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団塊世代MACCHAN(まっちゃん)の、<人生これから>だよ!

リタイア後17年、人生を日々面白がる楽しみを綴ります。健康と家族と友人を大切にする、年金生活爺さんの「残日録」です。

島田・金谷・袋井ぶらぶら歩き

2016-01-31 | 旅行
冷たい雨が2日間続きちょっとうんざりしていたが、今朝はよく晴れた。先々週から計画していた島田市民総合施設、「プラザおおるり」に行く用事があった。「第26回静岡県ヴォーカルアンサンブルコンテスト」という催し物に、4月17日(日)に開催する浜松男声合唱団の「第7回演奏会」のチラシを配ること。

このコンテストには我ら団員のSさんが別に所属している「Hamamatsu Chamber Choir」が出場するので、縁故をたどって2ヵ月半後に迫った演奏会の宣伝をさせていただく許可を頂いた。かみさんをドライブに誘って11時半には会場に到着し、用件を話して200枚用意したチラシを午後出場する20団体と有料入場する聴衆用のプログラムに挟み込みをさせてもらった。

先ずは昼食をとって元気を出すのが先でしょ。駐車していた島田市役所から金谷方面に向かうと直ぐ、県下に安くて美味い海鮮店を出店している「沼津魚がし鮨」グループの店が目に飛び込んできた。
「今日で閉店」と書いてあるから最初で最後か、「日替りランチ」はほぼ千円でご覧のボリューム、安くて美味くておなかいっぱいになりもうした。いや~満足満足!どうしてこんな店が閉店になるのよ?

結局戻ってコンクールの聴衆になることなく、穏やかな天気に誘われてそのまま大井川沿いの町金谷へ。
駅の観光案内パンフレットをもらって、急峻な坂を上り詰めた茶畑の中にある「諏訪原城跡」を尋ねる。1573年に武田勝頼が遠江侵攻の拠点として築いたが、徳川家康によって攻め落とされ1581年には武田氏が滅亡してこの城の必要性がなくなり1590年には廃城になったという。この城は自然の地形を上手く生かして要衝となり、兵站の貯蔵にも役立ったというが薄幸の運命だったらしい。

金谷ぶらぶら歩きの続きは、数年に一度は訪れている遠州の名刹「法多山(はったさん)尊永寺」へ。今回は東の掛川市側から訪問したので、袋井市愛野駅経由でアプローチしたところエコパスタジアムに向かう道が大混雑。スタジアムで何か催し物があるなと察し、西側に回りこんで結局いつものルートで大駐車場へ。混雑の原因を帰宅後検索したら、安室奈美恵コンサートだった。今でも地方のスタジアムを連日満員にできる人気があるんだね。

正月も最後の日というのに多くの参詣者で賑わっている、年末年始はさぞかし大混雑だっただろう。檜の大木や渓流などの自然に恵まれたこの境内は登りのアクセスが長く、高齢者にはなかなかつらいと思うがぶらぶら歩きのアラ古希夫婦にはちょうどよい。帰途はいつものように好物の「法多山だんご」を一箱だけ購入、今年は自分たちだけへの土産物にした。

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ビルトインガスコンロの交換

2016-01-28 | 日々雑感
Macchanの家は改築後ちょうど24年、本体の目立った傷みはまだないものの内装の汚れや什器の不具合が目立つようになった。このブログ記事にもこの数年トイレの改装浴室ドアの交換、そして最近はふすまの張替えなどのDIY記録を掲載してきた。

限られた年金で生活する中から楽しみを見つけ、人生を面白がるというコンセプトでリタイア後の8年余りを楽しんできたのだが、今日はキッチンのビルトインガスコンロ2度目の交換を記事にしてみよう。DIYでやる気満々だったのだが、結果的にはガスコンロをネット購入して交換接続作業は出入りのガス会社契約工事業者にやってもらった。

ビルトインコンロの交換は24年間で2回目、前回は10数年前システムキッチンのビルトインコンロ&電子レンジ付オーブンの電子レンジ部分が最初に壊れ次にコンロの調子が悪くなった。使用回数が少ないガスオーブンはまだなんともなかったが、ユニット全ての交換見積もりをとったら何と20万円と聞いて小市民のMacchanはびっくり。あれこれ考えた末にユニット収納部分をDIYで改装し、ビルトインコンロ単独で買い求めて配管を仕事にしている知人に接続を依頼し、電子レンジ&オーブンは家電品に置き換え10万円以内で収めた記憶がある。

