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団塊世代MACCHAN(まっちゃん)の、<人生これから>だよ!

リタイア後17年、人生を日々面白がる楽しみを綴ります。健康と家族と友人を大切にする、年金生活爺さんの「残日録」です。

「ビールもどき飲料」について考える

2009-07-31 | 日々雑感
今日の天気予報を見て、長引いた梅雨は8月に突入するすることが確実になったことがわかった。もしかしたら、東海地方はまだ一週間くらい続くかもしれないということだ。一年中ビールを飲むことが多いが、暑さの訪れとともに渇いた喉を通過する時のこいつには毎晩感激を新たにする。今年の夏は既に2ヶ月経過したが、梅雨明けの遅れよりも単純にこの感激の回数が減ることに憤りすら覚えるこの頃だ。

しかしビールの美味さは、天候の要素もあれば好みの銘柄や冷やし加減や飲む器の種類などにも左右されることは、ビールファンなら誰でも先刻承知だろう。近頃は中でもビールもどき飲料の種類が増えて、驚くほど美味いものが多くなったような気がする。最近まで「日本のビール文化は国税局がダメにする」と恨んでいたが、最近のここまで多様なビール文化の広がりは国税局のお陰だと感謝しているほどだ。(Macchanほんまかいな?)

バブルがはじけて経済が低迷している時、ビールの高率課税をかわして庶民に支持される安いビールが開発された。これが麦芽含有率がビールより低い「発泡酒」だったが、味がもう一歩で継続的なファンにはなれそうもなかった。そのうち各社が続いて参入し、味や喉ごしが年々改良されていった。各社の売上げ競争が更に激化し、価格競争のために更に税率の安い「雑酒」のカテゴリーでビールそっくりの味がする「第3のビール」が発売された。

これも当初は今一今二だったが、ビールの予算で2本飲めるのが魅力で買い始めた。最初は大豆やそら豆でビールそっくりさんができるのか、と言う程度の感覚だった。この1~2年は「発泡酒」に「麦焼酎」を加え麦芽比率を更に下げて、低税率の第3のビール群にもぐりこませる手法が主流になりつつある。これがけっこういけるんだよね。年金生活者には、ものすごくありがてぇ。

こうして当初はビール文化をダメにする国税当局を恨んだが、今では当局の「酷税方針」と我慢強く闘いながら研究を続け、結果的に庶民を味方に付けて日本独自のビール文化を築き上げた「ビール各社」に国民エーヨ賞を差し上げたい気持ちだ。どこぞの党は、マニフェストに掲げんかいな?



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「遊び小屋」建築のコンセプト(そのⅢ)

2009-07-30 | 遊び小屋DIY
一昨日から、『「遊び小屋」建築のコンセプト』という題で書き始めて3日目になった。いよいよ「遊び小屋」本小屋の着工が近づいて、コンセプトにぶれがないかどうか自分自身に言い聞かせながら書いている。2年前に当ブログを開始した直後、仕事のリタイアを前に同じ様な気持ちになって、同様の記事を書いているので興味と時間があったら見て頂きたい。(記事の右下、「バックナンバー」から入る)

「定年の考え方様々」2007年8月16日付け記事参照
「定年後の生活構想」2007年8月17日付け記事参照
「遊び小屋の構想」2007年8月20日付け記事参照

小笠原昌憲氏の著書「100万円の家作り」に大いなる刺激を受け、既に完成した3坪の「作業小屋」と、これから着手する24坪の「遊び小屋」を含めて工事費用は大雑把に300万円かなと踏んだ。小笠原氏の小屋に比べて電動工具や50年前のもらい物の建具には金がかかっていないが、カラーベストを使用する屋根材やプロにお願いする基礎工事に費用がかかりそうなので、予断は許されない。

