魯生のパクパク

占いという もう一つの眼

ガンバレ

2015年03月31日 | 星の流れに

やっぱり、監督だ。
このところ、もうダメなんじゃないかと思えるほど、サッカー日本代表は惨めな試合を続けていた。辞めたアギーレ監督の後を受けた、呼びにくい名前の監督は天秤座だ。

ザッケローニが牡羊座で、ハリルホジッチが天秤座。初めからこうしていれば良かったのだ。牡羊座と天秤座は対角線上の裏表。互いが目標とする価値観がある。
闘争の牡羊座は美と平和を目標とし、美と平和の天秤座は正義と強さに憧れる。
天秤座の日本が武士道を追求するのもここから来ているし、欧州が芸術を追究する動機もここにある。

牡羊座の監督が求めたことを、天秤座の監督が逆方向から埋め合わせていく。互いの至らなかったところを補完する関係だから、良い感じで向上してきた日本チームを活用することができる。
アギーレが、ザッケローニの遺産を食いつぶしかけていたところに、ハリルホジッチが、かろうじて間に合った。

素人目に、日本代表はこうすれば良いのにと思うことを、歯がゆいほどやらずに来たが、今度の監督はまさに、それを当たり前の大前提で始めた。速攻とチャレンジは本来、牡羊座のものなのに、天秤座の監督がやって上手くいく。

これは、牡羊座の監督がそこを基礎としながら、実践は知的な戦い方をするのとちょうど真逆であり、天秤座の智将が攻撃的な戦い方をして上手くいった。その能力がザッケローニによって育まれていたからこそだ。

日本は天秤座であり、天秤座の監督は本来の資質を引き出してくれることになる。
それでは、ロシア大会も盤石かと言えば、星の配置がまたも邪魔をする。
星の配置が悪いと知っていても、ファンとしては勝利を信じて応援をする。
どうか、星を克服するだけの実力を付けられますように。
                          ガンバレ、ニッポン!

 


目付議員

2015年03月30日 | 日記・エッセイ・コラム

フランスの県議会で女性議員を増やすために、男女ペアで立候補する制度ができた。
これは、単なる男女の数合わせが主な目的で、単純に、「素晴らしい」とは思えないが、ペアでの立候補は、運用の仕方で、良策でもあり、必要だと思う。

フランスの県議会では票数が二票なのか一票なのかよく解らないが、
かねがね、このブログで主張しているように、2人で一票のペアで立候補することを、日本も本気で考えて欲しい。
これは、議員の質を上げるのが目的で、性別はどうでも良いが、ベテランと若手のセットで議員活動をすることが、政治に活力と知恵をもたらす。

政治家の年齢制限は、下限ではなく上限を決める方がいい。
立候補を40歳までにして、40歳以上の後見人とセットで立候補する。力のある若者は後見人の発言権を押さえるだろうし、力がなければ後見人が機能する。
                  「回る回る、世界は回る」より

フランスでも、画期的な方法に賛否両論の議論を呼んでいるらしいが、
代議士は、多くの人の代弁をするのだから、一票を2人で担うぐらい、当然のことだ。
守旧だけで考えていたのでは、民主主義は発展しない。

一票の格差にしても、既得権を守ろうとするだけの政治家は、本気で改めようとしない。
本気で社会のためを思うなら、自分がどうなっても良いはずだが、年を取ったら立候補できないとなると、なおさら反対が多いだろう。
また、ペア立候補は経費上の問題から当然、議員数の半減を前提とするから、なおさら実現が難しい。

実現が難しい、夢のような話だが、フランスの男女ペア立候補より、よほど、有意義なペア制度だと考える。民主主義先進国フランスがやればやれるように、日本の民主主義が発展するためにも、日本方式として「年寄り目付」選挙を是非、考えてみてはどうだろう。
あ、それから、ネット投票実現も忘れずに。

 


誰が相手(補足)