そして今回、下段の家電品は故障もなく使用できているが、ビルトインコンロの調子が悪く3口あるうちの一つが完全に壊れたのを機会に、コンロ交換DIYをやってみようと考えた。調べた結果ホームセンターでもネットでも沢山の機種から自由に選べることはわかったが、ガス管接続工事は専門家に依頼しないといけないという。

キッチンの台上で使うコンロの接続はユーザーは自由に出来るが、構造は同じなのに台下で使うコンロの接続は何故やってはいけないのか? 台上コンロは今でもゴムホースとピンチを使って自由にやっているというのに。どうも安全上の理由を表に出しながら、本音は地域独占型のガス会社の利権確保の独自ルールのように見える。一時は自分のリスクでDIYでやっちまおうかと考えたが、万が一の他人に及ぶ事故災害が起こった時は責任のとりようがない。

結果R社製のビルトインコンロをネットで購入し、出入りのガス工事会社に電話し規制があるガス管接続工事だけを依頼した。新旧コンロの交換作業と旧コンロの廃棄はDIYでやる条件だったが、結果作業も廃棄も担当者が好意でやってくれた。お陰でトータル4万数千円で機能もアップし、キッチンはまた快適に蘇った。





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今冬一番の寒波襲来

2016-01-25 | 日常
今年も「暖冬」との気象庁のご託宣通り、冬の前半は暖地浜松は一度も結氷することもなくまずまずぬくぬくと穏やかに過ごせた。しかし先週の第一波を皮切りに、今週西日本を中心に襲っている大寒波の勢力は「猛烈」と言ってもいいだろう。

地球規模の温暖化やエルニーニョ現象による「暖冬」予報は昨年も裏切られた気がするが、何故こういうことが未だに予測できないのだろう。日誌代わりのブログを書いていると、お世話になっているWeb.Siteのgoo.netからはご親切にも前年同日のMacchanの記事を送ってくる。最初は「余計なお節介だな」と思っていたが、複数年日記帳をつけているように意思をもって調べなくとも自分がちょうど1年前は何をしていたのかを知ることができる。


昨年同日の記事を振り返ると、昨年も「暖冬」予報にもかかわらず同じ時期で4回の結氷があったと書いている。一昨年は同時期で6回だったので、昨年は前年の寒さに懲りていたのだろう。
今朝は寒くてなかなか布団から出られず、やっと起きてきて居間の寒暖計を見たら5℃ですよ。カーテンは結露が凍って貼りついているし、また寝床に戻りたくなりましたよ。

近所の家では近年寡聞な水道管凍結による断水があったとのこと。この寒さで今冬2回目の結氷があり、かみさんが丹精している?10個近くもある庭の金魚・めだか鉢&睡蓮鉢は全て凍った。散水用の500Lx2の雨水タンクも例外ではなかった。
最も厚かった氷は何と2cmくらい、犬や猫ならスケートができたかもね。
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ラヴェルとガーシュウィン

2016-01-24 | 日々雑感
Macchanは50歳代半ばに、浜松市制90周年のイベントでカールオルフの「カルミナブラーナ」を浜松交響楽団をバックに数百人と歌ってから合唱にはまり、以来15年浜松男声合唱団に加わって活動を続けている。それまで本格的な合唱経験はなかったが、父が好んだ鉄針の蓄音機や電蓄から始まって早くからステレオ装置が身近にあったことで先ずクラッシック音楽に親しんだ。小学校のころ嫌々ながらピアノを教わったことも、楽譜を読めるようになったことに役立った。若いころは人並みにフォークギターで歌ったし、フルートも少しかじった。

クラシック以来ビートルズもフォークもサイモン&ガーファンクルもBSTもCCRもジャズもポップスも演歌も、快く感じたものはダボハゼのように食いついて何でも聴いてきた。LPからカセットそしてCDと身の回りの音楽ソースは劇的に変化し、近年はiPodやPCに貯めたソースで気軽によい音で楽しむことができるいい時代になった。

自宅のダイニングルームの片隅にあるMacchan専用コーナーをメインに、三ケ日「遊び小屋」や大町の山小屋でもそれらのミュージックソースを持ち込んで、いつでも好みの音楽に囲まれて暮らしている。もう60年も変わらぬスタイルは、後10年か20年多分死ぬまで続くだろう。

