今までお世話になりました「goo blog」が11月18日に閉鎖されると予告がありました。
従いまして、18年3千数百回に亘って書き貯めたMacchanブログ「人生これから」は、今後Hatena Blogに移転します。
過去ブログは既に移転が完了しました。今後ご覧いただく場合は下記アドレスにアクセス頂きますよう、よろしくお願いいたします。
matsuura_ik_1980’s diary
今までお世話になりました「goo blog」が11月18日に閉鎖されると予告がありました。
従いまして、18年3千数百回に亘って書き貯めたMacchanブログ「人生これから」は、今後Hatena Blogに移転します。
過去ブログは既に移転が完了しました。今後ご覧いただく場合は下記アドレスにアクセス頂きますよう、よろしくお願いいたします。
年が明けて十日目、冬も半ばに差し掛かりました。全国的に大型の強い寒気に覆われているようで、今朝の浜松もかなり冷えました。空は晴れているのですが、朝日に照らされて僅かですが空中をきらきら光る雪が舞っているようです。

上空には雪雲がありませんので、北風に乗って遠くから運ばれてきたのかも知れません。朝刊を取りに外に出たら、なんと庭先の水連鉢には氷が張っているではありませんか!
触れると水が染み出るほど薄いのですが、各鉢共に立派に結氷しています。今冬初の出来事に、喜寿の爺も驚くやら嬉しいやら。明後日くらいまで強い寒さが続くようなので、まだ厚みが増すかもしれません。
畑から移植したアーティーチョークは寒さに強いと思いますが、元気に根付いています。
小一ヶ月前に負傷した右手中指先のしびれがほぼ無くなり、お陰様で週5日ペースのテニスの日課が戻ってきました。有難いことです。
「今年は秋がなかつた」という評価が定着したまま暮れを迎えました。その最大原因は9月から11中旬まで猛暑や蒸し暑い日々が続き、中秋の名月を愛でるなどの秋特有の風流さを味わうことが無かったからかもしれませんね。
まあそのせいではないと思いますが師走に入ってから冷えて、京都をはじめ浜松近郊でも期待していなかった紅葉の美しい景色の写真が、友人たちから続々送られてきます。

そして、昨日は我が家の庭から眺められる北東から南東にかけての空が、な~んと夏のようなモックモクの雲に囲まれているではありませんか!これらの雲下は大雨?まさか雪ではないでしょうね。「驚き桃の木サンショの木」ですね、思わず子供の頃親しんだ昭和のクラシック駄洒落が脳裏をかすめましたよ。
裏庭のそのサンショの木に、未だに青虫が育っている記事を先日書きましたが、今朝も一回り大きくなって健在です。
庭のブルーベリー、シーズン中は毎朝のヨーグルトのトッピングに重宝しましたが、現在は紅葉中で目も楽しませてくれています。
そしてその奥、隣家ですが楓の木が美しく紅葉してまだまだ楽しめています。ああ、自然万歳ですね。
秋がないと言われた今年の天候異変に口を尖らせていたら、いつの間にか最終月の師走に入りました。広く借りていた畑の返却始末をほぼ終えて、三ケ日遊び小屋庭に替わりの極小農園を造作していたら急に寒さが訪れ、冬布団に替え毛布も厚手の物に変更しました。

