このところ年2回ペースの恒例になってきた観がある「母方従兄弟会」が、これも恒例になってきた「三ケ日遊び小屋」で先週半年ぶりに開催されました。
68歳~77歳の既にリタイアした、元メーカー勤務2名、元流通勤務1名、獣医1名。大阪八尾市出身のバラエティーに富んだ経歴の持ち主で、話好き酒好きのスペックが共通ですから2泊3日の集いを年2回、3年目に入っても話は尽きることがなく飽きることもありません。
ビール、ワイン、ウィスキー、焼酎と気に入っているつまみや地元の名物をそれぞれ持ち寄り、今回は三ケ日の銭湯入浴中に話がまとまって浜松餃子二種類もぎょうざん買い込みました。
丸二日それぞれ10時間ずつ、飲みっぱなし・喋りっぱなし・笑い転げっぱなし無邪気な爺の集いです。今までの半年毎では飽き足りず、次回は4か月後の7月に開催決定。それからは3か月毎でもええで、とMacchanも大阪弁になって応酬。今回の記念撮影は、それぞれの家族に覚えめでたくなるように庭の花の前で。
かみさんは今回は遠慮して?、到着時と出発時にそれぞれ1時間程度の話のみで泊まらず。
ああ、おもろかった!7月が待ち遠しいわ!!




次回はまた「遊び小屋」にて、来春の再会を約してみんな帰っていったのだった。
昭和22年から32年生まれの共通スペックは、まあ血筋だと思いますが酒飲みでお喋り好きなことです。前回に続き亡くなったそれぞれの親(3人姉弟)のこと、それぞれの人生体験や、古今東西のおもろい事象を延々としゃべくり笑い転げました。
11/29は都立H高校31Rの仲良しクラスで、比類なく毎年欠かさず開催しているクラス会出席、当ブログを紐解くと、コロナ禍中の3~4年間にもMacchanが幹事で開いた昨年を含め2回は開催しています。今回は前年と同会場、クラスの男女比率は40:12と記憶していましたから、今回の出席者14名は8:6で圧倒的に女性が元気ですね!
11/30はイベントはなし、少し意気消沈中のSちゃんと昨晩の続きの想い出話をしながら朝食、その後以前から気になっていた目黒区近隣の洗足池と池上本門寺を単独ウォーキングで巡ることに。
天気に恵まれ「最近は歩くことが少なくなったな」と反省しながら5~6時間歩きに歩きました。

昨日49日の法要が執り行われ、故人が生前下見して決めていた住居近隣の寺院内にて近親者10名が見守る中、「樹木葬」として埋葬された。大樹の根元に散骨されると想像していたやり方とは少々異なり、広大な敷地内ではあったが都心の目黒区内だったためか、大樹に囲まれた一角を細かく仕切った立体墓に骨壺が収納された。いままでに経験したことがないやり方だったので、厳粛な気持ちながら興味津々に見守った。
生前「そんなこと、おれはどうでもいいや」と自説や自我を優先させることはなかったKちゃんは、数年間の闘病生活で家族には尊敬にも値する綿密な遺書(指示書)を準備していた。今回の法要や会食の参列者リストも指示事項だったようで、Macchan夫婦も含まれていた。
法要は厚い雲に覆われた天気だったが、一夜明けて山好きだったKちゃんを見送るような上天気の下、富士山の半分が純白の雪に覆われていた。
Macchan一人だけがアウェイで、従兄弟の一人が勤務していた車両メーカーの力作最新モデル、名古屋経由で念願の近鉄最新特急「ひのとり」で駆けつけました。
Macchanを筆頭に拡大団塊世代10歳差の酒飲み&話し好きが共通スペック、2泊3日48時間の滞在中は、それぞれの父母世代の思い出話と、獣医と企業人生活を既にリタイアした3名の数々のおもろい体験話を肴に、寝ている時間を除いてほぼ喋りっぱなしで笑い転げました。
全員親を無事見送り八尾市内の叔父叔母たちが眠る2箇所の墓参りをして、自分達の健康に配慮しながら如何に元気に余生を送るかの共通テーマで、またまた面白可笑しく淀みない話が延々と続きました。
コロナ禍にやっと終息が見えてきて、政府の行動指標も感染症レベル最下位(インフルエンザ並み?)の「個人判断にまかせる」になった。歓送迎会ハイシーズンの週末はかなりの混雑、馴染みの店も10人程度の部屋と丸テーブルにメンバーをぎゅうぎゅうに詰め込んで商売繁盛!
2日目は当ブログに時々登場する現名古屋在住のNKちゃんと当時の同僚を合わせた団塊世代5名で、整理が終わって住みよくなった志摩の実家にて企画と料理の得意合わせ技を楽しませてもらった。