2015年03月29日 | 星の流れに

ところで、第七室の相手とは、相対して、直接自分の関わる相手であり、利害を伴う相手だ。
したがって結婚宮と呼ぶのだが、共同事業や同盟の相手でもある。また、常に関係するという意味ではライバルとも言える。

結婚宮は誰かと一体になって、一つの人格として行動する基本であり、社会生活の始まりとなる。同盟、法人、グループ、コンビなどのようなイメージだ。
これに比べ、同じ「相手」でも、第十一室のように、社交や友達の世界がある。
これは、敵も味方もいれば、ただの顔を合わせるだけの、不特定多数の世界だ。

言葉を交わし、挨拶をするが、運命共同体ではない。利害を伴うか、何らかのプラスにするかは、そこで直接起こるのではなく、そこはきっかけに過ぎない。
例え親友であっても、結婚をすれば、前のようには付き合えない。
また、友達や知人から、恋人や結婚相手になる時には、意識の境界を一つ越えなければならない。だから、結婚をせずに、社交や友人関係でいる方が楽しいこともある。

また、第八室は何かを貰う相手になり、基本的に相続宮となる。第八室がセックスを表すのは、DNAをやり取りするからだが、「受精」とは言うものの、女性だけが精子を貰うのではなく、出産しない男性も卵子のDNAが無ければ、子孫は残せない。

したがって、男性側の喜びは相手が悦ぶことで初めて達成する。これは、上手く相手に渡せるかが、心配だからだろう。
そう言うと、お叱りを受けるかもしれないが、女性は自己に埋没し、あまり相手の状態を気にしない。女性が「ええか?ええか?」と言う話は聞いたことがない。


誰が相手

2015年03月28日 | 星の流れに

ホロスコープの第七室は結婚宮。その人の目標であり、相手となる目の前の人だ。
そこに何の惑星が来るかで、相手のタイプや態度が変わる。
生まれた時に、第七室に木星があれば、お金持ちや地位の高い人と結婚するとも言えるし、何度も結婚するとも言える。
また、人生のある時期、第七室に木星が来れば、お金持ちや若い人、外国人との関係が増える。

天秤座の日本の第七室は牡羊座だから、日本が成りたい目標は、基本的には牡羊座の英独仏であり、逆に、英独仏にとっても、日本は理想の相手となる。今日に至る欧州のジパング伝説もここから始まったのだろう。
双子座のアメリカにとっては、射手座のスペインや南米で、逆も同じ。
カニ座の中国にとっては山羊座のインド、天竺だ。インドにとっても中国が目的の地。

この関係が基本だが、第七室に惑星が来た期間は、相手が、その惑星の意味する星座になったり、従来の相手もその惑星のような態度を取る。

現在、牡羊座に天王星がいる。日本にとっては天王星が表す水瓶のロシアのウエイトが大きくなるとも言えるし、元来の相手、英独仏がハプニング続きで、そのトバッチリを食らうとも考えられる。また、英独仏に限らず、「相手となる人」の行動が読めない時とも言える。
天秤座にとっては、思いがけない人が現れたり消えたり、革命家や小説家、発明家などが現れる。結婚も思いがけない結婚や離婚が起こる。

現在、日本と同じように
双子座のアメリカの相手は、射手座の土星であり、
水瓶座のロシアの相手は、獅子座の木星、
カニ座の中国の相手は、山羊座の冥王星が来ている。

アメリカは孤立したり、古い思想が甦ったりする。アメリカの目標は射手座だから、高等教育や哲学、法治、宇宙だ。そこに土星が来れば、孤独や懐古の傾向をおびる。
ロシアは、木星によって、千客万来となる。孤立傾向のアメリカのロシア制裁は、却って、ロシアを気にする国が増え、なだめたり仲介したり、利用したりしようと忙しくなることを意味する。
中国は世紀末のアメリカのように、「やりすぎ」による停滞のプロセスを進んでいる。
アメリカがアメリカらしいことをして失敗をしたのがイラク戦争だが、中国が中国らしいことをして失敗をするとすれば、経済的横車ということになる。そうならば、世界に向けての投機が、失敗するか信用を落とすことになるだろう。