写真は我が家の裏庭にある山椒の木、先週の様子ですが驚くなかれアゲハ蝶と思しき蛹と幼虫が健在ではあ~りませんか!
ここまでは健気に生きてきましたが、この数日は朝の気温が10℃をかなり割っています。果たして蛹は羽化できるのか?幼虫は蛹にまで育つのか? 仮に蝶にまでなれても、次世代に生が繋げるとは到底思えませんがーー。異常気象が生んだ自然界の異変です。
(三日後の12月11日の様子)
蛹は羽化した様子はありませんが、幼虫はもう一匹見つかり計2匹、手で触れても角も出さず身じろぎもしません。もしかしたら2日前からの最低5℃前後の寒さで絶命しているのかもしれません。
NHKと民放6局が共同で「1.5℃の約束」環境スペシャル番組を放送し始めた。世界的な地球温暖化のメカニズム解明にはMacchanも興味津々。
加害者であり被害者でもある現代人の一人として、一方的に「暑い暑い!」とばかり言ってられないことは重々承知。
でも喜寿の爺さん、この数か月の猛烈な暑さには、ほとほと参った。エアコンが無かったら死者が続出? 自分もどうなっていたか分らない。
9月三連休の週末は、昨秋亡くなった義弟Kちゃんの一周忌供養があり、久々に東京(目黒区)まで出かけた。
墓は義弟が生存中に準備していた、徒歩7~8分の寺境内にある樹木葬墓地。家から近いので、家族は毎朝の健康ウォーキングの途上にもしばしば墓参しているようだ。
近親者が集ったこの日は、仏壇内にある遺影と位牌を風呂敷にくるんで、皆で墓参りしてその後会食。Kちゃんが元気な時は共によく呑んだ3名(息子・娘婿・小生)は位牌と遺影を傍らに、帰宅後も在りし日を偲びながら夜更けまで杯を重ねたのだった。
間もなく八月が終わろうとしているが、猛暑酷暑が連日のように続いた。そこに日本列島上陸が予想される台風が発生。猛暑で熱せられた海水からエネルギー補給しながら大型化し、西日本から列島を縦断しそうな進路予想になってきた。
それはそれで不安の種だが、よいこともある。雨が極端に少なかったのが、この数日雷が伴うまとまった雨が降り熱気を洗い流してくれている。涼風が立ち人の体にも連日つけっぱなしだったエアコンにも、格好の休養になる。
涼しさを感じながら親友GolichanことMTさんがリーダーを務めている、木版画同好会の作品展を観にクリエート浜松までかみさんと出かけた。今年の出品は往年の欧州クラシックバイクの名機をモデルにした、大型3作品。ご本人から説明を受けながら見入る作品は、精密画に見間違うほどの精緻な質感と色合いで、高度な工芸を伴う芸術作品だと毎回感心する。
帰途駅前のデパ地下に寄って、いつもより少し気張った夕食を入手。芸術の秋・食欲の秋を感じながらパートナーと話が弾んだ。このところ夕景に澄んだ赤味が増してきたような感じがするこの頃だ。
余談ですが、「ものすごく暑い」の英語口語は「It’s boiling!」と表現するそうですね。スマホを変えてから勝手に送ってくる記事が、そう教えてくれました。日本語でも昔から「茹だる(うだる)暑さ」と言いますよね。どちらかの文化が影響を与えたのでしょうか? それとも両方とも自然発生的に? そうとすれば、人間の文化・言語って本当に面白いですね!
前回記事で予告した家族が9日から集い、Macchanの喜寿を祝ってくれました。
かみさんと世帯をもって以来半世紀、三人の息子(と言っても皆すでに40歳台の中年おやじです)に恵まれそれぞれが次々に家族をもって、孫8人(男3、女5=小学生~高校生)を授かり総計16名になりました。

祝宴は浜北の中華料理店Rの一室にて、浜松在住の次男家族も加わり全員が揃いました。祝いの贈り物は記念キャップ、古希祝いに贈られたポロシャツとお揃いです。爺さん、嬉しか~!

その後、引き続き滞在した明石&浦安の家族は、ご先祖様の墓参りと三ケ日Tリゾートのプール、そして爺さんの「お嫁サンバ」を聴きたいとのリクエストでカラオケにも繰り出しました。かくして楽しみいっぱいだった、大家族一週間の交流はあっという間に終了し、爺婆は掃除と洗濯と布団収納にまた大汗を流しましたとさ。
間もなく盆入りですね。一年中で最も暑い季節ですが、お盆といえばご先祖様の霊はもちろん、普段LINEでしか会えない家族たちが次々に帰省してくる賑やかで大いに楽しみな一週間です。
写真は、買い物途中で目にした「人待ち顔」のように見える不思議な夕立雲。
爺婆は数日前から汗をかきかき、いそいそと受け入れ準備。普段使っていない部屋を念入りに掃除し人数分の布団も揃えます。今年は受験を控えたりクラブ活動で忙しい孫たち家族も、爺の喜寿を祝ってくれるとのこと。明石・浦安・浜松市内から最大16人の集いになりそうで、嬉しい悲鳴です。
言うまいと思っても、それにしても暑いですね! 汗がボトボトとほとばしり出て水分2L、着替えのシャツパンツは替えても替えても直ぐずぶ濡れになります。テニスは3~4回分休みを届けていますが、ともするとテニスプレー中より汗が多いかもです。
この写真は9月には終了する畑に咲いた涼しげな「ウコン」の花、家族たちを静かに出迎えます。
先月末、大町エコノミスト村での「環境委員会活動」を含め猛暑を避けて一週間滞在した。一日半の下草刈り作業中は大汗をかいてかなりバテたが、それ以外は平均22℃~27℃とエアコンが無くても涼しく過ごせ、仲間とも作業や食事会で楽しく交流できた。
しかしもっとバテたのは今回も往復500Km余り世話になった、15年15万km乗り続けている愛車のKカー「ダイハツ Mira e:s」だった。往路標高千mを超える山道や三遠南信と中央道・長野道の高速区間ではどうもエンジン回転の吹きあがりが悪いなと感じていたが、市内の買い物に出かける走行時では更に回転がスムーズではなくギクシャク感があった。
ダイハツ取り扱いの自動車工場に診てもらったら、「多分電子回路の故障」で修理には一週間ほどかかる、とのこと。いや~困ったな、かみさんの用事で帰らなくてはならない。動くことは動くので「このままで浜松まで走れますかね?」と聞いたら「う~ん、運がよければね」とのこと。
さーどうするMacchan、かみさんと鳩首会議開催。ま~いざという時にはロードサービスもあるし、暇はいっぱいあるからチャレンジチャレンジ!という結論。
帰路はだましだましいつもの行程を走りながら、後続車には迷惑をかけ追い抜いてもらいながら山道30Km、高速道60~70Kmで走行。途中で「電子回路故障」の警告表示が出た。いつもより1時間以上余計にかかったが無事帰宅!!「えらい、Mira e:s!よく頑張った!!」「見上げたもんだよ屋根屋のふんどし」、嬉しさと長~い緊張が解けてホッとしたので、映画の寅さんのセリフになってしもうた。
帰宅後直ぐ40年近くお世話になっている近所の自動車修理工場に持ち込んだら、ベテラン技士のTさんがすぐ近づいてきてエンジン音を聞き「片肺ですね」と即答、部品のコイルが直ぐに入手できれば明日にも修理できますよ」との心強い見立て。
予告通り翌日午後には、「まだまだ乗れますよ」の励まし?の声と共に3気筒分のイグニッションコイルが新品に交換されたMira e:sを受け取り、新車に戻ったような満足感で帰宅したのだった。修理費29,800円、スピーディーな修理と良心価格に信頼感がますます増した。
70年近く前の小学生(渋谷区立西原小)の頃、昭和30年前後の7月末の今頃は夏休みでも開放される学校のプールにせっせと通っていた。
当番の先生と父兄が監視役で安全は確保されていたと思うが、大勢の生徒が学年別に日割り時間割で楽しんでいたように思う。
プールの脇に大きな桑の木があり、黒紫色に熟した実が食べられると先生に教わっておやつ代わり?に口にしていた。
更に思い出深いのが家と学校間の通学路(1km前後か?)で、太陽がじりじり照り付ける中、通常15分くらいの道を友人と道草をくいながら1時間以上かけて遊びながら通った。カラタチの生垣に囲まれた畑には肥溜め(人糞尿を熟成させ農作物の肥料にする)があった。
地球温暖化で連日酷暑に見舞われる現代より涼しかったのかもしれないが、大汗をかきながらも水筒も持たず、親に叱られることなく遊べたのどかな時代だった。
それにしても毎日暑い! 猛暑日酷暑日の連続で今秋喜寿を迎える爺は、「我慢せずにエアコンを!」の当局のお勧めに従って、基本は27~8℃に調節した部屋の中で過ごす。平日はほとんど毎日2時間テニスをしているが、警報が出る日は自主的に欠席することもあれば、一週間単位で涼しい信州の林間に避難することもある。


