酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

PJハーヴェイの崇高なパフォーマンス~世界観と意志の力で軽やかに壁を超える

2017-02-01 22:44:56 | 音楽
 先週末は「よってたかって新春らくご'17」(よみうりホール)に足を運び、気鋭の噺家たちの話芸を愉しんだ。柳家三三「転宅」→桃月庵白酒「ちはやふる」→春風亭一之輔「夢八」→三遊亭白鳥「天使がバスで降りた寄席」の順に高座は進む。枕もそれぞれ風刺が効いており、2時間余は瞬く間に過ぎた。

 「転宅」は馴染んだ演目だが、「ちはやふる」は年明けの一之輔といい、今回の白酒といい、演者の工夫でアヴァンギャルドに貌を変える。初めて聞く「夢八」で力業を披露した一之輔は「プロフェッショナルの流儀」(3月頃?)に登場する。落語家では柳家小三治に次いで2人目だ。ブラックな白鳥は、一之輔マークの撮影班を意識してか、「NHKではオンエアは無理です」と枕を締めて、ジャニーズをネタに破天荒な新作を披露した。

 一昨日(30日)は辺見庸講演会(紀伊國屋ホール)に足を運んだ。深くて重い言葉が未消化のままなので次稿に回し、今回はPJハーヴェイの来日公演(31日、オーチャードホール)の感想を記したい。22年ぶりの単独公演で、俺にとってPJ初体験である。

 1992年にデビューしたPJは、マーキュリープライズ(UKベストアルバム賞)に2度輝いた唯一のアーティストだ。最初の受賞作「ストーリーズ・フローム・ザ・シティ、ストーリー・フローム・ザ・シー」(01年)からは演奏されなかったが、2度目の前作「レット・イングランド・シェイク」(11年)からは3曲がセットリストに含まれていた。

 「レット――」の延長線上にある最新作「ザ・ホープ・シックス・デモリッション・プロジェクト」(16年)からは全11曲が演奏される。国内盤を買ったのもかかわらず、ゴミに紛れたのか、歌詞カードとライナーノーツが見当たらない。それでも、<壁も境界も超える自由で寛容な精神>に根差したPJの<世界観>が伝わってきた。

 PJを含め10人編成のバンドは、エミール・クストリッツアやトニー・ガトリフの作品に登場するバルカン、あるいはロマの楽団のように登場する。「ザ・ホープ――」は仮想のロードムービーで、コソボ、アフガニスタン、ワシントンDCを巡り、そこで触れた世界の真実――癒えぬ戦争の傷、広がる貧困、差別と軋轢――を作品に組み込んだ。アルバムのコンセプトそのまま、10人が担当楽器を変え、時にハモり、踊る。

 PJは曲によって声を使い分け、シェイプされたセクシーな肉体、表情の変化、柔らかいしぐさで客席の目を惹きつけながら、自身もまたバンドに気を配り、メンバーの〝心の糸〟を手繰り寄せている。痺れるような緊張感と闘いながら、荘厳で祝祭的な音を紡いでいた。初期衝動で世界を瞠目させたPJは、呪縛を解き放つように脱皮し、今では成熟した調和を体現している。

 ことロックに限れば、女神に愛されている時間は決して長くない。ロックとは微分係数、瞬間最大風速だから、勢いを維持するのは簡単ではない。デビュー四半世紀を経て、「ザ・ホープ――」が初めてチャート1位を獲得したように、PJは今、キャリアのピークにある。死の間際に「ザ・ネクスト・デイ」、「★」とベルリン3部作に引けを取らないアルバムを発表したデヴィッド・ボウイは別にして、PJも奇跡の道程を歩んでいるのだ。

 英国のEU離脱が決まった直後、PJはグラストンベリーのステージ上で、ジョン・ダンの詩を朗読した。<いかなる人も大陸の一部であり、全体の一部である。土壌が海に洗い流されても、ヨーロッパが失われないように>という一節が含まれる詩で、PJは離脱を弔鐘のように受け止めたことが窺える。あれから7カ月、壁と境界線を声高に叫ぶトランプの声が、世界を席巻しつつある。

 PJは何かを訴えるかもしれないと予想していたが、MCは一切なく、アンコールでステージに戻った時、日本語でたった一言「ありがとう」……。<私は曲で全てを表現しているから、言葉は必要ない>がPJの真意だと想像している。<壁>を否定するPJが、必要以上に<言葉の壁>にこだわっていたとしたら……。そんなことはないだろう。

 今回のパフォーマンスに触れ、<俺の仮説=PJはパティ・スミスを超えた>が真実だと確信した。PJこそ史上最高の女性ロッカー? いや、ロックという括りでPJを語ることは無意味だろう。PJは世界観と意志の力で、<ロックの境界線>を超越した。ジャンルを問わず現在、最も注目されるべき表現者だと思う。

 PJが示した未踏の境地に、近づいてくれるのでは……。そんな期待を寄せているダーティー・プロジェクターズが5年ぶりに新作を発表する。俺の〝過大〟な期待に応える作品であることを願っている。
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