魯生のパクパク

占いという もう一つの眼

二百十日

2017年10月31日 | 日記・エッセイ・コラム

短期の話題をつくる木星・土星だが、インパクトでは天王星こそ主役だ。
牡羊座は、英国のブレグジットや、EUを牽引するドイツのぐらつきなど、いかにも天王星牡羊座の末期症状だが、同時に、天王星牡牛座の兆候も顕著に出始めた。
カタルーニャ独立騒動は、土星射手座の総決算、スペインの末期症状でもあるが、同時に80年前のスペイン内乱、つまり、天王星の回帰でもある。
スペイン内乱の様相は、このところのシリアを連想させるが、中東の戦乱が難民を生み、難民がヨーロッパをかき乱し、排他主義が強まり、統合の動きを圧迫する。

皮肉なことに、世界に広がる「me first」は、自由と平等を掲げるアメリカの、中東介入に始まり、自由を求めるアラブの春が生み出した混乱が、世界に波及したことが原因だ。
安穏と他国の悲惨なニュースに同情していた先進国の居間に、難民がなだれ込んできた途端、先進国民が悲鳴を上げた。
現実無視の金持ちの理想主義が、逆に、現実のエゴイズムをさらけ出す。
一方で、先進国の金持ちが、貧乏弱者を助けるふりをして食いものにしようと、中国など途上国と称する貧乏国に資本投資した結果、使用人に家を乗っ取られそうな状況になり、これはおかしいと、癇癪を起こした。

全ては、金と知識を支配する。先進国の傲りの結果であり、因果応報だ。
「極まれば転ずる」。周期律とは、このようにして生み出されるものであり、いかなるメカニズムでと論ずる対象は、理論よりも星の動きによく似ている。
台風はおおかた、二百十日頃にやって来る。


今の一歩

2017年10月28日 | 日記・エッセイ・コラム

投票年齢を下げてもテレビで呼びかけても、投票率は上がらない。ようやく、「ネット投票」すべしの声が大きくなってきた。
現在の選挙制度自体、どうかと思うのだが、百歩譲っても、投票方式は改めるべきだ。
期日前投票が大きく増加している事実だけみても、投票所に出向いて投票する形態が、現代の環境にそぐわないことを証明している。

アンケート調査という、法的裏付けのない数値でも、社会は一定の評価をし、政治家もそれを認め対応し、世の中が動く。
仮想通貨が音を立てて普及し、データが社会と政治を動かす現代。陶片追放の古代より変わらぬアナログな投票方式に拘るのは、理解しがたい。

大転換の現代。仮想通貨どころか、エネルギーも、労働も、家族も、生命さえも、概念が変わり、形態が変わる。
国家や防衛などの、アナクロ問題ばかり論ずる前に、今すぐできる一歩、「ネット投票」をやってはどうか。
古すぎ」、「先駆け国」、「目付議員

ボロ隠し
ところで、先日来の関ヶ原選挙についての中で、民進党のことを民主党と書いてきたが、正しくは、「旧民主党」と呼ぶべきであったかも知れない。
しかし、社会党の成れの果ての民社党が実体を失ったように、民進党はボロボロになった「旧民主党」の単純なカモフラージュとして実体を持っていない。実際、改名後ますます劣化し、終いには、アッサリと身投げしてしまった。

立憲民主党は「立民党」としてのイメージは危惧するものの、「りっけん」のインパクトが効いていることと、「民主党」を新しく立てた意味合いが、「旧民主党」のボロ隠しのうさん臭さと一線を画した。これが本当のイメージ刷新だ。ただし、実体が刷新するかどうかは今後の問題だ。


さらさら

2017年10月23日 | 日記・エッセイ・コラム

平成関ヶ原は、安倍三成の圧勝に終わった。しかし、三成のソロバンが「ご明算」に成ったわけではない。小池家康の敵失、オウンゴール「さらさら」弾に救われたからだ。
大戦というものは、案外、些細なアリの一穴が雌雄を決する。
小池家康が、似たような立場にあっても、徳川家康とは比べものにならない「小物」であったということだ。東京と全国の違いが理解できない、小物百合子の面目躍如だ。

