酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「チェ39歳 別れの手紙」~美しい卵の割れ方

2009-02-19 05:50:23 | 映画、ドラマ
 <私は常に壁(体制)にぶつかって割れる卵(抵抗者)の側を支持する>……。

 村上春樹氏のファンではないが、イスラエル文学賞授賞式でのスピーチに強い感銘を受けた。村上氏は大統領らお歴々が集う前でガザ侵攻を批判し、<壁と卵>の見事な比喩で自らの立場を表明した。

 さて、本題。今回はソダーバーグのゲバラ第2弾「チェ39歳 別れの手紙」について記したい。正直に感想を述べれば、ゲバラにシンパシーを抱かぬ者にとって極めて退屈な映画だと思う。第1弾「28歳の革命」では、ニューヨーク来訪時(64年)のエピソードがリアルなゲリラ戦を際立たせる形でインサートされていたが、第2弾には仕掛けがなかった。

 ゲバラが革命後のキューバに倦み、ソ連に反発するところから始まると想像していたが、その辺りは割愛され、オープニングはボリビア潜入だった。第1弾のダイナミズムや高揚感と無縁のボリビアでの闘いを、一本の時系で描いている。孤立し、先細りするゲバラの部隊に重なったのは義経一行の都落ちだが、ソダーバーグはヒロイズムや美学で彩ることなく、死に近づくゲバラの素顔に迫っていた。

 <1人のゲバラの背景に100人のゲバラがいる。いや、100人のゲバラが存在しないと1人のゲバラも生まれない>……。「28歳の革命」についての稿(1月29日)で、俺はこのように記した。

 残念ながら当時のボリビアには、1人のゲバラしか存在しなかった。士気は低下し、脱落する者も続出するが、ゲバラは決して希望を失わない。ゲバラとは、巨大な壁に自らを打ちつけ、美しく割れた卵だったのだ。

 <絶望的な状況こそ、革命家を育てる。我々の敗北を教訓に、次の世代が革命を成就させるだろう>……。

 気力が萎えた同志たちにゲバラはこう語り掛けていた。キューバの再現を恐れたアメリカはボリビアに介入し、ゲバラの試みを潰した。その死から39年、遺志を継いだ左翼政権が誕生する。

 ゲバライズムをアメリカがいかに恐れたかを示すのが「スパイ大作戦」(66~73年)だ。声高に抵抗を呼びかけるヒゲ面のゲバラもどきはその実、金目当ての山師だった……。こんな設定のエピソードを幾つも見た。保障された安穏を擲ってゲリラに身を投じるなんて、当時も今も、アメリカ人の価値観の対極に位置するに相違ない。

 2部作を通して感じたのは、ゲバラの崇高で鮮烈な生き様だ。翻って愕然とするのは、我が身の愚かさと卑しさである。恬淡と寛容が後半生の目標だが、ゴシゴシこすっても、濾紙を通しても、穢れは心から消えそうにない。ゲバラは俺にとって、遥か彼方で輝く星なのだ。


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2 コメント

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Unknown (さくらみるく)
2009-02-19 08:55:03
村上春樹さんの発言は、日本人にしては非常に粋であり、先に世界に醜態をさらしたばかりの日本人としては誇らしい思いがしました。

ゲバラの映画は観たいと思いつつ叶っていません。
武装蜂起が正しいかどうかには賛否両論あるでしょうが、彼の魅力的な人柄に触れるたびに現在のぬるま湯に浸ったような状況はどうしたことかと考えさせられます。
不況を「国力を伸ばすチャンス」と捉え、世界中から有数な人材のスカウトに努めているシンガポール。アメリカの厳しい経済封鎖の元にありながら独自の方法で自国を維持、発展させているキューバ。不況下であっても自らの力で生き抜こうとするたくましさと知恵に溢れ、人間の力を証明するかのようです。翻って日本の最近の醜態はどうしたことでしょうか。
やはり、自分たちで血を流して自由を勝ち取った者の誇りが無いからなのでしょうか。血は流したとはいえ貫いたのは愚かな狂気でしかなく、敗戦後はアメリカに飼い殺される中、評価されていたはずの日本人の美点すらも失われつつある。。。

中から見ていただけではわからないと言われますが、確かに他国と比較すると、わが国の状態がよくわかりますね。

今の状態が、より明るい日本を作るためのよいきっかけになるようにと祈らずにおれません。いや、しなければならないのでしょうね。何ができるのでしょうね。もはや特定の政党を支持して丸投げにしていても良いような時代ではありません。学ばねばならないと思いますが、今から学んで間に合うのでしょうか。。
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遅いということはない (酔生夢死浪人)
2009-02-19 20:44:15
 中川氏とは好対照でしたね、村上春樹氏は。

 10代のスポーツ選手、石川遼や三浦皇成は自己表現力が素晴らしい。血縁が意味を持つ政界が、日本で最もレベルの低い領域かもしれない。そういえば、中川氏も首相同様、2世議員です。

 「別れの手紙」でゲバラは、ボリビア共産党幹部から武装蜂起について疑問を提示され、厳しい状況を挙げて闘う意味を説きます。当時のボリビア、そして革命以前のキューバはアメリカの属国ゆえ、巨大な影響力を排除するには武器を取るしかなかった。ボリビアでは惨敗したゲバラでしたが、精神は受け継がれ、死の30年後、南米で左翼政権が続々誕生する精神的な土壌になった。

 確かに日本の現実は目を覆うばかりですか、ゲバラなら自信を持って語るでしょう。「学ぶこと、希望を抱くことに遅すぎるなんてない」と。彼を支えたのは人間に対する信頼と楽観主義だと思います。






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