前回の続きです。
定年後も働きたいと考えている周囲の人たちの動機は、いくつかに分けられるのではないか。と「定年の考え方様々」のタイトルで書いたことへの実体験に基づく「フォロー解説」です。
1)生活レベルをできるだけ落としたくない 住む家さえ確保できていればなんとかなりますぞ。年相応の生活ダウンサイジングは必要ですがーー。
2)リタイアしてやることがなくなるとボケるのが怖い こればかりはリタイアしてから決めるのでは遅すぎですね。少なくとも5~10年の助走が必要?
3)子供の教育や家のローン返済がまだ残っている その分青春を謳歌できたわけですから、少々のことは我慢我慢。
4)家や地域にいても過ごし方がわからない 等等 自分が自主的にやることを考えきることは仕事よりも簡単で楽しい、がんばって!
私は、「どうにかなる」「反骨精神=へそまがり」の主義で、上記の理由付けをする先輩仲間に対して、自分なりの生き方を考えた。

1)十分でなくとも年金をもらえるなんて有難い 現役時の収入の3~4分の1でも十分やっていける、考え方・価値観の変換が必要だ。
2)生活レベルが落ちたって衣食住に困らない 年齢と体力と残った将来人生の長さ(せいぜい20年前後?)を考慮するべし。
3)幸いなことに3人息子は独立し、家のローンもぎりぎり返済を終えた 綿密な予測計算をしたわけではなかったが、これはありがたかった。
4)やりたいことは趣味を中心に山ほどある 結果的に泣く泣く切り捨てる(整理する)くらいでちょうどいい。
5)趣味は消費系より創造生産系が多く、収入にはならないが出費は助かるはず 消費系趣味はどこまでやっても満足の限界がない、その点創造生産系は自己満足が働くし何より安上がりでいいぞ。
そして何より、われわれは親の世代ほどではないが公的年金がまあまあもらえている世代だ。将来がさらに不安な子供の世代など、若者の職を結果的に奪うようなことはしないで早くリタイアし、少ない年金で工夫しながら暮らすことに楽しみを見出す方がいいぞ。
ということで今後の10年、<「傘寿」までの生活構想>は? = これまでの10年やってきた生活の延長線で行ける限り行く
但し、「創造生産文化活動」は体力精神力勝負のところあり、ここは重ねる年齢と相談しながら無理せず国内外の旅行など他の消費型の楽しみへ少し重点シフトかな? 少々金がかかっても(Macchanの場合は知れているが)余生を楽しむ方に回りたい。周囲を見回すと必要な体力知力精神力が保てる平均はせいぜい75~80歳まで。それ以上できたらもうけものと考えよう。



















