自信がない。
革は個体差が激しく、サンプルと同じ色になることはまずない。
メーカーが在庫している原皮もその時々で異なり、ペランにも欠品している色がけっこうあるそうで、オーダーしてから品切れと返事が来ることもあるようだ。
今までバセロンには、モレラートのクラシコを付ける事が多かった。
しかし毎日のように付けて使っていたため、早くも少し痛んできた。
クラシコはステッチのない薄いタイプのベルトのためか、劣化するのが早いようだ。
そこで新しいスタンダードを探していた。
幅17mmという中途半端なサイズにもかかわらず、ペランの店頭在庫は各サイズ揃っているので助かる。
しかもデザインもスマートでなかなか格好いい。
残念なのはアンチスエット仕様ではないことで、気は進まなかったが、今回は裏面に液体ラバーを塗った。
店頭でいろいろ試してみて、もっとも合っていると思い、このベルトの購入を決めたのだが、こうして実際に本体に付けて写真に撮ってみると、必ずしも最良の組み合わせとは言い難い。
難しいものである。
このベルトを腕に着けると、手元がすっと明るくなる。
まあ組み合わせる服装によるのだろうが、もう少し暗い色にした方が扱いやすかったかもしれない。
僕はオフの時にバセロンを着けることが多いのだが、カジュアルな服装には合っていないと家族から指摘されていた。
金無垢のボディに高級感があり、時計が主張しすぎるのだ。
この組み合わせではさらにその傾向が強まりそうだが、安価なベルトではないので、しばらく使ってみようと思う。
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地下鉄
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名古屋に出張した時、名古屋駅を中心に、支線にある客先を回った。
名古屋駅からどのくらい乗るのか、何時に出れば何時に到着するのか、あらかじめ路線情報を調べて、それに基づいて行動した。
ところが肝心のホテルがなかなかみつからなかった。
当然駅周辺を探したが、どのビジネスホテルも満室で、やっとみつけたのはかなり離れたところにある観光客向けの大型ホテルだった。
そんなに離れたところになるとは思っていなかったが、とにかくタクシーで名古屋駅からホテルに向かってもらった。
翌朝、得意先に向けて出発しようとしたが、名古屋駅を始点に考えなければ、どう動けばいいのかわからない。
と言っても、タクシーで移動したので、どちらが駅の方向かもわからない。
とりあえずホテルの前にいたタクシーに乗り、運転手さんに名古屋駅に連れて行って欲しいと頼んだ。
運転手さんが何線に乗るのか聞いてきた。
名古屋駅は広いので、線によって停める場所が変わってくるのだという。
僕が○○線というと、それは地下鉄の?と聞き返してきた。
名古屋に詳しくないので、地下鉄かどうかもわからないと答えた。
それより行き先を言うべきだと気付いて、○○に行きたいのだと言った。
しばらく考えていた運転手さんは、わかったと答えて車を出した。
ところが数メートル走り、最初の角を曲がったところですぐに停まってしまった。
はい、ここが地下鉄の入り口です・・という。
最初は意味がわからず呆気にとられた。
どうやらホテルの所在地が、名古屋の駅から目的地までの途中にあることがわかってきた。
名古屋駅まで戻るのは馬鹿々々しいので、ホテルに隣接した地下鉄の駅まで送ってくれたのだ。
それもトランクを持った僕のために、わざわざ地下に降りるエレベータがある場所を選んでくれた(笑)
ぶっきら棒に見えた運転手さんだが、それなりに気を遣ってくれているようだ。
まあ距離にして50mほどで500円支払ったのだが・・・(笑)
僕は運転手さんにお礼とお詫びを言い、荷物を抱えて地下に降りていった。
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得たもの 3
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被災した知人は今年定年になる。
しかし会社から、もう数年働いて欲しいと頼まれていた。
震災前は承諾していたのだが、今回の震災を通じて考えが変わったという。
