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団塊世代MACCHAN(まっちゃん)の、<人生これから>だよ!

リタイア後17年、人生を日々面白がる楽しみを綴ります。健康と家族と友人を大切にする、年金生活爺さんの「残日録」です。

最近の料理DIY

2012-03-31 | 料理DIY
レパートリーは少ないが、Macchanは料理をするのが好きだ。買い物で目に付いたもの、冷蔵庫で在庫があるものを使って作ることが多い。

借りている畑の持ち主Mさんから頂いたごぼうをヒントに、天ぷらときんぴらにすることにした。天ぷらは冷蔵庫にあった在庫のれんこんとしいたけ、鶏肉を一緒に揚げることにした。青物は畑の菜の花、彩が鮮やかで美しく食欲をそそる。

天ぷらDIYの最大メリットは、揚げている者の特権と言おうか呑みながら熱々をつまみ食い(にしては量が多いけどーー)出来ることにある。何もかけなくても、こんなに美味しいものはない。
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「遊び小屋」も春爛漫に

2012-03-30 | 「遊び小屋」を遊ぶ
この時期にしては冷たい朝夕が数日続いたが、風も止んだ今日の昼間は待ちきれなかったような春爛漫状態。午前中はまだ開いていなかった桃の花枝も、午後には揃って開花した。暖地浜松も、まるで春を待ち焦がれる北国のような一斉の花の季節到来だ。

先日「遊び小屋」賑わいの水曜日が、金曜日に移行したように思うと記事にした。今日金曜日も棟梁うーさん・土木班長のふるちゃんが加わって、3人の賑やかな?現場になった。昼前には既に庭の薪がまに火が熾り、飯盒のご飯とふるちゃん特製のにんにく唐辛子たっぷりのチキンソテー作りが始まる。

有線の正午時報が鳴る前に缶ビールの栓がシュポッと開き、持ち寄りのつまみでミニ宴が始まる。ふるちゃん、今日はかみさんの迎えをしなくてよくなったと、夕方遅くまでの作業態勢。ストイックな?うーさんは、「まだ何も仕事をしてないのにいいのか?」と言いながら満更ではなさそうなニコニコ顔。

庭では椿がシーズン末期の満開状態持続、昨年ふるちゃんが寄贈してくれた名も知れぬミニ桜が開花(冒頭写真)、下の妹夫婦が冬の終わりに各種水仙の球根40個余りを植えてくれたのが開花寸前。「遊び小屋」現場は正に花盛りだ。雑草も黙っていない、芝生の大敵「スズメノヤリ」が手入れを怠っている庭にはびこっている。Macchanの今日の作業は、こいつらを手作業で掻き取りゴミ袋に入れて枯死させること。

うーさんは土間流し台左側に、調理台兼棚を完成させた。ふるちゃんは玄関入り口土間側に、鉄平石端材を使って踏み込みを作ってくれた。春爛漫につられて楽しみが先行したが、集った3人はやることもしっかりやったのだった。
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待ち遠しかった桜の季節

2012-03-29 | 日常
寒く長かった冬が明けたのに、3月になってもなかなか暖かい春らしい日が訪れない。梅は大幅に遅れたが、それでも先週からモクレンが開花しこの2~3日はいよいよ桜(ソメイヨシノ)が開き始めた。

今日は冷たい風が治まり明るい陽射しに誘われて、自転車でチャリチャリ出かけた。家の近くの「長池」は2~3分咲き、市中心街に近い北小学校の古木はなんと5分咲きだ。その他の場所も枝全体が赤らんでいて、正に爆発直前の花火のようだ。

思えば昨年の今頃は「東日本大震災」の直後、日本中が浮かれるのは「以ての外」状態でシ~ンと喪に服していた。とても桜を愛でる気持ちにはなれず、桜も心なしか犠牲者を弔うように例年より長い間散らずにいた。今春はそういう意味で被災地でも、2年ぶりに春を待ち焦がれる気持ちが強いのではないだろうか。

厳しい試練を与えたのも自然、多少はぶれても規則正しく季節を送り届けてくれるのもまた自然の摂理ではないか。荒々しい自然に脅威を覚え、また懐に抱かれるように温かみを感じる。人間はやはり自然の一員なのだ、と強く実感できる一年だった。
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ロフト階段が完成しました!