「遊び小屋=本小屋」建築中は、既に完成している「作業小屋」は物置であり作業スペースになるが、本小屋完成後はトイレや風呂やミニキッチンなどの水周りとして改装する予定だ。だから「遊び小屋」には、今のところ水周り設備はない。但し、土間に置く予定の暖房用の薪ストーブは、煮炊きができるかまどを兼ねる予定だ。身体が動くうちは、昔のようになるべく不便な設備で手間隙かけて暮らす。居間には当初の計画通り「囲炉裏」を作って、四季折々の肴を炙って酒好きの友とぐだぐだ語りたい。
⑤ 「場」は趣味を楽しむ「男の棲家」であり、いずれ「終の棲家」にもなる。
のである。

⑥ 「棲家」は伝統的な「木造軸組み工法」で、自分の手(DIY)で建築する。
昭和30年頃の生活を再現するのだから、子供の頃に目にしなかったログハウスも2x4工法も、早い時点で候補からはずれた。
⑦ 建設に3年、中や周囲をこつこつ10年かかって満足いくものにしていく。
長い年月をかけて少人数でこつこつ作り上げ、更に多分死ぬまで追加したり改装したりする予定なので、「木造軸組み工法」はうってつけだと思うのだ。

(写真は湯の丸高原池の平湿原のアヤメ)



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「遊び小屋」建築のコンセプト(そのⅡ)

2009-07-29 | 遊び小屋DIY
親父は63歳まで猛烈な会社人間として働き続け、退職後運転免許を取得した。横浜のドライブクラブに入会して、おふくろと全国中を旅していた。息子ほどの若い先生について書道を一生懸命やり、「書聖」王羲之(おうぎし)の書を見に同好仲間と何回か中国にも足を運んでいた。戒名に入っている「湘風」は師範として先生に頂いた名前で、本人も大層喜んで誇りにしていた。その他カメラや陶芸や鎌倉彫も習って、いくつかの作品を残している。青春を戦時下に過ごし、海軍に志願して南方戦線で戦った。働き盛りは日本経済の発展と家族のために、月2~3回の休日しかとらずに頑張り通した。だから人生の「遊び」を、認知症が出るまでの10数年に集約して楽しんだのではないか。

親父に比べれば私は青春を謳歌し、仕事人間だったが休日にはテニス・スキー・ゴルフなどのスポーツに興じ、それでもまだまだ遊び足りない気持ちだった。従って、
① 60歳定年以降は、最低20年は心身ともに元気に暮らす。
ーーは、元気で遊ぶために暮らす、という決意でもある。でも、残念ながら資金も時間も限られる。よって人生60年間でやってきた「遊び」を絞り込み、
② 少ない年金生活でも、普段の生活から試行錯誤の喜びを見出す。
③ 幼少期昭和30年頃の、貧しくとも素朴で楽しい生活を再現する。
ーーというふうに、「生活を遊ぶ」ことに重点を移すことにした。

昭和22年生まれは、64歳までは年金をフルにはもらえない。それまでは貯えから多少の持ち出しは覚悟の上、基本的には生きていればもらえるはずの「年金」だけで生活しようと決心した。金銭的にはけちけちしても、心豊かに暮らしていける自信はある。しかし、
④ 家族や仲間といつでも楽しい時間をシェアできる「場」を創る。
ーーこれには少々金が必要だ。

そして或る日見つけたのが、当ブログでも何回か紹介している小笠原昌憲氏著の「100万円の家づくり」ー自分でつくる木の棲家ーだった。8坪の小屋を、道具も入れて100万円で作れるという内容に、目と心が釘付けになった。(明日に続く)

(写真は、雨続きの中で雑草に負けずに大きな実をつけたトマトとゴーヤ。例年と違って、雨が多くても何故かトマトは実が割れない)
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「遊び小屋」建築のコンセプト(そのⅠ)

2009-07-28 | 遊び小屋DIY
8月を数日後に控えた今日も一日中雨、まだまだ梅雨は明けそうもない。「建築確認済証」を受け取って半月も経つというのに、まだ工事が始まらない。プロにお願いすることになった基礎工事も、建築用材木の入荷も音沙汰がないのは長雨と無関係ではないだろう。