しかし、カニ座の幸運はまだ続く。小池は、まだ東京都知事であり、中国共産党の鼻息も荒い。
もしかして、
安倍三成と小池家康は、話ができていたのかも知れない。
危うい国際情勢の中で、保守政権を盤石にするための合意であれば、小池希望が勝とうと、安倍自民が勝とうと、真田の分裂ではないが、保守の日本は維持できる。
反安倍で民主を呑み込んだ希望が分裂すれば、今回のような結果は見えている。にもかかわらず、小池家康は関ヶ原に出陣しないどころか、出陣前に「さらさら」宣言をして、野党勢力を分断した。
関ヶ原の合戦の真相は、400年後の今日も解明されていない。

一方で、この混乱に乗じて、一定の勢力を得た枝野新党は、黒田か島津勢のように、保守が無視できない勢力としての礎を固めた。
今回の平成関ヶ原の意味は、結果的に保革の浄化になりそうだ。少なくとも、従来のわけの解らない寄り合い所帯の民主党が、かなりハッキリとした勢力に落ち着いた。
新たな、55年体制の始まりになりそうだ。

今回の選挙は後年、「さらさら選挙」と呼ばれるかもしれない。


木星土星 2

2017年10月21日 | 星の流れに

土星射手座の総決算は、フィナーレ花火の大打ち上げだ。
双子座のアメリカでは、カリフォルニアで大火災、トランプ政権はユネスコ脱退。
日本では、出版業界(射手)が、図書館で文庫本を貸さないでくれと申し入れ。
神戸製鋼のデータ不正で、日本製造業の信用失墜。
神戸は射手座。新燃岳もそうだが、軍事や鉄鋼は牡羊座天王星で、こっちも総決算。また、神戸製鋼による日本産業全体の恥は、木星天秤座通過後の日本の乱れでもある。

土星射手座の総決算では、「運転トラブル」が突如、話題になっている。高速上で車を「止める」のは、土星の萎縮や停止の意味そのままだし、高齢者事故も土星射手座だ。また、車の「EVシフト」騒ぎも、自動車産業界のブレーキだ。
教師による「指導死」も、教育の射手座。

土星射手座の末期症状と同時に、土星山羊座のインパクトも起こっている。
米国のユネスコ脱退は、山羊座のイスラエルが原因であり、一方で米国は、対中批判を強め、山羊座インドとの関係強化に乗りだした。
山羊座の二所ノ関親方は自転車で意識不明の事故。個人としては山羊座の土星で、世相としては射手座の土星だ。
実は、射手座の土星末期症状として、「まだ、表には出ていないが、自転車の問題も起きそうだ」と書いていたところだったので、二所ノ関親方の事故には驚いた。意図したのは主に、乱立した自転車屋や、シェア自転車、自転車保険の問題だったが、二所ノ関親方の事故も、何らかの影響があるかも知れない。

 


何を今更

2017年10月19日 | 日記・エッセイ・コラム

このところ、中国のEV車シフトで、日本の産業界が慌てている。
これは、このブログを始めた10年前から、懸念を訴えてきた。仮にそれを読んでもらったとしても、日本の産業界は自らEVシフトすることはなかっただろう。そして実際、未だに、まだ内燃機関で大丈夫だという声がある。

神戸製鋼や東洋ゴムの粉飾データ、東電の地震対策など、次々と出てくる「ごまかし」は、日本産業界の老化現象だ。混乱を嫌い、冒険を拒否して事なかれに走る。大企業は高度成長遺産の、ぬるま湯から出ようとしない老人のたまり場だ。
少しでも利益が出れば、内部留保に貯め込む。老後を心配して金を使わない老人と同じで、ただ、死ぬ時を待っている。

