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団塊世代MACCHAN(まっちゃん)の、<人生これから>だよ!

リタイア後17年、人生を日々面白がる楽しみを綴ります。健康と家族と友人を大切にする、年金生活爺さんの「残日録」です。

「庇=ひさし」5箇所の取り付けが完了しました

2010-08-31 | 300万円の家づくり
庇のある家、最近はあまり見かけませんね。特にこの10年以内に建った家は皆無と言っていいんじゃないかな。アルミサッシの気密性向上が第一の理由、そして外観和洋折衷が多かったのが最近は更に洋風化したのが第二だろう。

どちらにしても今Macchanが四苦八苦しながら建てている家は昭和30年代の生活再現がテーマだから、アルミサッシではなく50年前の木製建具なので庇なしというわけにはいかない。その庇の取り付けが始まって2週間、今日は最後の2箇所の取り付けが完了した。監督なべさんのヘルプのお陰で、今日は昨日の2倍以上のスピードで作業が進んだ。

それにしても暑い、もう言うまいと思ったけど今日も何回も「暑い、暑い」と連呼した。特に今日取り付けた2箇所の庇は、「とっておき」の西側窓の上だ。午前中はまずまず快適に作業を進めていたが、午後からは西日がまともにあたってとてもいただけない。頭のてっぺんから徐々に背中に移って、晩夏の陽射しは真夏以上にクリアできつい。庇の取り付けは細密作業が多く、Macchanだけかも知れないけど息を詰めてやっている時間が長いような気がする。だから余計暑苦しいのかもしれない。

なべさんを作業のパートナーに迎えるというのは贅沢過ぎるが、作業に入ってしまうと監督も大工の一人だ。長年建築士で現場監督をやってきたなべさんも、最近は素人現場の一大工作業を楽しんでいるようにも見える(写真は箱庇の底板を取り付ける監督)。合唱のコンクールで多忙の本人は、「家でぐだぐだしてるよりも涼しくていいかもしれない」と言いながら、初めから大工のMacchanに気遣わせないように参加してくれているようだ。

明日は、うーさんもふくちゃんもエントリーしてくれている。今日帰宅途上都田のカインズホームに寄って、ダークブラウンの畳1枚大のカラー鉄板を4枚買い込んだ。鉄板を金バサミで切って、軒鼻先やケラバ側の板を覆う役物を作成して取り付ける予定だ。

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5日ぶりの作業は成果少なし

2010-08-30 | 300万円の家づくり
週が明けて先週水曜日以来5日ぶりの作業になったが、今日も天から体力検査を受けているような猛暑が続いている。天気予報によると熱帯夜や猛暑日は最低あと1週間は続く予定だと、何ともありがたい御託宣だ。

単独作業だし休み明けだし、ここは抑えてゆっくりやろうじゃないかMacchan! このところ数週間は猛暑の中で火を熾す気持ちが萎えて、ストーブはブルーシートを被ったままが多い。まして単独作業では「自分だけの為にやるのはなぁ」と、現場への道すがらMaxvaluで食パンと揚げ物を買って挟んで食べることが多くなった。ソースとマヨネーズは現場ミニ冷蔵庫内に保存してあるので、今日の挟む材料はメンチカツと魚肉ソーセージに決まり。休肝日だから缶ビールはおあずけ。

作業は先週やり残した、東側掃き出し口の庇取り付けから入った。先ず長さ2m余りのフレームの両端を左右の柱に直角に取り付けるのだが、これが単独作業だとなかなか難しい。両側をビス1本ずつで軽く留め、次に曲尺で直角を確認しながら2本目を留め、決まったら3~4本目を留めて強化する。狭い足場の上で右に行ったり左に行ったり、多くはいざリながら移動する。中3本の骨組を取り付け、箱庇の屋根板をフレームから15mmずつはみ出させて取り付ける。16~7mmのフレーム板厚をねらって螺旋状のフロアービスで打ち付けるのだが、はみ出さないように注意を要する。

