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魯生のパクパク

占いという もう一つの眼

天王還る

2018年03月24日 | 世相史観

米中貿易戦争!?
いよいよ天王星・牡牛座時代だ。正式には今年5月だが、2~3年前から、とっくに影響圏に入っている。
2007年、すでに11年前に懸念した事が、ほぼその通りの展開を見せている。
保護貿易主義や経済圏争奪戦、領土問題と、「自分が食うためには当然」の論理が蔓延する。
「五感に訴える」流行として、様々な仮想現実が展開しているし、情報操作によるプロパガンダや独裁体制の顕現・・・などなど、
84年周期の牡牛座時代が目の前で進行している。

ただ、84年前には核兵器はなかった。これが、抑止となってくれることを祈るし、それぞれのリーダーも、そのことを良く解っていると思う。しかし今現在、毒ガスを使うような狂人が存在し、ヤケクソになったら何をするか解らないような人物が、核を握っている。過去の大きな争いは、小さな一発から起こった。


仮想通貨

2014年01月23日 | 世相史観

ようやく今ごろになって、仮想通貨が大問題になってきた。
このブログを初めた時から一貫して言っていることだが、通貨や為替に人類史的大転換が起こる。
それとともに、近代国家という、死に損ないの組織が終焉を迎える。
その始まりの始まりが始まった。

2500年の貨幣の歴史の最後を飾る近代国家が、新テクノロジーと経済秩序の混乱を生み、自滅する。これも人類史の生々流転だ。
通貨を支配する国家。国家を越えて物流を支配する為替。それを利用して生きるマネー。
そして、それらを拒否する仮想通貨の出現。
事ここに極まれりだ。

仮想通貨がこれら全てを吸い上げて、通貨体制が崩壊すれば、大航海から産業革命の過去500年の、財をめぐる世界ゲームが終わる。
資源を全地球的に消費する仕組みが崩壊することで、地球を食い尽くす人類の膨張にブレーキがかかるのか、それともさらに加速するのか、それは解らない。ただ、解っていることは、近代国家と通貨の消滅だ。

今の人間には想像が出来ないことだが、国家や通貨が無い世界は何によって維持されるのだろう。強権や暴政だろうか、それともユートピアのような賢人社会だろうか。
賢人社会が来るとは到底思えないから、暴政の方がありそうな話しだが、その前にもう一つ試されなければならないことがある。
仮想国家だ。

仮想国家
危うい存在とは言え、仮想通貨が成立したように、仮想国家も不可能ではない。
武力を背景としない国家は、実際には、結社のような存在で、土地、民俗、宗教を越えた、フリーメイソンやエスペランティスト、あるいは広義のNPOのようなものも含まれるのかも知れない、自発的参加者による相互協力の存在として、SNSよりも、もう少し責任のあるつながりで、あるいはその連合体のようなものかも知れない。

善意の意思連合が、国家を越えて機能する状態は、仮想通貨が国家を越えて機能する様に似ている。国家はそのネガティブ面だけを取り上げて排除、撲滅キャンペーンに動くだろうが、ネガティブ面なら実在国家にもある、と言うより、戦争などを引き起こす国家の方が、もっとネガティブだ。
現に、仮想通貨に否定的な国ほど、古代的国家だ。


ビットコインが発案されたのは2008末だそうだが、
このブログは予言はしないが、先見と提案はしてきた。
2006/9には、「タイが魚座で、どうよ」で、既にこの件は話している。

先手必勝 1」、「超正念場」、「愚老張る(2)」、「君臣豊楽(3)」


1969(3)

2012年02月19日 | 世相史観

天王星周期の折り返し点42年の鮮やかな転結は、リアルタイムの記憶としてふり返られるが、一周期の84年になると、生きている人はいても、記憶がつながらない。もはや完全に歴史だ。
今起こっていることの、原点を考慮した行動は取れなくなる。

原子力船むつの進水後、1974むつ放射能漏れ事故、1979スリーマイル島事故、1986チェルノブイリ事故と、何度も考え直す機会を与えられながら、国策と利権の日本丸は、進路を変えることなく、ワッセ!ワッセ!と進んできた。つまり、42年後のフクシマ事故は必然だったというわけだ。

