大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2014年11月17日 | 写詩・写歌・写俳

<1169> 米国と中国、そして、日本 (3)

       国家とは掴みどころのない そして 無数の縛りによりてあるもの

 その後、世界が近代化に向かう中で、人種差別は問われるところとなり、奴隷を重要な労働源にしていた南部と奴隷制を嫌忌する北部の対立が表面化し、南北戦争(一八六一年から一八六五年)が戦わされた。結果、リンカーン率いる北軍が勝利して奴隷制の廃止が決まった。リンカーンは暗殺されるが、結果は米国の良心の勝利として高く評価され、この戦争を経て米国は一つにまとまって国の体制を固めて行くことになった。だが、デカルトの理性主義に基づく求心の国としての考え方は変わることなく、国内での差別意識は根強く続いた。

 こうした国の成り立ちの経緯からしてもわかるように、米国は主に白人と黒人の移民、移住者と原住民とからなる国としてスタートし、外からの移住者(移民)を受け入れる国としての特徴を有し、人種や民族に関わりなく、受け入れるという態勢で国の運営を行なって来た。所謂、これは国が求心的体質を有することで、米国を称して人種の坩堝とは言われる所以ともなっているわけである。米国を考えるとき、この移民の意味は極めて大きく、求心的体質にあるということは重要なキーワードであることが言えるのである。

                                                

 この求心のよい例がアメリカンドリームの標榜で、この標榜は米国のイメージを高め、求心に役立つ一つとして活用されていると言ってよい。他国の優れた人材を受け入れるために破格の費用を費やすやり方はデカルトの理性主義の実践に適う。例えば、大リーグの選手集めがよい例で、日本人の優秀なプレイヤーが破格の契約金で渡米する姿などはまさにこれを物語るもので、日本人プレイヤーにアメリカンドリームを重ねさせる。この手法は、つまり、理性主義に基づく求心的方法として有効的であることが思われる。

 ほかの分野でも金に糸目をつけず、優秀な人材を集めることを米国は率先して行なって来た。言ってみれば、このようなやり方は、米国の求心の最たる姿と見てよかろう。こうして全世界をその求心力によって米国に靡かせるというのが米国におけるやり方の特徴で、靡かず反発するものには容赦ない戦略的対応をし、ときには武力によって制裁を加えるということをやって来た。

 という次第で、米国の求心の基になっているのはデカルトの理性主義に基づくところであり、移民の掲げる自由主義や民主主義といった精神とともにあるもので、これは、つまり、建国の経緯から来ていることがうかがえる。加えて、自由な経済活動を基本にする資本主義の導入があり、今では世界の金融、経済をリードし、国を優位に導く方策の一つになっている市場原理主義に傾斜していることがわかる。で、このような考え方ややり方に与さない国に対し、米国は容赦なく挑み、世界大戦に参戦して勝利したのであった。

 結果、デカルトの理性主義によるやり方を採る欧米、殊に米国は自信をつけ、いよいよ人間本意の合理主義と科学の信奉に基づく物質文明の発展を期し、軍事力を増強して世界に君臨し、世界の警察国家の異名で呼ばれるほど強大な権力国家になって行った。しかし、世界のすべてが米国に靡くわけはなく、大戦後はソ連を中心とする社会主義体制国の共産圏と対峙するに至り、世界を二分する東西冷戦の時代に入った。日本は自由主義国側、即ち、米国側に与し、日米安保条約の締結とともに米国の傘の中に納まり、紆余曲折を経て今日に至っているわけである。

 大戦後も米国は朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争等々大きな戦争に参戦し、その間も自国への求心を促して来たのである。一九九一年、対立していたソ連の崩壊があり、世界の勢力地図が微妙に塗り替えられる中、求心の国米国は、力をつけて来た遠心の国中国と向き合うところとなり、現在の状況に至るわけである。

 覇権主義の道を選んだ資源の乏しい日本は第二次世界大戦で米国並びにその同盟国と覇権を戦ったが、結局、原爆二発を落とされ、完璧に打ちのめされて敗戦し、米国の後方につくことになった。現在の日本はその結果によるものであるが、米国の強力な求心の力によってデカルトの理性主義的欧米の色に染められて行き、自由の利かないほどの政治的状況に陥っているというのが現状と見てよい。この米国の求心に日本国民は多少気づいているに違いないが、歯痒くも思うに任せない政治的状況がのしかかっている。防衛に関わる米軍の基地問題などはこのよい例と言ってよかろう。 写真は米中の個別会談後、記者会見場で握手を交わすオバマ大統領と習国家主席(テレビ映像による)。 ~続く~