オーバー古希の爺Macchan5カ月前から始めたスマホが少し板に付いてきて、生活費の見直しの一環として「固定電話を廃止するか?」とか「定期購読新聞もいらねえか?」とか考え始めていた。
スマホは格安Aeon Mobileの10分以内電話かけ放題をプラス契約して夫婦で5千円以内、3人の息子たちの家族とはLine電話だし同世代の仲間ともメールやLineがメインで電話のやり取りはもっぱらこの契約以内の固定費で済んでいる。NTT光固定電話はPC&スマホのWiFi環境確保と携帯やスマホを持っていない旧知への連絡には不可欠と考えていたが、もう自分の連絡先を090にすれば問題ないかも?と思う。
新聞はといえば東日本大震災以来詳細な記事はありがたいが、取材姿勢が情緒に流れ過ぎていて対応する国以下の行政に対して「必要不可欠な救済や自然災害対策提言」が手ぬるいと思い続けていた。大所高所の歴史観に欠け哲学や人生観が乏しい安倍首相の国政外交に対する批評も、ある種の忖度が働いているのか同じく手ぬるすぎると感じていた。永年親の代からの朝日新聞の愛読者だったが、最近の新聞はあまりにも広告ページが多く折り込みも含めて「広告にわざわざ金を払っているのか?」と批判的だった。旅行時などには「朝日と対極?にありそうな産経」を数年前から時々購入し始め、在宅時にも必要な時に読みたい新聞を比べてコンビニで買えばいいかと考えていた。
そんな時、今日の朝刊を久々に精読したこともあるが、「朝日もなかなかやるじゃん」というページ&記事に出くわした。P13~P14の「耕論」と「多事奏論」、「社説」と「声」欄だ。「耕論」は同じアジアの代表として米アカデミー賞を受賞した韓国の「パラサイト」への新たな「視点」の提言。「多事奏論」は骨がありそうな高橋純子編集委員の独壇場、Macchanはちょっと前から注目していたけどこういう物の見方をするユーモア溢れる論説好きだな。朝日にはまだまだ「有能記者」がおるわいの。
こうして「お~!」と感じる記事に久々に出会うと、毎日読んでいる社説や「声」「朝日川柳」でさえより説得力がある新鮮なものに見えてくる。朝日の定期購読見直しはもう少し先送りにしてみるかな。
スマホは格安Aeon Mobileの10分以内電話かけ放題をプラス契約して夫婦で5千円以内、3人の息子たちの家族とはLine電話だし同世代の仲間ともメールやLineがメインで電話のやり取りはもっぱらこの契約以内の固定費で済んでいる。NTT光固定電話はPC&スマホのWiFi環境確保と携帯やスマホを持っていない旧知への連絡には不可欠と考えていたが、もう自分の連絡先を090にすれば問題ないかも?と思う。
新聞はといえば東日本大震災以来詳細な記事はありがたいが、取材姿勢が情緒に流れ過ぎていて対応する国以下の行政に対して「必要不可欠な救済や自然災害対策提言」が手ぬるいと思い続けていた。大所高所の歴史観に欠け哲学や人生観が乏しい安倍首相の国政外交に対する批評も、ある種の忖度が働いているのか同じく手ぬるすぎると感じていた。永年親の代からの朝日新聞の愛読者だったが、最近の新聞はあまりにも広告ページが多く折り込みも含めて「広告にわざわざ金を払っているのか?」と批判的だった。旅行時などには「朝日と対極?にありそうな産経」を数年前から時々購入し始め、在宅時にも必要な時に読みたい新聞を比べてコンビニで買えばいいかと考えていた。
そんな時、今日の朝刊を久々に精読したこともあるが、「朝日もなかなかやるじゃん」というページ&記事に出くわした。P13~P14の「耕論」と「多事奏論」、「社説」と「声」欄だ。「耕論」は同じアジアの代表として米アカデミー賞を受賞した韓国の「パラサイト」への新たな「視点」の提言。「多事奏論」は骨がありそうな高橋純子編集委員の独壇場、Macchanはちょっと前から注目していたけどこういう物の見方をするユーモア溢れる論説好きだな。朝日にはまだまだ「有能記者」がおるわいの。こうして「お~!」と感じる記事に久々に出会うと、毎日読んでいる社説や「声」「朝日川柳」でさえより説得力がある新鮮なものに見えてくる。朝日の定期購読見直しはもう少し先送りにしてみるかな。


