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団塊世代MACCHAN(まっちゃん)の、<人生これから>だよ!

リタイア後17年、人生を日々面白がる楽しみを綴ります。健康と家族と友人を大切にする、年金生活爺さんの「残日録」です。

只今健康状態異常なし

2012-02-29 | 健康管理
先月末に受けた、「特定健康診査とがん検診受診」の結果が出揃った。胃カメラ検査を受けたE内科クリニックに次いで、今日主治医のS内科に結果を聞きに行った。

悪玉コレステロール値が境界上だった以外は、全て健康値範囲に入っていて問題なし。がん検診結果も異常がなかった。現役時代は中性脂肪値と総コレステロール値がいつも上限をまたいで上下していたが、リタイア後はそういうこともなくなった。

夕食時間が規則正しく早くなって、寝るまでに5~6時間はあること。意地で週2日の休肝日を守っていること、週1~3回はあった宴会が月に1~2回に減ったこと。「遊び小屋」の建築で身体を常に動かしてきたことなどが、良い方に働いているのかもしれない。誘惑に負けることも多いが、ご愛嬌。健康に過ごしている人たちは、習慣的に身体にいいことをしている人たちが多い。

それでも小屋の建築がほぼ終わって、身体を活発に動かす機会が減った。くたくたにくたびれることが無くなった代わりに、不完全燃焼感が漂う日が出てきた。そこで2~3週間前から、また4~5Kmの散歩を週1~2回やるようにした。これからは更に日が長くなるので、週に2~3回の三ケ日の小屋往復のうち1回は自転車でやりたいと考えている。少なくとも80歳までは心身共に健康でいられるように、努力していきたいものだ。

(写真は昨年12月に2ヶ月遅れで株分けした「菖蒲」の苗。植え替え後1ヶ月以上も雨が降らず寒さが続いたので、根付きを諦めていたがいくつかの苗から新芽が覗いていた。自然の逞しさよ!)
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薪割り斧の初稼働

2012-02-28 | 「薪ストーブ」「囲炉裏」を遊ぶ
今冬暴れまくった冬将軍の最後のあがきだと聞いたけど、今朝も冷えた。庭には氷は張っていなかったけど、畑に溜めている雨水は結氷していた。うーさんの奥さんMちゃんへのプレゼントと「遊び小屋」昼食用に、B畑で白菜と大根とルッコラを収穫する。

うーさんを拾って安売りスタンドで軽トラのガソリンと灯油3缶を満タンにして、途中でダンボール回収をやっているスーパーに寄り生みたて卵屋に寄って人生相談を聞きながら「遊び小屋」に向かう。寄り道で30分遅れ。

うーさんは早くも次の作品、台所流し台左脇の棚を手がけているぞ。Macchanは先週購入した薪割り斧で、そのままではストーブに入らない太い薪を次々に割っていく。購入後3年経過した杉柱材の端材が多いためか、斧の性能がいいのかよく乾いている薪なのにパカパカとよく割れる。寒いので3枚半の厚着をしていたが、15分毎に次々に脱いで最後はシャツ2枚で頑張る。

Macchanのピロリ菌一掃祝いの缶ビールで乾杯して昼食、午後も引き続き薪割りをして玄関脇に積み上げる。敷地は各種の薪だらけで、来月からもう一回冬になっても大丈夫だよ! その後は先週塗装した、ロフト階段脇板を取り付けてみる。同じく先週取り付けた上から1段目の踏み板を支える「受け」を、脇板の傾斜に合わせて付け替える作業をする。この手の作業の経験者は異口同音に言うが、階段の取り付けはなかなか複雑で難しい。



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ピロリ菌疑惑めでたく無罪放免

2012-02-27 | 健康管理
先週の月曜日呼気式ピロリ菌検査が(-)だったのに、胃の荒れ方や胸焼けが時々起こるのは「菌の存在の可能性が皆無ではない」とのことで血液検査を受けた(2月20日付け記事「ピロリ菌は退治されていました、が~」参照)。夕方クリニックに行って、検査の結果を聞いてきた。

