回転寿司店で考えたこと

2014年5月12日(月)
回転寿司店で考えたこと

00
母の日の老人ホームに行き、昼食風景を眺めながら鞄にあった文庫本をめくっていたら、以前そうだったようにまたこの数行が目についた。

01
現代社会では理科の腕力が強い。何といっても実用性に勝るからである。時代の動きに敏感な学生が、理科に進まないとすれば、多くの場合は、数学ができないからである。もっともこれは、社会構造の問題であって、じつは数学ができることが理科の適性なのではない。物理学者のファラデー(★1)は、まったく数学ができなかったという話がある。(養老孟司『唯脳論』)

02
高校を卒業したら理科がやりたかった。大好きで三年間打ち込んだ写真もそうだし、中学時代からこっそりノートにつけていた詩というのも、突き詰めると理科的に脳を働かせることではないかと思い、大学で学ぶとしたらそういう方面がいいなと思っていた。

03
けれどそういう方面には必ず数学という関所があって、数ⅡBに入るあたりでまったくついていけなくなった者は通さない仕組みになっていた。やはり理科的なのではないかと思えた教育学部芸術学科の門がかろうじて開いていたからよかったものの、共通一次(★2)実施後だったらそうはいかなかっただろう。

04
自分にとっては写真も文学もやっぱり理科だよなあと思いながら、老人ホーム昼食介助後の遅い昼食で、いつも立ち寄るさいたまの回転寿司店に寄ったら、カウンター上にダウンライトが落とす光と影がひどく美しい。


05
こういう光景に心ひかれたら、どういうレンズでどういうフィルムを使い、どういう切り取り方をしてどう現像し、どういう印画紙を使ってどう定着させようかと一所懸命に考えたものだ。まさに理科ではないか(★3)

06
もしカメラがなかったら、どうしてこういう現象が起こって、それがどうして見る者の心をひくのかを、なんとか言葉で書き遂げてみたいと思い、それもやはり理科なのではないかと高校生は思っていた。

07
「わあ、きれいだなあ」
などと言ってカメラを取りだした客の前で、寿司の皿は等速度で回転し、カウンター内の職人は
「さー、回っていないものがあったらどんどんおっしゃってください、本日はホンマグロ、ホンマグロがおすすめになってますからねー、さ、どんどんご注文くださいねー」
などと間歇的に言葉を噴き出すという理科的光景が広がっている。

★1 ファラデー
マイケル・ファラデー(1791年−1867年)のこと。イギリスの化学者、物理学者で、電磁気学と電気化学の分野で業績を残した。数学ができないというより高等教育を受けられなかった人だけれど、彼の生きた時代のこの分野は自然哲学と呼ばれていた。

★2 大学共通第1次学力試験
1979年から1989年まで行われた国語、数学、理科、社会、英語の5教科による国公立大学および産業医科大学の入学志願者を対象とした全国一斉基礎学力試験。

★3 「かつてカメラが発明され写真映像が人びとを驚かせはじめた頃、フランスの詩人ボードレールは早くも『絵を真似るな』と写真家たちに忠告しました。」(あめつうしん No.282、又重勝彦「アンジャインさんへの手紙」より)

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