酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

過小評価された天才~左京が再び輝く夜は?

2005-11-29 04:14:33 | 読書

 小松左京といえば誰しも「日本沈没」(73年)を思い浮かべる。オイルショックの時期と重なり、400万部を超える大ベストセラーになった。俺もリアルタイムで読んだが、平板な印象が拭えず、他の作品に食指が動かなかった。

 再会は25年後(98年)である。「日本アパッチ族」の面白さに衝撃を受けた。折しもハルキ文庫から復刻版が発刊される。読み漁って実感したのは、作者の真骨頂が短中編ということ。以下に左京作品の特徴を挙げ、短編集「物体O」収録の作品を分類してみた。( )内は発表年である。

 A<時間(未来)をテーマにしたもの>…物体や精神が時空を超えて行き来するのはSFの常道だ。「お召し」(64年)に現れるパラレルワールドは、「漂流教室」(楳図かずお)に影響を与えたかもしれない。「終わりなき負債」(62年)では、ローン社会や遺伝子組み換えが当然のように描かれていた。

 B<シミュレーション>…個人や社会が想定外の事態にいかに対応するかが描かれている。「物体O」(64年)と「黴」(66年)がこのカテゴリーだ。自然科学全般から哲学、政治に至るまで、該博な知識と理解の深さが前提になっている。

 C<極大と極小の繋がり>…巨大な伽藍が一本の梁を抜いただけで崩壊する……。左京はこんなイメージに憑かれていたのかもしれない。極大と極小を結ぶ透明の糸は「物体O」と「黴」にも織り込まれていた。圧倒的なのが「彼方へ」(66年)のラストだ。膨張する宇宙に暮らす若者が、閉塞感や集団自殺を絡めて描かれていた。

 D<管理と本能の衝突>…意識や性欲まで管理された未来社会に風穴を開けるのが、反抗、欲望、ピュアーな愛といった人間的要素だ。「自然の呼ぶ声」(64年)、「五月の晴れた日に」(65年)、「袋小路」(70年)では、野性や感情の復活がテーマになっている。

 E<環境からの逆襲>…人類が自然からしっぺ返しを受けるというパターン。「牙の時代」と「静寂の通路」(ともに70年)がこの範疇だ。後者には携帯用コンピューターの端末、人工授精、代理妻 デレビ電話、性器整形、少子化問題が描かれている。

 F<ホラー>…得体の知れぬ存在に追い詰められる恐怖がテーマだ。「石」(64年)は異常に早熟の子供によって崩壊する家族の物語。

 掉尾を飾る「極冠作戦」(67年)には、あらゆる要素が盛り込まれている。舞台は「二度目のノア時代」を迎え、漂流する海上都市トウキョウだ。温室効果による地球温暖化、資源枯渇、地殻活動(地震)の頻発、中国の台頭、利潤追求で良識を潰すアメリカ、権力への盲従、知性の低下、追随外交など、タイムマシンで40年後を訪れたのでは訝るほど、今日的な問題が提示されている。若者を救世主に据えたのは、発表時(67年)の空気によるものか。

 「物体O」だけでなく、「時の顔」や「夜が明けたら」もクオリティーの高い短編集だ。一読すれば必ず、ストーリーテリングの妙、作者の洞察力と千里眼に驚かれるだろう。ベストセラー作家が世紀を超えた今、アンノウンな存在になっていることも、不思議に思われるかもしれない。
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6 コメント

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巨岩のごとき小松左京 (第三市民)
2005-11-29 08:42:27
 こんにちは。雑な書き込みですみません。



 日本のSFの黎明期にとっぷり嵌って、小遣いはほとんどSF本の購入と古本探しの足代に消えていました。



 長い間アメリカの翻訳物が主流だった日本のSF界は、小松左京の出現を待って、初めて蝶に脱皮した感があります。



 デビューの始めから巨匠の風格で、翻訳物中心で柔軟性にかける作風の福島正実(SFマガジン編集長)や怪作を書く今日泊亜蘭や、SF境界線の作風の著者・文学者とは異なる、左京流で圧倒していましたね。



 ■お茶漬の味 (S)SFマガジン  1963年

 ■地には平和を(S)宇宙塵63号 1963年

 ■エスパイ(L)漫画サンデー   1968年



 日本全国を、文字通り時空を超えて旅する、SF旅行記(名前を忘れました)は、後の司馬遼太郎「街道をいく」に多大な影響を与えたのではないかと、えこ贔屓しております。



 確か「日本沈没」の大ヒットで大金が入ったので、地球物理学者達を招待して、チャーター機で北極へ出掛けたりしていませんでしたっけ。



 同じ関西出身と言うことで、手塚治虫と同じ万能の大天才を感じます。



 人当たりの良さと、カリスマ性を併せ持って、公職にも引っ張り出されると、ちょっと居心地が悪いだろうなー、と思わせる失敗(?)もあったように思います。
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↑ありがとうございます (酔生夢死浪人)
2005-11-29 21:06:32
 実はSFには疎いので、その世界で小松左京がどのような位置づけをされているのか知りませんでした。



 現状を認識する目が確かで、そのことが未来を近似的に見通す原動力になったようですね。



 ちなみに、小松左京は高橋和巳と親友だったみたいですね。「SFの巨人」と「苦悩教の教祖」。一見すると遠く感じますが、実は距離は近かったのでしょう。
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チャレンジしてみよう! (ひらのん)
2005-11-30 15:23:35
私はディックやスタージョンといった海外のSFは好きなんですけど(スターウオーズみたいなスペースオペラはニガテ・・・)日本のSFには全く手付けずの状態でした・・・今度是非読んでみます!
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↑お薦めは (酔生夢死浪人)
2005-11-30 17:11:58
 小松左京ならハルキ文庫の短編集です。ブログで紹介した3冊以外なら、「くだんのはは」「結晶星団」「高砂幻戯」あたりかな。最高傑作は「日本アパッチ族」だと思いますが、絶版で入手できないかもしれません。
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足跡から… (rmal)
2005-11-30 22:26:13
ちょうど同日に小松左京に触れてました様で…。



私は、ここ1,2年でどっぷり小松左京ファンになってしまった若輩者なので、小松左京が活躍してた当時のことはあまり知らないのですが、現行本がハルキ文庫のみで影が薄いのはどうしようもない感じですよね。

来年、全集がでるそうなのですがね。

おじゃましましたー。

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↑情報、ありがとう (酔生夢死浪人)
2005-11-30 22:46:09
 全集ですか。全部ってわけにはいかないけど、何冊かは買ってみようかな。



 情報、ありがとうございます。
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