村内の林の木々は会員であり村民の資産、切り方によって枯れたり景観が変わってしまう可能性がある。楓や桜や白樺は枯れやすいのでその都度要注意の希望を出す。村民はうるさいユーザーの集まりかもしれないが、中電もわざわざ時間を割いて要望を聞き入れる対応をしてくれるのは有り難い。

暖冬とは言いながら早朝は雪解け水が凍って、芸術的な美しい模様を描き出す。
雪が少ないながらも、村から最も近い蓮華岳や北葛岳の美しい姿はいつも感動ものだね。
滅多に乗らないけどやっぱり新幹線の移動は早いね、新横浜までわずか1時間10分。旅行の時だけ購読する産経新聞を、ちょうど読み終わったらもう到着。旅の始まりは体調を崩した義弟Kちゃんの見舞い、夕方はお馴染み「でか餃子」で有名な八重洲のT楼でスキークラブ仲間と「生きていて楽しい」時間を共有する。まだまだ仕事をやめられない者も、毎日が日曜日の者もこういう時はみんな同じ。
今回の目的は大好きな江戸文化を集めた両国の「江戸東京博物館」見物、この手の博物館としては度肝を抜く規模。二つの特別展も含めて65歳以上の特典、半額シニア料金に気をよくして昼飯を食うのも忘れて3時間没頭する。
3世紀近くもの独裁政権だった徳川幕府の為政の仕組みは、やっぱり良く出来ていてすげ~わ。大火事や地震など度重なる災害をくぐりぬけながら、民衆も娯楽を忘れずしたたかに生き抜いたことに改めて関心&感心。
選択に迷うほどの地下鉄網で虎ノ門に移動、ここでは移転したばかりらしい「領土・主権展示館」を見る。きっかけは今秋の演奏会演目の一つ「海鳥の詩」に出てくる「エトピリカ」がシンボルキャラになっていることを、事情通の団員Mさんから教えてもらったこと。Macchanもミーハーですわ。展示館は政府が以前から主張している北方領土・竹島・尖閣諸島の領有&主権の正当さを、ちょ~真面目に(当たり前か)資料と文字で説明したもの。
展示物の間を長時間ぶらぶら歩きして身体と頭に疲労感を覚えたころ、大森海岸の老舗鮨店を継ぐT君の好意で毎年今頃開催している大学のクラス会(4年間の学部別クラス制をとっている大学は稀有らしいね)で、連日の熱い青春時代からの交流を再々確認。3時間に及ぶ熱い会話を終えて、最終前のひかりで帰宅した。謎の流行り病にびびっていたことも忘れ、満足感一杯の首都圏ぶらぶら歩きを反芻しながら眠りについた。
おおおっ! 石臼を転用したメダカ鉢にかろうじて薄氷が張っているではないか!! よく数えたら10にまで増えた庭のメダカ鉢、その10番目の一鉢だけに「申し訳なさそうに」氷になっていて、残りは水のまま。そうそう結氷は、同じ屋外でも風の通り道や鉢の深さによっても状況が異なることは長い経験で感じていた。なんだか分らないけど、嬉しくてほっとした。
陽が昇って日差しが出てきたら「蝶が出てきたよ」と、初氷には比較的冷静だったかみさんが呼んでいる。「うそやろ」と思いながら出ていくと、既に保護されて水滴をつけた白い椿の花にとまらせていた。羽を開くと紫色で、昆虫図鑑で最も該当しそうなのは「ムラサキシジミ」ではないかとのこと。陽だまりで箱の中に入れていたら、2度目に近づいたときにけっこう素早く飛んで行ってしまった。
昨年師走に親友IGさん宅の庭で開催された、
焼き方と自作のたれ作りを講釈しながら、前菜の甘えびの唐揚げもサラダのドレッシングも独自の工夫がふんだんに成された力作。既存のレシピに工夫を加え、健康にも配慮した手作りケーキのデザート付き。地域の福祉に貢献しながら、少し体調を崩された奥様の手助けもしつつ広い敷地内に同居するお孫さんたちの通学や食事まで面倒をみている。そんな八面六臂の活躍をニコニコしながら楽しんでいる様子。
Macchanは既に羽毛布団+毛布で寝ていたので、パジャマの下に下着を着たのと相まって逆にいつもより快適に?一夜を過ごせたくらい。でも日の出と共に起きて先ずは庭に出て5~6個あるメダカ鉢の結氷を確かめたけど、スカの空振り。え~!今朝が駄目ならもうチャンスはないじゃん、と悲観するも見渡せばかすかな積雪が!!!
降雪予報なんか聞いてないけど、まあいいじゃんね。南東向きの庭よりも周囲家々の明らかに北向きの屋根に降雪の痕跡が。和風の瓦屋根やカラーベストの屋根にうっすらと積もっているではないか。
今冬最後の「暖冬異変」記事になってほしいと願いながら、裏庭の植物異変の写真をお届けしようかね。蕗の葉が枯れないうちに「フキノトウ」が顔を覗かせている。最初の写真には「雪の下」の葉も映り込んでいるけど2枚目はまだ食べられそうな蕗の葉と茎がーー。

