魯生のパクパク

占いという もう一つの眼

小都小都 4

2015年10月29日 | 小都小都

ポリエステル
9月に入っても、まだ暑かったので、半袖で過ごしていた。近頃のポリエステル製のシャツは通気性が良く、風が身体を吹き抜けるように涼しい。身体に密着することもないので、少しごわごわするが、暑い時にはそれがまた気持ちいい。

夜遅くなったので、もう寝ようと思い、洗面所で歯を磨いていた。
暑いようでも、秋ともなれば夜は冷える。ポリエステルのシャツでは、脇の辺りが寒いくらいだ。
うがいをして、水を吐き出そうとうつむくと、両脇がさすられたような感じがした。
「えっ!」と思ったが、身体が冷えているので、硬質のポリエステル生地が刺激するのだろう、まるで、両手で脇を触られるように、気持ちが悪い。
うつむこうとすると、布地がついて上がるので、こすれて、なんとも、うるさい。

「もう、ポリエステルの季節じゃないな」と、思いながら、その夜は寝た。

翌日は朝から雨で、少し温度が下がったが、まだ長袖を着るほどではない。綿のTシャツを着て過ごしたが、少し薄ら寒かったので、長袖のシャツを上に羽織った。

その日は、あれこれ、やることが多く、気がつくと、もう、3時前になっている。
慌てて、歯を磨きに洗面所に行くと、蛍光灯が古くなって点滅する。
ちょうど良いから、明日、LEDを買いに行こう。そう思いながら、歯を磨き、水を吐き出そうと、うつむくと、また、両脇をさすられた。

「えっ!」
今日はポリエステルじゃない。ぞっ、として振り向いたが、誰もいない。
急に背筋が寒くなって、鏡を見ると、点滅する光の中に・・・


♪だあ~れが かあ~ぜを みい~たでしょ~


小都小都 3

2013年10月21日 | 小都小都

かりそめ

部活の帰りは、いつもの坂道を、自転車を押しながら登る。立ち漕ぎする気力もない。うっかりすると、自転車のサドルにすがり付いて寝そうになる。
どうにか坂の上まで登り切ると、町の家並みが一面に広がる。
これが見えると、もう帰ったような気がして、ホッとする。
後は、自転車にまたがれば、ほとんど漕がないで家に直行する。

学校から家まで2kmぐらいの、ちょうど真ん中が、この坂の上だ。
朝の登校は焦っているから立ち漕ぎで登るが、帰りの時間制限はない。友達とも別れた後だから、のんびり登る。

冬は、横殴りの北風で、坂の上が最高に寒い。でも、夏場の朝夕は涼しいから気持ちいい。坂の頂上の夕陽を、追うようにして登っていく。
登り切ると、まだ沈まない夕陽が空を焦がし始め、町が紅く染まる。

ある時、テレビドラマのシーンで、あの坂にそっくりの坂道が映っていた。
「あれっ、あそこでロケしたのかな」と思って見ていると、車で登り切った坂の向こうには、松林の合間に海が広がっていた。

「なんだ、ンなわけないよな・・・」と、少しガッカリした。撮影に来たような話も聞いたことがない。

10月に入ると、同じ時間でも、坂の上に夕陽は待っていない。
時には茜の雲が映ることもあるが、今日も、薄墨の幕のような空に向かって登って行く。

登り切ると、坂の上で呆然としてしまった。
あるはずの町並みは無く、松林の向こうに暗い海が広がり、浜風が吹いてくる。振り返ると、今来た道は、いつものままで何も変わりない。しかし、前の下り坂は海沿いの道だ。

もう一度、引き返せば、同じ景色に戻れるような気がするが、何の保証もない。
「行かなくちゃ」なぜか、自然にそう思った。
自転車にまたがると、大きくカーブした下り坂を、滑るように降りていく。海岸は意外に低く、走っても走っても、海が遥か下に見える。
しばらく行くと、避暑地のような家並みが見えてきた。

近くに行くと、何か当たり前のように、我が家があった。
「ただいまー」と、声を掛けると、奥から妹が
「お兄ちゃん、ちょっと、ちょっと、早く来なよ」と言う。
「何だよ、疲れてるんだよ」そう言いながら、居間に行くと、
「シフォンケーキ食べる? 私が焼いたんだよ」と、一丁前に紅茶を入れている。

朝、起きると、また寝過ぎてしまった。慌てて飛び出すと海沿いの道を立ち漕ぎしながら登っていく。
何か、こうしていることが、間違っているような気もするが、何も問題はない。自分は、本当は違う町の人間なんだ。そう思うことの方が間違いなのかも知れない。家族もいつも通りで、何も変わりない。