昨年今頃工事を始めた「作業小屋」建築関連の資料に混じって、手元には4年前から「遊び小屋」の建築コンセプトを書き留めたノートがある。今から4年前といえば定年退職を2年後に控え、親父が認知症を患って10年経ち86歳を目前にあの世へ旅立った年だった。

この父の死がきっかけで、私は自分の人生の終盤の生き方を決心することができた。社会への恩返しを兼ねてもう少し働いてもいいかなという気持ちが無いわけではなかったが、もう思う存分仕事をしてきたので、これからは「金をもらっては働かない」と心に決めた。そして定年後の生き方のコンセプトを兼ねて、次のような計画を立てた。

① 60歳定年以降は、最低20年は心身ともに元気に暮らす。
② 少ない年金生活でも、普段の生活から試行錯誤の喜びを見出す。
③ 幼少期昭和30年頃の、貧しくとも素朴で楽しい生活を再現する。
④ 家族や仲間といつでも楽しい時間をシェアできる「場」を創る。
⑤ 「場」は趣味を楽しむ「男の棲家」であり、いずれ「終の棲家」にもなる。
⑥ 「棲家」は伝統的な「木造軸組み工法」で、自分の手(DIY)で建築する。
⑦ 建設に3年、中や周囲をこつこつ10年かかって満足いくものにしていく。

漠然とした思いが、コンセプトを固めることによって徐々に具体的な計画になっていった。(明日に続く)

(写真は2週間前、信州湯の丸高原で見かけたハクサンチドリ)

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素敵な番組、素敵な夫婦(Ⅱ)

2009-07-27 | 日々雑感
先週予告していたBSHiの番組、“最後のシャル・ウィ・ダンス 夫が見つめたバレリーナ草刈民代の挑戦”を昨晩見た。7月21日の記事「素敵な番組、素敵な夫婦」で紹介した音楽番組に出てきた「高橋真梨子&Henry広瀬夫婦」の姿もよかったが、草刈民代&周防正行監督夫婦の姿も負けずよかった。二つの番組がそもそも優れていたのだが、夫婦の生き方在りようを取り上げていた点が共通していた。

高橋&広瀬夫妻はソロ歌手と支えるミュージシャンとしての長いつきあいがあり、草刈&周防夫妻は「シャルウィーダンス」以来だから比較的最近電撃的に結婚したようだ。皆高名なアーティストだから感性優れた者同志が、互いの芸術性を理解し尊敬しあっていることがよくわかる。この辺が普通の人間が結婚し、苦労しながら家庭を築き子供を育てて互いに一人前の人間になっていくという関係と大分異なる。

特に昨晩の草刈&周防夫妻は、35年間バレー以外何もしてこなかったと草刈さん自身が回想していた通り、ストイックで偏にトップバレリーナとして君臨してきた彼女をひたすら理解し映像を通して表現しようとした監督の異色の取り合わせだ。こういう夫婦の在り方も有りなんだなあと感心する一方、凡人の夫婦も見習わなければならない一面を併せ持つ。それは互いの存在を認め、尊敬しあうということ。長い共同生活で、ついつい日常が当り前の連続になり、感動も薄れ互いに嫌なことが目に付きあげつらうようになっていないか。

ドキュメントとはいいながらも制作番組だから、そんなにかっこいいことばっかりではないとも思うが、「素敵な夫婦」から学ぶことが多かった。いい番組を見て、いい眠りについた。

(写真は昨日に続いて「国立科学博物館」のドーム型屋根の内側。先月訪問した「台北博物館」ととてもよく似ている)


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「青春を共有した級友たち」(Ⅱ)

2009-07-26 | 団塊世代
昨日は、1年ぶりに開かれた高校のクラス会に出席するために東京に出かけた。幹事のYK君は、昨年の会で飛び出た「1年後のクラス会は隅田川のうなぎ屋で花火を見ながらやろう」などという誰かの思いつき発言を意識して、企画に相当苦労したらしい。(参考2008年7月14日付け記事「青春を共有した級友たち」)

