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団塊世代MACCHAN(まっちゃん)の、<人生これから>だよ!

リタイア後17年、人生を日々面白がる楽しみを綴ります。健康と家族と友人を大切にする、年金生活爺さんの「残日録」です。

うーさんの傘寿祝い

2016-04-30 | 「遊び小屋」を遊ぶ
上手に休みをとると10連休もありと言われる今年の大ゴールデンウィークが始まった昨日、「遊び小屋」デーとしては珍しく休日に開催して何と仲間が7名も集った。

Macchanがリタイアして数ヵ月後に「遊び小屋」建築DIYが始まったのでもう8年余り昔のことだが、うーさんは最も初めからこのプロジェクトに加わった大御所だ。材料の材木が届くまでに始めた駐車場作りの土工事では、一回り近い兄貴分だが驚異的な体力とやる気をもったアラ古希だということが先ず判明した。以来5年間駐車場に使った枕木も、柱や梁の太い材木も一緒に運んだ。当ブログ開設以来最も多く登場した仲間なので、読者の方々は「あ~あのうーさんね」と実際に会ったことがない人にとっても有名人だ。

そのうーさんは先月めでたく傘寿(さんじゅ=傘の略字が八十と読めることから命名された)を迎えたが、2週間前に開催された浜松男声合唱団の演奏会の最後の猛練習に明け暮れていたために密かなお祝い計画は1ヶ月遅れて始動した。そして昨日は常連の一人ふくちゃんが残念ながら用事で休んだが、うーさんの次に長い仲間なべさんと休日開催の甲斐があって現役復帰のふるちゃんが久々に参加し、かずさんとGolichan夫妻が加わってほぼフルメンバーになった次第。内緒で企画したので、本人は何も知らず朝フルちゃんの車に乗って登場した。

「なんだ祝傘寿ってだれのことだ?」と、テラスの板壁に貼られた紙を見て最年長爺独特の一流ぼけかまし。和紙にはMacchanの母が元気な時に愛用していた硯と筆で、『祝傘寿 祈長生母上超 「あそび小屋」仲間一同』と前の晩したため準備した。うーさんの母上は、呆けずに102歳まで長生きし大往生を遂げた明治の人だ。
めで鯛! この後、鯛は汁に仕立てられた。

焼き芋器で焼かれた肉も畑で採れた野菜も並ぶ。

とびきりのご馳走ではないが、メンバーが材料を持ち寄って作ったお祝いおかずを肴に先ず乾杯!そして延々4~5時間、8年間の想い出話を中心に小屋のテラスは半日盛り上がりっぱなしだった。37年前の浜松男声合唱団の創立以来のメンバーだったが、80歳を機に演奏会の打ち上げ席上で潔く退団を決意表明したうーさんだった。「遊び小屋仲間」は抜けないと確認して、みんな「よかったよかった」と言いながらますます強まった冬並の風の中お祝いは目出度くお開きになったのだった。
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浦安ぶらぶら歩き

2016-04-26 | 旅行
先週17日の日曜日、2年かけて準備してきた所属合唱団の演奏会が終了して3~4日ゆっくりぼ~っと過ごした後、Macchanはかみさんと三男家族が住む浦安へ4日間の旅をしてきた。

新2年生に進級した孫1号Kの家族誰でも授業参観できる日、爺婆も廊下から教室を覘いてきた。市立幼稚園に通う孫4号Tの休日保育も、怪しい爺と思われながら門から覘いてきた。元気で無邪気な二人は手を振ってくれた。もう数年も経てば「恥ずかしいから来ないで」と言われるかもしれない。今のうちに可愛い姿をまぶたに焼付けておかないと、そのうち爺の記憶が怪しくなるだろう。

日が変わって二人が通う音楽教室の発表会が市の小ホールで開かれるというので、市内循環の百均ミニバスで野次馬応援に行く。隣接の広場で開かれた市制35周年記念(それまではなんと郡部の小さな町だった!)の植木まつりを見て歩く。
浦安市のシンボルツリーはイチョウ、そして同じく並木に多いハナミズキは今新緑も楚々とした花も美しい。

前日からやや緊張気味で落ち着かない二人。それでも初舞台の独奏と父親との連弾をなんとか上手に終えたT、2年前に続いて2回目のKは独奏も友達との連弾も落ち着いて間違えずうまくこなしていた。丁度1歳半になった孫7号Oも大声で応援。
歴史の長い音楽教室は先生も生徒も多く、OB演奏を含めて実に4時間半。最後の記念撮影までは聴衆も解散させてくれない。