しかし、「むつ」の進水には、そこを遡る42年前に端緒はあったのだろうか。
そこで、1927年前後には何かあったのだろうかと、年表を繰ると、
1927年、ハイゼンベルク不確定性原理(32年ノーベル物理学賞)
何と、原子力利用の種が蒔かれている。

げに、恐るべしだが、そうであるならば、スリーマイルやチェルノブイリの種は何だったのか、と考えてみる必要もあるが、これは又の機会にしたい。

天王星の84年周期が来れば、同じ問題が、別の展開をしていく。
しかし、半分の42年では、事の始まりから成長に至って、行き過ぎてしまったことへの、反省と揺り戻しのきっかけになる。

原子力利用という点では、2011年はむしろ、1927年から84年後の別の展開の時であり、フクシマは、日本の原子力政策の始まりからの折り返し地点と考えられる。(一つの事柄は、いくつもの意味を持つ)

2012年1月に科学誌ネイチャーに実験記事が掲載された。これは、日本の小澤正直の不等式が、不確定性原理の測定の限界を越えた証明と言われる。これもまた、84年後の別の展開だろう。

様々な事柄における、84年周期の因縁は、年表を繰ってみると、 「あっ」と声を上げるようなことがある。
天王星の場合は、顕著で衝撃的だが、冥王星や海王星は、年表では掴めない。人類史を俯瞰して、始めて見えてくるようなことばかりだ。

冥王星の250年周期については「大転換」で、繰り返しているが、今現在の世界の動きを見ていても、ピンと来ないし、こんな話題は、テレビネタにはならない。
しかし、歴史を知る人なら解るだろうし、政治家には是非とも考えて貰いたい視点だ。

750年の大きな時代旅行は、三つ目の駅にさしかかっている。
あと250年はどんな風景の中を走って行くのか。その上で、諸問題の処理を考えて欲しい。
250年だけを考えていればコーナーで脱線するし、目先に囚われていれば止まってしまう。こんな難しい舵取りができる人などいないだろう。

結局、歴史というものは、解っていながら、捉えがたく流れてゆく。
それが、歴史なのだろう。


1969(2)

2012年02月18日 | 世相史観

1969年に始まったことは、2011年に一つの結論が出る。これは正確に42年目と言うより、その頃のことだから、2010~2012年と考えれば良い。歴史のアラフォーだ。

1969年の事象は、どういう結論(中間報告)になったのだろう。
前回、「1969(1)」で挙げた事象の、アラフォーの姿を見てみたい。

●安田講堂事件 →秋入学(「大学解体」は国際競争の波へ)

●中ソ国境紛争、中国初の核実験 →ソ連に替わり米国のライバル

●北朝鮮米偵察機撃墜 →金正日の死

●原子力船むつ進水 →原発事故(原子力政策転換)

●月面有人着陸 →月開発競争、アメリカの宇宙開拓再参入

●宇宙開発事業団(後JAXA)発足 →はやぶさ

●沖縄返還合意 →基地、負担軽減、自衛隊強化普通の国化

●衆院選自民党圧勝(小沢一郎初当選)→既成政党の信頼失墜

●東京都公営競技廃止 →大阪都構想、カジノ案

●三洋電機創業者死去 →三洋電機消滅

●東名全線開通、夜間高速バス運行開始 →高速無料化案消滅

●マツダルーチェ発売 →低燃費エンジン自動車デミオ発売

●セブンスター発売 →禁煙の普及、煙草値上げ

●NHKFM放送 →ネット放送

●すぐやる課(松本清市長)→マツモトキヨシ最高益

天王星は爆発の星
こうして、ざっと見てみても、42年後の帰結には驚くしかない。
しかも、現在のこの現象はさらに、42年後には大団円を迎えることになるし、逆に、今から出発と考えれば、むしろピークを迎えるとも考えられる。
例えば、三洋電気の創業者の死に始まる、三洋の消滅は、むしろ新たな出発として、42年後に別の花を咲かせるとも考えられる。

天王星による未来予測の方法と同じように、他の惑星も、それぞれの特質とスパンに応じて、歴史の現象と意味を暗示する。しかし、爆発の星の天王星の現象はインパクトが有り、最も分かりやすい。