学校に行くと、いつものように授業が始まり、隣の広田は相変わらず居眠りを始めた。英語のクマモンは巨体をゆすりながら、「ここ大事だよー」と目を丸くする。

今日の自分が、海から来たのか町から来たのか、そんなことは大したことじゃない。帰りの坂の向こうが田園だったとしても、きっと我が家はあるだろう。
自分の帰っていく先が変わったのか、自分が変わったのか。
我が家にいるのが自分なのか、自分がいるのが我が家なのか。
それはどちらも同じことのようで、同じじゃない。

どちらかが間違っているはずなのに、誰も当たり前の顔をしている。
自分は、本当の自分じゃないんだ、そう思いながら、今日もまた坂を登っていく。


小都小都 2

2013年10月19日 | 小都小都

大学に入学したばかりの、1989年の初夏だった。
春、入学前に死んだお爺ちゃんの遺品に「ポピュラー・スタンダード」のカセットが有ったので、持ってきた。10本セットの中には、聞いたことのあるようなタイトルもあるが、ほとんど知らない曲ばかりで、面白そうだった。

入ったばかりのアパートは、古い鉄骨三階建ながら、2部屋もある角部屋で、流行りの学生用ワンルームマンションより安かった。
玄関は通路に面したドア一枚のフローリングDKで、その横がユニットバスだ。ここだけ妙に新しいから、改装したのだろう。奥は6畳になっている。

夜、早速、ラジカセにテープを入れて聞いてみた、調子の良い曲が響き渡る。タイトルを見ると「A列車で行こう」だ。
鳴らしながら、歯ブラシをくわえユニットバスで小便をしていると、次の「ムーンライトセレナーデ」が始まったところで、

「すみませ~ん」
と、遠慮がちな女の人の声が外で聞こえた。
慌てて、
「はーい、すぐ行きます」と、返事をし、チャックを上げ、口をゆすいでバスから出ると、ラジカセの前に女の人が立っている。

小柄な丸顔で髪を後ろに束ね、黒のブラウス、白のミニスカートで
「あのー、音をを小さくして貰えませんか」
しまった、窓を開けっ放しにしていた。バスで聞こえなかったから、入って来ちゃったんだな。
「あ、すみません。うるさかったですか」
「いえ、音楽より、カセットのガチャッ、て音が気になって・・・」
そう言いながら、苛立ったように、ラジカセのコードを抜いた。

確かに無神経だったけど、コードを抜くことはないだろうと、少しムッとしたが、目が神経質で、アブナそうな人なので、逆らわずに、
「お隣ですか、今度から気をつけます。よろしくお願いします」と言いながら、窓を閉めに行った。奥も締めて帰ってくると、もう帰っていた。

何か、スゴイ勝手な人だ。あんなのが隣だと、今後が思いやられるよと、玄関のドアを閉めに行くと、もう鍵がかかっている。
『あれっ、何時締めたっけ?』
よほど、緊張していたのか、閉めたことまで忘れてしまっていた。

翌日、隣の様子も知りたかったので、引っ越しの挨拶かたがた、ドーナッツを持って隣に行った。チャイムを鳴らすと、眠むたそうな学生風の男の人が出てきた。『なんだ、同棲しているんだ』と、思いながら、
「昨日は、すみませんでした」と言うと、
「え、どうかしましたか?」と怪訝そうな顔をする。
聞くと独り暮らしだと言うから、挨拶としてドーナッツを置いてきた。

ワケが解らないまま、それでも一応気をつけて、窓を閉め切りボリュームを落とし、法学のテキストを読みながら、カセットの続きを聴いていた。
1本目が終わったので、2本目に入替えると、「シングシングシング」が流れ始めた

その時、後ろから声がした

「すみませーん、わたし、言いましたよね・・・」


小都小都 1

2013年10月06日 | 小都小都

田舎暮らしをすることにした。
過疎地の空き家を探すと、考えられないような安い物件があったので、即決し、夏を前に、いきなり引っ越した。
カミさんは嫌だと言うから、独りで来たのだが、来てみると、思ったより山奥で、買物に行くにも、30分以上も車で走らなければならない。

四方を山に囲まれ、その谷間を国道が走っている。村は、国道を見下ろす山の中腹にあるが、7件の家はほとんど廃屋になり、わずかに、80歳を過ぎたお婆さんが村外れに独りで暮らしている。挨拶に行くと、驚いたようだが、事情がわかると、抱きつかんばかりに愛想がいい。