何かイベントがあると必ず家族全員で行くスシローへいざ、まだまだみんな指名して喜んで行くのでスポンサーの爺はたすかるわいの。ゴールデンウィークにはまた会えるらしい。
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浜松男声合唱団第7回演奏会

2016-04-18 | 男声合唱(合唱)
所属している浜松男声合唱団が2年に一回開催する演奏会が、昨日浜松市福祉交流センターホールで開催された。熊本地震の犠牲者を弔うように朝からシトシトと雨が降り客足が心配されたが、午後1時半の開演には定員6百人のホールが8割ほど埋まった。

2年前から練習を重ねてきたよく親しまれている「ロシアの歌」や東北の民謡をもとに高田三郎さんが作曲された「北国の歌」のアカペラ2ステージに加えて、男声合唱用にアレンジされた組曲「心の四季」(ピアノ伴奏付き)の合計3ステージ分18曲を披露した。
そして8年来5回目の友情出演をしていただいた西区雄踏町の「コール丘」に1ステージお願いし、全4ステージの構成になった。

団塊世代の青春時代どの大学にもグリークラブが一つや二つはあって、男声合唱は全盛を極めた。しかし昨今は混声や女声合唱はまだ元気だが、男声合唱を筆頭に合唱人気は下降気味で後継者不足が否めない。40年の歴史がある我が浜松男声合唱団も例外ではなく、入団した15年前からも平均年齢は順調に上がって今でもMacchanはほぼ平均年齢のままだ。

(第3ステージを前にした楽屋風景)
それでも「人生は歌と飲み会」をモットーにする我が団は、所属する35歳から80歳までまだまだ元気そのもの。昨日は団員22名のうち19名が壇上に上がって、日ごろの練習成果を発表させていただいた。比較的難曲が多く寄る年波でMacchanを含む多くのメンバーは暗譜に苦戦したが、なんとか正味2時間に及ぶ公演をやりきった。
そしてアンコール拍手も頂いて、前もって準備していた曲を1曲は「コール丘」と佐藤春夫作詩・大中恩作曲「秋の女よ」を、2曲目は我が団単独でシベリウス作曲の壮大な「フィンランディア」をアカペラで気持ちよく歌った。

多くは団員負担のチケットご招待で来ていただいた(Macchanだけやろ!)お客さまから過分な好評をいただいたが、これはお世辞半分にしても嬉しく演奏会後の恒例打ち上げ会は大いに盛り上がった。2次会3次会を含めて演奏会2時間の2~3倍に及ぶ余韻をたっぷり堪能した。

この演奏会を最後に合唱団活動を終えたいという最長老先輩Uさんの宣言があって少ししんみりしたが、共に人生を終えるまで引き続き歌と集いを謳歌しあおうと確認し合って握手&ハグした。(掲載写真のうちIM先輩撮影分日付入りを6枚掲載させていただきました)

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春真ん中の雨上がり

2016-04-14 | 四季折々の花華

暖かいの寒いの、桜がきれいだの母が心配だのと過ごしているうちに春が早くもど真ん中に差しさしかかった。光陰矢のごとし、少年老い易く学成り難し、熟年更に老い易く暗譜成り難し!

今朝起きて新聞を取り込みに行ったら、一晩中降り続いた春の雨がちょうど止み遠く望む天竜の山々から雲が沸き立っていた。数年前に訪れた「天空の城」と呼ばれた「竹田城跡」を想い出した。

折から庭の八重桜「普賢象(ふげんぞう)」(花の中心のめしべが普賢菩薩が現れる時に乗ってくる象の牙に似ていることから名づけられたという素敵な名前)も雨に濡れ輝くようだった。

早起きではなかったが、三文以上の徳をした気持ちになった。

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「遊び小屋」の花見ランチ

2016-04-14 | 「遊び小屋」を遊ぶ
桜が満開になった後の一週間は花冷えが続き、一般的な桜の代表ソメイヨシノの見ごろは花予報よりはよっぽど長持ちした。

一方でぐずついた天気や満開時期がずれたことで、近所の人たちと約束した花見のタイミングも流れてしまった。いいだしっぺMacchanの母の具合が良くなかったことも、「ふんぎり開催」にこぎつけられなかった一因だ。その母も尿路感染による腎盂腎炎再発の疑いで処方してもらった抗生物質薬のお陰で、昨晩は驚くほど症状が回復して久しぶりに食堂での車椅子食事で完食できてホッとした。