1969(1)

2012年02月17日 | 世相史観

由紀さおりの「1969」がヒットしている背景は色々あるが、1969年が音楽的にどういう年であったかも重要だ。

音楽革命の世代とタイミング
芸術や音楽は、美の金星と、感覚の海王星が影響する。
海王星が天秤座にいた時に生まれた世代には、芸術センスが与えられる。これは、約165年に一度しかない。(滞在期間を換算すれば150年)

海王星が天秤座に入ったのは1942年だが、影響圏を考慮すれば、1940年~1956年ぐらいの生まれだ。この世代は、150年に一度の「芸術、ことに音楽の才」に恵まれる。
この世代は、1960~76年に成人し、1990~2006年に50才を過ぎ、
今年、72~55歳になっている。

海王星・天秤座の世代が、その才能を爆発させたのは、集中と爆発の天王星が、美の天秤座に来た時だ。天王星は1968~74年に天秤座に来る。これは、海王星・天秤座世代の青春時代とドンピシャで重なる。

これは、ビートルズ全盛の、世界的ロック勃興の時代で、サイケデリックなど、美的価値観を変える一大潮流を生んだ。

これに刺激された日本でも、GSやフォークのグループが生まれ、後に、80年代の音楽シーンでは、彼らが陰の立役者となっていく。
今日でも、80年代に青春を迎えた人が、ビートルズは自分達の音楽だと思っているぐらい、70年前後のインパクトは大きく尾を引いた。

70年前後の「自発的な衝動」から比べれば、その後の多様な音楽シーンもビジネス展開の一環に過ぎず、音楽としては大なり小なり、余韻、余波と言っても過言ではないだろう。
コンサートシーンも、ウッドストックを頂点とする当時のコンサートスタイルから、基本的にはほとんど変わっていない。

ウッドストックの1969年は、日本でもグループサウンズやフォークソング、戦前からのプロ製作方式が混在し、若者人口の増大とも相まって、ポップスは百花繚乱のピークを迎えていた。

1969年からの厄年
1969年は、冥王星が天秤座に影響し始めている時で、そこに天王星が入った上、さらに1969年、木星が入る。しかも、牡羊座に土星がいた。

この星の配置は、昨年、天王星と木星が牡羊座に入って、土星が天秤座にいたのと、ちょうど真反対だ。

天王星84年周期の半分の42年目は折り返し地点として、その事柄が再び、現れてくる。2011年は1969年からちょうど42年目の、厄年だ。
1969年が再び見直されるのは当然のことであり、それは過去を反省し原点回帰を促している。音楽にも回帰が求められているのだろう。

ちなみに、1969年が今日に何を告げているのか、参考に挙げてみる。

安田講堂事件、中ソ国境紛争、中国初の核実験、北朝鮮米偵察機撃墜、原子力船むつ進水、月面有人着陸、宇宙開発事業団(後JAXA)発足、沖縄返還合意、衆院選自民党圧勝(小沢一郎・森喜朗初当選)

こんなことも
東京都公営競技廃止、三洋電機創業者死去、東名全線開通、夜間高速バス運行開始、マツダルーチェ発売、セブンスター発売、NHKFM放送、すぐやる課


時間旅行

2012年01月21日 | 世相史観

昨日、三浦友和の件をちょっと挟んだが、世相ウオッチャーとしては、やっぱり少し触れておかなければならないのだろう。
(年寄りとしては、面倒な話題には触れたくないのだが・・・)

この件に関して、実際にどういう発言があり、どう炎上したのか知らない。多分に、映画宣伝の仕込みもあるのだろう。だから、むしろ、具体的に調べて、論評のようなことはしない方が良いと思う。

誤解の無いように断っておくと、ドーハの悲劇以来、ジャパンブルーの隠れサポーターであり、今回のなでしこ優勝に大興奮した一人だが、バレーボールには、64年当時も今も、それほど関心はない。

その上で、どちらが日本を興奮させたかと問われれば、何の迷いもなく、三浦友和と同じように「東洋の魔女」と即答するだろう。
これはスポーツの問題ではなく、世相の問題だからだ。