YK君曰く、ーー浅草界隈はもとより両国、錦糸町、上野の他屋形船に至るまで隈なく当たりましたが、2万3万は下限で7万円それも席は指定できないなど、我々黄昏に近い団塊世代が支払うことは到底無理な金額であることが分かったーーとのこと。そこで窮余の一策で決定したのが、東京ドームの裏手にある文京区役所の建物(一時話題になったバブリーなビル)の25Fにあるスカイレストラン。

このフロアを一周できる展望室は無料で、隠れた花火見物スポットとして知る人ぞ知る存在らしい。確かにクラス会が始まる前の6時には、もういっぱいの人で埋まっていた。17人が出席したクラス会はレストランの中、花火は残念ながら部屋からは見えない。それでも毎回ながらの楽しい会は、美味しい料理に飲み放題のビールやワインの杯を重ねるごとに沸きに沸き、もう誰もレストランを出て花火をわざわざ見に行こうという者は出てこなかった。

意思があれば花火を確認できる場所で、その開催時間帯に宴会を企画したYK君のアイディアが光った。近くのドームホテルのバーでの2次会には10人が流れて、11時近くまで飲みに飲んだ。クラスメートであり義弟でもあるIK君の家に泊まり、5週間の母親当番のバトンタッチをして母と浜松まで帰ってきた。

(写真はクラス会開催までの時間潰しに寄った、上野の国立科学博物館の美しいステンドグラス)

(7月28日付記)
幹事のYK君から上記記事を読んで、下記の指摘があった。
>昨年隅田川の花火を見ながらクラス会といったのは、幹事に立候補した私自身でした。従って有言実行ということで頑張ったのですが、考えが甘かったということです。

なかなかどうしてリカバリーの代替企画がよく、お陰で皆堪能できたと思うよ。
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「遊び小屋」建築開始前の片付け

2009-07-24 | 遊び小屋DIY
曇りを基調に雨模様の天気予報だが、朝から空が少し明るくなってきた。ん~? 三ヶ日の作業ができるじゃないか! 続きをやろうと昨日の少し湿った作業服に着替えて、昼を少し過ぎそうな予想だったので麦茶とバナナとフルーツケーキをバッグに入れて現場に向った。

暫くぶりに工事電源から電線を引いて、ラジオをかけた。昨日の草刈後の片付けと、ナイロン紐を草刈機に着けて際刈りをやろうと考えた。際刈りをやり始めると、これはなかなか難しい。今回のように伸びた草はなかなか刈れないばかりか、細かい砂利が飛び散って顔にも飛んでくる。芝が生え揃ったところには有効かもしれないが、伸びすぎた草だらけのところにはちょっと無理かも。

刈った草を片付ける前に、建築予定地に置いてある作業台や端材のストーブ燃料をどかさないといけない。早ければ、来週には基礎工事が始まるかもしれない。近いうちに運び込まれる、材木の置き場も確保しなくてはならない。材木置き場にはストーブ燃料を早くも備蓄し始めて、選定した枝や大町からもらってきた薪が山積みされている。あれやこれやプライオリティーを考えると、草を片付けてる場合ではないぞMacchan! 日が射してきて暑い中、これらを片付けることから始めた。

燃料を片付けるだけで3時間、さらに作業台などの移動整理に2時間、おやつだけで頑張って作業を終えた時には汗が出すぎてぐったりした。持ってきた麦茶では足りずに、隣のIさんの水道水を頂いてがぶ飲み。振り返ってみれば、朝10時から小便が出てないぞ。これはやばい、熱中症かもーー。

草を片付けるのはもうパス! そうだ近所のFさんが、お借りしている電動工具の手入れもやってくれるとブログのコメントに書いてくれていたな。甘えて持っていくか! 雨が降ってきた、急がなくては! Fさんは、「上がってゆっくりしていきない」と言ってくれたが、絞れば水が出てきそうな汗みどろの服装のままでは余りにも酷すぎる。次回ゆっくりさせてもらうことにして、早々に辞した。それにしても暖かく素人工事を見守ってくれる方々が多く、本当にありがたい!!