今までは、会社で働いてそれに対する報酬を得る・・の毎日であった。
その繰り返しの日々であった。
しかし自然界からの容赦のない仕打ちと、みなで共同して生きていくしかなかった震災の体験は、今までの生き方に疑問を生じさせた。
自分には残りの人生でやるべきことがあるのではないか・・という思いを持つようになったのだ。
人のために何かをする、という生き方に、目覚めた人が多いと知人は言う。
それまで計算高い生き方をしていると思われた人まで、自らの資産を投げ打ち、人を助けようとしたのは意外であったという。
震災から、新たな価値観を得たのだ。
知人は、まずは復興のための手伝いを始めた。
ボランティアに混ざり、重い汚泥の除去作業に従事した。
しかし年齢が年齢なので、重労働に体が音を上げてしまい、長く続けるのは無理なことがわかった。
そういう作業は、ボランティアの若者のパワーにはとても敵わない。
しかし自分に出来ることもあるはずだと、知人は様々な手伝いを試みている。
仮設住宅の人たちは、ある期間で出て行くしかなく、そのタイムリミットが重荷になっている。
その人たちのために、何か力になれるのではないかと知人は模索している。
実のところ、これは義務でやろうというのではなく、ボランティアに身を投じる生き方が、楽しくて仕方がないのだという。
今までに無い生き甲斐を感じるようになったのだ。
その「やりたいこと」を実現するには、あと数年会社で働いたのでは、恐らく機を逸してしまう。
そのために会社からの申し出を断ろうと知人は考えている。
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得たもの 2
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地震の後の一週間は地獄であったという。
ガスも電気も水道も停止し、食料も供給されることはなかった。
結局自分で何とかして、生きていくしかなかった。
生き残った人たちが集まり、食べ物を出し合おうとしたが、皆大した備蓄はなかった。
自治会の会長は地元の工務店の社長であったが、会社は津波で全壊してしまい、精神状態がおかしくなり何も出来なくなっていた。
頭を抱えて何もしたくないと塞ぎ込んでいる。
仕方なく残った人たちで、どうしたらいいか話し合った。
まずは一人暮らしの老人宅をリストアップし、手分けして生死を確かめて回った。
その後の食料供給の停止を考えると、その確認をしなければ新たな死者が出ただろう。
食料は農家などを回り、少量ずつ分けてもらった。
バーベキューで使った炭をみつけ、大きな鍋をみつけ・・と、ひとりひとりがアイディアを出し合った。
おかずはもちろん入手できず、ご飯に梅干だけの生活が続いた。
水の確保が生命線で、これに一番苦労したという。
最低限水がなければ、生きていくことが出来ない。
毎日川まで歩き、容器に生活用水を汲んでくるという、原始的な生活になった。
飲料水は配給に頼るしかなく、給水車を保有する会社に頼んで貸してもらい、それで毎日2回みなに運んだ。
地域の人たちが知恵を出し合い、共同して生きるための努力をした。
地震に備えて3日分の食料を確保しておけといわれるが、実際にはそれでは足りなかったという。
救援物資は、家を失い避難所で暮らす人たちには届いたが、自宅に留まった人たちには届かなかった。
市が届けてくれたのは、一週間でカロリーメイト2本だけであったという。
2箱ではなく2本である。
家族が3人いるから3本くれないか頼んだところ、一軒あたり2本が決まりだからと断られた。
これでは生きていけないと避難所にも行ったが、狭い体育館に600人からの人間が詰め込まれており、臭いがきつくて辛く、結局自宅に戻った。
その人たちに比べれば、まだ自分たちは幸せだった。
しかし自らの力で生きていくしかなかった。
給水活動への感謝の意味で、パンを2個支給されたが、賞味期限切れのものであった。
避難所には大量の食物が届けられており、その中から新しいものを選って食べていくので、どうしても古いものが残るのだ。
職員に期限が2日過ぎているよと言ったら、「大丈夫です、私なんか一週間過ぎたのを食べましたから」と言われ、そういう問題ではないだろうと苦笑したという。