大企業だけではない。日本全体が若さを失い、硬直している。
「空気を読め」、「顰蹙を買う」が流行語となり、ゴミの分別を素晴らしいことのように思い、車内携帯を禁止し、子供の泣き声に冷たい視線を送る。何かと言えば「ハラスメント」と、他人を抑圧したがり、幼稚園建設の拒否を当然のように考える。
これは、全て老人社会の秩序だ。
人手不足社会では、人海戦術のゴミ分別より、分別技術の開発の方が先だろう。

高度成長期時代は、多少の雑など気にしない「その内何とかなるだろう」の、失敗を恐れない若者社会だった。今の若者は、若者とはどんなものかを知らない。老後のことばかり考えている。

元気には老獪で
若者時代真っ盛りの中国が、EVで、既存の内燃機関社会に挑戦してきた。新しいやり方で大人に挑戦する若者らしい、大胆な挑戦に、日本の老人産業界はタジタジになっている。その反応も、いかにも老人らしい二極に分かれた。
何でも直ぐ若者に迎合する老人と、「若造が何を」と無視する老人だ。どちらも自覚の無いただの老人だ。

長い蓄積を自覚している老人なら、自分を見失わない。
EVには致命的な欠陥がある。充電する電気そのものに大量のエネルギーを必要とすることだ。走る車が排気ガスを出さなくても、火力や原子力で発電したのでは、もっと深刻な廃棄物問題が生ずる。
老成した日本が目指すべきは、燃料電池車の普及であり、EVはその繋ぎとして、若者をあしらっておけば良い。EVに夢中にならせておいて、その間に燃料電池社会を掌握することだ。問題は、日本の産業界の老化度合いだろう。

一方、EVであれ、燃料電池であれ、内燃機関が無くなれば、既存の日本産業界は職を失う。それを恐れる勢力が、パラダイムシフトの足を引っぱる。原発を諦めないのも、こうした既得権集団がいるからだ。
しかし、考えてみよう。彼らは何も恐れることはない。注文を失っても技術を失うわけではない。戦国時代に武具を作っていた職人は、装飾品や仏壇、日用品など、幅広い平和産業で成功した。要は、発想の転換であり、何事も、行き詰まった時こそチャンスなのだ。


木星土星

2017年10月10日 | 星の流れに

サソリ座のカズオ・イシグロがノーベル賞。核廃絶のICANが平和賞(核はサソリ座)。
木星がサソリ座に入る10日より前から、影響はとっくに出ている。

9月28日。木星と天王星が、天秤座と牡羊座の27゜で180゜になった。27゜は、ほぼサソリ座と牡牛座だ。直後の10月1日、ラスベガスで乱射事件が起こった。
大量死は、サソリ座=冥王星だが、銃は牡羊座で、コンサートは天秤座。天秤座とサソリ座、両方の意味が絡んでいる。
なお、ラスベガスは、簡単な離婚・結婚で有名になったが、これは天秤座。一方、ギャンブルや売春はサソリ座。これも、27゜の持つ二重性が出ている。

土星は行きつ戻りつしながらも、現在、射手座の手前を山羊座に向かって進んでいる。射手座土星の再確認のような時で、3年間の総決算だ。海老蔵は妻を失い、猿之助は大怪我をした。
ラスベガスの犯人の誕生日はわからないが、名前は「パドック」。競馬好きなら直ぐわかる、馬の下見所だ(スペルも確認)。これも、射手座土星の総決算として、世相に浮かぶ。


そして、土星はこの後、いよいよ本格的に山羊座入りする。折しも、山羊座には冥王星が鎮座している。射手座土星の間、アメリカにもたらされた混乱が、中国に移る。ただ、アメリカもそうであったように、この土星は天王星や木星に守られ、むしろ好都合な結果さえ考えられる。トランプの出現が、実は、中朝問題を明確にしたようなものだ。
日本にとっての方がむしろ、逃げ場がない。