最後は「箱庇」底部の板をスリムネジで取り付ける。本実(ほんざね)加工した板を前後左右1mm以内の誤差で刻んで、2枚を嵌めた状態で単独でビスを取り付けるというのはかなり至難の業だ。足場の上に寝転がり、手足と頭を総動員して下から押えながらビスを打つ。これもビスを狙うのは、16~7mm厚の板だ。四苦八苦しながら作業を終えた時は、全身汗まみれになった。今日は庇一箇所と、4箇所の掃き出し口敷居下の隙間支え取り付け(写真)だけの成果に留まった。合唱練習があるので少し早めに終えたのに、どっと疲れが出た。

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ビジネスモデルの成功

2010-08-29 | 日々雑感
大学時代のスキークラブの集まりに出た後、昨日は相模原の孫3号Coの宮参りをやった。まだまだ毎日が夏休みのMacchanは、浦安にも回って孫1号Koとの交流も図った。

二日間で気がついた事、それは最近ビジネスで成功している企業は確たるビジネスモデルを持っているということ。孫娘が宮参りの記念写真を撮った「スタジオアリス」、今日孫1号と行った幕張メッセの「トミカ40周年」のイベントで痛切に感じた。

前者はデジタルカメラ時代の申し子だ。既存のアナログ写真の「腕」にしがみついた写真館がやらなかった貸衣裳が、店頭の一番いい場所を占めている。子供をあやしていい表情を作る保母さんからの転職組と思しきスタッフが大半で、撮影は高性能デジタルカメラとオリジナルソフトにまかせ切り。勘と長年の経験しか許されなかったスタジオ写真を、二三十代の女性スタッフのほとんどが出来るように工夫されている。撮影後の写真の選択段階でも、液晶の大画面で撮ったばかりの写真を上手に勧めて、ついつい沢山購入してしまう仕組みになっているようだ。

後者はどうか? 40年の歴史があるトミカは最近の子供なら誰でも通過するミニカー玩具のトップメーカーだが、ファン顧客が二世代替わってもますます元気だ。新車はもちろん爺婆や父母の時代の、懐かしいオールドカーも次々に商品化している。40周年モデルは、純金・純プラチナ製もあるぞ。会場は子供連れで一杯で入場券を買うだけで30分待ち、また入場料を千円もとるがトミカオリジナルモデルが1台必ずもらえる。40年分のモデル展示(写真)を手始めに爺婆・父母を懐かしがらせ、各種ゲームも全て有料だが必ず1台はもらえる仕組み。極めつけは会場出口にスーパー形式の買い物が出来、子供を人質にとって次々に買い物バスケットに手に取った品物を入れさせる。1万円くらい平気で使っちゃう家族が多いのではないか?

豊かな時代の貧困が話題になっているが、一番多くを占める中位レベルの家庭をターゲットにしても、両者は少子化や不景気なんか何のその。物の品質に差がなくなってきた時代に勝負して、にんまりしているのは売り方のソフトに知恵を絞った勝ち組企業じゃないか。ビジネスモデルそのものが特許(知的財産)になる時代なのだ。
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40年ぶりの同窓会?

2010-08-27 | 団塊世代
大学ではスキークラブに所属して、青春を謳歌していた。
十年位前から首都圏在住のメンバーが、メールで連絡とって時々集まっているのを羨ましく思っていた。

今日は思い切って、青春切符を使って参加してみた。懐かしい面々が、十数人揃った。面影がないほど老けたのや、やつれたのが(Macchan自分を棚に上げるなよ!)東京駅近くの中華料理屋に集まって3時間。Macchanも40年の時空を超えて、思い切り楽しんだ。
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団塊おやじの「浜名湖漁民」日誌

2010-08-26 | 地域交流・地域文化
記事のタイトル、どこかで見覚えがありませんか? そうMacchanブログの「ブックマーク」で紹介している、友人のブログの一つです。ブロガーのTSさんは暫く都合で更新してなかったのだが、「オヤジ」を「おやじ」に改めて今日同名の新ブログを開設した。

半年前依頼されてブログを開設したものの、PCのHDDの容量かセキュリティーソフトの相性かで画像圧縮ソフトをダウンロード出来ないでいた。「漁民日誌」に画像が掲載できなければ、ただの日誌で魅力は90%減になる。そこでPCを新しいものに替えたのをきっかけに、また頼まれて画像ソフトを入れるために家を訪問した。うまく出来たら、午後から今年最後のアサリ採りに浜名湖に繰り出す約束だった。

