酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「英雄はそこにいる」~自己犠牲と破壊願望の彼方に

2014-02-25 23:19:40 | 読書
 別稿(12年5月)で、都内で行われたシンポジウムのレセプションに紛れ込んだ知人の目撃談を紹介した。登壇した野田前首相は「ご指導のほどをお願いします」と居並ぶ面々に低姿勢で挨拶し、会場を後にする。陰謀論好きによると、あの場にいたのは、息のかかった者をトップに据え、陰で世界を操る輩だという。

 野田前首相も傀儡として、原発再稼働、TPP参加、弱者切り捨て、消費税増税、辺野古移設を粛々と進め、安倍政権に向けた地均しをした。俺はその稿で<99%が覚醒して叛乱を起こせば、怪しい会議なんて吹っ飛ばせる>と書いたが、その通りのことが起きていた。現実ではなく、フィクションの世界で……。

 「カオスの娘」(07年)の続編である島田雅彦の「英雄はそこにいる」(12年、集英社)を読了した。前作では蜃気楼のように揺れていたブラックハウスだが、本作では実体ある影としてこの国を覆っていた。3・11後の日本を組み込んだ超弩級のエンターテインメントで、作者自身の脱原発の思い、政治への絶望が色濃く反映している。「カオスの娘」について<神の怒りに通じる憤りと破滅願望が滲んでいる>と記したが、本作はよりエモーショナルな衝動に貫かれている。

 主人公は前作に続きシャーマン探偵のナルヒコで、評判を聞いた穴見警部に要請され、女性刑事の八朔とともに迷宮入り事件の現場に足を運ぶ。「ホステス誘拐事件」、「ジャーナリスト連続殺人事件」、「山手線死体遺棄事件」、「中央線沿線通り魔殺人事件」、「歌舞伎町水難事件」、「不動産業者殺人事件」……。無関係に思えた未解決の難事件がナルヒコの霊視により、同心円であることが判明した。

 浮かび上がってきたのは〝完璧なテロリスト〟サトウイチローだ。知性、体力、胆力、魅力的な容貌を併せ持つ30代半ばのイチローは、絶滅したはずのDNAを体内に刻み、繰り返し痕跡を消されている。ともに〝絶滅種〟で、人知を超えたパワーを有する者同士として、ナルヒコはイチローと対峙しつつ共感する。二人はまるで合わせ鏡のようだ。

 橋下徹大阪市長や金正恩総書記をモデルにした人物が登場するなど、物語はミステリーからポリティカルフィクションへと主音を変えていく。ブラックハウスのボス、組織に火を放たんと試みるイチロー……。時に和解を偽装する父子の相克は、ギリシャ神話のゼウスとヘラクレスを下敷きにしている。

 首長暗殺、そして反原発を掲げる宗教団体「世界市民連盟」指導者の影響力を削ぐこと……。イチローは二つのミッションを与えられる。前者は実行したが、後者で手のひらを返す。ブラックハウスの存在が日の下に晒され、ネット上で直接民主主義の叛乱が起きる。イチローは英雄視され、世間の喝采を浴びるのだ。

 政官財のみならず、警察もまた<1%>に蝕まれており、ブラックハウスに叛旗を翻したイチローを抹殺する方針で捜査は進む。イチローが説く<99%>にとっての幸福、イチローが断罪する<1%>が富と権力を収める構図……。いずれの側に正義があるかを悟ったナルヒコ、穴見、八朔はイチローの〝共犯者〟であることを選んだ。

 島田作品の登場人物には温かい血が流れている。「無限カノン三部作」のカヲル同様、本作のナルヒコやイチローも情義に厚く、自己犠牲を厭わず真実を追求する。壮大な悲運にカタルシスを覚えるのだ。俺の目に島田は<極めて危険な作家>と映る。もちろん褒め言葉だが、それゆえに文藝春秋は芥川賞を与えなかったのではないか。


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2 コメント

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フィクションの世界だけでなく (BLOG BLUES)
2014-02-26 10:18:20
こんにちは。『99%が覚醒して叛乱を起こせば、怪しい会議なんて吹っ飛ばせる』。

これは、おまかせ民主主義を越えてゆく戦いですね。先の参院選で、緑の党とその推薦候補である三宅洋平が唱え、今回の都知事選で、有象無象が集まった「東京デモクラシー」。

未だ99%のごく一部に過ぎず、覚醒、叛乱というほどラディカルなものではないでしょうが。現実に萌芽はある、端緒についたと言えなくもない。課題は、どう拡げていくか?芽のうちに摘み取るのは「システム」の常套だから、そこをどう抗うか?

運動論などとしゃちこばらないで、勢いのまま楽しくやる、ひたすら情義に訴える、真っ向勝負が気持ちいいし、気持ちいいものでないとダメなんじゃないかと思うのですが。どうでせうか。
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楽しむこと、遊ぶこと (酔生夢死浪人)
2014-02-28 00:58:14
 1930年前後、そして60年代後半から70年代前半において、この国には自由な気風が横溢していて、同時に激しい闘いがあった。

 40年周期かもしれませんが、今の日本にも、とりわけ宇都宮氏を支持した若者の中に、創意工夫としなやかな表現を感じました。

 むろん堅苦しい議論も必要だけど、楽しむこと、遊ぶことも必要だと思います。
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