体験した世代が、体験してない世代に、自分の体験を語る時、ともすれば、「お前は知らんだろう」的な、体験を権威としてゴリ押しするような懐古趣味になり、拒絶反応から非難されることになる。
これは、どの世代であれ、自分の実感こそが最大の事実だからだ。

時代の位相
そういう、世代間ギャップとは全く別の問題として、歴史や時代の持つ意味を、世相のパターンで比較する「周期律」や「世相史観」は、古今を越えて、「ありさま」の本質を把握し、「次」を予想しようとするものだ。

「東洋の魔女」と「なでしこ」は、どちらも木星が牡牛座にあった。
天秤座に木星が居るわけでもないのになぜ?と思われるが、実は、牡牛座と天秤座は何れも金星が支配星で、表裏の関係にある。
他の惑星の関係で、精神と肉体、男性と女性の補完関係で現れる。
占い的には、木星→天秤座と同じ状況だったことになる。

だから、惑星が導く事件の大きさという点で優劣はない。
しかし、食糧難でステーキを食べるのと、何でもある時にステーキを食べるのとは、インパクトがまったく違う。

今は、オリンピックの地位が低下しているが、当時の日本では世界最大のスポーツの祭典だった。それが、この日本で開かれていた空気は、2002年のワールドカップで、多少、解るかも知れない。
日本単独開催で、しかも、戦後18年しか経っていなかった日本人が、また、戦時中の「一億火の玉」のような熱気を取り戻した時だった。

このオリンピックのマラソンで、決勝前で抜かれて3位になった円谷幸吉が自殺したほど、良くも悪くも、日本中の熱気が一丸になっていた。その空気の中の「東洋の魔女」だと言うことだ。

だから「東洋の魔女」の価値が上だとか言う話ではない。
時代の空気は、その現場に居合わせない限り解らない。である以上、比較することは、元々、無意味なのだ。

敗戦の焼土と東日本の災害とどちらが上かと言った比較は、現に苦しんでいる人には腹立たしいばかりだ。
そして、一方ではまた、冷静な比較がなければ「次」に備えることが出来なくなることも事実だ。


まほろば(4)日本の輪廻

2010年09月06日 | 世相史観

歴史は、大きな歴史が6~700年で切り替わると言われる。
日本の場合。仮に「王朝」「武士」「市民」時代に分ければ、区切り方は、胎動期の3―10―17世紀とも、完成期の7―14―21世紀とも考えられるが、大転換700年説には説得力がある。

多くの政権時代は約300年だから、二世代なら前後で600年。
冥王星240年なら、上中下の約3周期で720年になる。

時代が加速し、一時代300年が、現代では土星30年で完結する。
その30年には、成長期の30年と、衰退期の30年があり、還暦の60年が、大きな歴史700年とほぼ同じことになる。
人生80年時代の現代人は、人生、最低一度は思想転換を迫られるわけだ。江戸以前なら、60年ごとに思想転換をする必要は無かった。

一方で、幕末日本を騒がせた「ええじゃないか」(お蔭参り)は、定期的に起こっていたといわれる。その周期は約60年で、ガマン好きな日本人は、60年おきに「キレる」らしい。

最後の「ええじゃないか」があったのが1867-8年、明治維新だ。
日本人が茫然自失のカオス状態になる周期が、5~70年だとすれば、1917~1937年(大6~昭12)の中にカオスがある。
大正6年~昭和12年と言えば、第一次大戦、金融恐慌、関東大震災、日中戦争、国際連盟脱退・・・と、幕末に匹敵する激動が続く。

ガマンにガマンを重ねた、日本人が「キレた」のは、日中戦争と国際連盟脱退と言えそうだ。後で考えれば、どうにも説明がつかない、茫然自失、自暴自棄の行動と言えるのだが、まさに「ええじゃないか」だった。
その後のことは語るまでもない。

さて、次の「ええじゃないか」は、前回の中点に当たる昭和2年を起点にすれば、1977~1997年。昭和52年~平成9年、もちろん、バブルと崩壊の時代だが、バブルこそが「ええじゃないか」と言えるだろう。
その後のことは語るまでもない。