最後の暖かい夜?となった昨晩は、先日九州旅行を共にしたH夫妻と「旅行反省会」と称する飲み会を奥浜名湖三ケ日の「遊び小屋」で開催。旅行の延長みたいなぐだぐだ飲み食い&薪風呂入浴計7時間、少し異なるのは互いに作った作物や料理を持ち寄り、たまたま阿蘇山(かつての名物は馬刺し)の観光中に偶然「送るよ」と予告があった親友から届いた「馬刺し」を交えて炉端で大いに盛り上がったことだった。赤身や中トロロースに加えて珍味の「たてがみ」入り、ニンニク&生姜卸し半々を添えて。ありがとFちゃん、ごっつう美味かったどぇ~す。
スマホと新PCとの相性が悪いのか、未だに撮った縦位置写真が寝転がったまんまでごめん。多くの読者は最近はスマホで見ていただいていると思うので、簡単に正しい方向で写真が見られることを願いますよ。とMacchan相変わらず反省の色なし。
晩秋の山茶花に次いで、冬の彩の代表「椿」が次々に咲いている。我が家の庭にも先代(岳父=かみさんの親父さん)が慈しんでいた盆栽の椿を没後庭に放ったのが何本かあって、開花するごとに眼を細めながら手入れしていた姿を思い起こす。

どうやら自分で接ぎ木などをして「新種」を増やしていたようで、紅白に加えて珍しい紅白の斑入り(ふいり)も交えてにぎやかに咲いている。この数年来気付いたことだが、大きくなった「紅白斑入り」の枝ごとに原種の赤や白が先祖返りというのか、混じるようになった。写真を見てもらうのが早いかな?


その姿は人間と全く同じ、幼少や青少年期は親や先生の教育通りに従っていたのが、齢を重ねるとともに自我や素が出て本来の地がでているのではないか?
Macchanも干支6巡目72歳を過ぎて、なんとなくよく理解できる。
あらゆる植物も作り出された椿も、生物の頂点に立っていると勝手に言っている人間共も全く同じだということに気づいて、「ムフフーー」の時を過ごしている。