先生曰く「両方の検査が(-)だったので、4年前の退治で全くいなくなっていたと考えていいでしょう」「しかし胃が荒れていることは事実なので、今後も注意して定期的に検査を受けてください」とのことだった。あ~これで無罪放免、心がす~っと軽くなった。元々ストレスで胃が反応しやすいことや、酒や辛いもの好きなので先生のアドバイスを守りたいと思った。従って今日は普段以上に飲んで祝いたいところだが、前もって決めた日・月2日間の休肝日は守ることにした。乾杯は明日にお預けだ。

今朝母をデーサービスに送り出して直ぐにかみさんと薪の入手ルート2件を訪ねて、それぞれ軽トラ一杯ずつの雑木薪と蜜柑薪を貰ってきた。それぞれ三ケ日の「遊び小屋」の庭に運び込み、先週までに出来た山に更に高く積み上げた。一番高いところは、ついにかみさんの背の高さになった。蜜柑の木は比重が高いのでずしりと重く、太い薪が崩れたら危ない。特に子供が近づかないように、何らかの配慮をしたい。あと蜜柑の薪を一杯貰ったら、これで当分薪集めは終わりにするつもりだ。薪を積み上げて急ぎ帰宅したら、母帰宅の10分前になんとか間に合った。平日のデーサービス7時間は本当に有難く、今日も有効に利用させてもらった。
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暫く乗っていないうちに新幹線はーー

2012-02-26 | 旅行
二人の妹と母の介護を5週間ずつの輪番でやるようになって4~5年経つ。今朝は昨日の合唱団の定例会で飲んだアルコールが未だ少々残っていたが、下の妹夫婦から母を受け取るために新横浜へ向かった。何年ぶりかの新幹線での往復で、少し気分が高揚している。

浜松駅に滑り込んできた「ひかり」は700系車両、5年前にリタイアした会社時代によく世話になっていた頃は「のぞみ」に使っていたのではないか。乗車してわずか1時間余りで新横浜に到着して、風邪で調子が悪い妹に代わって義弟のKちゃんが母を連れてきてくれてバトンタッチした。少し立ち話をして、25分後には浜松へとんぼ返り。

復路は「こだま」号だったが、入ってきたのはまたまた700系車両。4年前にダンゴ鼻の0系が引退し、先日は300系も引退した。しょっちゅう出張していた頃は、このダンゴ鼻が入ってくるとトイレは臭いは床にはゴキブリが這っているはで、イメージが悪くがっくりしたものだ。5年も経つと「ひかり」ばかりではなく「こだま」もかつての「のぞみ」用車両を使っているのを見て、Macchanはしばし感無量浦島太郎状態になった。
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「遊び小屋」にも春が近づく

2012-02-24 | 「遊び小屋」を遊ぶ
週明けからはまた寒が戻るようだが、この3日間はあの寒さから開放されてぐんと暖かくなった。人間70%はオプティミストだから三日も暖かさが続くと、寒くて辛かった日々を忘れてもう春かと期待する。まぁ現実はそんなに甘くはないだろうね。

今日は事前エントリーがあったうーさんをピックアップして、暖かい陽射しに包まれた「遊び小屋」に向かった。極寒時期に比べると厚い上着を1枚減らして3枚半だが、それでも車の中の暖かさに耐えかねてダウンのベストを早々に脱ぐ。いつもの軽トラは火曜日に頂いた雑木の薪を満載にしているので、着いたら直ぐに薪を置く位置を確保して一輪車で運び始めた。庭にはこの2~3日の暖かさで、6週間前に下の妹夫婦が球根を植えてくれた6種類40本余りの水仙が芽吹き始めた。

隣保のSさんが訪ねてきて談義が始まるが、ここはうーさんに場をまかせて薪を積みながら聞き耳を立てる。何々?床屋は安くて短時間がいいか、正規料金でも1時間ちゃんと肩揉みまでしてくれるのがいいか? 20年以上前から髪の毛が少なくなって、床屋の世話になっていないMacchanにとってはどうでもいい話じゃの。何々?皇室の後継問題?加わりたいけど、作業の手を休めてしらふで加わるほど持論があるわけではないのでやめとこ。

そのままスパゲッティの昼食時まで議論が持ち込まれたが、実際昼食の缶ビールタイムが始まると議論は止んで別の話題になってしまった。ま、これはこれでいいっか! 午後はうーさん流し台横の特大ゴミ箱を改造して棚に作り変える作業を開始、Macchanは階段脇枠のサンダー掛けと塗装を始める。3時頃意外な来客あり、次男O家族とかみさんが1台の車で到着した。