今考えられるのはAIIBということになるが、これは、アメリカがイラク戦争に有志国を募ったのと同じように、経済的な有志国を募っているわけで、後々まで尾を引く災いになるだろう。そうなると、その進行の中で、第三のプレーヤーが登場する可能性はなくはない。

 


世界は雀

2015年03月27日 | 日記・エッセイ・コラム

中国人観光客の爆買いが話題になっている。観光立国を目指そうとする日本は、中国人ビザの緩和を進めている。中国人に日本に来てもらい、直に日本を知って貰うことは良いことだ。中国の報道機関も、こぞって日本賞賛を繰り広げている。
日本に対する国民の悪感情を解消しようとしているように見える。

だが、日本人はこんな手のひら返しのような態度に、どの程度、納得するのだろう。
この際、納得するしないはどうでも良いことで、中国人を大歓迎すれば良い。そして、一方では、警戒を怠らないことが大切だ。
ブームに乗り遅れるなと、中国に進出した企業は、手を引くのに苦労しているし、中国一辺倒に舵を切った韓国は、今や完全に中国に牛耳られている。

関係が深くなれば、相手の言うことを聞くしかないのは、「かかあ天下」の原理だ。
始めは喜ばせて生活圏を奪い、餌で言いなりにする。犬の調教と同じだ。
「いや別に 僕は その あの・・・ ♪ パピプペ パピプペ パピプペポ うちの女房にゃ 髭がある」こんな歌を知る人も少なかろうが、戦前のサラリーマンの歌だ。

中国の本質は、漁船事件の時の駐在日本人の逮捕や、反日デモであり、それが効かなければ、今度は、「押してもダメなら引いてみな」と、露骨な笑顔で迫ってきている。
中国人観光客に喜んで、ビザを緩和したり、ホテルを建てたりして、それで日本が回り出したとたん、また何時でも、日本叩きをすれば、中国人民は面白いように、その日から反日になる。中国の笑顔に、今もまた、鼻の下を伸ばして進出しようとする企業がある。

中国人は二者択一だ。中国共産党はそれを心得ているから、自信たっぷりに日本賞賛に回っている。今現在は、「笑顔攻撃」なのだ。その証拠に、軍備拡張、海洋進出、覇権挑戦などは、一分たりとも手を緩めていない。

また、AIIB推進に英国を抱き込んだのも、外交のツボを押さえたのであり、これも、相手の欲を利用して、目標を達成させる高等戦術だ。
乗った英国もしたたかで、これは麻雀の戦いだ。日本のような理詰めの将棋の戦いではない。
麻雀の場合、誰かが役マンで積もると見越したら、必要も無いのに鳴いたり、上家の安手にわざと振り込んだりもする。手を読み、態度を読む、全方位の駆け引きだ。

中国生まれの麻雀だが、結構、欧米で受けたし、日本人も本気になれば強い。
政治も経済も、麻雀ルールであることを再認識して、相手の腹を読み切って、ニコニコと付き合うべきだろう。


飛行精神

2015年03月26日 | 星の流れに

事故の様子を聞いた時、星の背景から直感的にイメージしたが、軽々なことは言えないと思って黙っていた。
やはり、射手座土星の精神問題のようだ。射手座の土星は運輸、特に飛行機に関する不幸が起きる。

射手座は精神だが、空輸も射手座で、射手座の国はスペインだ。
今回、スペインから発った飛行機が急に高度を下げて、山にぶつかった。「下げる」も「山」も土星。事故が起きたのは、月が牡牛座で、ほぼ双子座にさしかかった時間だ。つまり射手座に対して180゜になる。

パイロットも射手座だから、パイロットの土星は、精神障害を引き起こす。
パイロットの精神障害と言えば、「機長、何をするんですか!」の日航機「逆噴射」事件を思い出す。