写真は、片付け終わってすっきりしたスペースが現れた「遊び小屋」建設地。「作業小屋」に隣接して建設する予定だ。

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20年来の友と草刈をやった

2009-07-23 | エコ生活
間もなく始まる基礎工事を前に、「遊び小屋」建設地の露払いを兼ねて草刈をやった。昨日午後、監督のなべさんを介して出てきた基礎工事2社見積もりを綿密にチェックして、現場地元のI建設の社長と見積もりネゴをやらせてもらった。

予想したコストより10%高かったので、正直な気持ちをぶつけてそれに近づける前提で請けてもらうことにした。この辺はやーやーなーなーだけど、多分うまいこと引き受けてくれるだろうという確信がもてる人格者だと感じた。会社勤めの時はこんな価値基準ではとてもOKは出ないだろうが、ここは個人契約の世界だから、直感要素も入れてもよかろう。何せ、監督なべさんの紹介だしね。

今日は現場管理事務所に基礎工事業者の名称と工事期日を届けがてら、着工に必要な「管理協力金」を納めた。その後は事前に準備した草刈機で、この梅雨中に思いっきり伸びた雑草の刈り取りだ。「遊び小屋」建設用地を購入して30年、最初は手動芝刈り機でこつこつやっていたが、そのうち東京や伊勢の勤務地になり金を払って委託にした。

20年前浜松に戻って、1回毎他人に依頼する草刈代が惜しくて、草刈機を購入してDIYでやることにした。それ以来、年に4~5回はこの草刈機が活躍している。写真は1989年に購入した、タナカ製22ccエンジン付の草刈機だ。今年丁度20歳の誕生日を迎えて故障がない、多分延べ100回は建設用地の草刈をやってきたはずだ。刈るだけで2時間はたっぷりかかり、刈った草は積み重ねておいてAB両畑の堆肥にも使っている。

今日は2時間余り汗をかいて、草を刈っただけ。明日も梅雨明けきらず雨が降ったり止んだりのようだが、「作業小屋」の際刈りも含めて刈った草の片づけが出来るかどうか。また明日の心だ!
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各地の「皆既日食」を映像で感動!!

2009-07-22 | 日々雑感
今朝は目覚めた時から、「皆既日食」のことが気になっていた。どんよりした雲に覆われた、梅雨明けやらぬ浜松ではとても日食観測は困難だが、近年画像が凄まじく改良されたハイビジョン放送なら、居ながらにして皆既日食さえ観測ができるはずだ。

10:30からのNHK地上放送は予告編から注目していたのだが、なかなかの優れものだったぞ。屋久島と硫黄島と硫黄島近辺に日本からでかけた船上からの中継が、ドラマチックだった。NHK特有の人選やシナリオが少々鼻をついたが、5~6分続いた太陽ドラマは映像を通したものだったが、なかなかの感動ものだったのだ。屋久島は生憎の雨模様の中、周囲が短時間で暗くなっていく様子を事前に打ち合わせたシナリオで、一生懸命伝えていた。しかし技術の粋を集めた高感度カメラの映像は、明暗のメリハリが効いていなくて実況のコメントが空回り気味だったように思う。

それでも予定より余りに近づきすぎた硫黄島と船上の中継は、どちらを先に映像を流すか工夫しながら録画を交え「感動は2度美味しい」映像を流しながら、なかなかの出来栄えだった。屋久島や悪石島は厚い雲に隠れて空振りだったが、ツアー客を船で最適地まで運んで雲の動きまで勘案しながら操船していた船長は、さぞかし今頃大満足の船客に囲まれて美味い酒を飲んでいるだろうね。

計算し尽くされた46年ぶりの今日のドラマ、次回国内では26年後に起こるそうだ。Macchanがもし生きているなら、まだしっかり意識をもって感動ドラマを再度楽しめるほど元気で生きているのか、それとも突然暗くなってきた天を指差して大昔の原住民並みに大騒ぎするのかーー。それは神のみぞ知る、か?