昨日は週に一度の「遊び小屋デー」、Golichan夫妻とふくちゃんが参加して4人でテラス「花見ランチ」としゃれこんだ。予期していなかったが、一週間ぶりに小屋へ行ったらお向かい庭の大きな山桜が満開になっていた。早咲きの河津桜よりピンクが薄いソメイヨシノより更に色薄く、やや逆光に透けて見える堂々とした大木の花は薄墨を混ぜたようにも見えなかなかのものだ。

いつもの持ち寄りおかずに加えて、今日は地域のりきちゃんが掘って持ってきてくれた筍と1ヶ月前さだちゃんが持ってきてくれた浜名湖天然カキを炊き合わせてみた。東京の美術展に亡くなった父君に続いて入選し、六本木の国立新美術館に版画作品が展示されるという栄冠に輝いたGolichanに先ず乾杯した。育った環境か、はたまた血筋か?

素朴な花見の食卓に更に花が添えられて、なんと「車のデザインの豪華さとは何ぞや」という遊び小屋には珍しい高尚な話題が飛び出した。ひとしきり自らの経験をもとに議論が飛び交ったが、Macchanにとってはどちらかと言うと無縁かつ苦手な世界。口はそれなりに挟んだが、帰途の運転があるので自粛している缶ビール一本では不完全燃焼に終わったのがちと残念。
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Clever(利口)とWise(賢い)の違いは何だろう?

2016-04-12 | 日々雑感

晩熟のMacchanがビートルズをいいなと思うようになったのは20歳代半ばだから、高校生の頃からわ~わ~言っていたクラスメイトに比べると10年遅れだ。自活するようになってやっと良さが分かり、LPを購入して毎晩のように聴くようになったのは浜松本社の独身寮個室だった。

漠然と聴いていた曲と曲名が一致し、一番最初に「Let it be」を最も気に入って歌詞の意味を考えた。曲中のMother Maryは実母なのかキリスト教徒にとっての母なのかは判らなかったが、何回も登場する「Speaking(Whisper) words of wisdom」以下の歌詞は半世紀近く経った今でも鮮明だ。

英語民族ではCleverとWiseを上手く使い分けているようだが、曖昧をよしとする現代の我々日本民族特に若い世代は「利口」と「賢い」がずっとごっちゃになって使われている気がしていた。重ねてきた齢が効いたか、Macchanはこのところ賢者の「Speaking of Wisdom」が身に沁みる。一方でCleverと思える人もWiseではないなという出来事やシーンが最近は余りにも多く、今更ながら利口になれなくとも賢者の入り口にはなんとか到達できないかと願うこの頃だ。

先日来当ブログに掲載している思想家の内田樹さんやウルグァイの世界一貧乏な元大統領ムヒカさんの「Speaking」記事を「したり」と思っていたところに、今朝(4月12日)朝日新聞朝刊に掲載された作家の桐野夏生さんのオピニオンにも「賢者」を感じてしまった。

「公共のゆくえ」と題した「憲法を考える」特集記事だが、同じ団塊世代ながら反戦デモに参加してもセクトに所属しなかった理由として、「経験や言葉の知識の量を競い、個人を抑圧するやり方に耐えられなかった」と述べている。人として「普遍的な理念や人権の尊重で結ばれる関係に惹かれる」というコメントにも感銘を受けた。

どうも最近は「賢者の思想や言葉」に惚れっぽく、惹かれてしまうようだ。恥ずかしながら、かみさんはよく読んでいる桐野さんの小説には全く目を通したことがない。演奏会が終わったら内田さんに続いて作品のどれかに触れてみよう。(写真は花冷えの中裏庭にひっそりと咲いたボタンと次々に開花した玄関先のモッコウバラ)



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桜に続いて梨が満開です

2016-04-10 | 四季折々の花華

浜松では桜が今週初めに満開になったが、朝晩が比較的冷たく日中も20℃を超えない天気が幸いして花が長持ちしている。古人が尊んだ潔い花の散り際とはいかないが、週末の入園入学式を祝う格好の背景になったにちがいない。