甦る古代

2017年10月09日 | 日記・エッセイ・コラム

ニュースを観ていると、思わず突っ込みたくなる。
トランプも、この種の「突っ込みオヤジ」の成れの果てだろう。ニュースに突っ込むのと、実際の政権運営は違う。事の背景は単純ではないから、対応も単純ではない。そこが素人と、政治プロとの違いだ。
政治パフォーマンスを心得ないトランプの対応に、支持政党の共和党議員まで離反し始めた。南軍銅像撤去問題でトランプの言う、「騒動の双方に責任がある」は、喧嘩両成敗の観点から間違ってはいないが、メディアに踊る世論を相手の、政治パフォーマンスは素人だ。トランプは白人的価値観だが、差別主義者ではない。しかし、メディアは寄って集って悪の権化に仕立て上げようとする。やはり、トランプもメディアに敗北するのだろうか。

結局、トランプの観点は「王様は裸だ!」であり、正直ではあるが、世論を懐柔する為政者はそれでは通用しない。
ただ、それでも、毒は毒を以て制すには、トランプのような存在しか対応できない。
北朝鮮や、その飼い主の中国共産党のような「ヤクザ」を相手にするには、近代西欧式のお上品で、見識の高い政治プロのお花畑では、いいようにやられてしまう。実際、この半世紀、国際社会は何もできないどころか、むしろ、「ヤクザ」を肥え太らせてしまい、今や恫喝に怯えなければならなくなっている。
テレビの前の「突っ込みオヤジ」も、ジッとしていられなくなったのだ。

古代ゾンビ帝国
中国は二者択一。勝ちか負けか、上か下か、白か黒かでなければ話が進まない。多様性を全く理解せず、常に雌雄を決しようとし、何事も、両極に追い込む。だから、必ず、勝者や上位者として上から目線で発言し、既に決着の付いた既成事実とするため、言葉で事実を実現させようとする。
理解できないまでの執拗な日本叩きも、曖昧な決着となった日中戦争で、歴然とした勝者の側に立とうとする、極端な一元的歴史工作だ。
中国にとって事実など関係ない、言葉こそが事実であり、異論の封殺こそが歴史なのだ。

中華史の語る大悪人は、常に敗者であり、また、たとえ勝者であっても、死ねば負けたことにしてしまう。勝者でなければ存在理由がないという、古代からの強迫観念がある。だから敗者は、滅びるまで徹底抗戦せざるを得ない。殺るか殺られるか、野獣よりも無慈悲な争いを続けて、今日に至っている。慈悲とは結局、勝者、優位者のみが語れるものだ。
中国が絶対優位の時には受け入れた日本の卓球選手を、優位が脅かされそうになると、ためらいなく追い出した。実にわかりやすい。

第一次大戦で、敗者のドイツを追い込みすぎた結果が、第二次大戦を招いたと反省する欧米諸国が、敗者を追い込まない、様々な方法を模索したのに対し、当初は歩調を合わせた中国だったが、時が経ち力を付けるにつれ、昔帰りを始め、日本を悪の敗者にするために徹底的に叩き始めた。そして、それが却って、日本の右傾化を手助けする悪循環を生み、中国自らが、軍拡から逃れられなくなっている。初めから、軍拡のための日本挑発と見る向きもあるが、前者だろう。
力の差がある米国に対しては声を上げないでいたが、自信がつくと、自らを正当化するためには、アメリカを悪に、やがて敗者に仕立てなければならないと思い込んでいる。

中国が多様性を理解し、「喧嘩をしない金持ち」になるのが先か、ジェダイの共和国を滅ぼそうとするゾンビ帝国として自滅するのが先か。冷戦は50年。アース・ウォーズのドラマが、また半世紀は続くのだろうか。