写真は、皆既日食の速報画像(硫黄島近海の船上より)から転載。撮影者:福島英雄氏(国立天文台)

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素敵な番組、素敵な夫婦

2009-07-21 | 日々雑感
昨日は孫K来襲3日目、差し伸べた手にやっと進んで来るほどに慣れてきたのにもう帰ってしまった。寂しいやらホッとするやらーー。

数日前から夫婦で時折咳き込み始めたのは、てっきり葬儀の線香や焼香の煙のせいだと思い込んでいた。きっかけはそうだったかもしれないが、どうやら喉に巣食った風邪菌かもしれない。発熱や鼻水や頭痛などの症状は無いものの、倦怠感は孫台風が去った後の寂しさや安堵感のせいだけではないと感じた。そんな時は又々グダーっとするに限る。座椅子をお気に入りのポジションにして身を沈め、テレビのリモコンを脇に置く。

ケーブルTVの視聴者ではなくとも、最近は地上波とBSだけで16のチャンネルから選び放題。そのうち5つがNHKという割り当ては、ちと横暴ではないかという気がするが最近のNHKはなかなか頑張っている。独禁法に抵触するんじゃないかと思えるほど力を持った興行会社派遣の使い捨てタレントが出まくるバカ番組が多い中、NHKが手間隙かけて製作した番組がこういう落ち着いた気持ちの時に心にスーッと入ってくることが多い。こちらも齢をとって、丁度感度が合うのかもしれない。

昨日は、BSHiの「大人のための音楽の時間<SONGSプレミアム>」が秀逸だった。6時間番組の2時間経過したところからだったが、チューリップ・高橋真梨子・忌野清志郎・松任谷由美の4人のアーティストを4時間ぶっ通しで堪能した。この春頃毎週深夜に一人ずつ特集をやっているのを知っていたが何せ深夜番組、毎日の作業で眠くなってほんの垣間見るくらいだった。

これらのアーティストに共通しているのは音楽的に優れているのは勿論のこと、作詞作曲の背景に確固とした「哲学」と「ヒューマニズム」があることが長く人々の心を打っていると思う。中でも今まで何十年も夫婦で同じ音楽活動を続けながらプライベートな一面を余り見せなかった高橋&Henry広瀬夫婦が、熟年領域に入り同じ職場?で四六時中顔を合わせ続けていながらなお労わりあい仲良く語り合っている場面が印象的だった。

今週末に放映が予定されている、バレリーナ草刈民代引退公演と夫の周防正行監督の二人三脚ドキュメンタリーの予告編もよかったな。番組だから「やらせ」だろうというへそ曲がりな感想より、素敵な夫婦をMacchanも見習わんといかんなと昨日は素直に思ったのだった。(写真は湯の丸高原のツマトリソウ)
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「遊び小屋」建築の見通し

2009-07-19 | 遊び小屋DIY
先週建築確認済証をもらって、建設地の管理事務所にも届けを済ませた。いよいよ建築着手なのだが、「基礎」工事の見積もりが未だ上がってこない。また東栄町の製材所に手配した材木も、未だ納品になっていない。お陰でこの一週間、ほっぱらかしの畑にも少し手を入れられたし、疲れが出た身体に休養もとれた。

さてこれからどんなスケジュールになるか、予想を立ててみようかね。基礎は今主流の全面コンクリートで固めるやり方は止めて、昔ながらの布基礎にしようと考えている。自然の中で自然と対話しながら過ごすというのを目的にしているので、地面とも対話したい。床下に入り込んでくる、こおろぎやすずむしの鳴き声を聞きながら眠るなんてのもいいよね。

基礎は最初は自分で穴掘り・鉄筋組み・型枠作りまでやろうと考えていたが、腰が心配なのと型枠(コンパネ)が100枚近く必要ということがわかって、使用後の処分のことを考えて気が重くなってしまった。ここはプロにお願いしようと、監督なべさんの会社時代つきあいがあった工務店2社に見積もりをお願いしている。