Macchanは満開が続く桜を横目に、母の見舞いと食事介助に特養を毎日1~2回訪問する。母は一週間前に元気がよすぎて、車椅子から立ち上がり数歩歩いてまた転倒した。介護士も間に合わないスピードだったそうだ。幸い骨折はなかったが、痛むところがあるらしくおとなしくしているのは動物の性か。母は昼夜逆転したのか昼間は寝ていることが多くなった。

日中12時間以内に三食摂るのが健常者の日常、母は眠りが優先して食事時間に口が開かない。食事もさることながら水分摂取がままならず、9ヶ月前に患った「腎盂腎炎」が再発しないか介護人は気がかりだ。今日はそれでも朝食と昼食はなんとか8~9割摂取できた。

看護師さんからは「このまま寝たきりになることもありうる」と言われているが、入居以来少しずつ元気になって意味不明ながらよくしゃべり立ち上がろうとするまでに元気になったところまで、先ずは回復してほしいと願う。

昨年夏まで10年以上3人兄妹の輪番介護をやってきた時の義務感とは違って、特養入居以降は弱った母を看ながら「老い先短い母との交流機会を与えてもらっている」と考えられるようになった。

特養に隣接する梨畑は、つい先日剪定していたと思ったのに太目の枝から直接開花し、あっとう間に今日は満開になった。遅れた桜の満開、いつもと同じタイミングの梨の満開、自然の花々の満開は週違いで接近したり離れたり。所属する浜松男声合唱団の演奏会を一週間後に控え、母の介護と楽譜の最終チェックそして畑の耕しとMacchanはなかなか忙しない。

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花筏の雨の日に思うこと

2016-04-07 | 日々雑感
弥生3月の終盤に寒波がやってきて、遠江(とおとうみ)地方は当初の桜開花&満開宣言より少し遅れて桜前線が到達した。人生残り少なくなった齢のせいか、毎年ますます花を愛でる気持ちが増す。

遅れて咲き始めたソメイヨシノや山桜を見物に家の周辺を何回か散歩したが、昨日は満開度が進んで早くも散り始めた桜木が目立った。
平安時代千年もの昔天竜川だった馬込川、その支流の染地川そしてそれに流れ込む名もない支流に地元の小さな桜名所は早くも散り始めた花びらによる花筏(はないかだ)が登場した。これを見ると古(いにしえ)人が、何故潔く散る桜花を愛でたかが少しわかる気がする。

先週末特養にお世話になっている母が、1ヶ月前に続いて2回目の転倒をした。入居8ヶ月経過して認知症状の進みはあるものの、施設スタッフのケアのお陰で1年前の元気さを取り戻しつつあった。その結果自力歩行が困難になっていたにもかかわらず、立ち上がって歩こうとした咄嗟の出来事だった。

幸い今回も骨折は無かったが、痛がったり発熱して眠っている時間が多くなった。食事を刻みにしてもらったり水分だけは十分とれるようにしてもらって、時間のある限り食事介護をするために訪問している。昨年来自宅での玄関転落や腎盂腎炎発病などを節目に、母は弱っていつ何時ガタッと逝ってしまってもおかしくないと思うようになった。今は介護の義務感を超えて、母と過ごせる時間をできるだけ多くしたいなと思うようになったこのごろだ。

既に満開を迎えた地域は花吹雪や花筏の風情を楽しんでいるだろう。今日は全国的に雨、アウトドア好みのMacchanはおとなしくして、いろんな資料を読んだり考えたりする時間があってそれはそれで楽しんでいる。先日来老人特有の「地球の行く末はどうなるのか」などの杞憂とも言える要らぬ心配をしているうちに、最近とても共感した思想家の内田樹さんや世界一貧乏なウルグァイの元大統領ムヒカさんの語録のことを想い出した。

全て正しいと思える彼らの思想も、人類の欲求とエゴが伴う大きなトレンドは修正するどころか留まることさえままならない。こうして地球は滅亡に向かっていくしかないのか! 落花と雨の日は普段陽気なMacchanをも少し感傷的にしてしまう。
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これもドブ掃除の一種?