明治維新日中戦争バブル
約60年おきの、カオスは、土星30年周期の2周期ごとに起こる。では、そのカオスからの1周期、前半30年間には何が起こったか。

明治維新から30年。日中戦争から30年。バブルから30年。
いずれも、苦難の時代であり、それを乗り越えようとする試練の時代だ。この周期から見れば、今はまだ、バブル後遺症が完全には終わり切っていないことも解る。

カオスから苦節30年。苦境を抜けると日本は、大陸に目を向ける。
明治維新→日清戦争→日韓併合。日中戦争→朝鮮特需→日韓基本条約。
いずれも、朝鮮半島との関係(ちょっかい)が軸になっている。
これは、若気の至りの無警戒だが、やがて、大失敗につながる。

まもなく苦節30年の今、韓国の日本への嫌悪感は、未だに80%にもかかわらず、日本の韓国への好感度は60%以上に達している。


反省 \0

2010年09月03日 | 世相史観

酷い残暑が続いている。
久々の更新は、先ず反省からだ。

5月。今年は冷夏の予報を聞いて、
なるほど、土星が天秤座に来た年も冷夏だったから、そうだろうと、確かめもしないで安易に信じたが、まったく逆だった。
やはり今年は、予想外が頻発する。

この大外れは何なんだ! と、前回の冷夏1980年を見てみた。

1980年、土星が天秤に入ったのは、9月21日で、夏場は乙女座にいた。さらに、木星も10月末まで乙女座にいた。
冷夏は、土星と木星、さらに、火星まで通過した乙女座の問題だ。
(なお、言うまでもないが、乙女座は農業)

最も重要な原則を忘れて、安易に気象と惑星周期を一体視してしまった。惑星で運命周期を考えることは、第一義的には、自然現象とは関係ない。

運命は結果だから、原因は様々だ。
日照りも冷夏も、どちらも、農業被害をもたらす。むしろ、その結果として起こる、大量死や社会不安、戦争を観るのが占いの目的だ。

この基本原則を忘れて、安易に占いを適用すると、失敗する。
占いが人事問題であることを思い知ったのは、日航機逆噴射事件だが、少し気が緩むと、この手の失敗は常にやってしまう。

反省 \(~_~)

ところで
では、冷夏予報を聞いた時、どうあるべきだったか、整理すると。
先ず、星の配置を考え、その結果の世相を考え、そこから逆にその原因を考え、天気予報の正否を考える。

惑星が、日本の窮地を表しているなら、必ずしも冷夏だけが原因ではない、日照りだってある。
また、土星と木星・天王星が180度のピーク状態にあること、1980年のような集中とは、むしろ逆であること、さらに、天王星(意外)の影響をを考えれば、この天気予報は外れると考えるべきだった。

さらに、土星が乙女座ではなく、天秤座にあると言うことは、農業問題より、外交や経済の方が日本を窮地に追い込むことを表している。


星の実体

2010年02月03日 | 世相史観

今日は節分、九紫・己丑年も今日まで。明日の立春から八白・庚寅年が始まる。
干支はだんだん深まっていくものだから、明日からと言っても、がらりと変わって寅年になるわけではない。丑年の余韻は最大2~3ヶ月は続く。しかし、それはあくまで余韻であって、寅年になったことには違いない。

例えば、今年の2月、3月生まれの人は寅年だが、価値観やタイプが丑年に似ている。日本の場合、早生まれは前年の学年になるから、実際、前年生まれと共に育つわけで、ますます前年の傾向が強くなる。

例えが悪いが、大きな事件で意味深いから、オーム事件の松本智津夫の例を挙げると、
昭和30年3月2日生まれで、九紫・乙未年だが、行動を見ると、むしろ前年の一白・甲午年のやり方だ。
一白は髭を生やした風貌などで神秘性を演出し、「兜町の風雲児」などと、もっともらしい顔をした例もある。
しかし、人を指導するのは九紫だから、生まれ年昭和30年の九紫で生きるのに、前年の一白の方法を活用したと言える。

九星や干支は変わり目の後も影響が残るが、西洋占星術の場合はむしろ、変わり目の前から影響が出始める。
一つの星座30度のうち、25度を過ぎると次の星座の傾向が出始める。今年の場合、木星が実際に魚座に入る前の、年末から魚座事件が目立ち始めていた。

