大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2012年11月10日 | 万葉の花

<435> 万葉の花 (52)  たで (蓼)=タデ (蓼)

        野を歩く そこここに見え 蓼の花

   わが屋戸の穂蓼古幹(ふるから)採み生(おほ)し実になるまでに君をし待たむ         巻十一 (2759) 詠人未詳

   幣帛(みてぐら)を 奈良より出でて 水蓼 穂積に至り 鳥縄(となみ)張る 坂手を過ぎ 石走る 神名火山に 朝宮に 仕へ奉りて 吉野へと 入り坐す見れば 古(いにしへ)思ほゆ                                      巻十三 (3230) 詠人未詳

   小児(わらは)ども草はな刈りそ八穂蓼を穂積の朝臣が腋くさを刈れ               巻十六 (3842) 平群朝臣

 『万葉集』にたで(蓼)の見える歌は三首ある。冒頭にあげた三首がその歌である。見ると、2759番の歌は、「我が家の庭の古茎から採って育てたタデが実をつけるまでに成長するのを私は待ちます」という意で、タデを女性に見立てた歌と見ることが出来る。

 3230番の歌は「奈良より旅に出て、坂手を過ぎ、神南備山(朝宮)にお泊りになって、吉野へとお入りになるのを見ると、昔の行幸のことがあれこれと思われることです」という意で、詠人は詳らかでないが、行幸に随行した者の歌と知れる。3842番の歌は「草刈りの子供たちよ、そこの草など刈らず、代わりに穂積の朝臣の腋臭の草を刈り取ってくれ」という意で、戯歌と知れる。

 三首は、穂蓼、水蓼、八穂蓼と穂に出て咲くタデの花の姿をもって詠まれているが、花は美しいという理由によるものではなく、穂に咲く花序の姿によるもので、タデが歌の中で序のような役割や「穂」を導く枕詞として用いられているのがわかる。

 タデはタデ科タデ属の一年草(一部多年草)で、名にタデとついているものの意によって用いられ、固有の種名ではない。タデ属には三十種ほどあると言われ、その中でタデと名のつくものはヤナギタデ(マタデ・ホンタデ)、サクラタデ(シロバナサクラタデを含む)、ボントクタデ、ハナタデ(ヤブタデ)、イヌタデ(アカノマンマ)、オオイヌタデ、オオケタデ(オオベニタデ)、サナエタデ、ハルタデ等々で、よく観賞用に植えられるオオケタデを除いてこれらはほぼ全国的に自然分布し、大和でもよく見かける。

                                                   

  タデは花が穂に出る特徴があるので、この特徴の記述だけではどのタデか特定するのは難しい。しかし、三首に登場するタデを総合して見るに、一つは水蓼とあるので、水辺に生える特徴を有し、これに自分の家の庭に植えて育てるタデという条件が言われていることと、タデが昔から食用にされていた実績を加えると、万葉歌に登場するタデは水辺でよく見られ、食用に供し、昔から植えられて来たマタデ(真蓼)またはホンタデ(本蓼)と呼ばれることもあるヤナギタデ(柳蓼)ということになる。

  タデは爛れるという意味による名で、これは実の辛いことによると言われる。「蓼食う虫も好き好き」と言われるのはこのことから来ているものである。大和ではアユをタデ酢で食べる風習があり、「はらわたを抜かずに姿のまま塩焼きにし、焼きたてをタデ酢で食べるのが最高である」(『大和の味』田中敏子著)というほどで、昔からその実がピリリと辛いヤナギタデは必要欠くべからざる一品としてある。殊にアユの産地である吉野地方でこの流儀は言われるようである。

  で、タデには実の辛くないものもあり、ボントクタデやイヌタデがこの部類に入り、紛い物のタデだということで、「ぼんくら」とか「犬侍」のように、その名にも反映しているのがわかる。タデは夏から秋の遅くにかけて花を咲かせ、雑草の代表格であるが、地味な花ながら群生することが多く、野山の姿を演出する野趣に富んだ草花で、俳句などにも登場を見る。

                                            

  写真は上段左からオオケタデ、ヤナギタデ、サクラタデ、イヌタデ。下段左からオオイヌタデ、ボントクタデ、ハナタデ。オオケタデは植えられたもの。ヤナギタデは食用に植えられるが、写真は自生の花。ボントクタデ、イヌタデなどは実に辛みがなく、本当のタデではないということで、用途はなく、雑草としてある。イヌタデ、ハナタデは実が赤飯に似るところからアカノマンマとかキツネノオコワなどの地方名で呼ばれることも多い。これらはみな一年草であるが、サクラタデだけは多年草で、花らしい美しい花を咲かせる。