さてこのブログによく登場するふくちゃんとは毎週の「遊び小屋」デーで、共に好きな音楽を楽しんでいる。ふくちゃんは自ら管楽器を演奏し、息子のプロサックス奏者として活躍しているFKさんを育て上げた。ジャズを中心に所蔵するCDは4~5千枚、多分死ぬまでかけ続けても聴ききれない莫大な数だ。そしてジャズの奏者や歴史を語らせたら何時間も止まらないくらいの博識ぶりを発揮する。

そんな彼と先日ラヴェルのCDを聴いていたところ、ボレロの次に収録されていた「ピアノ協奏曲」の中に「ガーシュウィンの作品じゃないの?」と思わず話しかけた旋律があった。同じ近代音楽の作曲者という認識はあったが、フランスのラヴェルの方がアメリカのガーシュウィンより年長だし遠隔地で交流はなかっただろうと漠然と考えていたので、先輩が後輩の影響を受けているはずがないと思い込んだ。

その後帰宅してふくちゃんとMacchanは互いにネット検索をしてにわか勉強した結果、多くのことを知った。George Gershwin (1898~1937)、Joseph Maurice Ravel (1875~1937)、父と子ほどの年齢差があったが没年は偶然同じ。ガーシュイウィンは若くしてラプソディーインブルーなどの大ヒットを出したが、クラシック音楽作曲の教えをラヴェルに請うたそうだ。伝わっているその答えが面白い、「あなたは既に一流のガーシュウィンなのだから、二流のラヴェルになる必要はないでしょう」と言われたという。

そのラヴェルがガーシュウィンのヒット曲より後で書いた曲で、何らかの影響を受けたのだろうか?どんな世界も調べてみると興味深い話がたくさんあるが、こんなことを知ってまた好きな曲を聴くと別の楽しみが見えてくる。音楽の世界は深い。
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浜松の木版画新名人(その2)

2016-01-20 | 地域交流・地域文化
一昨日から吹き荒れる「爆弾低気圧」、寒波を呼び込むことに加えて下手な台風より風が強く全国は大荒れだ。北陸・東北そしてどこよりも北海道は大雪に見舞われているそうで、冬の前半を比較的暖かく穏やかに過ごしていた人々は急な厳冬の訪れでお気の毒にさぞつらい思いをしていることだろう。

暖地のはずの浜松にも冬将軍は容赦なく、冬も半ばを過ぎて我が家の庭にも今朝は初氷と初冠雪に見舞われた。氷も雪も午前中に融けてしまったが日中もあまり温度が上がらず、Macchanは外出したのは徒歩で近所の特養に世話になっている母の昼食を介助しに行ったことと、同じく歩いて夕方畑まで往復して収穫&施肥をしただけに留まった。合わせて6千歩程度のウォーキングだった。

まだこの厳しい寒さが訪れる前の日曜日、地域で親しくしているGolichanが最近力を入れている木版画展を観てきた。様々な浜松市民の文化(カルチャー)活動の殿堂?でもある中心市街地のクリエート浜松で、市内の4つの木版画教室の生徒作品90点を集めて一週間開催された最終日だった。土曜日が当番と聞いて誘われていたが、Macchanは天竜秋葉山の麓をウォーキングしていた。そこで片付けに入る最終日を狙って夕方訪問。

いたいたGolichan、昨年の10月11日の教室展覧会出品作に1点加え大作を2点出品していた。各教室の先生の凝った作品や他の生徒さんたちの気合の入った作品群の中でも、負けない力を発揮していた。大好きなフランスでの長期滞在中に描きためたスケッチをもとに、運河やハーバーの水面の微妙な反射や遠景の20近い色使いを紙や絵の具にも工夫を凝らして見事に表現していた。

まだ木版画を始めてから3~4年だが、もう数年もすれば新たな師範として市はもちろん県レベルでも比肩なき存在になるかもしれない。ちょっとヨイショし過ぎかな?
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「誤魔化し」はいかん

2016-01-19 | 日々雑感
昨年初秋に初めて土佐を訪れて、風土や食事や竜馬に惚れてしまった。一昨日もスーパーで見つけた旨そうな生かつをの半身を購入し、畑のにんにくと生姜をたくさんすりおろして刺身で晩酌、一晩すっかり土佐人になったきに。

