【伊豆石と虎の子渡し】

【伊豆石と虎の子渡し】

 

(『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2006 年 8 月 29 日の日記再掲

 

何年か前、清水本町にある石野源七商店の蔵に入り込んで呑ませてもらっていたら、友人が「この蔵の石は伊豆石だ」と言った。

母の墓をつくるために色味で石の種類を選んだら、昔はよく使われたけれど最近は用いる人が少ない石だという。産地である兵庫県から清水まで運んでもらうことになり、そのためにかなり時間がかかった。今の時代でもそうなのだから、昔は石の蔵を造るなどということになったら、材料の石を遠くから運んでくるのでは金と時間がかかって仕方ないので、海を挟んで隣り合った伊豆産を選んだのだrう。

静岡県内の近場で石の産地と言ったら伊豆であり、伊豆では良質の安山岩、凝灰岩、砂岩などがとれ「伊豆石」と呼ばれて昔から珍重されたという。切り出した石を運ぶのに用いる海運の便が良いこと、大消費地に近いことも味方して全盛期には 90 カ所もの丁場(工区)があったという。

■静岡県清水。巴川沿い清水町から美濃輪町へ向かう道沿いにある「KIP」の石の蔵(倉庫)。
RICOH Caplio GX 

市街地の 90 パーセント以上が消失したという太平洋戦争の清水大空襲にも耐えて、清水でも古い石の蔵を見かけることがある。そしてそれらの石のほとんどが、駿河湾を渡って伊豆から運ばれた石なのだろうと思うとしみじみ見入ってしまう。

この石蔵は何に用いられた倉庫なのだろうとぼんやり眺めていたら入口近くに「遊漁船業者登録票」が貼られているので今の商売が何かはわかった。所有する遊漁船の名がふるっていて「遊漁船の名称 虎之児丸」と書かれている。「虎之児丸(とらのこまる)」という船名を見て思わず笑顔になったのは、大切な伊豆石を積んだ小船で駿河湾を渡ったり、釣り客を工夫して釣り場に渡したりする、船長の見事な操船技術を「虎の子渡し」のように連想したからである。

【虎の子渡し】虎が三匹の子を生むと、その中に一匹の彪(ヒョウ)がいて他の子を食うので、川を渡る時に親の虎はまず彪を負うて向こう岸に行き、彪を置いて帰り、次に一子を渡してから彪を連れ帰り、次に彪を残して他の一子を渡し、最後に彪を連れて渡り、彪と他の子だけの組み合わせの生ずることを避けるという故事(広辞苑第五版より)

燃料と時間節約のため東風が吹いて追い風になるのを待って西伊豆土肥から船を出したというわが祖父もまた、清水港内に入ると巴川を遡り、この「 KIP 」近くの松井町「川口瓦店」前に接岸し、子どもだったわが母を川口さん宅に預けて遊ばさせてもらい、伊豆の椎茸を持って行って清水銀座みどり寿司本店で買ってもらい、伊豆に帰って売るための瓦焼き用粘土と完成品の瓦を川口瓦店で買い、預かってもらった母を乗せて船を出す、という「虎の子渡し」のようなことをして生計を立てていた時代が戦前にあったという。

 

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