「志村けんさん新型肺炎で死亡」の報に、ネット上で「中国人が憎い」を拡散する人が現れた。身近な誰かが死ぬと、犯人捜しをする人は多い。その典型が医者への恨みや葬儀でのもめ事だ。
傷ついた動物を助けようとすると、襲われる。苦しい時に見境がつかなくなるのは、素朴な本能だ。
この辛い時に、犯人捜しをしたい気持ちを抑えられるのは、知性があるからだ。死後に医療ミスを追求する人は、知識はあっても知性は無い。そこに至るまでの自分を客観視できていない。
お笑いの熱烈ファンの中に、知性の無い人がいるのは致し方ない話だが、新コロナは天災で誰のせいでもないと諭す「知性」ある人と、「中国人」を恨む人の両方に言いたい。
病気は天災で、犯人は中国人ではないけれど、この事態を招いたのは中国共産党の習近平だ。
これは、恨みや寛容の次元を越えた、単純な事実認識であって、見落としてはいけない。だからどうするかは、人それぞれの考え方だが。
四天王
昭和お笑い四天王と言えば、歳の順に、タモリ、タケシ、志村、サンマで、あまり異論はないだろう。しかし、この中で、グループで見せる芸、ショーマンを貫いたのは、志村けんだけであり、他の三人とは笑いの種類が異なる。
三人が、基本的に言葉や、いじり芸で笑わせるのに対し、志村けんは直観的なアクションで笑わせる。これは、渡辺直美などに通じる、国際的な笑いだ。
生前、志村けん本人が、「おれは、タモリさんの笑いはキライだ」と言っているのを観て、何を嫌っているのか?誰の笑いなら好きなのか?考えてみたが、お笑いマニアではないから、はっきりした答えは出なかった。ただ、四者の傾向を比較すると、「笑い」に関する限り、志村けんだけが国際派だ。
言葉を超越した笑いは、チャップリンやMr.ビーンなど、英国流の理屈っぽい、人情を突く笑いもあるが、志村けんや渡辺直美は意表を突く笑いで、誰でもわかる。
新型コロナ高齢者70歳の死は、誰も納得するだろうが、志村けんだから、誰も納得できない。
傷ついた動物を助けようとすると、襲われる。苦しい時に見境がつかなくなるのは、素朴な本能だ。
この辛い時に、犯人捜しをしたい気持ちを抑えられるのは、知性があるからだ。死後に医療ミスを追求する人は、知識はあっても知性は無い。そこに至るまでの自分を客観視できていない。
お笑いの熱烈ファンの中に、知性の無い人がいるのは致し方ない話だが、新コロナは天災で誰のせいでもないと諭す「知性」ある人と、「中国人」を恨む人の両方に言いたい。
病気は天災で、犯人は中国人ではないけれど、この事態を招いたのは中国共産党の習近平だ。
これは、恨みや寛容の次元を越えた、単純な事実認識であって、見落としてはいけない。だからどうするかは、人それぞれの考え方だが。
四天王
昭和お笑い四天王と言えば、歳の順に、タモリ、タケシ、志村、サンマで、あまり異論はないだろう。しかし、この中で、グループで見せる芸、ショーマンを貫いたのは、志村けんだけであり、他の三人とは笑いの種類が異なる。
三人が、基本的に言葉や、いじり芸で笑わせるのに対し、志村けんは直観的なアクションで笑わせる。これは、渡辺直美などに通じる、国際的な笑いだ。
生前、志村けん本人が、「おれは、タモリさんの笑いはキライだ」と言っているのを観て、何を嫌っているのか?誰の笑いなら好きなのか?考えてみたが、お笑いマニアではないから、はっきりした答えは出なかった。ただ、四者の傾向を比較すると、「笑い」に関する限り、志村けんだけが国際派だ。
言葉を超越した笑いは、チャップリンやMr.ビーンなど、英国流の理屈っぽい、人情を突く笑いもあるが、志村けんや渡辺直美は意表を突く笑いで、誰でもわかる。
新型コロナ高齢者70歳の死は、誰も納得するだろうが、志村けんだから、誰も納得できない。