昨日から日本列島はまたまた「爆弾低気圧」の襲来で大荒れ、冬前半の暖かさはどこへやら暖地浜松も震えておるぞ。寒いので日課になりつつあるウォーキングはしばし休み、昨日と今日は室内のストーブでぬくぬくしながら昨年11月末の続きの「ふすま張替え」をやる。

我が家を建て替えて24年、日に焼けて染みが目立つ和室3部屋分の襖(ふすま)紙20枚余りの張替えの続きだ。昨年末母の部屋だった和室の9枚は、最初の1枚を失敗しながらも順調に作業を終えた。しかし2ヶ月経過すると正確な手順や作業の肝の記憶は薄れ、昨日の2階元子供部屋一室の5枚は、工具や材料を準備しながら目をぱちくりしつつ作業手順をレビューした。

そして今日は自分たち夫婦用3室の、真ん中の和室に着手。コミック好きのかみさん&息子3人の数百冊の蔵書?が原因で、重い本箱が邪魔して入り口の引戸が外せず対策にロスタイム1時間。まあついでに掃除もできたのでいいとするか。

その後快調に張替え作業を進めると、突然「ん~?」というシーンに出くわす。築24年目にして初めて気づいたのだが、和室から納戸に入る引戸の「引手」に「修正」の痕があった。建築は工務店にお願いしたのだが、引戸は専門の建具職人が担当したのだろう。

納戸は使用頻度が少なく、反対側に間違えて取り付けた引手の痕は普段目に付かなかった。監修した工務店棟梁も?住人のMacchan夫婦も長年気づかず、もうとっくに時効だろう。四半世紀前の建築現場が目に浮かぶ、建具を取り付けていた若い職人が引き手が逆についているのを見つけて焦っただろう。自分で内緒にしながら隠れて直したか、親方とグルでやって納期に間に合わせたか。

これを見て連想したことはこの度発覚した東芝の「不正決算」、厳しい親方(上司)の指示で保身のために「粉飾」をして、最終的に世界中の顧客や株主などのステークホルダーを裏切り信頼をなくした。町の建具屋の話とは規模が余りに違うが、根っこは同じだ。「誤魔化し」はいかんぜよ。







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春野町秋葉山麓ぶらぶら歩き

2016-01-16 | 地域交流・地域文化
数日前からやっと本来の冬らしい寒さがやってきた。今日は上天気の中、新年初のY社地域OB会ウォーキングクラブの仲間20名と、市内天竜区春野町の「犬居城跡とその周辺」を散策した。

春野町は天竜川支流の清流で有名な気田川中流沿いの自然あふれる町、宝塚歌劇団育ての親と言われる白井鐵造の故郷で「すみれの里」の別名がある。また火伏せの神で有名な秋葉山の下社門前は、大勢の初詣客で賑わったばかり。

春野ふれあい公園を出発し、犬居城主菩提寺の瑞雲寺、白井鐵造の歌碑がある中学校跡、犬居城跡&展望台、秋葉山麓~下社を経由して公園に戻る約10Kmの山道ぶらぶら歩き。12月12日の佐久間町の塩の道に続いてメンバーは1ヶ月ぶりに汗を流した。

クラブリーダーのKさんの綿密な企画とガイドで、今年度4回目の散策も気さくで趣味や話題豊富な仲間に恵まれて、快い疲れとともに満足感に浸ることができた。こういう日は晩酌の美味さが数段違う。
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セール店巡りはチャリで

2016-01-14 | 日常
最近は新聞記事ページは薄くなる傾向にあるが、どうしてどうして折込広告は週末中心になかなか盛んだし、広告ページや記事広告(やらせ広告?)はかなり増えているように見える。曜日によっては本来の記事と同じ位のページ数になることもあり、新聞は折込を含めて広告を購読しているのではないかと、馬鹿馬鹿しく思えることさえある。

それでもMacchanは、各種広告を読まずに捨ててしまうことはほとんどない。特にスーパー・ホームセンターやドラッグストア・安売り酒店のセール折込広告に目を通すことは、楽しみの一つでさえある。世の中には買い物をする際、価格にまったく頓着せず購入する層が3分の1はあるそうだ。一方で安い価格を細かくチェックして比較購入する層も3分の1あるらしい。

