猛暑は今日も止まることを知らず午前中早い時間に30℃を超え、確実に猛暑日になりそうな熱風が既にアラ古希のMacchanにも容赦なく襲ってくる。母の介護段階が大きく変わる節目になるはずの、「特別養護老人ホーム」への入所が決定して数日、早速入所に必要な手続き準備を始めた。
母は認知症を発症して10数年経過しても、お陰で入院するほどの大病をしたことがない。また三兄妹5週間ずつ輪番の介護当番をやってきたこともあって、母の本拠地のMacchanち周辺で「主治医」と呼べるお医者は認知症の経過を診てくれている精神科PクリニックのA先生だけだった。そこへ特養入所にあたって介護度4の母にはとてもハードルが高そうな、「肺結核検査のためのX線撮影」の課題。
精神科医にはレントゲンがないので、インフルエンザでデーサービスを一週間休んだ時にお世話になった我が家の主治医S内科に電話してお願いしてみた。「まあ連れて来てみてください」とのありがたい返事に、かみさんと午前中母をショートステーから連れ出してレントゲン撮影をお願いした。このところと同様眠りこける母を診て、先生も不安?を感じた様子だったが、Macchanが被爆覚悟で母を支えますからとの無謀な申し出が功を奏したか、看護師の介助もお願いして防護エプロンを付けて撮影決行!
母は何と怖がらずに(怖がってか?)ハンドルを両手で持ち、息子に支えられて無事撮影に成功した。写真もきれいに写っていて、結核の疑いは全くないとのお墨付きをいただく。こうして第一ハードルを何とか超えて、出直しの午後は市内在住の上の妹を加えて新たにお世話になる施設のマネージャーと、看護サービスマネージャーと打ち合わせをする。説明責任がある施設マネは丁寧に1時間半もかけて説明とQ&A、グループ施設全体の看護マネはこの4週間の母の様子を今回のショートステー担当チーフに聞き取りと本人への問診?
同じ系列の施設だが、父が10数年前初めてお世話になった時と比べて、格段の施設とシステムのレベルアップそして分かりやすい説明と対応に信頼感を持つ。いずれにしても来週から母介護の新たなステップに突入して行く。これから何年お世話になるのか今は本人はもちろん家族も想像がつかないが、「渡りに舟」に乗っかったわけだからここは信頼と感謝で船頭さんに気持ちよくお願いしていこう。
この暑さの中、庭のサボテンの花が地味な本体に似合わぬ華やかな装いで開花し始めた。まるで母と介護家族の新たな出立を見守ってくれてる様じゃないか。
母は認知症を発症して10数年経過しても、お陰で入院するほどの大病をしたことがない。また三兄妹5週間ずつ輪番の介護当番をやってきたこともあって、母の本拠地のMacchanち周辺で「主治医」と呼べるお医者は認知症の経過を診てくれている精神科PクリニックのA先生だけだった。そこへ特養入所にあたって介護度4の母にはとてもハードルが高そうな、「肺結核検査のためのX線撮影」の課題。
精神科医にはレントゲンがないので、インフルエンザでデーサービスを一週間休んだ時にお世話になった我が家の主治医S内科に電話してお願いしてみた。「まあ連れて来てみてください」とのありがたい返事に、かみさんと午前中母をショートステーから連れ出してレントゲン撮影をお願いした。このところと同様眠りこける母を診て、先生も不安?を感じた様子だったが、Macchanが被爆覚悟で母を支えますからとの無謀な申し出が功を奏したか、看護師の介助もお願いして防護エプロンを付けて撮影決行!
母は何と怖がらずに(怖がってか?)ハンドルを両手で持ち、息子に支えられて無事撮影に成功した。写真もきれいに写っていて、結核の疑いは全くないとのお墨付きをいただく。こうして第一ハードルを何とか超えて、出直しの午後は市内在住の上の妹を加えて新たにお世話になる施設のマネージャーと、看護サービスマネージャーと打ち合わせをする。説明責任がある施設マネは丁寧に1時間半もかけて説明とQ&A、グループ施設全体の看護マネはこの4週間の母の様子を今回のショートステー担当チーフに聞き取りと本人への問診?
同じ系列の施設だが、父が10数年前初めてお世話になった時と比べて、格段の施設とシステムのレベルアップそして分かりやすい説明と対応に信頼感を持つ。いずれにしても来週から母介護の新たなステップに突入して行く。これから何年お世話になるのか今は本人はもちろん家族も想像がつかないが、「渡りに舟」に乗っかったわけだからここは信頼と感謝で船頭さんに気持ちよくお願いしていこう。
この暑さの中、庭のサボテンの花が地味な本体に似合わぬ華やかな装いで開花し始めた。まるで母と介護家族の新たな出立を見守ってくれてる様じゃないか。