大変なのは家の改修だった。
どこも崩れてはいないが、30年以上も空き家だっただけに、樋や下水の水回などの手入れが、想像以上にやっかいだった。

水道は無いから、井戸に電動ポンプを付けて、給水できるようにしてもらった。風呂は昔の五右衛門風呂で、薪で焚くようになっているが、プロパンの大型給湯器は、台所と風呂にも供給できる。
それにしても、トイレを、よく浄化槽にして貰っておいたものだと思う。田舎暮らしもこれで快適だ。

家の改修をしながら、庭の畑の草を刈り、土を起こしなおした。
敷地の端を耕していると、かなり掘ったところで、なぜか女物のハイヒールが出てきた。泥だらけだが、ティールブルーの色が残っている。洗ってゴミに捨てるのも面倒くさいような気がして、そのまま土をかけた。畑には差し支えないだろう。

敷地内の畑だから、全体を耕しても、たいして日にちはかからない。
すぐ雑草が生えてくるから、とりあえずマルチシートを買ってきて一面を覆うと、庭全面が真っ黒になり、「やったー」と独りで叫んでしまった。濡れ縁に座って眺めていると、達成感が清々しい。

夜になると、マルチシートに月明かりが反射して海のようで、何とも幻想的だ。
その暗い海を眺め、何を植えようかと思案しながら、ビールを飲むのは格別だ。そうだ、先ず枝豆を植えよう。それと、トマトも要るな・・・

そんなことを考えていると、暗い庭の隅に蛇のようなものが出てきた。
「え、何だろう、蛇だろうか?」
笛に操られるコブラのように、しばらく右や左に動いていたが、すぐ引っ込んでしまった。
離れている上、夜目でよく見えなかったが、白黒のボーダーのような縞目に見えた。

あんな縞の蛇は、海蛇ぐらいしか知らない。外国にはいるかも知れないが、日本にはいないはずだ。蛇でないとしたら、何の動物だろう。
せっかく張ったばかりのマルチシートを、もう傷物にしやがって、まったくしょうがないな。
まあ、明日見てみよう、夜中にうかつに突っついたら、咬まれるかも知れない。

次の日は、折悪しく小雨が降ったり止んだりの天気で、陽ざしが無い。それでも、昨夜の動物が気になったので、カサを差して庭の隅まで行ってみた。
やっぱり、10センチぐらいの穴が開いている。のぞき込んでも真っ暗で何も見えない。
懐中電灯を取りに帰って、もう一度中を見てみた。

覗こうとすると、突然、ニュッと出てきた。
ワッと、飛び退いたが、よく見ないうちに引っ込んでしまった。
今度は用心しながら、懐中電灯を照らすと、中からいきなり、懐中電灯に噛みついてきた。
慌てて、引っ張ろうとすると、それは噛みついているのではない。

人間の手だ

懐中電灯を握って、引っ張り込もうとしている。
あまりのことに、もう声も出ない。だが、取られまいと、こっちっも反射的に意地になって、引っ張りあいになった。
足で踏ん張って、両手で引くと、ボーダー柄のシャツが二の腕まで出てきたところで、向こうは手を離して引っ込んでしまった。

反動で、二、三歩さがったが、体中に鳥肌が立って、背中から冷や汗が吹き出してきた。
頭の中は「ギャーッ」と、叫んでいるのだが、全く声が出ない。
叫んでも、逃げても、誰もいない山の中だ。

一瞬、間が開いたら、なぜか、妙に冷静になって、どうしても中を見たくなった。
用心しながらもう一度近づき、懐中電灯で中を照らした。

すると、中は空洞で、相当広い、いつの間にこんな大きな穴が出来たのだろう。顔を近づけるのはヤバイから、近くのクワを取って、穴の天井部分に打ち込んだ。

ぽっかり空いた穴の中に、女の白い生足が太ももから見えて、ティールブルーのハイヒールを履いている。
しかも、その足の膝を折りながら、身体を起こそうとしている。
今にも、上半身がこちらに起き上がって来ることが分かっているのだが、身体が凍り付いたように動かない。声も出ない。

これは、絶対に、この世のものではない。
もう、どうしていいか分からない。
思わず、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・」と、口をつく

その時、ガバーッと・・・・・・

   ・・・・・・  ・・・・・・

ここで目が覚めたら、

「夢でよかったー」と、思いますか、続きを見たいと思いますか