さーて上手く画像ソフトが入って、新たに記事を書いてみようとgooブログにアクセスしたが、肝心のIDとパスワードを記録していなくてログインできない。思案投首の結果、Livedoorブログに替えて上記のように新ブログとして開設したのだった。以前紹介したことがあったと思うが、TSさんは10年位前にパーキンソン病を患い長い間闘病した。数年前に頭部の手術を受けて電極を埋め込み、その後は子供の頃からならした浜名湖での漁に没頭できるほど快復した。言葉や歩行機能に障害が残るものの、真っ黒に日焼けした顔は元気そのものだ。(写真はTSさん=新ブログの冒頭を飾る大漁シーン)

ということで「私でも役に立つならーー」と、2度に亘ってブログ開設に手を貸した。うまく出来てよかったが、午後のアサリ採りは同行予定の友人たちの都合で中止になった。夕食はアサリの酒蒸しだぞとかみさんに宣言してきたが、TSさんは数日前に浜名湖で釣った大きな鰻の白焼きを作って替わりに持たせてくれた。猛暑の中の「浜名湖漁民」の暖かい心遣いだった。
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フルメンバーで庇取り付けが進む

2010-08-25 | 300万円の家づくり
今日の作業にエントリー済みの近所に住んでいるふくちゃんと、10分位の距離のうーさんをピックアップして賑やかに会話しながら現場に向った。到着後「庇取り付け」の簡易オリエンテーションをやって、早速作業開始だ。Macchanが材料を刻んで提供し、そのうち現れるはずのなべさんに指示をもらいながら二人に取り付けをやってもらうという役割分担にした。

材料が供給される前に、うーさんはやり残した外壁の取り付けを自主的に始めてくれているし、ふくちゃんは空白の1週間の作業進捗状況をチェックしてくれている。なべさんが到着して早速、昨日取り付けた庇1号の庇裏に板を貼り付けて箱状に完成させる指示をふくちゃんにしてくれている。うーさんは引き続き壁張りを継続。庇2号の材料が揃った頃に、早くも正午のチャイムが有線で鳴り響く。

今日の昼食はうーさんの奥さんMちゃんが持たせてくれた、おむすびとフライドチキンの弁当だ。それにMacchanが持参したゆで卵とゴーヤの漬物、そして現場保存の魚肉ソーセージと食パンを揃えて昼食開始! 缶ビール1本ずつとなべさん持参のゆで落花生が加わって、15分で宴会開始1時間の如き賑やかさ。安上がりだこと!! Mちゃんに電話をして、全員お礼の一言コメント。

1時半に作業再開したら、タイミングよく団長のいとちゃんも現れた。常連のフルメンバーがまた揃った。それぞれが役割分担をして、こだわりを入れながら作業が進む。庇3号の組み立てが30%位進んだところで、今日のタイムアップ。皆それぞれ「ここは俺がやったところだぞ」の、目に見える作業結果があった。いっぱい汗をかいて蚊にも刺されて、猛烈に暑い夏の一日が暮れて行った。
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庇(ひさし)の取り付け始まる

2010-08-24 | 300万円の家づくり
今日は午前中の作業を休みにして、棟梁うーさんと2年半前に急死した親友善ちゃんの家を訪問した。奥さんMちゃんから電話があって、家を整理して引っ越すので遺品にいいものがあったら貰ってくださいとのことだった。Macchanより古い付き合いのうーさんの大型の絵画や木工作品もあったが、結局2つの木工作品とファンだったクラシック音楽CDのコレクションを頂いてきた。三ヶ日の小屋はうーさんの木工作品と善ちゃんを偲ぶクラシック音楽を楽しむ場になるかも知れない。

午後からは現場に向かい、少し遅い昼食を独りとり終わったところになべさんが登場した。「霧除け」という奥ゆかしい名前のある庇(ひさし)を取り付けてみようということになり、昨日準備した「作業小屋」に取り付けた時の図面を出して仕様を確認した。庇の骨組みの基本は板材だが、この春製材所のZさんが床材や壁面材を挽いた端材をたくさん置いて行ってくれたので役に立ちそうだ。

