10月14日はMacchan77回目の誕生日、七を三つ重ねて「喜」の略字になったことに因んで、古人は長寿老人のお祝いの一つとして「喜寿」と名付けてくれました。
一年前の数え歳77歳から一年間、有難いことに友人や家族は何度となく機会を作ってはお祝いをしてくれています。今では男の平均寿命は80歳超ですから珍しくもないのですが、とは言え「死」はいつ訪れるかは神のみぞ知るですから、ここは素直に有難くお受けしましょう。
今回は明石在住の長男Dの家族からお呼びがかかり、コロナで途切れていたジパング(JRで旅する老人向け割引システム)を更新して、かみさんといそいそと3泊4日の旅に出かけました。車移動が多く時々しか使用しない新幹線ですが、浜松~西明石は停車する「ひかり」に乗るとわずか2時間弱で結ばれているのです。
Macchan夫婦は8人の孫を授かりましたが、明石にはそのうち3号Co,6号S,8号Mがいて、なんと今回はCoが中学の部活でやっているブラスバンドの発表会出席の特典付きです。撮影はOKですが電子機器への掲載は禁止されているので、残念ながら写真は載せられません。(プログラムに掲載されていたCo自画像と思われるイラストです)一年前の演奏に較べると格段の進歩が見られ、ご指導の先生方のご苦労が想像できます。
滞在中には家族が手作りを含めたくさんの御馳走で歓待してくれましたが、極め付きは隣県鳥取の鮨チェーン店「北海道」(何故鳥取県にあるのにこの店名?)で2時間待って鱈腹食べた鮨と、
西神戸のご夫婦が経営する小さなレストランで食したフレンチコースが絶品でした。ごちそうさま!
中学2年生の孫3号Co手作りのバースデーカードが、ダメ押しのうれし涙を誘ってくれました。
欲深爺さんは、80歳88歳90歳と続く(はず?)節目をお祝いしてもらう位まで長生きしたいのぉ、と思いましたとさ。


4泊5日は毎年何回も記事にしている「大町エコノミスト村2023年秋季環境委員会活動」で、森林手入れのボランティアです。
開村以来60年の親の代からの会員制クラブなので、揃った20人の仲間はみな長いつきあいの親友同士。明るいうちは紅葉を愛でながら作業着で汗を流し、夕方からは温泉に入って互いの小屋を訪問しての会食(早い話が飲み会)の毎日です。
手分けして倒木や落木の始末や草刈りなど、毎日これでもかの作業量があります。大町市に許可をもらって枯れ枝の焼却、中には重機を操作して傷んだ道路を整備する者もいます。最終日は会費制の弁当会食でソーシャルディスタンスのミニパーティーで長いコロナ禍の溜飲を下げます。

今回はいつも閉店だった近所の蕎麦屋で、腕のよい親父さんが手で打ってくれる新そばにありつけました。少々お値段は張りますが、その価値は十分ありの大満足の満腹。

そして残りの1泊2日は90Km移動して、斑尾高原へ。浜名湖の友人夫婦が加入している会員型リゾート施設に集いました。斑尾山へのミニ登山は省力型、冬のスキーリフトに往復でお世話になります。頂上近くから眺める北信の山々も紅葉黄葉に常緑樹の緑が混ざり、この上ない美しさに心が洗われます。帰途は長野高速道路と三遠南信道路のお陰で、飯田山本からは一般道路でもわずか5時間半、便利で快適になったものですね。