干支や星座のどちらが正しいか、信用できるかと考えるより、
どちらにも共通する事柄や、期間を考える方が有意義だ。
占う方法が違っても、同じ事を指しているはずだからだ。


パラダイム(2)

2009年12月28日 | 世相史観

700年ぐらいで人類の生き方が変わるという説がある。
その、約700年の中では、冥王星の250年は約三回転する。
その、250年の中で、天王星の84年が約三回転。
その、84年の中で、土星が約三回転。
その、30年の中で、木星が約三回転。

何でもおおざっぱに合理化するのが好きな大陸中国の干支術は、この原理を合理化して、上元、中元、下元の三元でまとめている。
当然、古代中国では、天王星、海王星、冥王星は発見されていなかったので(断言できないが)、火星、木星、土星などの周期を絡み合わせて周期律を発見したものと思われる。※

干支は60干支を三回転させて三元の180年を一つの時代と考え、これを九等分して、20年ごとに時代が変わっていくと考える。

20年というのは、ちょうど、土星と木星が交差して0゜になる周期だ。
180年に最も近いのは、海王星165年で、天王星の二倍であり、天王星をざっと90年と考えると、天王星・海王星という災害の星が時代の崩壊に影響するとも考えられる。

いずれにしても、様々なパラダイム・スパンがあるわけで、
人心が、世相的に一辺倒になる、一世風靡期間があるとすれば、
その熱気にも、三つの時期があると言うことだろう。
春・夏・秋・・・そして終わりの冬が来る。

秋はもっとも充実している時期だが、滅びに向かっている。
産業革命パラダイムは、もう一度花が咲くことはない。


中国の占いにも、古代印欧の占星術の原理が多く入り込んでおり、中国人に理解しやすい形に発展したようだ。細かく正確に観察することより、実用的な原理の方が好まれた。
日本にも仏典と共に宿曜経など、占星術が伝わったが、仏典として理解され、未来予知学としては無視された。


パラダイム(1)

2009年12月27日 | 世相史観

パラダイム転換という場合、通常は100年ぐらいを意識する。
サブプライム金融危機で「100年に一度の」が流行ったが、大恐慌を意識した言葉だったのだろう。

しかし、大恐慌を意識している限り、産業革命パラダイムであることは何も変わっていない。
約40年余の冷戦時代も、一つのパラダイムと見なすことも出来れば、ガソリンエンジンの石油時代100年を、パラダイムと見なすことも出来る。

そういう「時代」をおおう価値観や方式は、何を軸としてみるかによって様々なスパンがあり、占いでは惑星の周期で考えることが出来る。

おそらく、有史時代の枠組みの中で、現代が属する最長パラダイムは、大航海時代からの500年ではないかと思う。
人類史は700年で大転換を起こすという説が好きなので、それに従えば、まだ200~250年残っている。
これは、冥王星250年がもう一回りするということだが、
次のスタート、牡羊座までには、後50年かかる。

大航海という地球征服時代から、産業革命時代、そして、太陽系征服時代の250年になるのだろう。
つまり、次の250年で地球は統一され故郷になる。
人類史が続いていればの話だが。


東京解散

2009年03月21日 | 世相史観

4人、7人の死亡事故が続いている。
3月20日、群馬県の老人施設の火災で7人が焼死。(後で、病院で3人亡くなり合計は10人)

大分県の野焼きで亡くなった4人も、群馬県の場合も、時代の転換点での象徴的な魚座の事件だ。水瓶座の今年は火事で現れた。(16日トンガ沖海底火山噴火

いずれも、老人(魚座)の犠牲者だった。
大分県の場合は、地方に若者がいなくなり、老人だけで野焼きをやっていたことが原因だ。
群馬県の場合は、東京でまかないきれない低所得層の老人介護を、地方に丸投げしていたことが原因だ。(魚座=福祉と老人)

東京
天王星→魚座の転換点は84年周期だから、過去82年間の時代の精算が続いている。
つまり、1923年の関東大震災の精算から、東京一極集中に向かい、半周目の1964年オリンピックをピークにして収縮に向かい始めた。
1927年、天王星→牡羊座で生まれた東京は、1969年に厄年を迎え、今、息を引き取ろうとしている。(世界経済も)

