酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「東京島」~孤島を彩る女の生理と人間工学

2023-01-25 17:21:05 | 戯れ言
 政治や社会に異議を唱えて拳を上げる……。世界で当たり前の光景が日本で耳目を集めるケースは少ない。護憲、反原発、反戦を掲げる集会で目につくのは中高年だが、この傾向は右派でも同様で、ネット右翼も高齢化も進んでおり、〝嫌中・嫌韓本〟購入者の50%は60代以上という。

 左右問わず若い世代が国家論を忌避する現実を変える術は見つからないが、<闘い>が消えたわけではない。スポーツやアート全般、そして将棋界でも激しい競争が繰り広げられている。生き残りを懸けた<闘い>を描いた小説を読了した。桐野夏生著「東京島」(2008年、新潮文庫)で、桐野作品を紹介するのは7作目だ。

 桐野は「アナタハンの女王事件」にインスパイアされて「東京島」を著した。「アナタハン――」とは1945年から50年にかけ、マリアナ諸島の同島で発生した複数男性の怪死事件で、一人の女性(和子)を奪い合って7~9人の男たちが命を落としたとされる。 「東京島」でトウキョウ島と命名された孤島で〝女王〟に戴冠したのは、夫の隆と漂着したった一人の女性、清子だった。

 桐野は女性の生理、情念、憤怒、悲哀を余すところなく表現する作家で、高齢女性の欲望を生々しく描いてきた。漂着時40代半ばだった清子は、まさに桐野ワールドにうってつけで、従順だった清子が20人以上の日本人の男たち、間をおいて漂着しホンコンと呼ばれる中国人の男たちに囲まれ、女王然と振る舞うようになる。平凡な女性の変貌(≒解放もしくは爆発)は「OUT」や「魂萌え」に描かれていた通りだ。

 清子は〝白豚〟と揶揄されるような体格だ。映画では木村多江が演じたというが、それはともかく、清子がまき散らすフェロモンに若い男が殺到し、夫の隆、2番目の夫カスカベが相次いで不審死する。物語は清子の主観で進行するが時折、男たちのモノローグが挿入され、トウキョウ島の俯瞰図が見えてくる。

 欲望剥き出しの男やカップルになる者たちもいる。桐野の人物造形は巧みで丁寧だ。記憶喪失のふりをしていたユタカが抱えていた葛藤、小説家を目指していたオラガ、多重性人格障害で幼い頃に亡くした姉と会話するマンタなどの記憶と心象風景がシンクロし、相乗効果となっていく。助演男優というべきは疎外されてトウカイムラに隔離されたワタナベだ。トウカイムラとは、臨界事故を起こした東海村がヒントになっている。肉体関係を例外的に拒絶された清子への愛憎が、物語の変容の起点になっていた。

 興味深いのはトウキョウ島の日本人たちと、ホンコン(中国人)たちとの対比だ。日本人は工夫もせず食物や動物を消費するだけで、仲間同士がシブヤ、ジュク、ブクロと名付けたスペースで分散して暮らしている。一方でホンコンたちはリーダー格ヤンの下、サバイバーとして生きている。計算高い清子がホンコンに接近するのは当然の成り行きだったが、そこに日本と縁が深いフィリピン人の女性歌手グループ「GODDESS」が加わった。

 発刊時と現在を比べてみると興味深い。日本人はヤワ、中国人はタフという構図は現在と重なるし、産廃物を廃棄しにきたヤクザにフィリピン人に成りすましたワタナベが救出されるという設定も面白かった。清子は双子を出産し、紆余曲折を経て娘と帰還を果たす。島に残った息子はプリンスとして君臨する。それぞれの名前、チキとチータはGODDESSの十八番であるアバのヒット曲「チキチータ」から命名された。

 上記したように、桐野は女性の生理を描くだけでなく、政治や社会の構造を把握して登場人物を配置する。俺流の誤用だが<人間工学>を理解しており、だから毎作、読む者を納得させるのだ。現在の文学を席巻する女性作家のひとりといえる。
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