史跡料亭


D3X + AF-S NIKKOR 35mm f/1.4G

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長崎での初日、史跡料亭として有名な花月に行った。
昼食を予約しておいたのだ。
明日からお店が休みになってしまうというので、運が良かった。

飛行機で到着後、ホテルで荷物を受け取ってから、すぐにタクシーで向かった。
途中で雨が降り出し、そのうちかなりの大雨になった。



長崎に行くと決まった時に、Mrs.COLKIDにこれを読むべきだと「ふぉん・しいほるとの娘」を渡した。
厚みのある上下巻の長い小説である。
出発前に読破するのは厳しいかと思われたが、ぎりぎりで読み終わったようだ。



当然旅行はシーボルト関連の場所が中心になった。
本で読んだばかりなので、臨場感に溢れており、わくわくする体験の多い旅行となった。

長崎の花街であった丸山町の中心にあった遊郭引田屋、その庭園に作られた御茶屋が花月の前身である。
ここの遊女であった其扇が日本でのシーボルトの愛人であり、娘のお稲は女性初の産科医となる。
まずは旅が引田屋から始まったのは当然ともいえる。



有名な卓袱(しっぽく)料理は、ネット上では賛否両論だが、個人的には十分に満足した。
関東の客から薄口と評価されたそうだが、必ずしもそうは感じず、むしろちょうど良いと思った。
実を言うと、我が家は僕の体を意識して、普段から相当薄口の味付けらしい(笑)
料理のボリュームもあり、これで今回の旅の目的は果たしてしまったような充実感があった。



料理の始まりには、ちゃんと女将が部屋に挨拶に来て、「お鰭」と呼ばれる吸い物からスタートする。
そういうしきたりなのだ。
中国や欧米の様々な料理を来訪者から学び、それを独自に発展させていったという料理だ。
国際都市長崎ならではのものといえる。



部屋は有名な春雨の間。
日本初の洋間といわれている。
和風の花鳥画の描かれた天井、中国風の窓枠、タイルの床と、様々な文化の集合体になっている。
ランプは東インド会社のものだという。



花月は歴史上の様々な有名人から贔屓にされてた。
客には多くの文人も含まれ、今でも彼らの残した作品が多く残されている。
食事前に仲居さんから、それらを見せていただいた。
また其扇がいたという部屋も案内していただいた。



坂本龍馬がお気に入りだったという竜の間には、龍馬がつけた刀傷が柱に残されている。(下の写真)
本当に龍馬がつけたとしたら、酔って刀を振り回して見せたのだろうか。
上野彦馬の写真は一枚数万円相当の金がかかったというから、いくつものポーズで撮影し、このような料亭に通った龍馬はかなり金回りが良かったと思われる。
やはり基本的に商売人だったのだろう。

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