先週の梅雨明けの頃から猛暑に見舞われたが、森の中はまだ涼しく巨大なキノコが点々と顔を出していた。
通常は川辺や田などで、1-2羽が静かに行動している姿の美しい鳥ですが、これは珍しい風景です。まだ蛙やタニシ・ザリガニなどの餌になりそうな小動物がたくさんいるに違いありません。
もしかしたら落ち穂拾い?
心配で馬込川堰堤の際にあるMacchan畑の被害確認に出かけたところ、風害はなかったがたくさん降ったと思われる大雨の痕跡あり。水桶に使っている空だったオイル缶などが満水になっていて、背の高さが40cm位あるので単純に短時間累積降雨が最低400mm以上はあったと思われる。

畑は水はけがよいので植え付けたばかりの野菜や花の苗は元気いっぱい、今盛りの花菖蒲はありがたいことに4種とも満開で、通りがかりの方からも「いつも楽しませてもらっています」と最上級の賛辞をいただきかみさん共々舞い上がる。
コロナ禍が終息に向かっていそうなのはありがたいですが、卒業卒園式シーズンにもかかわらず父母でも未だ列席人数制限があると聞こえてきます。今日は一番年少の孫8号Mの晴れの卒園式、爺婆は当然招待はありませんでしたがネット時代の申し子アプリ「おうちえん」で中継されると知って10時から1時間リモート列席?しました。
300Kmも離れた兵庫県の幼稚園ですが、映像&音声は鮮明でMの表情はもちろん先生方が苦労しながら考え教えた演出は爺婆のうれし涙を誘うには十分なLIVE中継です。これで孫たちには幼稚園生がいなくなりますが、コロナ禍3年間で登場採用されたアプリのお陰でよい想い出になりました。8人の中小学生の元気な学校生活を、新年度はリアルに見る機会が増えることを願っています。
それでも2時間のプレー中、誰も「もう止めようよ」とは言いださない。これが不思議、やっぱりみんなテニスが好きなんだよね。缶ビールを飲み談笑しながら昼食をとり、昼寝もする。寒さが続いているので、薪ストーブも大活躍。今冬は寒い日が多く、いつもの年より薪の減り方が早いかな? 
プレー仲間のIさんには処分したミカンの木をまたもらい受けて、薪を補充することにした。ありがたし!遊び小屋庭の紅梅が、寒風に花の命を長らえているように思える。
夫婦と市内在住の次男家族4人分を除いて、10名分の布団をひとまず太陽に当てて押し入れにしまうことにするかーー。
毎年誰言うことなく続いている先祖の墓参りもありがたい。