地方の過疎化と、東京の機能停止。これは連動している。
人を都会に集めて、大量の工業生産をするシステムの命が終わろうとしているのだ。
産業革命250年パラダイムの「終わりの始まり」の時代とも相まって、東京は生まれ変わらなければならない。
東京が生まれ変わるとは、日本全体が生まれ変わることであり、
官僚システム、情報の東京発信など、一極集中の残骸だ。

地方の時代が確立すれば、東京も、一地方に生まれ変わる。
地産地消と、ネットワークによって、地方で暮らす方が、豊で恵まれることになる。
すでに、東京がカッコ良い時代は終わっている。
地方には娯楽がないと言うが、それは、東京一極集中型の娯楽がないだけだ。人が集まれば娯楽は生まれる。


100年に一度?(3)

2008年12月15日 | 世相史観

」で「化石燃料の積極的放棄」に向けて、徹底的な社会改造をしなければ、世界の負け組になると言ったが、実際には、この大転換の後、世界に現在のような「国家」が存在しているのかが疑わしい。

現在の形の近代国家そのものが、産業革命後のパラダイムであり、食うか食われるかの生産競争の装置として存在してきた。

売りつける相手を求め続けた250年。売りつける相手が同じ生産能力を持てば勝負は成り立たなくなる。
高いところから低いところに流れ続けた水は、もう平地から海に出る。

産業革命後の近代パラダイムは「行き詰まる」運命にあった。
それは、二者択一、盛者必勝の西欧的な哲学によって成り立っているからだ。
一神教的な論理は対立するしかなく。自分か相手が間違っているから滅ぼすしかない。力を持った者が力のない者から奪う。
生産した者が売りつける。金を持った者が無い者をこき使う。
本当の意味でのWIN-WINや、三方良しなどあり得ない。
だから、近代は国家戦争の連続だった。
しかし、もう何事も、循環しないものは成り立たなくなった。

神から離れ人間として生きる
東洋の哲学は始めから「循環」を前提にしている。
生々流転、輪廻転生、諸行無常、盛者必衰・・・極まれば転ずる

工業生産は、消費が止まればガラクタの山ができる。
あふれる高級品も、買いすぎた百均の商品も、まったく同じだ。
この工業製品の不毛に気づけば、悟りの花が開き、次のパラダイムが健全に成長する。

蓮の花は、泥沼の中から花を開かせる仏教の象徴だ。
仏教に神はない。人間が成仏する。
人間は仏にはなれないが、みなそれをめざす菩薩だ。

この250年のどん欲時代が、瓦解すれば、目覚めた人間が、新しいパラダイムの花を咲かせる・・・と、期待したい。


100年に一度?(2)

2008年12月14日 | 世相史観

大量諸費
今年は大手スーパーで、早々と3割から半額販売をするそうだ。
消費激減が見込まれるので、今から、在庫処分を始めるのだろう。
ブランド品はいくら安くしても売れないそうだ。

現代はあふれる工業製品を消費しなければ回らない。
われわれは生産と消費の自転車操業のために、学校に行き働き消費する。
その歯車として生きることに、喜びや目的を見いだし、地位や持ち物に得意になったり自慢したりして、また、そのために消費する。

それを天から与えられた世界のように思って生きてきたが、それが全て人間の業であり、はかない砂上の楼閣でしかないことを、大転換の中で思い知らされる。
幸か不幸か現代人は、その大崩壊の波に翻弄される巡り合わせだ。

更生
しかし、これまでの生き方を捨てれば、活路がないことはない。
工業製品に頼らない生き方。意識して工業製品を使わない生き方。
かといって、かつてのヒッピーや竹林の七賢人のような極端な宗教的
生き方では、単なる、近代信仰からの宗旨替えにすぎない。

工業化に振り回されないためには、「生きる」ということを改めて考えたうえで、その範囲で工業力を活用することだろう。

工業生産中心の社会は、軍国主義の社会と同じだ。
その中にいると、大将や名誉の戦死にあこがれる。社会の道具であるはずの軍隊が、人生の目的になってしまう。
工業社会では、工業製品を使うことがステータスや、あこがれになったりする。
ブランド品から自動車や家まで、工業製品すべてが、実は、小さな胸の勲章に過ぎない。
起きて半畳寝て一畳。無くても暮らせる物ばかりだ。