基礎工事が始まれば、土台や柱や梁に必要な骨組みの材木が入ってきて刻み作業(必要なサイズカットとホゾやホゾ穴加工をすること)が始まるだろう。昨年も酷暑の中で蝉の声を聞きながら、「作業小屋」の刻み作業を連日やったっけ。確認申請書の工期欄には、見通しが全くつかないながら「3年」と書いておいた。今はまあ2年位かなと思うけど、こればかりはやってみないとわからない。

3坪の「作業小屋」が9ヶ月だから、23坪の「本小屋=遊び小屋」はもしかすると3年経っても出来ないかもしれない。いずれにせよ近日中に始まる建築本番作業に、腕が鳴り武者震いが起こる今日この頃だ。

写真は湯の丸高原で見かけた、可憐な「ギンリョウソウ」。
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いい休養日(Ⅱ)

2009-07-18 | 日常
特に予定がなく、ただグダーッとしていたい2日目を迎えた。今朝も目覚めて新聞を精読しゴミ捨ては土曜日でないので、昨日コメントを入れてくれた「美幌音楽人」さんのHPを昨日に続いて訪問してみた。世の中にはこんなに自分史を作るための資料を整理整頓できている人がいるんだと、ただただ感心した。私と同い年で団塊世代ブログを始めたのもほぼ同時期、でも私のように猪口才な(Macchanは赤胴鈴之助かよ?)ブロガーと違って社会貢献度が違うなあ。まあ、それはそれでわたしゃ今さら変えようがないけどね。

昼前に少し明るくなって、かみさんが遅れ馳せながら梅干用の赤紫蘇を採りにいくというもので、畑に出かけた。畑を眺め土に触ると、もう性になってしまった農作魂が疼いてしまう。昨日やり残した草刈を始めて、1時間余り一心不乱にやってしまった。う~ん、汗びしょになったけど畑も喜んでいるみたいでよかった。

午後は風がなくなり薄日も射して「クマゼミ」が鳴き始めて、暑くなってきたけどまだまだ大気は不安定で梅雨明けは期待できない。土曜日午後のTV番組はどんなのやってるかな~とテレビにかじりつき、夕方から畑の野菜カレーを仕込んだ。三男夫婦が、子連れで初の「つま恋」コンサートを楽しんだあとやってくるらしい。次男夫婦もジョイントして6+0.5のカレーパーティーだな。

写真は12日の湯の丸高原のレンゲツツジ、6月中~下旬が見ごろというのには2週間は遅かったが、それでも他の花との組み合わせで十分満足できた。
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いい休養日

2009-07-17 | 日常
昨日天気予報を見て、今日は未明から雨だと知った。半信半疑だったが、大豆や黒豆の移植には絶好の最後のチャンスだと思って、昨夕頑張ってよかった。午前中までまるで梅雨に逆戻りしたような天気で、時折音をたてて雨が落ちて来た。

普段ほとんどアウトドア作業を生き甲斐にしていると、不意であれ予定通りであれ起きたら雨のこんな日は何をしていいのか分からなくなる。朝刊を熟読し収集所にゴミ出しして、ご贔屓の?ラジオ人生相談を聞き終わってもまだ10時半にもならない。いろんなことを次々やり「飛ばしすぎだよ」と言われるMacchanも、こんな日がある。

確かに3週間前の台湾旅行以来、想定内外含めて休みなくいろんなことを凝縮してやってきて一寸疲れ気味でもある。こんな日は「いい休養日」と心得て、ゆっくりしようじゃないか。日頃お世話になっているPC内の情報を整理したり、日頃ほとんど見ない日中のTV番組を見ているうちに雨が止んだ。

畑が心配になって、結局夕方2~3時間作業をしてしまった。伸びすぎた草は、鎌で刈って地面にそのまま置いた。苦労して根こそぎ抜いて片付けても、日照りが続くと地面が固くなるが雑草はしっかり生えてくる。それなら上田の有機栽培農家のOさんを真似て、草を敵と考えずによいところは生かして共存するかという考えが頭をよぎった。確かに経験的に雑草がはびこっている地面は、ふかふかと柔らかくミミズなどの有益な生き物も豊富だということは理解している。さて、梅雨が明けてどうなるかな。また雨が降ってきた。関東甲信越に梅雨明け宣言が出ても、東海は未だという理由がわかったぞ。

写真は先日の湯の丸高原を散策した時に見た、見事な「石楠花」。純白あり、ピンクあり、混合あり。一昨年の栂池高原、昨年の白山ほど有名ではないが、池の平湿原を含めた各種植物群はなかなかのものだった。
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畑がまた酷いことになっている!