豊川稲荷に行って帰りに山越えで三ケ日に行こうということになり、寄ったのだと言う。1時間ほど遊んで帰って行ったが、今晩は食事を一緒にしようと約束した。孫2号のKが来ないかなと思っていたので、正直嬉しかった。
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温暖地浜松の寒冷被害

2012-02-23 | 日常
今冬は「寒い寒い」と、何回記事に書いただろう。感覚的に暦上冬に入った12月から、結氷した日だけでも10倍以上の4~50日に上るのではないか。一昨日から暖かくなってオーバーパンツやフリースを手放したが、この冬は随分世話になったしまだまだこのままでは終わらないだろう。

先日からかみさんが「この冬は庭の植物が随分溶けちゃった」と表現しているが、その実態をカメラ片手に収録した。庭の植栽にはかみさんの何十分の一しか造詣がないが、その私でも例年との違いはよく判る。

数種類は名前が判るが、ここは写真を羅列して被害の大きさを皆さんにお伝えしよう。10年近く前に岳父から受け継いだ盆栽の紅梅は華やかさはなくなったが、寒い今冬も遅れて咲き誇った。名前が判るだけでも「カポック」「つる梅もどき」「アボカド」「ランタナ」「月下美人」、み~んな溶けたが果たして暖かくなって甦るだろうか?
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まだまだ賑わう水曜日

2012-02-22 | 「遊び小屋」を遊ぶ
月曜日は「蜜柑の薪」を置きに行っただけだったので、今日は実質今週初めての「遊び小屋」へ出かけた。事前エントリーがあったふくちゃんとうーさんをピックアップして、三方原卵屋の「うみたて卵」と農業屋「しんしん」で薪用のマサカリを仕入れて小屋に向かった。

ふくちゃんとうーさんは同じ車で出かけるということもあるが、毎週ピックアップして欲しい日を事前にきちんとエントリーしてくる。そんな二人も小屋がほとんど出来上がった最近は、小屋で「何をするべか?」という一言が添えられるようになってきた。小屋の建築はほぼ終わったが、「遊び小屋」の本来の目的はそこで楽しく遊ぶこと。みんなとっくに還暦を過ぎたのだから、子供と同様「何をしても遊び」にすればいいんじゃないかとMacchanは返す。

うーさんは自主的に自分の部屋で使う「マグネットボード」の制作、ふくちゃんには依頼して新たな「薪小屋」を作ってもらうことにする。Macchanは昨日から家で一日「塩抜き」をしていた、燻製用の豚肉を風乾する場所を作る。南・西・東側は全て陽があたるので不可、北側の玄関軒先に「尺棒」を紐で取り付けてそこに干すことにした。

そうこうしているうちに総監督のなべさん登場、今回は珍しく予告登板だ。多分ロフト階段でMacchanは苦戦するだろうと、読んでくれたに違いない。続いて農作師匠かずさん登場、今日は早朝6時から既に家を出て三ケ日地区の2箇所の精米機のメンテをして来たのだという。「早起きでよ~働くのぉ」と褒めたら、「家で孫の守りをしているより楽だよ」と返ってきた。5人も揃ったので嬉しくなったう~さん、いつもより30分も早くスパゲッティ&ゆで卵の昼食を作り始めた。うーさんちの鶏唐揚げと缶ビールで早速盛り上がる。

午後はロフト階段の既存階段枠の寸足らず分、上から1段目の製作に入る。100Kg位の荷重に耐えられるように、階段板を支える部分を少々オーバーに作る(表題写真)。途中脇枠をあててみるも、どうもすっきりせず設計サイズを間違えたかと疑惑が沸く。計算をやり直し、間違えていなかったことがわかりホッとする。困った時の総監督登場、いつもながらスーパーマンに変身するクラークケントだなと感謝している。

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新たな薪入手ルートあり

2012-02-21 | 「薪ストーブ」「囲炉裏」を遊ぶ
昨年末以来、薪入手ルートがいくつか出来た。三方原の桜の木、細江の栗の木、同じく細江の蜜柑の木、次いで今日は昨年末餅つきで世話になったIさんの紹介で、市内市野町の地主Hさんを紹介してもらった。大きな屋敷内に庭師が入って剪定した木々を、3~40cmに小まめに丸ノコで切って積み上げてあった。