AI神官

2017年10月05日 | 日記・エッセイ・コラム

ようやく、地震予知を不可能と認めた。と、言っても、これまでのような意味での予知が不可能なのであって、これからも地震研究は続けられる。
蒸気機関車で時速600㎞は不可能とわかり、駅の給水塔を撤去し、配電所を建設することにしたようなもので、考え方を変えても、目的が変わったわけではない。
地震から命と財産を守る最良の策を模索し、とりあえず、現実の防振と避難を優先するそうだ。

これまでの発想では、地震予知は不可能とわかったことは、一つの大きな前進だ。地震研究の発展により、多くの知見を得たことは輝かしい成果であり、すでに、減災に大きく役立っている。大津波による死者が、スマトラ地震の1/10であったことが何よりの証しだ。
しかし、それでも甚大な被害を出し、起こさなくても良い原発事故まで起こしたことは、科学技術より、人間の心の問題の方が大きいことの証だろう。

地震予知は、近代科学的な発想では不可能だが、AIの出現は、「予知」のブレイクスルーになりそうだ。
AI思考の目指すところはは占いに近いと思う。人間が理解できるレベルを超えた論理で答えを出すことの可能性に、一番近いのはAIではなかろうか。
しかも、AIという権力やハッタリとは無縁の存在が発する答えは、他人の言葉に常にケチを付ける人にも、冷静に聞かせる。
話しを聞く前から、責任追及を考えている人でも、「まあ、しょせんは機械の言うことだから」と寛容にさせるか、逆に、人知を越えた神のようなAI様のお言葉だから、間違いないと、聞く気にさせる。それだけでも、AIに予想させる意味がある。

責任を取らないAIの予想は、それを単なるデータとして公開できる。確率で予想する天気予報のように、常時、発表すればいい。天気予報が始まった頃は、誰も気象台に責任を取ってもらおうとか、抗議しようとか思わなかった。当たるようになってから抗議する人が現れた。人間は欲が出る。
AIによる地震予報を、確率として始めればいい。それを聞いて心の準備や対策を取れれば、それ自体で減災効果がある。

AIに投入するデータは森羅万象だ。自己収集の他に、これまで、まともに相手にされていなかったような、ウナギの動きから、雲の形状、夕焼けの色、交通事故の発生率、幼稚園児の喧嘩、国際情勢まで、ありとあらゆるものを入れて、AIに考えさせてみる。おそらく、初めはとんちんかんでも、そのうち、相当な予知率になるだろう。

占いに秘められた英知は、こびりついた旧弊に封じ込められ、近代科学から否定され、知見として顧みられることはなくなったが、その志は、何世代も経て、AIとして現れてきたように思える。論理だけに頼らない、「知恵」の発見に大いに役立つはずだ。
医療、技術開発、社会システム・・・あらゆる方面での助言をしてくれることだろう。
ただし、これはあくまで助言であって、古代の神官やシャーマンのように、AIに全てをゆだねるようなことは、初めから警戒しなければならない。


新党小池3

2017年10月02日 | 占いばなし

ところで、保守同士の決戦、関ヶ原。
慌てた与党は、野党合流を、大義無き野合だと攻撃しているが、大義が無いのはお互い様だ。むしろ、与党の安倍三成の方が既存の枠組みだけを計算して、野党壊滅を狙ったのだろうが、窮鼠が猫を噛むという、ダイナミズムを理解していなかった。
牛から飛び降りて江戸に下った途端に、背後から宣戦布告をされたネズミ、小池家康は前原正則(福島)の合力を得、体制を整えて西に進軍を始めた。

どの戦争もそうであるように、関ヶ原の合戦も、双方が大義を掲げ、敵を罵る。そして勝てば官軍、負ければ賊軍となる。戦争に大義など無い。
誰が執権しようと、国はそれなりに息をするものであり、その有り様は結局、国民の資質による。国を支えるのは国民であり、戦争も民が支えるから成り立つ。悪辣非道な国家も為政者だけでは成り立たない。北朝鮮が崩壊しないのも、多くの民がそれに荷担しているからだ。第二次大戦中、米国は終いまで日本の内部崩壊を期待していた。

