酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「Shirley シャーリイ」~日常と幻想の狭間に

2024-07-13 16:38:12 | 映画、ドラマ
 欧州サッカー選手権決勝は熱さが魅力のスペイン、異次元のスター軍団イングランドの組み合わせになった。期間中、テュラムらと<国民連合による権力奪取阻止>を訴えたエムバペは、政治的な願いは叶ったものの、自身の鼻骨骨折もあって精彩を欠き、準決勝でスペインに屈した。半世紀にわたって応援しているオランダは、ボール支配力ではわたり合えたが、タレントの質でイングランドに及ばなかった。見応えある決勝になりそうだが、煌めきの差でスペインが上回る気がする。

 新宿シネマカリテで「Shirley シャーリイ」(2019年、ジョセフィン・デッカー監督)を見た。スティーヴン・キングに影響を与えた〝魔女〟シャーリイ・ジャクソンの伝記映画で、舞台は1950年前後のバーモント州ノースベニントンだ。魔女と呼ばれた理由は、作品が人の心に潜む<悪>を抉り出すからで、「ニューヨーカー」誌に掲載された短編「くじ」には抗議の投書が殺到したという。シャーリイの作品も購入する予定なので、機会を改めて感想を記したい。

 前稿で紹介した「侍女の物語」のドラマ版「ハンドメイズ・テイル」(Hulu制作)で主演を務めたエリザベス・モスがシャーリイを演じている。夫のスタンリー(マイケル・スクールバーグ)はベニントン大学教授で文学を教えている。シャーリイとスタンリーの夫婦は共依存、もしくは〝共犯関係〟とも取れるが、女好きで俗物のスタンリーはシャーリイを執筆に集中させるマネジャー的存在だ。

 映画化に際して設定も変わっている。夫婦には子供が4人いたが、本作には登場しない。その代わりといってはなんだが、スタンリーの助手を務めるフレッド(ローガン・ラーマン)と「くじ」に感銘を覚えたローズ(オデッサ・ヤング)の若夫婦がシャーリイ宅に居候することになった。引きこもっているシャーリイが執筆出来るよう、家事全般を行ってほしいというスタンリー直々の頼みである。

 シャーリイが魔女と呼ばれるゆえんは、作品だけでなく周りと軋轢を生じさせてしまう性格にもある。群れるのを嫌い毒を吐く。ローズの妊娠をたちどころに見破り、「女性の体に敏感なの」と話すシャーリイに違和感を覚えたが、実際に何度も妊娠を経験したことを重ねれば納得か。嫌い合っているように思えたシャーリイとローズだが、距離は次第に縮まっていく。

 シャーリイはスランプに陥っていた。ベニントン大に通っていた女子大生ポーラの失踪事件を題材にした「絞首人」の構想を練っているうち悪夢にうなされ、現実と幻想の境界を彷徨うようになる。ローズはそんなシャーリイを気遣い、病院のカルテや学籍簿を入手するなど協力するようになる。シャーリイとローズは母娘の、そしてレズビアンのような感情が芽生え、生まれてくる子供を含めた絆に紡がれる。毒キノコ(実はそうではなかったが)を2人で食べる場面が印象的だ。

 シャーリイが伝えた真実で、フレッドとローズの間に亀裂が生じた。品行方正でエリート然としたフレッドの仮面が暴かれたのだ。未婚の俺は、結婚の意味を考えてしまう。激しいパンチの応酬で疲弊していたはずの夫婦は、小説が完成するや一変する。スタンリーが絶賛すると、承認欲求を満たされたシャーリイは浮き浮きした表情になり、2人でダンスに興じる。若夫婦は厄介払い? いや、そもそも存在したのだろうか。

 ラスト近くでシャーリイとローズは、ポーラの幻影を追うように森の奥に進み、崖っ縁に立つ。フェミニズムを掲げてはいないが、日常と幻想の狭間で、女性であることの哀しさがスクリーンからはじけてくる作品だった。
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