数年前から積み上げてあって、もう場所がないのでもらってもらうと有難いという、願ってもない薪供給ルートだ。明らかに広葉樹の雑多な木が元になっていて、よく乾いていて一輪車に積む時も軽トラに積み替える時も、カンカンと乾いたいい音がする。桜や肉桂なども混じっているらしく、作業をしていてもいい香りに包まれる。貰われて有難がり貰って有難い、探してもなかなかない供給ルートだ。

蜜柑園は古木を切って植え替えてしまうとまた3~40年は供給が途絶えて、Macchanの人生ではもう2度とない。広い屋敷で毎年剪定して積み上げるこのような安定的な供給源は、非常に貴重だと思う。それにしても友人の親戚や知り合いレベルで、これほど様々な供給源が確保できるのは本当に有難い。明日から「遊び小屋」で、新たな薪小屋を作る決心をした。

今日も午前中の1万歩に及ぶかみさんとの散歩といい、薪入手のための筋力トレーニングといい願ってもないアスレティックが出来た。休肝日2日が明けて、飛び切りの晩酌デーになったことは言うまでもない。
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ピロリ菌は退治されていました、が~

2012-02-20 | 健康管理
4年余り前の退職時これから最低20年元気でいられるために、身体を総チェックしておこうと「退職時健診」を色々受けた。胃カメラ検診時勧められるままに「ピロリ菌検査」を受けたら、多くの同年輩と同様疑いもなくピロリ菌はいた。問題はそれから、1週間強い薬を飲んで退治に努めたがその後の検査では合否ぎりぎりの値2.5だった。気持ちが晴れないまま、またの機会検査しましょうと言われたまま今日に至っていた。(その経緯は'07.10.2付けの当ブログ記事「ピロリ菌退治の結末」に詳しい)

先日がん検診の胃カメラ検査を受けた結果「胃が荒れている」という診断で、クリニックの医師からピロリ菌検査を受けたことがあるかと聞かれた。4年前の経緯を話したら、じゃあこの機会に検査しましょうということになり今朝検査結果を聞きに行った。診察室に入ったら、医師が盛んに首を傾げている。また悪いことが起こったかと、神妙に次の言葉を待った。ピロリ菌検査は数種類あるが今回の最も敏感な検査の値は0.3、結果は(-)でピロリ菌はいないという。

でもあの胃の荒れ方とか時々胸焼けするということを併せると、「やや疑問が残る」と先生まだ歯切れが悪い。1種類の検査では見落としがある可能性が10%くらいあるので、念のために血液検査をしてみましょうということになった。結果はまた来週で、今日は無罪放免とはならなかったが気分は随分軽くなった。さ~てどうなりますやらーー。

午後は先週に続いて、2回目の「蜜柑の木の薪」を頂きに細江の奥に向かった。またかみさんとのコンビで一輪車を使って何度も山の斜面を上がったり下りたりを繰り返し、軽トラの荷台をいっぱいにして隣り町の三ケ日「遊び小屋」へ向かった。クリニックの往復と併せて多分1万歩以上、薪の積み降ろしで適度な筋トレも出来た。寒かったが汗もかいて、健康的な一日を送ることができた。

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昨秋に続く2回目の強化練習合宿開催

2012-02-19 | 男声合唱(合唱)
今春5月20日に開催される第5回演奏会を3ヶ月前に控えて、浜松男声合唱団の強化練習合宿が18日(土)~19日(日)「遊び小屋」で開催された。昨年10月22日~23日以来、2回目だった。今冬最大級の寒波が来ていたが、薪ストーブや囲炉裏そして20名の熱気で凍えることなく練習できた。初日は2時から延べ5時間半、2日目は3時間余り。合計8時間以上、通常月の1ヶ月分の練習時間だった。演奏会の曲目男声合唱組曲「東京景物詩」北原白秋作詩・多田武彦作曲、Rheinberger作曲「Messe in F op.190」、日本民謡4曲を何度も繰り返して練習した。まだまだ完璧には程遠いが、確実にレベルアップできたと思う。