保守同士の決戦が成り立つのも、現在の日本が、右傾化しているからであり、そのことに国民自身が気づいていない。ヒトラーの時代、ドイツ国民はヒトラーを熱狂的に支持していた。
一方で、理想を追う左派勢力も、東西保守決戦の規模に圧倒され、自分たちが目指すものを忘れてしまっている。小池新党に袖にされそうだからと、今更ながらに、新党を結成すると言うが、これだから左翼は衰退した。主体的旗揚げではなく、落ち武者の隠里だ。

志があるなら、関ヶ原の黒田如水のように、独自の領域を確保し、次の時代に備えるべきだ。
名は体を表すと言うが、社会党の成れの果ての「社民党」は、社会党時代の宿敵、民社党をイメージさせ、せこい印象がある。そしてどんどん消えていった。
小池にハジかれた民主党左派は、立憲民主党を想定しているという。これを略せば「立民党」だ。語呂も悪いし民主党の悪印象が残る。
「民主党」は混ざり気の無い良い党名だが、自らイメージを潰してしまった。元々が、日本アカデミー賞のような、恥ずかしいパクリ印象もあった。
どうせなら、この際、社民党も合流して、もう一度「社会党」を復活するか、憲政党のように、解りやすく、世間に馴染んでいる名称にして、心機一転出直した方がいいだろう。


新党小池2

2017年10月02日 | 占いばなし

カニ座は今、分岐点に立っている。土星が山羊座に入り、これまでの双子座のように、古い友人が現れたり、対人関係の苦労や孤独が訪れる。双子座のトランプとアメリカは、「人種差別問題」や「朝鮮戦争」など、古い友人に悩まされているが、今度はカニ座に古い友人がやって来る。毛沢東や金日成、大躍進政策などの再来かも知れない。

しかし、木星が今から、サソリ座に入るので、初めは良い話から始まる。中国にも都合の良い話が始まるだろう。パンダと北朝鮮は中国最強のカードだ。パンダは言うまでもないが、北朝鮮もまた、どちらに転んでも中国のプラスになる忠犬だ。大人しければ、交易でプラスになり、暴れれば、国際外交の主導権を握るチャンスを得る。
牛から飛び降りたネズミ、小池百合子も大チャンスを迎えている。
中国と小池百合子に、皆、驚かされているが、これぞカニ座の真骨頂だ。

日本的考え方と中国式が全く違うのは、中国は、新しいことにはとりあえず乗ってみる。そして、ダメなら方向転換をする。元秘書の中田宏が「小池さんは走りながら考えている」と言っていた。カニ座の商売センスであり、実利主義の兵法だ。

今回の選挙は、観戦するには実に面白い。これはまるで、関ヶ原の合戦だ。
誰が味方で、何処が主力か、霧の中で歓声ばかりが聞こえてくる。
さしづめ安倍は、与党豊臣の番頭、石田三成だ。絶対勝利の計算の元、決戦に打って出たものの、動けぬはずの徳川家康が味方のはずの豊臣勢を味方につけて、決戦場に戻ってきた。
後世、三成が家康の術中にハマったと言われているが、実は、家康のどんな状況にも対処する老獪な実利主義の兵法に下ったと見るべきで、家康は初めから策を講じていたわけでは無いのではなかろうか。

日本が中国にやられるのは、立前や計画にこだわる日本が、現実的な中国の臨機応変に付いていけないからだ。中国で「徳川家康」が大ベストセラーになったのもうなずける。
天秤座の日本とカニ座の中国は、世界が違う。海に隔てられた過去のように、日中は深入りしてはいけない。互いに離れたところで「君子の交わり」を心掛ければ、とても良い関係でいられる。
日中は互いに、恋心的な思い入れをしたがるが、思いがけない反応に合うと途端に、怨み合になる。どちらも相手の立場を尊重しないからだ。
今回、ほぼ天秤座の安倍が、カニ座の小池を理解せず、甘く見たことで、想定外の事態に陥った。