昨日は大町エコノミスト村クラブ理事会が開催され「大田文化の森」へ。少し時間にゆとりがあったので、タモリさんになったつもりで、気になっていた最寄りのJR大森駅前の「天祖神社」へ。急峻な崖上にある社に向かってほぼ直登の古い階段を上がっていく。高所恐怖症のMacchanは思わず手すりに手を添える。
飛騨産業は百年の歴史がある飛騨家具のメーカーです。1か月前からメールと電話で連絡をとり、親切な対応をしてくれた社員を訪ねました。既に写真を提示し修理費用の概算をもらっていましたが、修理品の再チェックを受けて見積もりをしてもらいました。新たに購入可能な金額の3分の2位かかることが判りましたが、孫子の代まであと半世紀使用することを期待して正式依頼をしました。
1か月後には修理が完了し、自宅に届けられます。楽しみですね。今年は桜の開花が早めに推移して、最後の枝垂れ桜が満開になっていました。
コロナ禍が終息に向かっているからか、全く趣が異なる二つ目の目的地も多くの外国人旅行客(インバウンド)が目立ち賑わいを見せていた。春の花々と新緑と新たに冠雪した富士山が歓迎してくれて、我々も心うきうきした楽しい旅になった。
少しくたびれていたが箱根町営コートを借りてテニスも楽しんだ。TリゾートHクラブ会員でいつも幹事役をやってくれるI夫妻には、毎回各種企画に加えて各施設の特典のシェアもさせてもらいお世話になっていて有難い。


ロープウェーから雄大な景色を眺め、車内ガイドで芦ノ湖誕生の歴史を知り、噴火の際の避難リーダーからも箱根の山々や大涌谷の詳細な説明を伺って感心した。
前日から美味しい蕎麦や海山の幸で満足したお腹には、半世紀ぶりの箱根大涌谷名物の温泉黒卵が加わって更に満足度がアップした。
中学生孫1号Kのサッカー練習試合見学、浦安の海側の広い運動公園は環境が素晴らしい。
帰りは爺婆だけで6Kmをウォーキングで。昔富士山信仰があったころのミニ富士がある神社。

別の日は市川市側の公園を散歩。市民ボランティアが育てるバラ園もあり、各種の美しい花々は今が盛り。
3年前までの定番外食は回り寿司スシローへ、ここも数年ぶり。美味い安い!楽しい!
前日ランチに、あっちゃんが購入した初釜ならぬ御幣を付けた初窯で焼いてくれたピザの美味かったこと(なに?昼からハイボール!)、村の同年代の仲間はコロナ禍のStay Home期間の過ごし方に長けておるわ。
八ヶ岳を横切る国道299号線は麦草峠で標高の最高点2120mに達する、国道としては渋峠に次いで高い位置にあるそうだ。茅野インターを出た愛車?KカーのMira e:sは少々あえぎながらも快調に高度をかせぎ、出発して2時間で白駒池駐車場に到着。運良く1Kmほど手前の無料公共駐車場に、軽ならいけそうな1台分のスペースを発見して滑り込む。