よく解らないが、元々が、高高度を飛行するパイロットには、異常とまでは言えないものの、相当なストレスがかかっているのではなかろうか。
1万メートルの巡航速度に入ったとたん、操縦士はトイレに行き、副操縦士が異常行動を取った経緯だけでも、離陸、上昇の間の緊張が解る。

機内の気圧は保たれているとしても、何らかの影響も無いとは言えない。台風で気圧が下がると、わざわざ川を見に行ったり、屋根に上ったりと、多くの人が不測の行動に走る。

射手座の土星という点で、全てを兼ね備えた事件と言えるだろう。
犠牲者のご冥福を祈りたい。

青年教育」、「トラブル


心で泣く

2015年03月25日 | 日記・エッセイ・コラム

ドイツの飛行機が墜ちて、ドイツで遺族が悲しんでいる様子が映っていた。
こういう悲劇の時は、なぜかドイツ語が一番しっくりくるような気がする。
初めてドイツ語を聞いた記憶があるのは、映画『撃墜王・アフリカの星』のサウンドトラックだった。映画のシーンから、墜落の緊急事態?を伝える無線の声だった。

機銃音、墜落音、無線の声に重なって、タイトルミュージックが聞こえてくる。何か、とてもむなしい気分になった。その声と音楽は鮮明に憶えているのに、ついにこれまで、この映画を観る機会は無かった。だから、実際、何と言っていたのかは知らない。
今回の事故の関係者が話すドイツ語は、声を押し殺しながら興奮を隠しきれず、早口で話していた。意味は解らないが、感情がストレートに伝わってくる。

悲劇は誰にとっても同じで、悲しさ辛さに違いは無い。しかし、どんな悲劇の最中でも、言語文化の持つ特性から、意味が解らないで聞いていると、オーバー過ぎて、申し訳ないのだけれど、思わず笑ってしまうような言語がある。どことは言えないから、世界のいろいろな悲劇の現場を思い出して欲しい。

それにくらべ、ドイツ人の生真面目さなのか、泣き叫ばないで押し殺す様子が、日本人には一番、伝わりやすいような気がする。イギリス人にもこれがある。
泣き叫ぶよりも、懸命に耐えたり、理解したりしようとする方が、何倍も辛い。
それでも、発散や逃避よりも、事実に立ち向かおうとする態度が、日本人としては心を打たれる。

幕末や戦後、日本を理解する気のない欧米人は、親が死んだと笑顔で語る日本人に、人でなしだと怒っていた。
笑顔の底にある悲しみが、どれほどのものか、理解する気になれば、より感銘を受けるだろうが、始めから後進国の異教徒と決めつけていた人には、「顔で笑って心で泣く」など、理解されなかった。

近年は、日本人も笑って耐えることをしなくなったが、日本のことを好意的に見る人達が増えて、災害時の日本人の態度が逆に、賞賛さえされるようになった。
それでも、泣き叫ぶ人達には、日本人の心情はなかなか解ってもらえないだろうが、ドイツ人の姿を見ていると、笑顔までは無いが、やっぱり近いんだと、改めて思えた。


まだ寒い

2015年03月24日 | 京都&ケンミン文化

桜便りが聞こえてきた。
「咲いた」と聞いたら、あっという間に終わってしまうのが桜だ。
うっかりしていると、観ないで終わってしまうことがある。
ソメイヨシノはまだ咲いていないが、枝垂れ桜は咲いているだろうと行ってみた。

3月23日夕刻、ほとんど日が暮れかかっていたが、かろうじて間に合った。
京都御所の近衛邸跡


かくして

2015年03月23日 | 日記・エッセイ・コラム

人の話の、話し方や言葉遣いをとやかく言う人には、話しても無駄と心得た方がいい。
話の内容を考えるのではなく、頭から否定しょうとしている。
話している人を嫌いとか、話の内容に太刀打ちできないとか、理由は色々あるが、話の内容ではなく、話し手の存在を貶めることで、論議そのものを抹殺しようとしている。

