酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「ヤクザと家族」~若き俊英が問う<身を賭すこと>の意味

2021-02-13 19:49:12 | 映画、ドラマ
 チック・コリアが亡くなった。フュージョンとカテゴライズされるジャンルとは距離を置いていたが、「リターン・トゥ・フォーエヴァー」(ソロ名義)、ゲイリー・バートンとの共作など静謐なアルバムは最高の癒やしだった。様々な音楽を坩堝の中で燃焼させた革命児の死を悼みたい。

 新宿で先日、「ヤクザと家族 The Family」(2021年、藤井道人監督)を観賞した。予習に使ったのは日本映画専門チャンネルで録画しておいた同監督の前作「新聞記者」(19年)である。〝どうして映画館で見なかったのか〟が率直な感想で、タイミングが合わなかったことを悔やんだ。

 映画館が閉鎖中だった昨年、BSやスカパーで見逃していた作品を視聴した。「国際市場で逢いましょう」、「最愛の子」(ともに14年)、「ジョーカー」(19年)はいずれも年間ベストワン級だったが、「新聞記者」も同様だった。東京新聞・望月衣塑子記者原作の映像化で、主人公の吉岡エリカ記者を演じるのはシム・ワンギョンだ。

 吉岡は上司の陣野(北村有起哉)から新大学構想についての調査を命じられる。現実に照らせば、安倍前首相の肝いりで生物兵器の開発を視野に入れた加計学園となる。取材を進めるうち、吉岡は内閣情報調査室の杉原(松坂桃李)の協力を得て恐るべき真実に到達する。杉原、外務省時代の上司である神崎(高橋和也)ら良心的な官僚たちの壁になっているのが、内調を束ねる多田(田中哲司)だ。多田が声をひそめて電話している相手は菅官房長官(現首相)か。

 日本アカデミー賞6冠など数々の栄誉に輝く作品ゆえ、紹介はここまでで、「ヤクザと家族」との共通点を挙げておきたい。まずは抑え気味の映像だ。「新聞記者」は権力の闇を表象するブルートーンで、「ヤクザ――」ではダークな夜景シーンがメインだ。藤井監督は巧みなカットバックで登場人物の心情を対比し、全体像を浮き彫りにする。

 作品のベースは血の繋がりを超越した家族で、主要な登場人物は絆を前面に身を賭している。1999年、2005年、2019年に焦点を当てた3部構成で、山本賢治(綾野剛)を軸に、幾重にも家族の絆が紡がれていた。賢治の父は覚醒剤に手を出して死ぬ。覚醒剤を憎むあまり暴力団の抗争に巻き込まれた賢治は、偶然危機を救ったことがある柴咲組組長(舘ひろし)と親子の盃を交わした。

 賢治にとって柴咲はオヤジで、アニキである若頭の中村を演じるのは「新聞記者」で重要な役を演じた北村だ。義理と人情に生きる時代遅れの柴咲を支える中村と賢治は屈曲した〝肉親の情〟に縛られていた。2019年、出所した賢治だが、かつての弟分である細野(市原隼人)は暴対法施行後、カタギになっていた。携帯も買えず、銀行口座も開けないのがヤクザの現状だ。元であっても組員は就職出来ないし、家族も職場や学校を追い出される。

 〝ヤクザの肩を持つな〟と言われかねないが、前稿で紹介した在日ベトナム人の苦悩の背景にあるのは、ヤクザに代わって人身売買を推進する政官財だ。<警察=善、ヤクザ=悪>の構図は後半で顛倒する。拝金主義の加藤組と結託し、甘い汁を吸う大迫刑事(岩松了)がその典型で、「新聞記者」で「この国に民主主義は必要ない」と断言する多田と重なる部分も大きい。
 
 ラストに近づくにつれ、壮大な叙事詩から神話の領域に飛翔する。回転軸になるのは14年ぶりに賢治が再会した由香(尾野真千子)と綾(小宮山莉渚)の母娘だ。フルスロットルさせるのは、賢治行き着けの焼き肉屋店主である愛子(寺島しのぶ)の息子である翼(磯村勇斗)だ。幼い頃から賢治に憧れていた翼はかつての賢治同様、半グレのリーダーで、外見もそっくりに成長していた。20年前の父の死の真相を知った翼を、賢治は優しく抱き留める。

 賢治が海底に沈んでいくシーンで、オープニングとエンディングは繋がっていた。賢治は愛と家族のために身を賭し、中村の選択と細野の苦悩を受け止める。由香との思い出の埠頭で翼と綾は出会う。賢治にとっての息子と娘の邂逅に俺の目は潤んだ。悲劇的結末の先に射した希望の灯である。

 激情と哀しみを表現し切った綾野、諦念と優しさを体現した舘と、名優たちの演技も心に残る。藤井監督(脚本も)の才能に驚嘆せざるを得ない。まだ34歳だが、既に膨大な作品を発表している。ネットフリックスで公開される米倉涼子主演のドラマ「新聞記者」にも期待したい。
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