評判轟く(あ、轟いてないか?)美しく苔むした森を通過すると、高度のお陰で早くも鮮やかな紅葉が始まった白駒池が突然現れる。ホホ~、なかなか絵になる、いいんじゃね? 親友たちの親切なアドバイスのお陰で、長い間我慢していた旅行好き夫婦は留飲も下がりだ~い満足。
手帳を確認してもジパング手帳をめくっても、確かに4カ月ぶりの首都圏訪問間違いなし。リタイア後もほぼ毎月のように出かけていた首都圏、せっかく出かけるなら療養中の義弟Kちゃんの見舞いがてら顔を見たい、暫く会っていないはげたかちゃんとも短時間でもいいから一杯やりたい。などと欲張って(これがいけないんだろうね)アポをとりいそいそと新幹線に乗った。
滅多に乗らないけどやっぱり新幹線の移動は早いね、新横浜までわずか1時間10分。旅行の時だけ購読する産経新聞を、ちょうど読み終わったらもう到着。旅の始まりは体調を崩した義弟Kちゃんの見舞い、夕方はお馴染み「でか餃子」で有名な八重洲のT楼でスキークラブ仲間と「生きていて楽しい」時間を共有する。まだまだ仕事をやめられない者も、毎日が日曜日の者もこういう時はみんな同じ。
今回の目的は大好きな江戸文化を集めた両国の「江戸東京博物館」見物、この手の博物館としては度肝を抜く規模。二つの特別展も含めて65歳以上の特典、半額シニア料金に気をよくして昼飯を食うのも忘れて3時間没頭する。
3世紀近くもの独裁政権だった徳川幕府の為政の仕組みは、やっぱり良く出来ていてすげ~わ。大火事や地震など度重なる災害をくぐりぬけながら、民衆も娯楽を忘れずしたたかに生き抜いたことに改めて関心&感心。
選択に迷うほどの地下鉄網で虎ノ門に移動、ここでは移転したばかりらしい「領土・主権展示館」を見る。きっかけは今秋の演奏会演目の一つ「海鳥の詩」に出てくる「エトピリカ」がシンボルキャラになっていることを、事情通の団員Mさんから教えてもらったこと。Macchanもミーハーですわ。展示館は政府が以前から主張している北方領土・竹島・尖閣諸島の領有&主権の正当さを、ちょ~真面目に(当たり前か)資料と文字で説明したもの。
展示物の間を長時間ぶらぶら歩きして身体と頭に疲労感を覚えたころ、大森海岸の老舗鮨店を継ぐT君の好意で毎年今頃開催している大学のクラス会(4年間の学部別クラス制をとっている大学は稀有らしいね)で、連日の熱い青春時代からの交流を再々確認。3時間に及ぶ熱い会話を終えて、最終前のひかりで帰宅した。謎の流行り病にびびっていたことも忘れ、満足感一杯の首都圏ぶらぶら歩きを反芻しながら眠りについた。


空港出迎えまでは、博多駅周辺に多い古い由緒ありそうな神社や寺巡りで時間調整。湯布院・阿蘇は寒いと聞きつけてもっこもこに着膨れた3人が到着、あMacchanも同じ出で立ちやけん、もっこもこカルテット集合やん。レンタカーを借りて、いざしゅっぱ~つでござる。九州は道路インフラがすごいぞ、どこに行くにも高速道路が縦横無尽につながっておる。勢いを駆って湯布院を通り越し、雄大な絶景の別府湾へ向かってダウンヒル、そして別府温泉へ!


別府温泉の名物はなんちっても「数々の地獄巡りでっしょ」、中でもお勧めに従ってカルテットは「海地獄&血の池地獄」を巡る。韓国人は少なそうだが中国人がむちゃくちゃ多いですな、春節の前倒し休暇?でもみ~んなどこでも楽しんでおるーー。名物文旦と一緒に足湯に浸かり、もっこもこ爺婆カルテットはもっこもこの湯煙に遠来の外国人(いや、ここは九州、カルテットと同距離位かむしろ近いかも)と同様歓声を上げてはしゃぐ。
昼食は温泉たまご&サイダー付き名物団子汁定食よ。

宿泊施設は湯の町湯布院温泉からさらに上った別荘分譲地の中、庭には野生の鹿も現れる百人は泊まれそうな大きな施設に結果2泊ともカルテットの貸し切り状態。温泉の大きな風呂、連日新鮮な海の幸に舌鼓を打ち美味い酒も焼酎もたらふく飲みましたわ。そうそう共に青春時代の懐かしのメロディーを中心に、2~30年ぶりにカラオケで10曲以上も歌ったかな?貸し切りじゃけん回ってくるのも早いんよ。
2日目は九重高原からこれまた定番の阿蘇外輪山巡り、途中今回の旅最高の海抜1300mも通過、駐車場には積雪もあり爺婆連も大はしゃぎ。でも道路は雪もなく凍ってもいなかったので、夏タイヤ仕様のレンタカーは危うくセーフ。
阿蘇では世界的な規模のカルデラを詳細に説明した火山博物館や草千里の雄大な景色を楽しみ、阿蘇神社に寄って熊本地震で大きな被害を受けた社に参詣した。
昼食は名物赤牛丼、馬まん(馬肉入り中華まんじゅう)いきなり団子(サツマイモ&餡子入り)という「妙な」いや「妙(たえ)なる」取り合わせ。連泊の夕食はHちゃんの配慮でてっさてっちりのふぐ料理でひれ酒の杯を重ねる。ばかうま。
最終日は国東半島を巡りまたまた「太刀魚蒲焼き丼&たこ飯」などの名物を食し、全国の八幡神社の総元締め「宇佐八幡宮」の広大な社を歩き回って朝から晩まで笑い転げながら楽しんだもっこもこ爺婆カルテットの旅は終止符を打ちました。ああおもろかった
ひょんなことで急に福岡へ行くことになり、周囲に話をし始めたことがきっかけになって今回は福岡&大分の旅になった。きっかけは勤務先Y社スポーツ事業部の仕事で一緒だった九州在住の先輩Oさんの奥様が昨年急逝されたこと、このところ入れ込んでいるOBテニスお達者倶楽部仲間で九州勤務経験があるEちゃんが昨年に続き九州OB会に出席することを知ったことだった。