こういう、虚構を捨て、人間にとっての「物」を考える。
軍隊が社会のためにあるように、工業生産もまず人間のためにある。
付加価値や珍しさで、必要のないものまで買わされる愚かしさから目覚めて、人間のために物をつくる・・・そういう社会ならば活路は開ける。

造る側の論理から、使う側の論理に
10年も持たない物を、次々と買うようなことは止めて、何年でも使い続けられる物を選べば、製造を合わせざるを得ない。
近年、企業側はそれに気づいて、方向転換をさまざまに模索しているが、消費側の頭が切り替わっていない。
すぐ陳腐化してしまう工業製品に怒りながらも、新モデルに乗せられる。

しかし、こういう不況の大ショックが起きると、ガーンと目覚める。
『買わなければ』と思っていた物が、実は無くてもすむ物だったことに気づく。「買えない」と嘆くより、ムダの発見を楽しめばいい。

生産消費の輪廻から解脱すれば、新しい世界が開け、成仏する。
経済成長や人口増加とは、近代パラダイムの煩悩なのだ。


100年に一度?(1)

2008年12月13日 | 世相史観

世界中で、100年に一度の大不況、大転換だと言っているが、
前から言うように、そんなノンキな話ではない。
250年に一度の大転換だと言うことがわからないのか!?
ワッ、カンネエ、ダロナーァ

確かに、天王星84年の大恐慌の時代は回ってきている。
現代史の「記憶」は100年ほどしかないから、84年前を指して100年に一度と言うのだろう。

しかし歴史を振り返れば、少なくとも250年の近現代が、そっくりひっくり返ることが見えてくる。
大転換2」で言ったように、来年から始まる「激動」は
84年の倍、海王星の165の周期を超えて、ここで遭ったが250年目の大魔神、冥王星だ。

こんな大転換は、単に悪いことばかりが起きるのではない
一定の期間と時代の中で、今年の株価のように乱高下を繰り返す。
世界中がシェーカーに放り込まれたように、ワケが解らなくなる。
すべてがひっくり返るのだから、仕方がない。

雨降って地固まる
しかし、こんな混乱でも、最後には必ず誰かが生き残る。
形あるものは失われ、無の中から生まれてくる。

こんな時こそ「♪Boy, boy, crazy boy, Get cool, boy!」だ。
あわてる・・・は、もらいが少ない

つぎはぎを重ねて、形あるものを守ろうとすれば、大きく壊れる。
日本の政治、経済、生活・・・守ろうとすれば崩れる
世界の中で、日本ほど形ができている国は少ない→もっとも危険な国
すでに第一位のアメリカが崩れ始めている。その波が日本に来ないわけがない。

この大津波を前にして、できることは、波に立ち向かうより、早めに沖に出て波に乗ることだが、捨て身の話は誰もしない。

捨て身になるとは、過去の繁栄を積極的に捨てて、沖に出る船に乗り換えることだ。

捨て身の発想
コンビニの24時間営業をやめようと言うと、コンビニがある故に起きている必要を並べて、「そんなこと、できるわけが無い」と言う。
コンビニが閉店すると夜が危ない、不便で困ると、本気で言っている。
夜の生活を前提にした話は、コンビニが無ければ初めから無かった話だ。すっかりそれを忘れている。

同じことは、日本の全てにはびこっている。
政党政治から、受験、就職、福祉、・・・派遣にいたるまで、
すべて、「原点を忘れて」現状のシステムを前提に考え、それを守ることばかり考えている。

今乗り換えなければならない船は、
化石燃料の放棄・・・この一点だ

・自然エネルギー工業への転換。→(発電と輸送)
・深夜営業や深夜放送の規制。→(生活改善)
・農業と地産地消のシステム化。→(職業、教育も転換)
・世代交流施設作り。→(保育と介護と医療をまとめて解決)

いろいろあるが、明治維新以上の大ナタでなければできないだろう。
しかし、これをやらなければ、世界の負け組になる。