<444> 万葉の花 (55) つるばみ (都留波美、橡)=クヌギ (檪、橡)
問ひし子へ どんぐりころころ くぬぎの実
橡の衣(きぬ)は人みな事無しといひし時より着欲しく思ほゆ 巻 八 (1311) 詠人未詳
橡の一重の衣(ころも)うらも無くあるらむ児ゆゑ恋ひ渡るかも 巻十二 (2968) 詠人未詳
紅は移ろふものぞつるばみのなれにし衣(きぬ)になほしかめやも 巻十八 (4109) 大伴家持
冒頭にあげた1311番の歌は、譬喩歌の項の「寄衣」と題して集められた歌の中の一首で、「つるばみ染めの着物を着ていれば、誰もみな意識せず、何ごともなくいられると人の言うのを聞いたときから自分も着たいと思っている」という意である。これは「つるばみの衣」と言われ、この染めによる着物は身分の低い庶民の着用するものであったからで、なまじっか身分が高いと思い悩むことも多いということで、この心おけないつるばみ染めの着物を着たいものだと言っているわけである。人の心理というものを詠んでいると知れる歌である。
次の2968番の歌は、これも譬喩の歌としてあげられ、寄物陳思(物に寄せて思いを述べる)歌で、つるばみ染めの着物を着ている女性に対し、「つるばみ染めの着物のように心持ちに裏がない子だから私は恋している」と言っている。やはり、この歌にもつるばみ染めの着物が庶民の間で着用されていたことが元にある歌で、着ている人物に見栄や思惑などない素朴さがあり、詠み手に受け入れられているのがわかる。
4109番の家持の歌は「史生尾張少咋に教へ喩す歌一首」の詞書がある長歌の反歌で、1311番や2968番の歌と似たような思いの歌であるのがわかる。その意は「くれない染めの艶やかな着物は見飽きてしまうが、つるばみ染めの普段着慣らした着物は見飽きることがなく、これに優る着物はない」というもので、艶やかな遊女などに惑わされず、質実な妻の元に帰りなさい」と歌に込めて部下を諭しているものである。史生尾張少咋は記録に関する下級の役人で、家持の下で働く役人であるが、遊女に現をぬかしているのを見かねたのであろう。思いやりのある家持の上司としての人となりがうかがえる歌である。写真左は樹冠を被い尽くすほど花を咲かせるクヌギ。右はクヌギの実(つるばみ)。
つるばみの見える歌は集中に以上の三首を含み六首あるが、ほかの三首もみなつるばみ染めに寄せて詠まれた歌で、概して同じような意によって用いられているのがわかる。では、つるばみとは何を指して言うものであろうか。『本草和名』(九一八年)によると、「橡實」に「和名 都留波美」とあり、『倭名類聚鈔』(九三八年)には、「橡」に「橡 和名都留波美 檪實也」とある。これは、現在で言うところのクヌギで、その果実(堅果)のドングリから来ている名であるのがわかる。
一説によると、つるばみの「つる」は堅果のドングリがつるつるしているからという。「ばみ」はハシバミと同じく、ハン(榛)から来ているのではないかという。私はハ(葉)のミ(実)の転訛ではないかという気がしている。その実は太い髭の生えた殻斗に包まれ、見方によっては葉の変形したものに見えなくはないからである。
クヌギはブナ科の落葉高木で、コナラと同じく樹高は十五メートル以上に及ぶ。葉は長楕円形で、目につく鋭い鋸歯があり、秋に黄葉し、枯れても落ちず枝に残るものが多く見られる。雌雄同株で、花は春に咲き、雄花序が枝々にいっぱい垂れ下がり、樹冠を黄褐色に彩る。雌花は少ない。果実は堅果で、太い髭の多数生えた殻斗に被われ、熟すのは翌年で、熟すと堅果は殻斗を枝に残して落ちるものが多い。この堅果を称してドングリと言う。 写真下は、左からブナ、クヌギ(つるばみ)、コナラの実。
このドングリを煮出して染めに用いたのがつるばみ染めで、鉄媒染による黒色系と灰媒染による黄褐色系の染め上がりの違いが見られ、『万葉集』が出された奈良時代には、この染めによる「つるばみの衣」は位の低い庶民が纏うものであった。その後、平安中期になると、その黒色系の色目は四位以上の官位の高い貴人が着用する袍の色となり、喪服の色にも用いられるようになった。
ドングリにはタンニンが含まれ、色褪せが少なく、虫に食われることもなかったようで、解いて洗い直すことが出来たことにより、4109番の家持のような歌も詠まれたわけである。なお、クヌギは「国の木」の変化したものと言われ、大和にはコナラとともに多く、里山の樹種として、昔から人々の身近で役に立って来た。伐っても伐り株から直ぐに芽を出して大きく成長するので、薪炭材としても利用され、こと欠くことがなく、クヌギ林は里山の風景をなしていた。電化された現在ではシイタケの榾木にされるくらいで、クヌギ林は放置状態のところが目につくようになってしまった。