話し方に異議を唱える人が、全くそのことに無自覚な場合もある。
「○○さんに向かってその言い方はなんだ!」と怒っている人は、純粋に無礼に怒っているのだが、意見の内容より、礼にこだわることは、秩序破壊を拒否しているのだ。

意見とは常に、常識秩序を破壊するために必要なのであって、どんな言い方であろうと、先ず内容の是非から聴く環境が無ければ、良い意見は出てこない。
むろん見識者であれば、言い方も適っているだろうが、常識を破る意見は、得てして、場にそぐわない人から出てくる。

常識を破れない社会
テレビなどで、誤字などを必死になって謝っているのは、鵜の目鷹の目で待ち構え、発見すると電話などで、大罪人に石を投げるように攻撃してくる人がいるからだ。
これは、ある種の病だが、そういう人は、報道内容の是非には案外、無頓着だ。

些細なことを取り上げて、攻撃をする人の多くが、身なり風体しか見ない。
政治家攻撃に、言葉遣いや挙動を取り上げて攻撃するマスコミも、それを喜ぶ大衆がいるからで、森や、麻生の言い間違いを、人格や能力の問題にすり替えて嫌悪感をあおり立て、退陣にまで追い込んだ。
古来、「巧言令色鮮し仁」と言うように、流暢で美しい言葉と、政治能力は関係ないが、日本の大衆は、表面しか見ないところがある。

これは、日本人だけを責められない。ギリシャだけではない、オバマもプーチンも、反日の中韓も、今や、世界政治はポピュリズムが支配している。
民主主義は愚民政治になるという、独裁の正当化を証明するような状況が、重大な危機を育て、独裁者を育てている。

民主主義の発達していない昔の社会は、「男の甲斐性」のようなデタラメが、まかり通っていた。今のように、清廉潔白だけが政治家の価値のように思われている社会では考えられない政治家ばかりだった。
状況も違うから、どちらが良いか解らないが、帳簿の数字や手続きのミスを、日がな国会で取り上げているような政治を見ると、何かが間違っているような気がする。

ポピュリズムは、破綻か、独裁への道に進む。
今、世界がポピュリズムに流れているのは、大衆を律する、既存のモラルが失われ、不満をセーブする自制心が取り去られたからだ。これが大転換期のステップだ。

モラルが失われるのは、皮肉なことに、大衆がモラルを求めるからだ。
環境の変化による常識の破壊が、それを拒否しようと保守への逃避を招き、新しい意見、打開策の意見をモラルの破壊として拒否する。
一元的で理に適った美しい言動を好み、異見を排除し、秩序を求める。

長く続いたモラルには知恵も含まれている。人間が細かいことまで律することができないことを知っている。
その既存のモラルが、環境変化で失われるのを拒否しようと求めるモラルは、観念的であり原理主義的になる。

イスラム原理主義も、まさにこれだが、世界中で、打開策に耳を傾けない変化の拒否、現実からの逃避が起こっている。
次に何が来るかは、1930年代に一つの答えがある。


南の島国

2015年03月22日 | 京都&ケンミン文化

ミッシェル米大統領夫人が来日し、清水の舞台で舞を観ていた。こんなお彼岸の最中に迷惑な話だなと思っていたら、案の定、京都の地下鉄で、大混雑に巻き込まれた人が、
「何でこんなに混むんやろ、思たら、ミッシェルさんが来てたんやて」と、顔をしかめていた。

どういう都合か知らないが、来なかったり勝手に来たり、相手の事情などお構いなしだ。
お彼岸の最中の来日で、しかも、墓参りと観光でごった返す清水の舞台を「人払い」しての観光だ。大統領なら無理な日程も仕方ないが、Michelle, ma belleも無敵だ。
オバマ大統領の、間抜けぶりは、もはや語る値打ちもないが、やっぱり、割れ鍋に綴じ蓋の迷コンビらしい。

