酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「怒れ! 憤れ!―ステファン・エセルの遺言―」~日本でも民主主義を始めよう

2014-03-27 23:43:05 | 映画、ドラマ
 袴田巌死刑囚が東京拘置所から釈放された。再審開始、死刑と拘置の執行停止を決定した静岡地裁は、<証拠捏造の疑い>に言及した。国の民主主義度を測る物差しは刑務所だが、先進国で唯一、前近代的な牢獄を維持しているのが日本だ。基本的人権、死刑制度の是非、償いの場所の在り方と、司法制度全般について議論すべき時機が来たと思う。

 台湾の学生が国会を占拠した。若者が政治運動の前面に立つ韓国と同様、熱い風が吹いている台湾だが、国内では非暴力を貫く学生たちを暴徒と決めつける報道が目立つという。日本のメディアはこの間の動きを無視している。

 ケイズシネマ(新宿)で先日、「怒れ! 憤れ!―ステファン・エセルの遺言―」(トニー・ガトリフ監督/12年、フランス)を見た。ユダヤ系のエセルは第2次大戦時、レジスタンス活動に加わった。強制収容所で処刑寸前に逃亡し、戦後は保守的なドゴールと袂を分かつ。国連大使など要職を経て、人権問題、パレスチナ問題などに取り組んだエセルは昨年2月、95歳で亡くなっている。

 反グローバリズム、反資本主義を鮮明に掲げたパンフレット「怒れ! 憤れ!」は全世界で翻訳され、クリスマスに若者が恋人に贈るほどの大ベストセラーになる。政官財の不正を穿ち、貧困と格差の実態、移民の権利を訴えた同書にインスパイアされ、人々が立ち上がった。ギリシャの議会前デモ、スペイン15M運動、バスティーユ広場(パリ)での連帯集会の模様が実写で織り込まれている。

 ロマの血を引くガトリフの作品について、ブログを始めた頃(05年)に何度か紹介した。ロマはナチスにより50万人前後が虐殺された。差別と弾圧は現在にも及ぶが、芸術、とりわけ音楽の分野で絶大なる影響を与えた。「ハンガリア狂詩曲」や「ツィゴネルワイゼン」などロマン派の名曲はロマに触発されて作られたという。

 フラメンコは<南欧―中近東―北アフリカ>に広がるロマのネットワークが醸成した音楽だ。ジェフ・ベックが最大の敬意を払うギタリストはジャンゴ・ラインハルト(ロマのマヌーシュ奏者)で、ミューズのマシュー・ベラミーは10代の頃、スペインを放浪してギター修業を積んだ。母方が祈祷師一族というマシューは、ロマの血を引いている可能性もある。

 インド系のロバート・プラントとオリエンタルな佇まいのジミー・ペイジが組んだレッド・ツェッペリン、イアン・アンダーソンの吟遊詩人のイメージを前面に押し出したジェスロ・タル、ワールドミュージックに括られるジャンルもロマの匂いが濃厚だ。

 ドキュメンタリータッチの本作は、アフリカからギリシャに漂着した少女ベティの主観で描かれる。彼女の心象風景を浮き彫りにしたのが、情念と憤怒が融合したロマテイストの音楽だ。ベティが欧州各地で目の当たりにしたのは、移民の悲惨な状況と深刻な格差だ。アウトサイダー意識に苛まれたベティだが、誘われてデモの隊列に加わってから表情が明るくなる。

 本作のテーマは世界の共時性だ。叛乱は国境を超えてネットで伝わり、希望の灯になる。チュニジアの青果商が抗議の焼身自殺した。大量のオレンジは鼠の群れのように街を走り、船に落ちる。ベティが蹴った缶は無人の道をカラカラ転がった。オレンジと缶は、<抵抗の意志>のメタファーだった。

 音楽に加え、実験的な映像も刺激的だった。フラメンコダンサーがパフォーマンスする劇場で、カラフルな無数のビラが舞い降りてくる。闘いを支えるのは、自由で創意に満ちた精神だ。デモに参加した若者たちは思い思いに怒りと憤り、そして連帯感を表していた。ラストでとんでもない窮地に陥るベティだが、闘いを経たことにより楽観的に状況を捉える。ドンドン壁を叩く音が無機的な街に、希望の鐘のように響いていた。

 「怒れ! 憤れ!」には描かれなかったが、ロンドン蜂起も上記の闘いとリンクし、アメリカへと波及した。2011年春、アメリカ各地で起きた反組合法のデモには10万人単位が結集し、ティーンエイジャーが主体を担う。ノーマ・チョムスキー、ナオミ・クライン、マイケル・ムーアらが掲げた<アメリカに民主主義を!>は、同年秋の「ウォール街を占拠せよ」に繋がった。

 本作を俺と見たのは、教授風の男性、女子大生、外国人女性と知人の4人だった。このことが日本の現実を物語っている。社会について真剣に考え、矛盾があれば抗議する。これが欧米、そして韓国や台湾の若者の行動様式だが、日本では異なる。本作を見て俺は心底、羨ましいと思った。

 右傾化はアメリカによってブレーキが掛かり、安倍首相は内外で<河野談話の継承>を公言したが、森達也が指摘する集団化はとどまるところを知らない。自由の気風を潰したのは現在の50代以上で、俺も責任を痛感している。
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