Macchanは前者ではありえないのだが、食品や日用品を購入する際は必ずしも最も安いものを求めて何店も巡るというのはあまりやらない。特に5円10円トータル100円のディスカウントを求めて、時間をかけて交通費(ガソリン)もかけてというほどの執着心はない。だからセールの目玉商品に釣られ、同じ店でそう安くはないなと感じながらついでに他の商品を購入することもよくある。多分毎週毎月セールを企画し広告をする店は、上記の後者を意識しながらも前者と中間の3分の1を併せた全ての層をお得意様にして、バランスよく稼いでいるのだろう。

昨年暮れからウォーキングを心がけ始めたMacchan、昨日はセールの広告を見ながらせこいことを考えたぞ。かみさんがよく作る各種ジャムや味噌に大量に使う三温糖と赤穂塩の日替わりセールが、最近は食料品にも力を入れて店舗を増やしているドラッグストアK林堂で行われることを知った。家の周辺にも2~3Km置きに何店もある。

セール対象品は「お一人様1個限り」ということなので、デーパックを背負いヘルメットを被ってチャリで出かけた。巡った店は3店、2種x1点x3店分で1kg入り6個計6Kgのダンベルを担いで走った距離は10数Km、結果平常価格からセーブできた金額は3~4百円。その前の日、咳き込むかみさんに急遽購入した風邪薬は1300円、当日のセール価格は900円だったからその悔しさの敵討ちにもならず。

ショックを感じても歯軋りまではせず、こんなこともあるさとアップダウンで汗をかいて溜飲を下げる。
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奥浜名湖の山里ぶらぶら歩き

2016-01-11 | 健康管理
昨日の別カテゴリーの記事でも触れた奥浜名湖の山里ウォーキング、昨年末から健康管理を兼ねてかみさんと浜松市北区の細江や三ケ日の小さな神社を巡っている。

昨年末訪れた三ケ日町の都筑神社は、天竜浜名湖鉄道(THR)の東都筑駅から北側に広がる急峻な山道の奥に佇む景色のよい社だ(写真はなし)。その後年が明けた1月4日には、細江町中川の表示も何もない「山神社」を訪れた。小さな集落の祭神で昨年の秋祭りの時に通りかかり、地味な幟(のぼりばた)が二本道端に掲げられていて初めて存在を知った。家から三ケ日の「遊び小屋」に通う道なので、もう何百回も通りかかっていたのに気がつかなかった。

そして一昨日は同じTHRのユリカモメが餌付けされて何百羽も群れている佐久米駅に車を駐め、佐久米神社や周辺地域の遺跡を見ながらぶらぶら歩いた。風が強い日だったが、急峻な道を上がり降りしているうちに汗もかいた。湖畔から100m少しの海抜だが、東名高速道を隔てて浜名湖全体を見渡せる素晴らしい景観が広がり、時々友人たちを案内する近くの「奥浜名湖展望公園」にも負けないくらいの優れたビューポイントだと思った。

冬の間の一日がかりのハイキングはなかなか踏ん切りがつかないが、この山里歩きは1~2時間で気軽に堪能できるのでこれからも度々挑戦しようと考えている。

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暖冬は半端じゃない

2016-01-10 | 日常
暦上の冬になって1ヶ月余り、このところ北国では例年の冬の寒さが訪れているようだが、関東以西の日本列島は「暖冬」と言ってもよい暖かさだ。浜松は元々比較的暖かく過ごしやすい地方だが、それでも例年の冬はもう何回か冬将軍の襲来とともに結氷しているのに今冬はまだゼロだ。

暖かく過ごしやすいといえばその通りだが、自然は戸惑っているに違いない。例えば庭や近郊の散歩コースでは、まだまだ紅葉が残っていて真冬とは信じがたい風景だ。
昨年の今頃は庭の「蝋梅(ろうばい)」がヒヨドリについばまれて、見るも無残な姿になったが今年はまだ無事だ。これは花好きのかみさんに言わせると、黄葉がびっしりと残っていてよい目隠しになっているのではないかとのこと。
お陰で玄関ではほんのりと初春の香りを楽しめる。

昨日は明るい日和に誘われて、三ケ日佐久米の山里ウォーキングを楽しんだが、樫類の木々がまだまだ晩秋と思わせる赤や黄色の葉をまとっていた。そして極めつけは、小さな禅寺の境内のよく手入れされたもみじの大木からは、何ともう若葉が芽吹いていたのには仰天した。

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今年の初「遊び小屋」の集いは?