今日も昼食時をねらってかみさんと母の様子を見に行った。夜中にごそごそ起きているようで、日中なのに椅子に座ってうとうとしていた。配膳された昼食はもちろん目に入らず、トントンと身体をたたいて覚醒させスプーンで食べさせた。4~50分かかったが、一汁3菜の食事を完食した。食事中は笑顔も見せるようになったが、総じて眠り食い。暑さに合わせて今日は半袖姿、多分20年以上前に母が自分で絵柄を染めたイニシャル入りのTシャツだ。
小屋に着いて暫くしてGolichan夫妻が、新たな版画を抱えてやってきた。春に小屋庭に咲いていた「ナニワイバラ」をスケッチして、2ヶ月以上かけて絵師→彫師→摺師の三役をこなして仕上げた力作。既に3作目は予告されていたので、
浜松も今夏初めて35℃以上の猛暑日になったようだ。庭の片隅には昨年も当ブログで取り上げた藤が、刈り込み後の狂い咲きで彩を添え一服の清涼感。朝食後はかみさんと畑に出向き、気になっていた駐車スペースなど作付け地以外の草刈りを1時間半かけてやってきた。
鬼瓦を「水周り小屋」の基礎柱脇に据えて、日が完全に暮れた7時過ぎまで庭の草取りや咲き終わった紫陽花の刈り込みなどをやった。3つの鬼瓦が昔からここに居ましたよという表情で、くたくたに疲れながらも満足感に浸りながら帰途につく二人を見送ってくれた。

今朝「解体工事を始める前に家周囲の養生をするので、今日3個の鬼瓦を外して庭の片隅において置くように業者に依頼した」とまた連絡が入り、30℃をはるかに超える真夏の陽射しの中を軽トラで受け取りに行った。またとない想い出の詰まった記念品を受け取り、かみさんも満更ではない顔つきだった。昭和35年10歳の時に改築した家だったというから半世紀以上前のこと、Macchanにとってもかみさんと付き合いが始まった昭和48年からの想い出多い家だった。
ちょっと話がずれてしまったが、一昨日からの猛暑の中昼前に1週間ぶりに母が世話になっているショートステー先の浜北A園に行って様子を見てきた。昼食配膳の直前だったが、母は大きなテレビの前で独り座り左に傾いて居眠っていた。話しかけても瞬間反応するだけで、また寝てしまう。昼食が並べられたので、遠慮による逆勧めを避けるために少し下がって様子を見ていたが一向に食べようとしない。


複雑な気持ちで施設を後にし、家に帰っても暑いので(Macchanちは今夏まだエアコンは使用していない)少しましな「遊び小屋」に向かい、日陰ができ始めた3時ごろから庭の草取りをやる。先日来の雨と高温、草は手をかけている作物の数倍の勢いで育つことをまたまた確認。やれやれーー。
しかし持参土産がすんごいことにーー、なになにバレンタイン30年に20年もののマルゴーシャトーワインだと!これを2人で飲んじゃっていいのかい? 何でも先般亡くなった兄上が大事にしていた遺品だそうで、大切に上手に保管されていたとみえてワインは開けて30分毎に息を吹き返すように味わい深くなっていく。一口戴く度にお会いしたことがなかった兄上に、「献杯」を繰り返す。


夕食はMacchanが担当して、畑の野菜と手作り味噌そしてなるべく地場産材料でこさえたのを肴に深夜まで、もちろん途中から囲炉裏端に場所を移して延々とミニ宴は続く。夏の「遊び小屋」は気楽でいい、眠くなったら火の始末をして窓を開け放ったまま気ままに眠りにつく。
ゆっくり寝て昨日のおかずの残りと味噌汁でブランチ、また3時間ほどだべって親友は西へ旅立って行った。こういう記事を書くと、まだ小屋に来たことがない友は土産ものでビビるかもしれない。だいじょうぶ今回は度々来ているOM君も特別、小屋は手ぶらで気楽に寄って「共に生きていることを喜び合う」場所なんだから。
丁度梅雨明けになって3泊4日の滞在中は連日猛暑続き、庭は一本の木に3~4匹のクマゼミがとまり耳をつんざくほどの蝉時雨。
今夏の畑の野菜は美味しく大豊作!いいこともある。
三ケ日の「遊び小屋」テラス上ではプール開きで、孫3号・6号は大はしゃぎ。水着を持ってこなかった二人は素っ裸で半日、こんな姿で遊べるのはあと1~2年? 
家では3号Kの5回目の誕生日で、自らのデコレーションを加えたおかあしゃんHちゃん手作りのチョコレートケーキでお祝い。
ん?この飾り当ブログではお馴染み? ま固いこと言わないで次いこ~。

