みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

追い払わなかった

2013年07月16日 | 士師記
士師記1章22-36節


 「海の日」のきのう、海にではなくて関東平野の縁に当たるところに住む友人を訪ねました。自動車で1時間ほど。少しずつ、でこぼこ、ぎざぎざした群馬の山々が近づいてきます。きのうは空気が澄んでいて、夏にしては山容がくっきりと見えました。たくさんの話とおいしい夕食をごちそうになって戻って来ました。高校野球の県予選を見に行こうかな? とも思ったのですが、友人からの誘いに乗っかってしまいました。
 よい休日でした。

 きょうの箇所で繰り返されるのが「追い払わなかった」ということば。
 イスラエルの各部族は自分たちに割り当て地に住むカナン人たちを追い払うことをせず、いやできずに、いっしょに住むことになったというのが、ここでの要旨です。「追い払わなかった」ということばが続くのをみると、改めて「主は彼らとともにおられた」ということばが浮かび上がってきます。

 聖書には「主は…ともにおられる」ということばがたびたび登場します。そして、ほとんどは、「だから民は勝利した」「だから敵は打ち負かされた」と続きます。「主は…ともにおられる」は神がお選びになった民を支える約束なのです。

 ところが、ここでは違います。「主は…ともにおられた。けれども、彼らは…追い払わなかった」と続くことばですね。最高、最大の支援が約束されたのに、彼らはそれに信頼しなかったのです。何ともったいないことかと思います。
 
 



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