庇は取り付ける窓の幅より、30cm前後長くするのが基本だ。窓枠の上部に37x105mmの間柱材を先に取り付け、この材を跨ぐように18mm厚の板で45cmの両脇アームと軒先の「鼻隠し」をつけた「コの字型」のフレームを先ず取り付ける。それから中央部分に50cm置きにアームを取り付けて、屋根板を張る。今日は相談しつつ1年半前の作業を思い出しながら進めて行ったので、1箇所しか出来なかった。最近はアルミサッシの機密性が増して、霧どころか雨を除ける必要がなくなって庇が民家から姿を消しつつあるようだ。だからなお更昭和30年代の生活を再現する「遊び小屋」には、庇は必要アイテムだと思う。

作業終了後監督なべさんと庇を見上げて(写真)、「いや~窓らしくなったね」と異口同音に感想を口にした。明日は同サイズのパーツを沢山作って分業すれば、精度高くスムーズに進む筈だ。それにしても今日も暑かったなぁ。最近は、これしか言ってないような気がするな。
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外壁張りは暑いぞなもし!

2010-08-23 | 300万円の家づくり
週が明けても猛暑は続く。連日お年寄りが「熱中症」で亡くなっているので、かみさんの「無理しちゃだめよ」の優しい?気遣いの言葉を背に現場に向う。

庇を付けたいと思って、「作業小屋」に取り付けた時のなべさんの作図を探し出して持参した。しかし先週末やり残した西側の板壁張りも気になって、蚊取り線香を腰にぶら下げて続きをやり始めることにした。午前中こそ少し涼しい風が吹いて暑さをやや和らげていたが、午後になるともう駄目!陽が西側に回ってきてギラギラ照りつける光は、まるで海辺のようだ。そうか外壁張りを始めるまでは、屋根の下で作業が出来たもんなあ。西日のあたるこの厳しい作業は、午前中だけに限定するべきじゃね~のと独りつぶやく。

それでもやりかけた事が厳しいほど、チャレンジしたくなるのもMacchanの昔からの性分だ。それからは1時間作業15分休憩のスローペースで、冷たいお茶とスポーツドリンク2倍薄め液を交互にがぶ飲みする。今夕の合唱練習を控え、いつもより30分早く作業を終える。西側壁面の窓の下まで板を張り終えて(写真)、「猛暑の割には頑張ったんじゃないかい!」と自分を褒めながら家路についたのだった。
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小豆を蒔きました、がーー

2010-08-21 | 農作DIY
毎年旧盆の頃に蒔いている小豆、B畑を借りているMさんの奥さんにかみさんが先週から早く蒔いた方がいいよとやいやい言われていたらしい。少し涼しくなった夕方から、除草をした空地を簡単に耕して種を蒔いた(写真)。

毎年収穫して冬から春のうちにストーブで煮て食べた残りを、かみさんは大切に缶に入れて種豆として保管していた。それが先週開けてみたら、見事に?虫に食われて無残な姿になっていた。種豆くらい夏入り前に冷蔵庫に入れて保管していれば、虫に食われずに済んだかもしれないと反省した。

さあどうするか、小豆の種なんか店で売っているのを気がついたことがない。畑の大家さんに頭を下げて、必要な分頂いてくるか? いやいや、そういつも甘えるわけにもいくまい。いつも行っているスーパーで帯広産のささげ小豆を購入して、あんこを作った残りを今日蒔いたのだが、果たして発芽して育つかどうかーー。北海道と違って、害虫や雑草などの障害が多いぞ! けっぱれ、道産子あずき!!



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外壁張り始めました

2010-08-20 | 300万円の家づくり
作業エントリーのあった棟梁のうーさんをピックアップし、数日来に比べて少し暑さがましになった中を出発した。現場に行く前に笠井の「ハードロック」に寄って、「カスガイ」と「ブチルテープ」を購入した。「ハードロック」はホームセンターの「エンチョー」が経営する、大規模な建築プロ専門店だ。ジャンボエンチョーの各店は他のホームセンターより気の利いたDIY用品(すなわちプロ志向品)を置いていたが、近年その手の品揃えが希薄になって「もう一歩だなーー」と思っていた矢先に「ハードロック」という店に統一した。驚くほどの品揃えで、朝夕の客の大半はプロと思しき層で占められる。