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得たもの 1
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東北に住む知人と20年ぶりに話す機会があった。
知人の家は海からそう離れていなかったが、たまたま少し高台にあり、津波の被害は免れた。
水はほんの足元まで迫り、家のすぐ下にある駐車場は泥まみれになった。
しかし建物が古かったため、地震の揺れであちこちがひしゃげて隙間が出来てしまい、寒くて仕方がないという。
知人によれば、車で逃げた人の多くが亡くなったという。
海岸近くに住む娘さんの親友の家では、10mの津波が迫っていると聞き、その4階建ての家では助からないと判断した。
母親と娘を車で先に逃がしたが、結局家に残った男性たちが助かり、車で逃げた女性は波に巻き込まれて亡くなったという。
自分の車を捨てて逃げるというのは、なかなか難しいことで、判断の一瞬の迷いが命取りになった。
渋滞にはまり動けないでいるところを、波に襲われたのだ。
周囲を金属で囲まれた車の中の方が安全・・という錯覚を起こすのかもしれない。
陸上を波が進む速さは意外に遅くて、すべてを捨てて必死になって走ったものが、結局助かったという。
もうひとつ、水泳の上手い人も亡くなった比率が高かったという。
泳げない人は水を極端に恐れているので、津波の危険を感じると、いちはやく逃げ出してしまう。
泳ぎに変に自信のある人は、まだ大丈夫と思っているうちに判断が遅れて、結局津波の犠牲になった人が多かった。
実際には津波のエネルギーは凄まじく、その中を泳げるような状況ではないのだ。
コンクリートの建物以外すべてが消えてしまった瓦礫の中に立ち、そこがかつては沢山の人が生活していた場所で、恐らく多くの人が助からなかったことを思うと、大粒の涙がポロポロと出てきたという。
この光景を家族にも見せておかなければと思い、妻子をその場に連れてくると、やはり大粒の涙を流した。
ほんの数日前に、貝を拾いに行った海岸に出てみると、そこにあったはずの家々はすべて無くなっていたという。
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流行
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時計趣味の日の浅い僕が偉そうに言うことではないのだが、この数年、時計の形状は極端に大型化している。
電車の中などで、自分の腕より幅の広い時計をしている若者をよく見かける。
女性が男性用の時計をしていることもある。
時計の流行は、以前は技術的な進歩に沿う形で発展し、常に小型化することが目標であったという。
それが現在は、そこから外れた方向に進んでおり、しかもその新しい流れが意外に長く続いている。
高価な機械のイメージから脱却し、ファッション・アイテムとしての色合いが強くなったのだろう。
ベルトの幅も当然それに合わせて広くなる。
メーカーの現行機種からカン幅18mmの時計をみつけるのは難しく、ほとんどのモデルが20mmか22mmである。
ところが大型店の時計ベルト売場に行ってみると、幅18mmのベルトの在庫が一番充実している。
やはり歴史的なスケールで見るとそのサイズが主流なのだろう。
少し古い時計を集めるようになると、カン幅18mmが一番多いのがよくわかる。
機械式腕時計は一生ものと言われるが、案外現在売られているものは一生ものにはならないのではないかと思う。
流行が去ると、腕より幅のあるような巨大な時計は、失笑を買う対象になる可能性が高い。
もちろん時代の流れと共に、再度大型の時計がもてはやされることもあるかもしれないが・・・
昔パンタロンが流行った頃の写真を、すべて焼き捨ててしまったという人を知っている。
流行がエスカレートして裾がどんどん広がっていき、それに踊らされてとんでもない形のジーンズを履いて歩く自分の姿は、後から見ると顔から火が出るほど恥ずかしいものであったという。
大型の時計にも、いつかそういう日がくるかもしれない。
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