木星がサソリ座に来て、当面はカニ座劇場が賑わう。しかし、暮れには土星が山羊座入りし、急に北風が吹き始めるだろう。ただし、木星が、サソリ座にいる間は実害はない。
なお、小池劇場はカニ座だけではなく、三碧の宣伝上手が、相当に影響している。
三碧は、オバマ、プーチン、ヒトラーであり、いかに宣伝上手か改めて言うまでもない


新党小池 1

2017年10月01日 | 占いばなし

小池百合子、橋下徹、中国と聞いて、何かの共通点を即座に理解した人は、何らかのプロか、このブログの愛読者だろう。そう、カニ座だ。

カニ座は第4室、天宮図の最も下の天底に位置し、人間が他者に目覚める幼児期を表す。家族や祖先、近所や祖国の「根っこ」であり、ナショナリズムの根源だ。
また、カニ座は月であり、反射によって輝く。月は母性の象徴だが、母子こそが他人の始まりであり、しかも、相互に照らし合う、自他の曖昧な人間関係だ。

母性のカニ座は、他者を守らなければならないと思い、母が我が子を抱きかかえるように囲い込む。相手を束縛し、自分の世界以外、何も見せないようにする。カニ座の男が束縛しない女は本気の相手ではないし、カニ座の女は、男を自分色に染めようとし、自分も染まりたいと思う。ペアルックを好む人も多い。

冒頭の三者は、人と国だが、国は人と文化で成り立ち、人と同じ姿になる。人も国も定義の曖昧なものだが、曖昧ながらも、それなりの個性がある。
では、中国と小池百合子の共通性は何だろう。
小池は、時の勢いに付き従うコバンザメとして政界を渡ってきた。そして、サメ同士が共食いをして弱体化したとみるや、牛に乗って来たネズミのように、ポンと飛び降りて、先頭の座を奪ってしまった。
中国も、徹底的に先進国を利用して模倣し、欧米が混乱したとみるや、自分こそがリーダーであると振る舞おうとしている。
思い起こせば、橋下も有力者に愛想を振りまいていた。

カニ座は模倣の天才と言われる。太陽の光で輝く月は、光源を必要とするが、太陽の光さえあれば、自分が太陽のようなつもりになる。親に保護された子供は、大将のような顔をしている。
お笑いもカニ座の世界だが、突飛な個性芸術とは真反対の、「そうそう、あるある」と思わせる、既成概念をくすぐる芸だ。
工業であれ文化であれ、現在の中国の態度を観ていると、古代中国の四大発明の名誉も、実は、他者から奪ったものであることを確信する。
では、カニ座には主体的な能力が無いかと言えば、この鏡の能力こそが、他者のマネできない個性であり、何者をも自分のモノにしてしまうブラックホールの恐ろしい力を持っている。今や、中国はさも指導者のように振る舞い、小池は民進党を丸呑みする気はさらさらないと、高飛車に言い切った。

小池新党は「希望の党」だそうだ。「希望」は水瓶座のもので、既存のものを守ろうとするカニ座とは全く相容れない。しかし、中国が、自分の言動とは真反対の立前で、他者を攻撃する空々しさこそ、カニ座の抜け目ない実利主義だ。言葉と本音が乖離するのは表裏の関係にある山羊座とも通じる。好色なカニ座は、言葉では「いやらしい」「なりませぬ」と言いたがる。(山羊座はこの方面ではむしろ前向き過ぎるが)
一般に、国際感覚のある人ほど、日本語を大切にする。国際感覚は充分あるはずの小池のカタカナ語の多用は、国際感覚からではない。カニ座の習性、本音のカモフラージュだ。