2016-01-08 | 「遊び小屋」を遊ぶ
三ケ日の「遊び小屋」は建築DIY中の4~5年間は週に数回の作業で、3年前にほぼ完成して以降は作業はほぼ無くなったが週に一回「遊び小屋デー」と称して、関わってくれた仲間にメールで予告して都合のよいメンバーが集う。

駐車場の土工事をスタートに丁度8年前に始まってから9回目の正月がやってきた。今日は少なくとも4~5人が集うことを期待して「書初め」でもやってみようかと考えていたが、常連のうーさんとふくちゃんが風邪をこじらせて休んだ。結果今朝メールで返事があったかずさんと突然現れるのが習慣のなべさんの二人が新年初集いにやってきた。

年末年始は集いを休んだので2週間ぶりかな、Macchanは今日は珍しく計画的に小屋庭の樹木剪定をやり始めていた。昼食はパスタ&参加者持参の豚肉系つまみ各種、久々の寒さで室温缶ビールで新年の乾杯。いつもながらのわ~わ~がやがやの楽しい2時間余、その後は昼寝をする者庭の作業をする者に別れて銘々好きなことをやる。

メインの作業は昨年合計70個の実を付けた渋柿2本の剪定、続いて大木になった南京ハゼ。昨年の同時期2年ぶりに丸坊主に近い強めの切り詰めをしたので、今年は樹木下部の剪定に留める。なべちゃんが興味を持って手伝ってくれる。
続いて桃の木や梅の木やグミの木やモミジなどに間断なく手を付ける。

冬至から2週間経過し日の出は依然7時頃だが、日の入りは少し延びて5時近くになった。
今日の作業の成果が地味な夕焼けと迫り来る夕闇に映えて美しいシルエットになる。
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思想家・内田樹(たつる)さんが代弁してくれた

2016-01-07 | 日々雑感
本や新聞を読んでいて、自分が漠然と考えていたことを明快に表現してくれた文章に出くわすことがある。左手のひらを、右手の握りこぶしでポンと打つアクションが出そうになる瞬間だ。新春1月5日の朝日新聞朝刊に、思想家の内田樹さんが記者のインタビューに答える形で掲載された記事が正にそれにあたる。

このところ安倍首相が打ち出したアベノミクスの3番目の矢がインパクトがなく、何をどうしたいのかの具体性が欠けていてわかりにくい。また世界経済も政治も、自国の成長を目指すことばかり。10年来無秩序に急成長した中国も、早くも翳りが出始めている。アメリカを筆頭とする資本主義的なエゴイズム丸出しのやり方は、もう限界がきているのではないか。共産党独裁の中国だって、やっていることは同じかそれ以上えげつない。あらゆる天然資源に限りがある中で、大量消費大量生産をすることが繁栄だなんていつまでも続くわけがない。

前世紀から3~400年前に最盛期を迎え、今ではもう成長を止めてしまったかに見える国々の中には経済的には決して豊かではないが精神的に満足度が高い生活を享受しているところがある。共通点は農作物畜産物の自給率が高く、家族や地域中心の生活がゆるぎない。GDPなどの指標で世界何番目かを競い効率を目指すのではない、もっとゆったりした生き方があるのではないか。8年前に一線を退いた後、Macchanはこんなことをずっと考えていた。

内田樹さんは、記者の質問に次のように答えている。この思想家は言葉を遊ばず、簡潔な表現でずばりと指摘していて痛快だ。これから彼の書物をいくつか読んでみようと思っている。少し長いが当日の記事を読む機会がなかった方のために、引用掲載しておこう。

――いま、どのような時代でしょうか。

 「移行期です。地殻変動的な移行期の混乱の中にある。グローバル資本主義はもう限界に来ています。右肩上がりの成長はもう無理です。収奪すべき植民地も第三世界ももうないからです。投資すべき先がない。だから、自国民を収奪の対象とするようになった。貧者から吸い上げたものを富裕層に付け替え、あたかも成長しているかのような幻想を見せているだけです」

 「若い人の賃金は下がり、法人税を下げ、株の配当を増やす。株をやっている人からすれば、本来なら社会福祉や教育や医療に使うべき税金を株の配当金に充ててもらっているわけですから、こんなありがたい政権はない」