庭に置かれたいくつもの水鉢(水樽?)睡蓮鉢、そして畑の水貯め容器にも溢れんばかりの雨が溜まった梅雨末期。
昨日外に出ようとして玄関先でふと目にとまった黒い小物体、何かと思って目を凝らして見ればガマ蛙のミニチュア版。我が家には家を建て替える前からガマが棲みつき、何回かは水鉢の中でも卵がかえっておたまじゃくしが育った。しかしこのところは卵を見かけていないので、このちびはどこかの家からやってきたにちがいない。いずれにしても色んな生物が行き来して、庭先を賑わせてくれるのは大歓迎。頑張って生き延びろよ!
今日はちょうど昼食が配膳された直後、母は珍しく誰の助けも借りず食べ始めていた。暫く見ていると、ご飯ばかり食べておかずには全く手をつけていない。長年の経験でこういう時はなまじ声をかけない方がよいのだが、かみさんが見かねてヘルプに入った。案の定いつもの遠慮で、逆勧めが始まった。それでも40分位かかって、やっと完食。
昼食は家から持参したミニトマトと、小屋ストックのシーチキン缶詰・うみたて卵でパスタを作ることに。先週料理家の平野レミさんが、「パスタを必要最小限の水分で茹でて使う」というのを早速真似てみた。フライパンで茹で上がったパスタに具を混ぜ、カルボナーラは黄身しか使わないそうだがめんどくさいので全卵を混ぜて、各種パスタのええとこどり。イタリアの料理人が見たら卒倒してしまうかもしれないが、ここは日本それも浜松郊外の田舎、料理人として尊敬しているレミさん万歳!


暫し海風?に吹かれながら昼寝をし、今日のメイン作業テラス屋根裏の「ぶどう棚作り」に着手。工具は針金工作用のペンチとスケールのみ、作業時間はブドウの誘導も含めて1時間半。なかなかいんじゃね? 金網2枚目以降はブドウの生長に合わせて、このスペックでまた後日拡張するかどうかはブドウ本人の感想も聴かなくてはね。
帰宅して少し休んで暑さの峠が越えたら、今度は11年前に亡くなって三方原の墓苑に眠っている父の墓参り。いつものようにかみさんが可愛がっている庭の花を摘んで、墓前に供えた。浜松は総じて言えば三ケ日・雄踏・湖西など西部が旧盆、それ以外は新盆で先祖を迎えるのが昔からの風習らしい。浜松は規模の小さな曹洞宗など禅宗の寺が多く、葬儀は地味目だが初盆をはじめ盆の風習は隣保や親戚を集めて盛大だ。祭壇も葬儀のそれを上回るほど立派なものを用意してある家が昔は多かった。
とはいえ発芽した豆を食われないように、細かい目のネットで覆った育苗スポットでは既に内側から「早く植えて下さい」という悲鳴さえ聞こえる。やっと長雨が止んだ一昨日、もう少し乾いて植付け部分に耕運機を入れて土をふんわり耕したかったが、まだ軟らかい畑に入って苗を掘り起こし次々に植え替えることにした。
播いた種は昨年産の黒豆が300粒と青大豆が200粒、そして先月旅行した山形の飲み屋で仕入れた青大豆が200粒、発芽率が85%位なので約600本の少し伸びすぎ?の苗が出来た。一昨日中に500本、昨日朝約100本を2本ずつ寄せ植えにした。
一昨日も昨日も朝から気温が急上昇、日も照り始めたので近くの農業水路から水を汲んで、植え付けたばかりの苗に一回だけ如雨露で撒いて様子を見た。直ぐ萎れてしまうが豆類は丈夫だ、夕方には元気に立ち上がって根っこが定着したと思えた。
Macchanは連日の植え付け作業で腰が曲がり、出来損ないのロボット歩き。それでも整然と植えつけられた畑を見て、満足&充実感。夏野菜はキュウリが早くも峠を越え次世代育成中、その他トマト&ナス&ピーマンも連日食卓に登り続ける。そして次はまだ雄花ばかりだがゴーヤ&カボチャが控え、植え付け1ヶ月のサツマイモ50本も葉が茂ってきた。まだ梅雨明け宣言はないが、気温上昇と夏の日差しで急速に生育していくだろう。今週は珍しくかみさんと農作週間。
昨日やり終えなかった大豆・黒豆の移植をかみさんと続きをやろうと、いつもより30分早起きして朝刊をとりに玄関先に出たら、なんとクマゼミが脱皮中。そうか今日から暫く晴れ間が続く天気予報だから、もしかしたら梅雨が明けるのかも。オニユリの開花も文字通り花を添える。
蝉といえば子供のころ成虫になって1~2週間の短命だと知って、可哀想な虫だなと哀れんだ覚えがある。しかし一方で虫としては桁違いに長い最低6~7年の地中幼虫時代があることを知り、その後そうかこういう一生も捨てたもんではないのかもしれないと思い直した。


今日は土曜ながら「遊び小屋」週末オフィシャルデー、久々参加のふるちゃんが焼き芋器を自作したので皆に各種焼き芋を振舞ってくれるそうだ。酒飲みなのに芋豆南瓜が好物のMacchanは、芋以外にどんなものを昼食に作ろうかと大して抽斗がないにもかかわらず頭を悩ます。結局何てことはない、有り余る夏野菜を大量に使えるカレーにして10人分は仕込む。結局今日のメンバーはうーさん・ふるちゃん・ふくちゃんの計4名。勝手に決めた「梅雨明け」を祝い、何をするわけでもなくぐだぐだとおしゃべりに花を咲かせ、薪風呂を焚いて5時過ぎまで。そうそうこれでいいんだよ!


