酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「死刑台のエレベーター」~シャープでクールなモノクロの刃

2005-11-17 00:22:10 | 映画、ドラマ

 シネフィル・イマジカで「死刑台のエレベーター」(57年)を見た。映画館やビデオを合わせ、数度目の観賞になる。「沈黙の世界」(56年)でクーストーとの共同監督を経験したルイ・マルは、本作で劇場映画デビューを果たす。ヌーベルバーグの旗手として、ゴダールとともに一世を風靡した。

 本作を何かに喩えるなら、中量級のボクシングだ。スタイリッシュで無駄がなく、軽やかなテンポで進行する。陰翳が際立つシャープな映像は、当時NO・1のカメラマン、アンリ・ドカエによるものだ。「マイルス、寒いよ」とは誰か(植草甚一氏?)の名言だが、マイルス・デイビスのクールなサントラも相俟って、切迫感はラストまで途切れない。

 ストーリーの紹介は最小限にとどめたい。実業家のカララ、年が離れた美貌の妻フロランス(ジャンヌ・モロー)、カララを補佐する退役軍人のジュリアン(モーリス・ロネ)……。とくれば、お決まりのコースが設定される。道を外しているがゆえ純粋な愛が生まれ、「障害物」の排除が計画される。エレベーターの一夜が思わぬ事態を引き起こし、二つの殺人事件が交錯する。絡まった糸がほどけ、虎口を脱したかと思えた刹那、ドンデン返しが用意されていた。

 フランスは当時、インドシナ、アルジェリア、スエズの紛争当事国として悪名を馳せていた。戦争の醜さを「死の商人」カララに、無意味さを「インドシナの英雄」ジュリアンに仮託して、ストーリーに織り込んでいる。ドイツ人の実業家夫妻と無軌道なカップルが好対照に描かれていたが、背景にあるのは内外の政治状況だった。

 とりわけ記憶に残るのは、濡れねずみのフロランスがジュリアンを追い求め、夜の街を彷徨うシーンだ。マイルスの乾いたトランペットがフロランスの心象に寄り添って、見る者の心にも狂おしい波が寄せてくる。印象的なカットも数多くちりばめられていた。社長室の窓の外、手すりを歩いていた黒猫は、フロランスのイメージもしくは不吉な徴としてインサートされたのだろう。

 音楽と映像のコラボレーションは、ルイ・マルの他の作品でも試みられている。「恋人たち」ではブラームスを用い、刹那的な愛を描いていた。「鬼火」では絶望の淵にある男の心情に、サティのピアノを重ねていた。主演はそれぞれモローとロネである。一つ一つのシーンは秀逸でありながら、全体としてはムードに流された感が強く、俺の心に届かなかった。ルイ・マルでもう一作挙げるなら「地下鉄のザジ」だ。アナーキーで斬新な映像は公開当時(60年)、世界に衝撃を与えたことは想像に難くない。

 最後に、現在のフランスについて。人種差別を背景に暴動が頻発し、深刻な状況になっている。法に反した若者の保護者まで処罰対象になっており、サルコジ内相の不穏かつ強硬な発言も波紋を広げている。「自由の祖国」フランスが冠に相応しい内実を取り戻せるのか、今後の動向を注視したい。


コメント (6)
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