黒潮文化
インドネシアの大統領は知ってか知らずか、連休明けに合わせて、日曜の夜に来日した。
さすがに新幹線はまだ買えませんと、断りを入れてから来日したが、近年は中国の問題もあって、ますます接近している。
難儀な兄弟仁義を迫る中韓より、環太平洋の島国日本はASEANこそが身内だ。
古代中国は、日本を南の島と認識していた。実際、湿潤な日本の気候は南国に近いし、黒潮の文化も共有している。

ASEANの各国とも、中国との付き合い方には困っているが、境界無しに馬で走り回るような大陸の原理より、海を隔てて、互いを尊重し合える島国同士の方が、解りやすい。
インドシナは微妙なところだが、それでも乾燥の大地とは違い、やはり人情が近い。

中国と領海問題でもめている国同士で、統合してはどうだろう。
やがて、国境など無い時代が来るとしても、今現在の時代では、これさえも妄想に近いが、中国と領有権でもめている島や海を、島国相互に共有できないものだろうか。

日中韓三国などと、金持ちクラブをうたった経済統合より、ASEAN、台湾、日本が、統合する方が、心情的にスッキリするし、「大国様」中国とも対抗できる。
これを大枠で狙ったものが、TPPだが、この中の島国連合として、政治的な結束をするのも良さそうな気がする。

かつての日本が武力で広げた領域を、経済政治の融和で平和的に結束し直すチャンスが来ているのではなかろうか。
中国が、まるで、過去の日本のような動きをする今こそ、互いに求め合って結束できる時だ。
そして、宣言しよう、「我ら島国根性の大国なり」と

島国


偉業の人

2015年03月20日 | 日記・エッセイ・コラム

桂米朝が亡くなった。仕方がないことではあるが、喪失感がある。
上方落語はあまり好きではなかった。子供の頃、家にあった春団治のレコードを聴いたとき、それまで聴き慣れていた江戸落語とは全く違う世界で、「うるさい」ことしか印象に残らなかった。

ところが、大人になって聞いた、桂米朝の落語は、むしろ、江戸落語より面白かった。
江戸落語にある人情話や粋の風情とは、全く別の、徹底した笑いの中に、さりげなく人情があり、教養を感じられる。
笑いの関西にあって、むしろ徹底した教養に裏付けられた、合理性があるのだ。

『百年目』でも、円生の人情話の半分の時間にまとめて、時代や社会をサッと見せてくれる。
大変な研究家だったことは有名だが、『宿屋仇』の中で、江戸時代の宿屋の有様をうるさ型の武士に語らせる下りは、イザベラ・バードの『日本紀行』そのままだ。

米朝を受け継ぎ、最も期待していた研究家の桂枝雀が早世し、相当がっかりしたことだろう。上手い落語家はこれからも出るだろうが、上方落語を芸術にまで高めたのは、桂米朝の他にない。

落語、マンガはサソリ座のものだが、手塚治虫に続き、桂米朝という偉大なサソリ座も去って行った。
悲しいより、偉大な功績を改めて認識させられる。

 


意識した

2015年03月19日 | 日記・エッセイ・コラム

花粉症の季節だが、花粉症には罹らないことにしている。小学生の時から慢性気管支炎だそうで、実際は慢性鼻炎らしく、ずっと鼻をかんでいる。だから、いまさら花粉症など関係ない。

花粉症には罹らないが、黄砂は確実に影響しているようだ。しかも近頃の黄砂はたちが悪い。天気が良かったので一日窓を開けていたら、夜、目とノドが痛くて、焦った。
そういえば、昼間、電車で皆、悪い咳をしていた。
花粉は生き物だが、黄砂は今や化学物質だ。

紙様のおかげ
子供の時から毎日欠かさず鼻をかんでいるが、一体、何本ぐらいの木を使ったのだろう。
テッシュがあって、本当に助かっている。
かすかな記憶か、妄想か解らないぐらいの幼児期には、戦後の物資不足で、新聞紙で鼻をかんでいたような気がする。その頃は新聞紙さえ不足していたはずだ。