合宿は練習が厳しく充実していることは確かだが、夕食や酒盛りなど寝食を共にして楽しめることが魅力的だ。今回は昨秋まだ無かった囲炉裏を囲んで、海老や秋刀魚の丸干しを竹串に刺して皆でわいわい焼きながら様々な銘酒を味わった。いつにも勝るワイガヤの合間には大声で歌い、3時間半に及ぶ宴は足下が覚束なくなる者が出て、翌朝の練習を期して渋々お開きになって皆寝た。日頃の「遊び小屋」ヘルプ陣が自主的に早めに小屋に集まるなど、準備や運営に手を貸してくれ快適に合宿を過ごすことができた。

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「遊び小屋」土間用棚の完成です

2012-02-17 | 「遊び小屋」を遊ぶ
端材と廃材に息吹を吹き込み「寿命を倍以上にする」名人、うーさんが昨年11月から手がけていた「土間用棚」がいよいよ完成した。初めて見る人や庭先のテラス上を散歩がてらに観察していた人々から、このところ絶賛?を浴びている。制作過程は何度も記事に取り上げてきたが、ここでこの棚を作るようになった経緯と端材・廃材の出自を説明しておこうかね。

大きなきっかけは家の近所の廃業したブティックというか、カントリー雑貨店の重厚な手作り木製の衣料ハンガーを貰い受けたことだ。土間の入り口脇に大きな戸棚が欲しかったので名人うーさんに、このハンガーと、かみさんの母親の嫁入ダンス(昭和21年製)の抽斗と隣家Nさんから家の建替えの際に貰い受けた作り付けダンスの抽斗(昭和40年頃製)とを使って、新たな戸棚の制作を依頼した。サイズは収まり具合があるので、指定させてもらった。

うーさんは全体の構想を立てても、詳細な設計図は描かない。今回は全体のサイズと既製の抽斗のサイズが与件になっているので、出来る限りそれを活かそうと努力していた。どうしてもはまらないところは、既製の抽斗を切り詰めたり新たに作ったりしていたようだ。抽斗の取っ手は2人の意見が一致して、古い「麻のロープ」を使った。かみさんの親父が材木商をやっていた時の、トラックの荷台用ロープだ。「遊び小屋」建築には高所作業用の「命綱」にも使っていたが、その一部を記念に転用させてもらった。

塗装はホームセンターの塗料売り場で2人で悩んで、結果小屋全体の茶系の濃い目で扱いがしやすい水性塗料を選んだ。制作開始以来3ヵ月半、週1~2回のペースで寒いテラスで頑張ってくれた。昨日小屋に寄って褒めて帰った近所のNさん夫婦の言を借りると、「ずっと前からここに居た顔をしている」いい作品だ。最後のタッチアップペイントを終えて、完成の握手! 名人に聞いたら、やっぱり「生涯一の大作」だそうだ。

早速大皿や、ストックされていた食品などを移し替えた。棚の上にはうーさんが47~8年前に信州上田で迎えた新婚家庭で卓袱台と本棚にしていた、故郷青森の「りんご箱」を調味料棚に再活用した。いい味が出ているんじゃないかな。
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「蜜柑の木」の薪

2012-02-16 | 「薪ストーブ」「囲炉裏」を遊ぶ
一昨日久方ぶりに三ケ日の「遊び小屋」に行き、うーさんやふるちゃんと約10日ぶりに楽しく遊んだ。小屋がほぼ完成した今は思いついた何ということない細かいことをやり、また何ということはない昼飯を薪ストーブで作り会話をとことん楽しむ。当面は階段作りや風呂桶作りなどの大型物づくりが未だ残っているが、こんな何でもないことが楽しみの中心になり、これからもずっと続いていくといいなと思う。

今日は少し前からかみさんの親友Tさんから声がかかっていた、「蜜柑の木」の薪を頂きに細江町の山すそをかみさんと訪ねる。実はかみさん、Macchanが快方に向かってから逆に具合が悪くなり、昨日まで数日間寝たり起きたりの不安定な状態だった。元々弱い咽喉をやられて、咳き込んだり少し熱を出したりの風邪症状。今朝は身体が軽くよくなったとのことで、旅行帰宅以来の外出になった。

細江は「三ケ日」に次いで、この地では美味しい蜜柑の産地。中でも「青島蜜柑」は、群を抜いて美味しい。Tさんの弟さんは会社勤務リタイア後、実家の蜜柑作りを継いで手入れをしている。昨年末は栗林を蜜柑園に切り替えるとのことで栗材を頂き、今日は生りが悪くなった蜜柑の木の入れ替えで、35年位経過した古木を切り倒したものを軽トラ一杯頂いて来た。蜜柑の木は緻密で優秀な木炭になると聞いていたが、同様に火持ちのよい優れた薪になるという。ずしりと重く互いに叩くと「カンカン」という高い音がする蜜柑材、小屋庇下のよい場所はもう他の薪で塞がったので、庭の真ん中に新たに積み上げて半年間乾燥させることにした。