2009-07-16 | 農作DIY
台湾旅行から帰って数日草とりに専念したが、その後「建築申請」「信州旅行」に「お盆と葬儀」が続いて、暫くぶりの畑がまた酷いことになっていた。3日に一回は夏野菜の収穫をしていたので、作物はそう荒れていないがまたまた雑草がガンガン伸びている。

中部地方はまだ梅雨明け宣言はないが、今日は爽やかながら真夏の陽射しの中で午前中久しぶりにテニスをやった。暑くて少々ばてたが12日の信州の山歩き以来、久々に身体を動かせて気持ちがよかった。三ヶ日の管理事務所に「建築確認申請書」を届け、夕方陽が傾いてから畑に出向いたのだった。

まず台所生ゴミを捨てようとしてコンポストを開けたら、中の堆肥が水っぽく腐ってウジがわいていた。糠みそではないが、発酵菌に助けられるこの手のものはしょっちゅう手を入れていないとストライキを起こす。ただでさえ夏野菜のゴミが多くなると水気が増え、堆肥にするのは難しいのだ。全部掻い出して水分を調整し、日曜日に上田で頂いた「ぼかし=籾殻と糠とEM菌で作った肥料」(写真)と枯れ草を交互に入れてみた。かき回しながら、暫く様子を見てみるとするか。

先月末に追加で種蒔きをしておいた、「大豆・黒豆・落花生」の苗も伸びすぎている。雨が降る前日に移植するのがベストなので、梅雨明け前の雨の予報がある今日が最後のチャンスだ。カラカラに乾いた畑だが、先月末に耕運機を入れた後既に雑草がはびこり、土は固く締まっている。かみさんと二人で喉の渇きと空腹と闘いながら、日暮れで先が見えにくくなった7時半まで移植作業を続けた。

もうくたくたで、焼き魚と冷奴の「20分で晩御飯」で飢えをしのぎ人心地がついた。何度も何度も同じ過ちを繰り返しながら、また「毎日少しずつ農作業をやろう」と反省した。

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送り火

2009-07-15 | 日々雑感
浜松がある遠州西部地方は、お盆は大半の家が新暦で迎える。初盆は葬儀と同様の祭壇を設けて、戸口には初盆を迎える家の印として「盆提灯」を下げる。町内会の人々や友人親類は、13日の夕方「盆供=ぼんく」と書いた金一封を提げて故人を偲びに行く。

迎える家は大勢のお参り客を迎え、お参りする方も年によっては何軒にも伺うことになる。ほとんどが初日の日暮れ時1~2時間に集中するため、市内は黒い装束の人たちが沢山行きかうことになる。

初盆を迎える家に限らず、多くの家で「迎え火」を焚いて故人の帰りを待つ。我が家でも、4年前に亡くなった父親を迎える松の木を焚いた。薄い板に加工されよく乾いた松は火付きがよく、メラメラ燃え上がって明るい光を放つ。間違いなく故人が家に戻ってくるようにと考えられた、優しい風習だ。先日訪ねた信州では松ではなく「樺の皮」が売られていた。「所変われば品変わる」と言われる通りだ。

そして今夕、早くも送り火を焚いて父を送り返した。松の木をくべながら、ふと思ったことがある。仏壇に位牌があって、線香に火をつけ花や水や時には珍しい到来物を供える。そこに故人の霊があるという前提の習慣だろう。それでは、お盆に火を焚いて迎えたり送ったりする習慣は何なのだろうか。色んな習慣を取り入れるうちに、矛盾が生じたのだろうか。それとも素朴な美しい習慣を、人々はそれも承知の上で取り入れて来たのだろうか。


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