日本は紙の国で、欧州で遣欧使節が紙で鼻をかむのが珍しく、捨てた鼻紙を地元の人が競って拾っていたそうだ。
その日本も、戦後の一時期、紙にも困るような時代があった。それを体験した世代が、オイルショックで、かの有名なトイレットペーパー騒動を引き起こした。

物心ついた時には、日本も立ち直り、再生紙のチリ紙が出回るようになり、やがて、テッシュペーパーやトイレットペーパーが普及した。
不思議なことに、何時からテッシュペーパーを使い出したか、記憶が無い。何か、当たり前のように浸透していた。

物資不足を経験した世代にとっては、豊富に上質な紙があることが信じられないでいたのだろう。だから、「無くなる」事の方が、現実的だった。
若い世代が、いくら「無くなりませんから、大丈夫ですから」と言っても、信じなかった。
そういう世代ではないが、今、紙があることを、有り難いと、心から思う。

ところで、何十年も鼻をかんでいるうちに、身についていたことがある。
人と話しながら、どうしても鼻をかみたくなり、「失礼します」と鼻をかんで、ゴミ箱に投げたら、
「す、凄い!」と、驚かれた。
何時もしていることなので、無自覚だったが、凄技のシュートなのだそうだ。
そう言われたら急に意識し、自信がなくなって、次には、歩いて捨てにいった。


誰が風を

2015年03月18日 | 大転換

中国の目論み、地球支配の「大転換」のステップが、次々と進んでいる。
AIIBに英独仏が参加の動きを見せ、アメリカの立場が怪しくなり、外交センスのない日本は、アメリカに追随して、気づいたら一人取り残されそうな空気さえ漂う。

冥王星、山羊座、300年の大転換が、やはり、起ころうとしているようだ。
→「大転換
世界2位の経済大国の時代、日本は、中国のようなことは考えなかったが、資金を手に入れたとたん、中国は真っ先に「覇権」へ向かって進み始めた。

中国は歴史的覇権国家であり、日本は、戦争難民が寄り添って築いた、落人の島国だ。
中国が日本を目の敵にするのは、覇権の障害になることを恐れているからだ。主敵がアメリカだとしても、強敵とは取引することでバランスがとれるが、叩きつぶせる相手と対等の取引をするのは、メンツも立たないし、無駄な労力だ。村に村長は2人要らない。

しかし、東西の力が、300年の大転換を迎えたとは言え、昔のように、中国が必ず覇権を握るとは限らない。大英帝国の前にはスペインがいたし、後にはアメリカが現れた。
今回、AIIBに英独仏が参加するのは、ある意味で、中国の目論見を潰す「三国干渉」を狙っているのかもしれないし、ロシアへの牽制もあるのかもしれない。
その昔、ロシアの力を潰すために、大英帝国は日英同盟で日本を利用した。

中国が東アジアの村長になろうとするのを見て、英独仏は公家の「お墨付き」を持ってドアを叩いている。何の力が無くても公家の権威は充分に機能した。
仮に老獪な英独仏が中国を牽制、懐柔すれば、その間隙をぬって、インドが台頭するかもしれないし、日本が復活するかもしれない。

しかし、いずれにせよ、今の動きは300年後に記録される大転換のエポックとなるだろう。
果たして、日本のどれだけの人間が、この大局を観ているのか、そして歩み出せるのか、甚だ心もとない。
でもまあ、その頃は、風になって飛んでいるから、心配するだけバカらしい。
それが人の営み、人類の歴史というものだろう


もの悲し

2015年03月17日 | 日記・エッセイ・コラム

録っておいた、「浮草」をチェックしようとしたら、終いまで観てしまった。
小津の良さは、小津だけによるものではないと、改めて思った。
それはもちろん、小津だからこその表現だが、一人一人の役者が良いし、それをそうさせる、時代があった。