 「左右を問わずメディアは『経済成長せねばならない』を前提にしています。大量生産・大量流通・大量廃棄のサイクルを高速度で回すことで経済成長するのが良いことだと信じている。でも、ぼくはそれは違うと思う。成長がありえない経済史的段階において、まだ成長の幻想を見せようとしたら、国民資源を使い果たすしか手がない。今はいったんブレーキを踏むべきときです。成長なき世界でどうやって生き延びてゆくのか、人口が減り、超高齢化する日本にどういう国家戦略があり得るのか、それを衆知を集めて考えるべきときです」

 「世界ではいま左翼のバックラッシュ(反動)が起きています。米国大統領選で民主党の指名争いでは、社会主義者を名乗るバーニー・サンダースがヒラリー・クリントンを急追しています。カナダではリベラルのジャスティン・トルドーが成長よりも融和を重んじる国家ビジョンを提示しました。どうやって成長させるかより、限りある資源をどう国民に公正に分配していくかに社会的な関心が移りつつある」

 「昨夏の国会前デモでぼくが見たのは、国会内では『システムを今すぐ根本から変えなければ大変なことになる』と叫びたてるおじさんたちが暴走し、国会外では若者たちが雨にぬれながら『憲法を守れ、立憲デモクラシーを守れ』とそれをたしなめているという不思議な構図でした。それは『後先考えずに、目先の変化を求める』という大人たちのみぶりそのものが硬直して、体制化しているということです。若者たちは『暴走』が常態化した体制に『熟慮』を対抗させているのです」

――夏に参院選があり、結果次第で憲法改正が俎上(そじょう)に上る可能性もあります。

 「民主主義というのは実は危険な仕組みであって、一時的な激情に駆られて暴走しやすい。現に、20世紀の独裁政権の多くは、ドイツでもイタリアでもフランスでも、民主的な手続きを経て合法的に成立したのです。だから、一時的な大衆的熱狂で議席を占有した政党が国の根幹に関わる制度や原理を簡単に変えることができないように、憲法があり、三権分立があり、両院制があり、内閣法制局があった。けれども、小泉政権以来、そうした行政府の暴走を阻止するための『ブレーキ』に当たる装置がひとつずつ解除されている」

 「いまの参院の機能不全には明らかにメディアも加担しました。衆院と参院が『ねじれ』ているのは両院制の本義からすればむしろ望ましい事態。けれども、衆院で決まったことがただちに参院でも通過するのが『効率的』だというのなら、そもそも参院は要りません」

 「その理屈でゆけば、長い時間をかけて国会で審議しても最後には与党が採決を強行するなら、野党がいるだけ非効率だということになる。それなら野党は要らない。いや、法律は行政府が起案するのだから、そもそも国会審議自体が時間の無駄なのだということになる。『ねじれ国会』の解消から独裁制までは論理的には一本道なんです」

――先行きは厳しいですね。

 「ええ。でも、歴史には必ず補正力が働きます。ある方向に極端に針が振れたあとは、逆方向に補正の力が働き、歴史はジグザグに進む。いまは針が極端に行き過ぎた後の補正段階に入っている。世界的なスケールでの『左翼のバックラッシュ』も、日本に見られた『暴走する老人とそれを制止する若者たち』という逆説的な構図もその兆候だとぼくは見ています」
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私はモンペではありませんがーー

2016-01-05 | エコ生活
「モンペ」はモンスターペアレントの略で、「(我が子可愛さのあまり)学校の先生や地域住民に自己中心的で理不尽な要求をする親」という意味らしい。Macchan愛読のネット記事のひとつ読売新聞の「発言小町」を読んでいるとよく出てくるので覚えたが、最近は犬が噛みつくのと同様ニュースバリューを持たないようだ。Macchanが子育てをしていた30年前はモンペなる言葉はなかったが、かみさんによると当時もそれらしい親がクラスに一人くらいは必ずいたらしい。

前振りが長くてごめん。ということで私は「困ったさん」のモンペではなかったが、何と昨年暮れからすっかり「もんぺ」ファンになってしまったのだ。かみさんが親父さんか伯父さんかが着ていた着物をもんぺに再生して活動的に着ているのを見て、「私にも作ってほしい」と頼んで二回り大きな型紙にして縫ってくれた。両脇にポケットを作って、ウエストはゴムではなく紐にしてほしいとリクエストした。