「カスガイ」は昨日のテーマ「不本意な作業」の一環、床束と大引きの接続強化(当初は監督もビス留めでいいよと言っていたがーー)に使う。「ブチルテープ」は建具外枠の周囲に貼り巡らせて、外壁との隙間を防水するアスファルト系の強力両面テープだ。「作業小屋」建築の時に練習済みなので、今回は少々余裕の構えだ。

いつもより少し遅れての現場到着後は、うーさんと「カスガイ」40本の打ち込み作業だ。棟梁が昨秋交通事故で傷めた手首の後遺症を気遣ったが、本人は「もう大丈夫!」と元気にチャレンジ。うーさんの奥さんMちゃんの心づくしのお結び弁当とTopvaluオリジナル缶ビールもどきで楽しく昼食をとった後、風通しのよい場所で3~40分の昼寝はとても心地よい。

午後はうーさん「建具外枠」の防腐剤塗装、Macchanは外壁張りのテスト開始。「ブチルテープ」を窓枠に貼り付けた後、防水・透湿シートを下地に貼って杉板壁を取り付ける(写真)。今後延々と続くはずの外壁・内壁張りの始まりだ。しかしここで一気に外壁張りばかりをやるわけにはいかない。5箇所の窓・掃き出し口に「庇(ひさし)」を取り付けたいので、壁で塞ぐ前に工事が必要だ。また梁上部に間柱材のアームを出して上部足場を取り付けてあるので、これを取り去る前に軒先とケラバにカラートタン板を板金加工して「覆い」を取り付ける予定だ。いずれも外壁張りと並行して作業を進めて行く。工程管理表が無く納期日程に追いまくられない、建築DIYの最大の強み?だね。



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不本意な作業

2010-08-19 | 300万円の家づくり
旧盆夏休みの作業禁止日9日間が明けて、猛暑の中20数Km離れた三ヶ日の作業場に毎日通っている。今日は単独作業なので、久しぶりにかみさんを誘って出かけた。姪っ子の娘にプレゼントする「果物&野菜のぬいぐるみ」作りの材料を携えて、「家に居るより涼しそうだ」と満更でもない様子。

現場に着いたらかみさんには最も風通しがよく、涼しそうな場所にテーブルと椅子をセットした。さあMacchanは何をするか?昨日監督が囁いていた「床束根がらみ」は、近々に実施される「建築確認中間検査」には必定なのでやっておかなくては拙いな。

まだよく確認してないけど、なべさんのことだから「建築確認検査」の最新情報を集めて囁いてくれたのだろう。しかしこれは気持ちが進まない、「不本意な作業」だ。床下をコンクリートでベッタリと塞いでしまう「ベタ基礎」が住宅基礎の主流になった中で、マイナーになった観がある「布基礎」工法の必需品である「床束=大引きを支える束」は束石の上にただ乗っているだけだ。これらの束を「根がらみ」で纏めて強化すべし、というのが新しい規則なのだろう。ナンセンス! 床下はいつでも潜れるように、高さ30cm位の空間が開いている。床下の通風をよくして乾いた地面と会話しながら、快適な自然生活を送るのに必要な空間だ。

そして定期的に防蟻防腐剤を塗布するための必要な空間でもある。そのための出入り口を、「田の字」の基礎に開けてある。それが1m間隔で縦横に根がらみ板が取り付けられると、通風は妨げられ人の出入りは困難になる。こんなに理不尽な規則は、誰が決めるのだろう。とは言え「建築確認検査」が通らなければ、「遊び小屋」の使用もままならない筈だ。そこでMacchanは考えた。

「中間検査」が終了したら、この「床束根がらみ」を取り外す! 後は床を張ってしまえば見えなくなる!! そのために今日の作業で「不本意な作業」にイライラしながら、根がらみ板を打ち付ける釘は最短で最少数に留めた。監督のなべさんが見たら何と言うだろうか?(写真は「床束根がらみ」を取り付けた西南の部屋床下)
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「腰巻き」は死語でしょうね

