魯生のパクパク

占いという もう一つの眼

ガソリン(1)

2010年07月16日 | 自動車人間学

No.965

中村俊輔が引退するという。天才と言われながら、檜舞台のワールドカップでは、どうにも不運としか言いようがない。
2002年にはトルシエに外され、2006年は一勝もなく敗退。今回の南ア大会はほとんど出番無し。つまり、俊輔がいない大会の方が成績が良かった。

サッカーの素人には何がどうなっているのかよく解らないが、占い的には想像が可能だ。
今回の南ア大会の流れの中で、2002年トルシエが俊輔を外した理由がよく解ったような気がした。

ガソリン中村俊輔は紛れもなく天才と言えるだろう。
しかし、フランスのチーム崩壊を始め、今大会ほど、チームの結束力の重要性を解らせてくれた大会も少ない。団体競技は頭抜けた一人より、バランスの良い結束がものを言う。

では、俊輔はチームワークを乱すのかと言えば、そうではない。
むしろ、チームの雰囲気にピッタリ波長を合わせるはずだ。チームが燃えれば自分も燃え、チームが上手ければ自分も上手くなる。

子供の純真さと可能性を表すガソリンは、状況次第で変化する。
学者の子供は賢そうで、商売人の子供は口達者なように、能力のある人に囲まれて尊重されていれば、実力以上の働きをする。
しかし、重要なことは、リーダーではないということだ。

どんなに賢そうな子供も、大人の鏡として賢そうなのであり、賢い子供の言葉を、大人がヒントにして活かせば価値があるが、子供をリーダにしては、組織はつぶれる。
(歴史上、人気選挙でガソリンを選び、破綻した集団は多い)

サッカーの場合。実力がありながら、低迷しているようなチームに、助っ人として加われば、起爆剤として能力を発揮する。
不幸続きで沈んでいる村に賢い子供が現れれば、みんな元気になる。
失われた10年の後現れた、ガソリン小泉純一郎のようなものだ。

しかし、やる気満々でポジション争いをしているような集団に、子供が加われば、どんな賢い子供もじゃまになる。
一方で、その集団のレベルが低ければ、そのレベル以上には活躍できない。

トルシエが俊輔を外したのは、才能がありながらも、集団の力を引き上げるタイプではない俊輔が、むしろ凡庸な集団にはじゃまになると見たのだろう。みなが俊輔を立てていたのでは共倒れになる。

今回の、南ア大会で、岡田ジャパンは、俊輔を軸に組んで結果を出せず、本戦でいきなり俊輔を外した戦法に切り替えて大成功をした。
何処まで、偶然か意図的かは語るべき問題ではないと思うが、始めから俊輔を冷遇していたわけではない。

中村俊輔の不運は、サッカーが個人競技ではなかったと言うことだ。

ガソリン(2)