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びっくり仰天ソウル4日間(その6)

2012-02-16 | 旅行
着陸した瞬間目が覚めて、昼前には無事成田に到着した。その間も水と果物を口にしただけで、機内の朝食には手をつけず。ふわふわした気持ちで2回乗り換えて、浦安の三男E家族のところに転がり込むように帰着した。

歓迎してくれる嫁さんMちゃんや孫1号K4号Tを横目に、敷いてくれた布団に転がり込みまた爆睡。5~6時間寝て目が覚めたら、寝汗をビッショリかいて着ている物を全て乾いたものと交換する。Eが会社から戻り、かみさんが作ってくれた煮込みうどんを半分ほどぽつぽつと食す。風邪薬とEがくれた得体の知れぬどまずい滋養強壮薬の小瓶を飲んで、またまた爆睡。目が覚めたら、なんと翌11日(土曜日)の8時ごろ。旅の3日目9日午後から眠りに眠ったり、40時間余りのうち多分30時間以上は寝ただろう。

すっきりとは言いがたいが、3日ぶりの気分のよさを味わう。食欲も出て、普段より多めの朝食を完食する。旅の終盤から何くれとなく面倒をみてくれたかみさん、狭い社宅に前後3泊嫌な顔ひとつせず泊めてくれたMちゃんはじめ3男家族。ありがとう! 手間や心配掛けたけど、お陰ですっきり治ったわい。また悪くならないうちに、昼頃老パジェロで浦安を辞し無理せずゆっくり浜松を目指した。みんなのお陰で、何もなかったより思い出多い旅になった。

表題写真は「水原華城」の、銃眼(実際は弓)から眺めた水原市内。500年前誰がこんなに繁栄した庶民の町を眺められると想像しただろう。韓流歴史ドラマでお馴染みの美しい旗が、あちこちに林立して比較的地味な遺跡を美しく彩る。現大統領官邸「青瓦台」正面に立つ歴史上の英雄。あちこちで見かけた、シジュウカラを大型にしたような野鳥。ソウルや韓国には、次回は往復の航空券とホテルだけ予約して、発達した公共交通網を使って自由に旅したいと思った。最初は既製品の安いハイライトの旅、気に入ったところは自分でアレンジして安く気ままな旅、世界中これに限るんじゃないだろうか。

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びっくり仰天ソウル4日間(その5)

2012-02-15 | 旅行
旅の3日目はいよいよ38度線向こうの北朝鮮が見渡せる、「烏頭山統一展望台」を訪れる日だ。今回の旅に付いていた中2日の朝食は、観光に向かう途中市内の異なるレストランで「韓国式定食」「アワビのお粥」を食した。宿泊ホテルのバイキング朝食より、異国情緒があってなかなかよいと思った。お粥を食べてトイレに行っても、もうひとつ会心の一撃が出ない。昨日まで快調だったのに、大腸の動きが止まってしまったようだ。

さて38度線に向かう高速道路は、ソウル市周辺と同様車線が多く快適だ。北朝鮮との万が一の交戦があった時の、兵站輸送路を意識しているだろう。北に向かうと未だ国境に近づく前から、漢江(ハンガン)岸には2重の鉄条網が張り巡らされている。脱北者対策か防御のためか解らないが、緊張感はひしひしと伝わる。展望台に到着し、早速韓国政府の展示物やプロパガンダビデオを見る。必要な説明に加え、見渡せる北朝鮮の施設が如何に虚勢を張ったものかのナレーションが入り複雑な気持ちになる。

展望台に上がって、少し霞がかかって見にくいが間近の北朝鮮側を見渡す。予想以上に近い! イムジン河(ハンガンの支流)を挟んで南北に分断された国境。昔フォーククルセダーズが歌っていた、「イムジン河」の歌詞が思い出される。我々日本人には理解が遠く及ばないが、同民族同国民が大国の勝手な取り決めで国土も家族友人さえ分断された「悲しみ・辛さ」はわかるなぁ。平和呆けした今の日本に、こんな「緊迫感」があるだろうか?