翌日は旅のきっかけを作ってくれたEちゃんと合流してOB会へ、Oさんに加えかつて上司だったKさんや共に汗を流したMさんを始め、100人余にのぼる大勢の参加者の1割近い友人知人と再会し楽しい3時間余を過ごした。初対面の方々も含め九州人らしい人懐っこさと熱い雰囲気に惚れ込んでしまった。
仕事で何度か訪れた福岡、滞在中は必ず一度は仲間と飲み食いを共にした名物飲み屋「鉄なべ」をEちゃんと探し当て、懐かしさのうちに福岡の夜は更けていった。
大峰高原の名物七色カエデ
大峰高原からはぬぁ~んと富士山が見えたのら。
霊松寺の梵鐘から見る景色

滞在中の大町エコノミスト村内の紅葉
Macchanは甲府のSちゃんちに車を置かせてもらって、2宿2飯酒のお世話になりSちゃんの運転で軽井沢合宿へ。雑魚寝合宿はいいよ、半世紀前のスキー合宿そのまんまに半世紀間の苦労話をまぜこぜにして、ぜ~んぶ面白おかしい思い出話にしてくれる。先日亡くなった仲間のS君に献杯して、合宿初日のはじまりはじまり~。
料理が得意な2人が前の晩から仕込んでくれた特製カレーで「朝からカレー」は想定内、これが辛くてむっちゃうまかったぁ~。

ゴルフ組と観光組に分かれて、いざ信州小布施に向かってしゅっぱ~つ。OSちゃん企画の今年の「ひねり」は、葛飾北斎没後170年記念特別展開催中の「北斎館」訪問。「すみだ北斎美術館」から借り受けた名作を加えて、多彩な画狂人北斎の一生と独特の制作手法を紹介しながら236点を展示中。初めて知る北斎の魅力も数多く、何故世界中にファンが多いのかが少し理解できる。
北斎を支えたパトロンの豪農商高井鴻山の小布施といえば栗でしょ、昼食はOSちゃんお勧めの「栗おこわ定食」味も地味な美しさもボリュームもいうことなし! その他高井鴻山記念館で自身の晩年の妖怪画多数を眺めて「もうええわ」気分になったり、北斎の天井画を有する岩松院を訪れた。住民の町おこし観光で栄える小ぢんまりした小布施の魅力は、稀代の芸術家によってさらに高められていた。
ピアノの発表会場は親友たち家族と4月初めに訪れた神戸港近くの産業振興センター、ちょうど3ヶ月前にうろついた地域なのでなんか懐かしい? 10人くらいの講師さんたちの教え子が100人くらい、入れ替わり立ち代りステージに立っては演奏する3部構成の「流れ発表会」形式。最後に記念写真撮影と記念品の贈呈があるので、聴衆の家族は数時間はホールに居てお目当ての演奏を5分くらい真剣に聴くという仕掛けだ。教室のご指導と本人の努力で、「Kもずいぶん上達したもんだな」世間並みの爺バカは潤んだ目を一層細める。
終了して高層の駐車場から眺める夜景の、なんと美しいこと! 3ヶ月前の昼間も感激したが、夜の港内クルージングもなかなかいいかも。明石への帰途「おか~しゃん」が企画した神戸の番台がある温泉銭湯に寄って、各種の風呂にゆっくり浸かりみんなで腰に手をあてて牛乳を飲む。あ~楽しい企画だったね。


