酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

日本人の原像を問う「沈黙-サイレンス-」

2017-02-09 23:10:40 | 映画、ドラマ
 新宿で先日、「沈黙-サイレンス-」(16年、マーティン・スコセッシ監督)を見た。2時間40分の大作だが、緩みは一切感じなかった。シーンの数々がスクリーンから体の中に浸潤し、陰画になって心の壁に貼り付いてくる。信じるとは、闘うとは、信仰とは、キリスト教とは、江戸時代とは、武士とは……。それらの問いが坩堝で混ざり合い、<日本とは、日本人とは何か>に収束していく。

 遠藤周作の原作「沈黙」(1966年)を読まれた方は多いだろう。篠田正浩監督による映画(71年)をご覧になった方もいるはずだ。ストーリーも広く知られているから、ネタバレを気にする必要はない。反芻しながら去来した思いを以下に記したい。

 島原の乱が鎮定された後、切支丹への苛烈な弾圧が始まった。農民たちだけでなく、イエズス会の宣教師も棄教を迫られる。フェレイラ神父(リーアム・ニーソン)の消息を探るため、ロドリゴ(アンドリュー・ガーフィールド)とガルベ(アダム・ドライヴァー)の2人の神父が、キチジロー(窪塚洋介)の手引きで長崎に上陸した。待ち構えていたのは井上筑後守(イッセー尾形)である。

 スコセッシは人間キリストを描いた「最後の誘惑」(88年)で物議を醸したが、当時から「沈黙-サイレンス-」の映画化を準備していた。感心したのはキャスティングで、上記以外にも浅野忠信(通辞役)、塚本晋也(モキチ役)、笈田ヨシ(イチゾウ役)らが個性的な演技で作品を支えていた。

 来日した宣教師は、大名から足軽に至るまで、武士の変わり身の早さに衝撃を受けたという。その典型が洞ケ峠で、得になる方に付くというのが<素の武士像>である。様々な美学に飾られている武士道の本質を突いたのは「子連れ狼」で、拝一刀は「帯刀しているから武士ではなく、士たる魂を秘め、正しく振る舞う者が武士である」と語っている。その伝でいけば、切支丹の農民こそ武士(もののふ)であり、弾圧する役人は武士の名に値しない。

 <武士道とは死ぬことと見つけたり>(葉隠)は誤解されながら特攻隊にまで引き継がれたが、武士の本質は要領よく生き延びることだ。死をも恐れぬ一向一揆、そして切支丹に武士は衝撃を受ける。凄惨な弾圧の原動力は恐怖だったのか。

 教会関係者は「神父が棄教するなんてあり得ない」と遠藤の原作に抗議した。本作に対しても、海外のキリスト教徒は納得しないだろう。神父たちを転ばせよう(棄教させよう)とする筑後守や通辞の手練手管に、「日本人は何て陰湿なんだ」と嫌悪を覚えても不思議はない。だが、<転ぶ>は日本において常に美徳だったのだ。

 武士は上記の通り日和見だし、尊王攘夷派は維新後、文明開化の旗振り役になり、国家を私物化する。暴力への怯えもあって転向した戦前の左翼に対し、世間は寛容だった。全共闘世代が主導した社会は、40年前の彼らの理想と真逆である。国民の期待を裏切った旧民主党の裏切りも<転び>の典型である。天下りで私腹を肥やす文科省の役人、良心を捨て米空軍の資金を受けた科学者らも〝転んだ〟のだろう。

 本作には踏み絵のシーンが繰り返し出てくる。俺ならキチジロー同様、抵抗なく踏み、何度も懺悔するだろう。前稿で紹介した「1984年」で、ビッグブラザーは<ウオッチング・ユー>のスローガンで不可視の内面を把握しようとする。それは権力者の常で、現在の共謀罪と重なっている。踏み絵とは信仰の有無を峻別する苦悩の装置だった。

 ロドリゴとガルベは文化も習慣も異なる異国で深い信仰に触れ、神に邂逅を感謝する。日本化したキリスト教に多少の違和感は覚えるが、些細なことだ。捕縛された後、目の前で惨殺される信者たちを救えず、絶望に苛まれたロドリゴを、「あなたが棄教すれば、彼らは救われる」と井上は唆す。タイトルの「沈黙」は即ち<神の沈黙>だ。目の前で繰り返される虐殺に成す術がないロドリゴは、フェレイラとの再会で決断する。

 キリストには革命家としての側面があった。映画「ミッション」(86年)には革命と信仰の結合が描かれていたが、一向宗、キリスト教が勢力を得たのは、不条理や不公平と闘いという側面もあったのではないか。

 「沈黙-サイレンス-」は俺自身、そして日本にあまりに重なっているから、冷静に評価出来ない。<日本とはキリスト教の姿形さえ変えてしまう奥深い沼>という表現も的を射ていた。本作は俺の内で沈殿し、血肉と化しつつある。現在の日本は当時と対照的に、依って立つこと、旗幟を鮮明にすることへの忌避感が蔓延している。いずれが日本人の原像に近いのか考えてしまう。
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