昭和34年と言えば、江戸の香りが残る、おそらく最後の最後の時代だ。
社会の常識や、価値観が、どっしりと人間の隅々にまで浸透していた。
今の価値観から見れば、受け入れられないかもしれないし、その前に何より、些細な行為や言葉にケチを付けて、とても終いまで語らせてくれない。というか、話が始まらない。

「話にならん」時代のドラマや映画は、チマチマと奇をてらい、脈絡のない事件が突発したり、語りすぎて何も語らない。いちいち、「泣いてやるぞ」と言わなければ、泣いたことにならないような表現方法や、「面白いドラマ」ですというドラマだったりする。
つまり、観る方が、待って、想像して、考えて、感じる能力が無いから、創る方も手っ取り早く受けること、飽きさせないことを考える。

確か水谷八重子(二代目)だったと思うが、近頃の映画はジェットコースターのようだと言っていた。全く同感だ。
技術は発達したが、その分、人間が薄っぺらになった。人の言うことを、とにかく最後まで聞いて考える、覚悟がない。

幕末に、既に工業化していた欧米から来た人々は、日本人は怠け者だと決めつけた。
それは、機械化に合わせて動く、「合理的」な生き方をしないからだった。
大工仕事一つとっても、棟梁は何もしないで、何日でも現場を見ている。そういうことが怠け者に見えた。

今の日本に、時間を捨てて、自分のやりたいこと、信じることを貫ける人が、どれほどいるだろう。もはや完全に、江戸の職人の世界は失われたようだ。職人の世界が失われたのは、職人がいなくなったのではない。江戸の世界が無くなったのだ。

欧米は言うまでもなく、日本にも、人間が技術に合わせる世界が行き渡り、人が先ず考える、精神の支配が失われている。
江戸時代が良かったわけではない。今と比べれば、確実に不便と抑圧の中にあった。
しかし、不便であった分だけ、精神が物を支配していたし、人は知恵で生きていた。

小津の時代の映画に打たれるのは、全ての道具立てが、人間中心で設定されていたからだと、今日もまた、改めて思い知らされ、いささか、もの悲しい思いに駆られた。


オバまあ

2015年03月16日 | 日記・エッセイ・コラム

ロシアは核があるぞと脅すし、中国は87%が尖閣奪取可能と考え、74%はアメリカに勝てると考えているそうだ。
オバマの出来の悪さは、単純にロシアを追い詰めていることだ。

中華帝国の夢よ再びと、鼻息の荒い中国に追い込んでいる。韓国は既に中国沼にはまり込んでいるが、ロシアが中国サイドに立てば、ロシアが表面づらだけのつもりでも、中国は存分に利用して、得るものを得るだろう。
中国は駆け引き上手な「商」の国だ。見せ金だって充分に活用する。

中国を豊でまともな国にしようとしたアメリカの戦略は、とっくに大外れだ。
儲かっただけ軍備につぎ込んでいる。もうアメリカは、軍事力で押さえることはできない。欧米人と中国人の最後の戦場は、経済戦争にかかっている。

お茶のマイナスをアヘンで返した英国のように、アメリカは返し技を持っているのか。
太るほど、困った存在になる中国を押さえ込むのは、静かに栄養源を断つことだ。
あからさまでは争いになるが、栄養バランスを欠いたり、癌ができたり、自損事故を起こせば、気の毒ではあるが、周辺国はおだやかに暮らせる。

上手く付き合えば、良い関係ができるだろうという期待は、共産党政権が無くならない限り、持たない方が良さそうだ。

ただ、オバマの出来が悪いからと言って、他の大統領に替わればアメリカが復活するかと言えば、これも望めない。オバマが大統領になるには、それなりの背景があったからだ。
アメリカ自体が、昔のアメリカではなくなっている。
そのうち、中国系の大統領が誕生しても、驚くわけにはいかないだろう。