2010-08-18 | 300万円の家づくり
「腹巻き」はまだ現代の若者に通用すると思うが、「腰巻き」はどうでしょ? 何?「ウエストポーチ」じゃないってば! 団塊世代の母親の時代、すなわち大正~昭和初期生まれの女性はもう愛用していなかったのかもしれない。昨年101歳で亡くなった棟梁のうーさんの母親世代や、Macchanの祖母(生きていれば110~120歳位かな?)世代の、パンティーを穿かなかった着物常用時代にはごく普通の下着だったようだ。

今日の現場は土台の周囲に、その「腰巻き」の名を彷彿とする部材をぐるりと回し取り付けた(写真)。これから着手する外壁取り付けの基礎になる、「外壁の土台」になるものだ。土台の上面から45mm下に腰巻き上面の線を罫書き、37x105mmの3m間柱材の3面にカンナがけして90mmビスで取り付けていく。

昨日ほどではないがじっとしていても汗ばんでくるほどの暑さに連日見舞われている現場に、今日はうーさん・なべさん・ふくちゃんが加わって賑やかに工事が進んだ。62歳~74歳のメンバーは、説明しなくても「腰巻き」を理解できる年代だ。もちろん正式名称ではないと思うが、少しの説明だけで皆何の疑問を呈することもなく作業は着々と進む。

今夕浜松合唱団の練習があるなべさんは一足先に帰宅したが、その後の1時間でピッチを上げて「腰巻き」は完成した。明日はMacchanが単独作業になりそうだとの懸念(3mの間柱材を真横に取り付ける作業はなかなか難しそうだ)で、90mmビスが払底しても「おしゃかのビス」を溜めてある箱からましなのを拾い出して協力して取り付けてくれた。お陰で明日は、心置きなく?単独作業に専念できそうだぞよ。


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窓外枠取り付け終了

2010-08-17 | 300万円の家づくり
朝9時過ぎには早くも30度を越え、今日は今夏一番の暑さになるとのラジオの予報を聞きながら、浜北清掃センターの「みどりのリサイクル」に植木剪定ゴミを軽トラ一杯持ち込む。受け取りの職員は早くも汗だくで応対していて、「昨日から暑くてもうフラフラですわ」と言う。

いつもより少し遅くなったが三ヶ日の現場に着いたら、現場は2週間ぶりの監督のなべさんがもう到着していた。監督不在中にMacchanの工夫で取り付けた南側3箇所の掃き出し口の外枠は、「これぐらいゴツくてもいい感じだね」と合格点。外枠取り付けは東側掃き出し口の半分を仕上げればもう終りと伝えたら、「作業小屋」への出入り口の外枠を忘れてるよと早速チェックが入った。「いけね!」もう最後だと思っていたので、材料もぎりぎりしか用意していなかった。出入り口外枠分は、材木から準備しなくてはならない。

なべさんと昼からやって来てくれた団長のいとちゃんは、建具両脇の間柱材と柱の間の狭い隙間に内板壁取り付けのための「支え」を付けてくれている。狭すぎて際間柱が取り付けられず、柱材表面から15mm後退させて端材などを使用しながら工夫して下地にしてくれているのだ。

Macchanは48x105mmの3m材を1本取り出してきて、外枠用に縦引きして材を揃え夕方までには完成した。外側から額縁のように見える外枠は、横殴りの風雨の浸入を防ぐ重要な役割を果たす。外壁取り付け前の18箇所の外建具関連の作業は、これで全て終了した。明日は「外板壁取り付け」前の最下部基礎になる土台周囲の「腰巻?」取り付けに入る。

写真は毎日数回バイオトイレ?でお世話になっている、工事現場前の公園で見つけた「コブシの実」だ。コブシの花は春一番に咲くのに、今頃実がなるんだね。今日は昨日に続く猛暑日で37度を越えたそうだ。今夏一番の暑さの予報は、ぴったり中りましたぁ~!
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10日振りの現場

2010-08-16 | 300万円の家づくり
65年前の終戦の日は猛烈な暑さだったといわれるが、台風が過ぎ去った昨日から猛暑がぶり返した。今日は浜松も35度以上の猛暑日になったようで、三ヶ日の「遊び小屋」建築現場もやっぱり暑かった。