2016-04-03 | 「遊び小屋」を遊ぶ
春爛漫の昨日からかみさんと花見を兼ねて三ケ日「遊び小屋」へ出かけた。3月は後半花冷えが続いたため、開花満開予想が早々と出たが結局浜松では今日現在まだ満開ではないので、平年よりむしろ遅いくらいだ。

北区三ヶ日町に隣接している細江町では、江戸時代裏街道(姫街道)を華やかな姫様たちが侍従を連れて行列した歴史を再現して、今週末は恒例の「姫様道中」という催しでにぎわった。花見を兼ねた見物客や、自転車やバイクのツーリングそしてドライブ客で奥浜名湖は賑わった。

Macchan夫婦も「遊び小屋」で各種花々を愛でながらのんびり過ごすも、ついつい庭の手入れに手と身体が動いてしまう。雑草取りと雨水用の下水道掃除をしてくたびれた。「遊び小屋」建築DIYをした時に、「雨だれを見ながら酒を呑みたい」という他愛もない思いつきで、テラス屋根には樋を付けずに屋根庇下に砕石を満たした明渠(めいきょ=蓋のない下水道)をふるちゃんに敷設してもらった。

こいつが完成後3年以上も経過して庭土が詰まり、このところ雨水が溢れて逆流するようになった。土木部長のふるちゃんに相談したら、砕石を取り出して篩(ふるい)にかけ埋めなおすのが一番と明快な回答。ま、ドブ掃除をまめにしなさいということですわな。

そして暖かくなった今日、道具を揃えて土で埋まった砕石を掘り出し、篩にかけて砕石と土に分ける作業を数時間。昔のドブは生活用水も流れていたので、ヘドロの中でザリガニや小魚と遊ぶと泥だらけになって、母親にどこで遊んだかはすぐバレた。

今は生活用水は完全暗渠(下水管)、雨水はまだ明渠のところもあるが、もうヘドロもないし臭いもなく清潔なものだ。ということで少年のころ遊んだドブとは随分イメージが異なるが、でもドブ掃除の一種だろう。腰を悪くする予感があったのと古い篩が壊れてしまったので、今日は数メートル分やって終了。タンクに溜まった雨水の通水テストをやってみたが、まずまず良好。来週以降残った5m分に再チャレンジの予定。
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特養入居8ヶ月、母の近況

2016-04-01 | 母の介護
今日から4月、新学期や新年度を迎える希望に燃えた若い世代が、次なるステップに向かう季節だ。暖かい冬だったが3月に入ってから冬将軍が頑張って花冷えが続いたためか、予報よりソメイヨシノの満開は遅れている。結果的に新たな門出に相応しい華やいだ景色が、週末から来週にかけてのお祝いに間に合いそうだ。めでたい、目出度い。

昨年夏は母の緊急入院のトラブルがあったものの、病院と入居が決まっていた特養の連携プレーで事なきをえて、お陰様で家から至近距離の特養に予定通りお世話になることができた。父の死後兄妹3人の話し合いで、同じ認知症の発症で困ったさんになった母の介護を5週間ずつの輪番でやり始めて10年以上が経過した。

介護人の健康状態や母の症状進行でこのまま輪番介護継続がままならないと思い始めたころ、数年前から申し込みをしておいた特養施設の入居OKの知らせが昨年7月に来たのだった。以来8ヶ月少しずつ症状が進んでいくのは仕方がないことながら、熟年化が進んでいる介護人3兄妹の負担が減ってお陰さまで安気に過ごす事ができるようになった。

輪番当番の10年間は介護に義務感があったが、このところはそう遠くないうちに来る筈の母との別れに向かって、91歳の母とどう係わるかを考えながら限られた機会を利用して短時間でも一緒に過ごそうという余裕が出来た。実母ではないかみさんも、自主的に気をかけながら協力してくれているのでとてもありがたい。

現在は市内に住む上の妹が週末2日平均、Macchan夫婦が平日の5日平均昼を中心に一日一回の食事介助を心がけている。日々の小波はあるが、母は概ね元気に過ごしていて家族の認識は既にないものの、自分流の意味不明なお喋りでニコニコ穏やかな時が多い。
今日はトロミのついたポカリスエットに、久しぶりに自分で手を伸ばした。

昨年末から原因不明な消化不良便が続いて、歯はまだ27~8本あるので咀嚼機能は十分ながら消化のよい調理をした食事が量を減らされて出てくるようになった。少し可哀想だとも思うが、不満を言うこともなく介護士や家族の介助でスムーズに完食している。



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