日が替わって、今度は反対方向の「県立姫路こどもの館」に揃って遊びに行く。「こどもの館」と聞いて爺は最初少々気が引けたが、なかなかどうしてこの施設は素晴らしい。まずコンセプトがしっかりしている。

単にこどもに媚びるのではなく、DIY型の子供の興味と能力を作品制作の過程で引き出そうとしている。訪問者にはリサイクル可能な「家庭ごみ」を貯めて自由に使わせ、創造&想像型の工作をやらせる。



世界中の児童から「彫刻のアイディア」をスケッチで募集し審査、入選優秀作品を実際の巨大オブジェに仕立てて敷地内の各所に配置してある。

県内で盛んな林業振興意識も植え付けようと、材木の勉強をして各種木製遊具を並べて木に親しみを持たせている。
ここを訪れる家族たちは、子供たちを放し飼いにして自分はスマホに夢中という人は少ないように見受けられる。とっくに子育て終了した爺は、時々飽きてうたた寝したり隠し持った「数独」を数問やっちまったけどね。確かに大人も夢中になれる楽しさがある、コンセプトのおかげかもしれない。その日訪れたのはここだけ、いい一日だった。
英国の多分どこにでもあると思われる美しい小さな2つの田舎町のぶらぶら歩きを楽しんだ後、100Km1時間半バスで移動して世界遺産ストーンヘンジの巨石群を見物する。
世界遺産の数々を美しい画像で紹介するTV番組は好きで時々見るので、他の遺産も含めて「デジャブ」どころか「またもや」訪れた気分になるのはいいんだか悪いんだかーー。ということで広大な原野に姿を現した巨石群が見えた時は、初体験の「お~~~」という感覚よりは説明を受けるよりも早く「こんなにもでかくて重そうなものをどこからどうやって運んだんや!?」という感動が自然と起こる。
そして有名世界遺産のベスト10に入るかもしれないこの巨大遺跡の「見せ方」の工夫センスはすごいぞ、遠く離れた駐車場からシャトルバスで観光客を送迎し肝心な巨石群の周辺にはみやげ物屋やトイレはもちろん、説明パネルさえな~んもな~い。イアフォンのみ、これでいいんだよな。
その後150Km2時間半かけて最終宿泊地ロンドンに移動。遅い夕食は当然美味しいビールと、必ず付くポテトの付け合せつき英国肉料理。味付けは珍しく塩コショウだけではなく、フレンチスタイル?のソース付き。


日が変わったロンドンは差し迫った用もないのに??家族9人同伴のトランプさんが政府専用機でやってくる日、運がいいのか悪いのか警備と交通規制で観光もままならない。HISは今までと異なる地元のベテランガイドと運転手を用意し、限られた時間を有効に上手に使ってツアー参加者の満足度を維持できる観光方法を急遽考えたようだ。細部には課題が見受けられるが、大筋では信頼が置ける大した旅行代理店だね。







ロンドン市内王室所有の7つの公園の一つ、クィーンメアリローズガーデンを手始めにーーー。




規制をうまくぬって徒歩がやや多くなったが大英博物館の見学。ああすげ~遺産の宝庫だ。世界中の優れた遺産や美術品はどこも繁栄を謳歌した戦勝国に集まったのだなぁ。



そして改修中の世界遺産ウェストミンスター寺院や国会議事堂(ビッグベン)の車窓遠方見学もそつなくこなし、半日の市内観光を終えて昼にはヒースロー空港に送り届けられた。写真はイメージです。(Macchan、スーパーの広告みたいやんか!)