管理協定で夏休み期間(8月7日~15日)の工事が禁止されていたので、何と10日振りの作業ということになる。休み前に片付けて帰った現場は、先週末の大荒れの天気にもかかわらず幸いにも変わりはなかった。現場に着いて作業服に着替えながら、暫くの間10日前の作業を頭の中でレビューした。

そうだ掃き出し口2箇所と、高窓1箇所の外枠付けが残っていたのだった。図面を見直して、揃える材料のサイズを確認した。48mmx105mmの3M材を選定して4面電気カンナをかけ、27mmと71mm幅に丸ノコで挽き割った。勿論カットした面にもカンナをかけ、角は手カンナで面取りする。監督なべさんから借りている30年以上前の時代物の日曜大工用電気カンナは、こういうちょー暑い日には特に助かる。これを全部手カンナがけしていたら、今日は疲労困ぱいで7時からの合唱練習には参加できなかったかもしれない。

ゆっくり丁寧に作業した為に最後の掃き出し口の外枠が半分未完成になったが、久しぶりの作業は単独だったにもかかわらずとても楽しかった。現場には10日の間にササユリが咲き誇り、ミンミンゼミが夏が終りに近づいたことを告げていた。

(8月18日加筆訂正)
読者から「ササユリ」ではなく「タカサゴユリ」ではないかと指摘いただいた。その通り、08年8月28日には「タカサゴユリ」の奇形の記事を書いていたが、09年8月30日の記事には平然と「ササユリ」と書いていた。記憶交錯のボケ現象の一種だろうな。ん~、残念!
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65回目の終戦記念日に思う

2010-08-14 | 日々雑感
明日は65回目の終戦記念日だ。戦争体験者が少なくなってきたとともに、後世に正しい記憶を基に戦争の真実を伝えられる人はさらに少なくなっているだろう。

毎年8月15日を前に、NHKテレビが太平洋戦争ドキュメント番組を流す。昨年は「硫黄島の攻防戦」、今年は「アッツ島の玉砕」をテーマにした番組だった。共通しているのは、「日本軍の兵站力の貧弱さ」と「大本営の保身のための真実隠蔽」ではなかったか。犠牲者は前線で戦う兵士たちであり、兵士を送り出す国民自身だった。

アッツ島の前線からは兵力や食料の増強を請う悲鳴に似た嘆願が届いていたのに(資料から最近判明した)、大本営は「前線隊長からは兵士の一人・食料の一粒たりとも補給してくれという連絡はない」、「正に兵士たちは大和魂で一丸となり、玉砕を覚悟で闘っている」と精神論ばかりの発表。これをきっかけに兵士にも国民にも、「玉砕」は美学だという教育が強化されたそうだ。

「由らしむべし、知らしむべからず」という言葉があるが、負け戦が明確になった頃から「由らしむべからず、知らしむべからず」の酷い状況になっていたことがよく分かった。1500人が玉砕したはずのアッツ島からは、調べで1%位の兵士が帰還していた。厳しい戦争の常で多くの戦友を失った兵士ほど、「自分ばかりが帰還できた」ということに苛まれ、長い間口をつぐみ戦場の真実を語らなかった。テレビ番組で証言した元兵士も、86歳から94歳の高齢で恐らく最初で最後の機会だろう。

戦争はかくも残酷で悲惨だ。多くの戦争が、似た状況を引き起こすのではないか。5年前に亡くなった父は天王寺師範学校(現大阪教育大学)を卒業後、志願して海軍に入隊した。南方海域で巡洋艦3隻に乗り継ぎ、負け戦が始まっていたが運良く帰還して教育の場に復帰した(その後建設会社に転職)。戦争の悲惨さを直接聴いたことは多くはなかったが、戦闘が始まると普段偉そうにして部下を虐めぬいている上官ほど「腰をぬかしてションベン垂れ流しや」と時々話していたのを思い出す。

戦後65年、団塊世代のMacchanは戦争を知らない。こうして直接戦争の理不尽さや悲惨さを語れる人たちは、今後ますます少なくなっていく。NHKしか多分出来ないだろうこうした優れたドキュメンタリー番組で、今後も真夏の暑い一日をしみじみと「戦争を振り返る日」としたいものだ。(写真は生きていれば91歳になる父の仏壇に飾られた「みそはぎ」)

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