待つこと数週間で出来上がり、直ぐに穿いてみたら「あれ~、見かけよりもずっと動きやすいじゃん」。もうすっかりファンになってしまった。ちょっとした買い物や特養の母の介護はもちろん、合唱練習にもこのまま出かけてしまうことも(マジやめてや、Macchan!)。
上は家に居るときはセーターかトレーナーだが、寒くなると綿入れの半纏を着ることもある。

ネット検索すると「もんぺ」は歴史的に女性の農作業着、男の「作務衣」の下もほぼ同じだそうだ。ということは、私は単に「作務衣のズボン」を愛用してますということになるのか? ま、それじゃ今日のタイトルが成立しないので、「女もすなるもんぺというものを、をとこもしてみんとてするなり」と格好つけとこうね。

かみさんはまだ古着物地の在庫があるというので、「もう一つ作ってよ」とおねだりする予定なり。
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正月休みが終わったらーー

2016-01-04 | 日常
今回の正月休みは例年になくカレンダーがよくないみたいだ。勤め人は一般的には30日から3日までの5日間、長い人で26日から3日までの9日間かな?

我が家の子供たち家族の来訪は28日から始まり、3日までの7日間で途中の4日間が11人半のピークだった。毎日朝昼夕の食卓が賑わったが、昼食や夕食では地元出身の息子たちや三男の嫁さんは適当にクラブや学友との集いに出かけ楽しんでいたようだ。ふるさとがないMacchanはうらやましい。

年末の墓参りに次いで、昨年8月から家の近くの特養に世話になっている母との一族面会の機会もあった。母の反応は子供ももうよく判らないから、孫たちや曾孫たちのことはまして判らないのは仕方がない。ただただ4世代家族が集い、一族が揃ったことに意味がある。

かくして昨日午前中には誰もいなくなり、いつものかみさんと2人になる。昼食や夕食は3が日のごちそうの残り整理で済ませ、洗濯や掃除や布団干し&片付けをしみじみやる。
元旦の大勢での近所の六所神社の初詣に続いて、細江町の気になっていたひっそりとした名もない神社を参る。昨年末から近郊のしょぼい味わいのある神社をぽつぽつ訪れている。地域の人々が守り神を自らの手で守ってきた社は、なんともいえない趣がある。

今日は加えて「暖かい年末年始の影響」で、看過できない畑の草々を耕運機で鋤き込む。こんなに早く畑作をスタートさせた年は20年来ないぞ、と汗をかきながら鼻の穴も膨らむ。所によっては3月から4月初めの陽気なんだそうだが、畑の耕しBefore & Afterの写真で実感してもらおうかな。

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2016年新年明けましておめでとうございます

2016-01-01 | 日常
明けましておめでとうございます。
当ブログは掲載を始めてはや8年半、おかげさまで9回目の新年を迎えました。

「遊び小屋」の建築DIYと庭造り、120坪の畑農作DIY、国内外の旅行や山歩きやテニスなどMacchanの普段の生活はアウトドアがメインですが、このブログを投稿することもすっかり日常の一部として定着しました。自らの備忘録に留まらず、同じライフスタイルを共有する友人たちとのコミュニケーションツールとしても役立っているように思います。

今年の年賀状を掲載させて頂きます。少なくとも古希70歳までは頻度は少なくなってもブログを続けたいと思いますので、本年も引き続きご愛読よろしくお願いします。

 頌 春


戦後70年が経過し、団塊世代と言われて常に競争に晒された我々の世代も60歳代後半の「アラ古希」になりまた。8年前のリタイア時、大先輩から「60歳からの10年は人生でもっとも充実した時期だから大事に楽しく過ごしなさい」、とアドバイスを受けました。

仲間の大半は既にリタイアし互いに「人生これから」を楽しんでいますが、体調を崩した先輩や同年輩の話を聞くにつけ健康あっての人生だと認識を新たにしています。

2~3年前に完成した「遊び小屋」は建築DIYを楽しむ場から、友人たちと互いに「人生を面白がる」場になってきました。そんな日々を相変わらずブログに綴っています。是非一緒に楽しみましょう。〔検索〕 Macchan 人生これから

平成28年元旦
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