ソウル市内に戻って「紫水晶店」に寄りそれから昼食、しかし「旅行先だもの昼食だってビールくらいーー」といういつもの気持ちがわいてこない。メニューの「豆腐チゲ」を、何とかぼそぼそ食べてバスに戻る。ますます元気が無くなり、身体がなんだか変で寒気までしてきた。「カジノ体験」でLotteホテルに着いた時は、もうバスから降りたくもなし。かみさんに「行っておいで、車内で寝てるから」と言ったが、かみさんが異変を察して「タクシーでホテルに戻ろう」と提案してくれた。添乗員の奇さんに事情を話して、例の「書類」にサインしてバスを降りる。

ホテルからタクシーに乗って、随分長く感じられた宿泊ホテルに着いた。何はともあれ厚着の服を脱いで、風邪薬を飲んで崩れるようにベッドに入った。4~5時間は寝ただろうか、汗を大分かいた。かみさんがコンビニで軽食を買ってきてくれていたが、食欲全く無く水だけ飲んでまた寝る。翌朝は帰国日、午前中の便に間に合うように4時過ぎに何とか起き上がって荷造りし、バスに乗り込む。何とか空港手続きをして機上の人になれたが、これで救急車だったら同行者やかみさんに迷惑をかけ病院代や帰国便は正規料金で大出費になるところだった。

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びっくり仰天ソウル4日間(その4)

2012-02-14 | 旅行
今回の激安価格4日間ツアーでは、通常の安いツアーでは必ずあるフリータイムが全くなかった。企画会社にとって、激安にできる元の「経費を減らすというより収入を計る機会」のほうが多かったのだろう。しかし機会があったら公共交通機関を使って、独自に街歩きを楽しみたいという我々夫婦にとっては少し不満だった。

チャンスは早々にやってきた。それは2日目の夕食が早めに終わってまだ明るみが残っている時間、これから多くの同行者がOPで「韓国式サウナとあかすり体験」に出かける時だった。かみさんとちょっと前から申し合わせていた「街に出かけたい」を、添乗員奇さんに申し出た。奇さんたちまち困った顔になって暫し沈黙後、書類を取り出して「何が起こっても異議申し立てしない」とサインして欲しいと言う。まあこう来るかもしれないと思ったが、郊外のホテルに送ってもらった後で出直していては時間がもったいない。快く?サインして、食事会場前で解放してもらう。

教わった地下鉄入り口から駅に潜り込み、日本語表示が多くてわかりやすい発券機の説明を読んで片道切符を購入する。ICカード化されているので、デポジット額が500w上乗せされている。それでも3駅先まで、日本円で100円余り。台北と同様網目のように整備された地下鉄網は、日本の半額くらいの感覚で割安感があり移動も早くできる。各種説明文をはじめ車内のアナウンスも主要駅周辺では必ず日本語が入って、反日派が多いと聞いているが隣国で渡航者が多い日本を大切にしていることを肌身で感じる。

政府主導のイベントを増やすことではなく、良かれ悪しかれ興味をもっている多くの国民同士が往来しやすいようにインフラを整備すること。真の国際交流とは、多分こういうことなんだろうね。早速「南大門」で下車して、市場に直行。7時は過ぎていたが大都市では宵の口のはず、しかし切れるような寒さの中では観光客にはちと厳しい? アメ横によく似た街のたたずまいは、客が閑散としていて通りが広く見える。「ブランド偽物文化の元祖」的な街も、これでは呼び込みも手持ち無沙汰? 我々は真偽にかかわらずブランド物には興味がないので、小さな市場の隅々まで歩いてみる。

買ったものは少なかったが、少々の土産と屋台で売っていた美味そうな「厚揚げちぢみ」風のスナックを70円で購入して満足な気持ちで駅に向かう。待ちきれずほおばるが、なかなか美味い! 日本より個人IT機器化が進んでいるはずの韓国なのに、街にはまだまだ電話ボックスがたくさん目立つ。同じやり方で切符を購入して10駅ほど先のホテルに戻り、昨日購入した2本の焼酎を呑む。部屋のオンドル式床暖房は暑いほど効いていて、室内は薄着でも快適。しかし翌日まさかこれがアダになるとは、この時点では想像がつかなかった。



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