昼間は近隣の横山公園で花見をする予定が生憎の雨、展望小屋の卓を囲んでセンス溢れる風変わりな茶席を催してくれた後、自宅での夕宴まで延々8時間の花見&呑み会を堪能した。
卒業して56年になる今秋は、3年前に2巡目の幹事を任されてず~っとウジウジしていたMacchan、世界的な懇親組織Kの日本支部をまとめている仲間のY君が「例会に使っているLクラブが安全・快適・安いから使ってくれていいよ」と紹介してくれてお世話になりました。
今週火曜日夕方に集合した仲間は13名(10:3)、いつも通り毎月やっているような乗りでわいわいがやがや3時間余。最後はそれぞれの近況を数分間ずつスピーチし、次回幹事はクラス屈指の寡黙でいつもニコニコして人の話を聞くS君が選出され快く引き受けてくれて無事終了解散。
まだ「鉄道記念日」と言っていた50年前、そう開業100周年を祝う浜松駅頭の大ポスターの前で撮った記念写真がMacchanのアルバムから見つかりました。37年間お世話になったY社本社事務所で働く比較的?「若手男女の呑み会」(確か毎月のようにやっていたように思います)でたまたま誕生日だったMacchanは祝ってもらうは、花束やシャンペンのプレゼントをもらうは、浜松駅からまだ豊橋や掛川に帰宅する仲間を見送りがてら駅頭で万歳三唱(今は見かけませんよね)までやったかな?
コロナ禍が気になる仲間の参加は望めず、前回と同様生まれ故郷の旧家の片づけが続くNKちゃんと、広い家にお独りさまのSAちゃんと計3名、連日の呑み会とぼけ突っ込みによる抱腹連続のお爺の会話を楽しむ。

今回は、夕食は2回ともに片づけが進んで落ち着いてきた部屋と、持ち前のセンスとウィットが光る演出によるNKちゃんの創作料理を各種の酒類で。昼食は後輩夫婦が経営する「食堂」で早い・安い・うまい定食。宿はSAちゃんが、ただいまはまっている?朝からライスカレー(コーヒー飲み放題付き)。
毎年記事にしているなと考えると気後れしないわけではありませんが、ブログネタがコロナ禍のせいで?減っているのでお許しください。外食機会が少ない我が家では「晴れの日」の食事でも思いつける店が少なく、ついつい家の近くのコスパが優れている廻り
リゾートで共に汗を流した仲間二人も10年ぶりに加わって、泊めてもらったSちゃんちの広い庭で名物の海の幸や松坂牛のBBQを楽しむ。

懐かしい昔話よりもこれから残された人生をどう楽しむかという話が多くなって、元気なうちにまた直ぐ会おうと約束した。

経営する会社が代わって面影を残す古巣も志摩の美しい景色もよかったが、個性豊かな懐かしい友たちとの会話が何より魅力的で価値があった。
名古屋近郊の長久手から、天竜浜名湖鉄道に乗って幸ちゃんがやってきた。Y社が手がけた志摩のリゾート施設での仕事で付き合いが始まって30年、この度第2の人生保育園長の仕事に区切りをつけて完全リタイアしたそうだ。
「遊び小屋」松茶庵の表札も時間をかけてじっくり制作してくれた。囲炉裏にも興味を示し見てみたいというので、うなぎでも焼いて食べようということで急遽実現したのだった。圧巻の包丁研ぎテクニックを見ながら、色んな分野に話が及ぶ。