2012-03-28 | 「遊び小屋」を遊ぶ
着手する前は1ヶ月で出来るだろうと考えていたが、結果は総監督なべさんが予言した通り3ヶ月近くかかった。作業工程は何回か記事にしたが、傾斜を入れた3次元構造でフリーハンドポンチ絵の「設計図」段階から苦戦した。

こういう時は現場に座り込んで、階段設置場所をじっと眺めながら頭の中で会話する。構想段階から何度もこの会話を繰り返して、全く新たな発想が何度か浮かんで助かった。この方法は会社現役時代、「発想は現場にあり」を実体験して身に着けたものだ。

ロフトは建築法上、固定階段を取り付けてはいけないとうことは承知済み。世の中では建築終了検査を受けた後、工務店とグルで?住居空間に改装するケースが多いそうだ。Macchanの「遊び小屋」はあくまで物置(押入れ)で、決して2階の「部屋」にするつもりはない。今後歳をとって体力が落ちて行く時に、布団などのかさばる重量物の揚げ降ろしは梯子では無理がある。

と言い訳しつつ規則違反は承知で幅広のしっかりした階段取り付けを始めて3ヶ月、やっと下の3段を取り付けて完成したのだった。江戸時代?から歴史ある当初の「箱階段」構想はやめて、残り少なくなった残材端材を使用した「頑固な」構造にした。特に踏み板は3段共に岳父が材木店を廃業した時に残した(売れ残った)、材種も厚さも異なる板を活用した。

いかにも素人工作丸出しの作品だが、暫く振りの建築DIYに少々興奮しながら数週間を過ごした。結果も100%ではないが、まずまず満足している。晩酌が美味い!

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三方原防風林の次世代は?

2012-03-27 | 地域交流・地域文化
浜松市は地勢として遠州灘や浜名湖に面した海岸、天竜川が数千年間で暴れて出来た洪積地、それらが洪積世に隆起して形成された三方原台地、そして平成大合併で併合された天竜山地などに分類される。中でも最も象徴的なのはごろごろした玉石が混じった、粘土質赤土の三方原台地だろう。

太平洋戦争後満州からの引揚者が多く住み着いて、不毛の雑木林を開拓して耕作地に変えた。今や全国銘柄の「三方原ジャガイモ」や、大根・白菜などの美味しい野菜の産地だ。戦後の入植者のご苦労は察して余りあると思うが、既に世代は2~4代目と交代して来ている。

そんな3~4世代目の子供たちが多く通う三方原豊岡小学校の5・6年生のボランティア20人が先生の引率で、「縄文楽校=がっこう」が主催する「防風林を雑木の森に替える植林」イベントにやってきた。浜松男声合唱団で知り合ったSNさん夫婦が、この楽校の主宰者だ。貧富の差がなく収集狩猟した食べ物を皆で均等に分け合いながら、平和に1万年続いたのが縄文時代。この時代の生き方や精神を引き継いで、三方原を拠点に活動しているのが「縄文楽校」だ。

Macchanは数ヶ月前メンバーに加わったが、今日は毎月のようにやっている各種イベントに初めて参加した。入植時植樹した後、既に60年以上経過し病虫害で枯死し始めている松や桜の次世代の植林が始まっている。目指す次世代の森は、災害や異常気象・病虫害に強い各種の広葉樹だ。1年前の三陸大津波の時に住民を守ったということで、一躍クローズアップされた植林方法だ。(詳細は「縄文楽校」HPを参照=Macchanブログページ左側の「ブックマーク」欄をクリック)

石混じりの痩せた台地を深さ30~50cm人力で掘り下げ、枯れ草や枯れ枝を投入して土を戻し山盛りにしてから植樹し後の肥料を兼ねた藁などで保湿する。今までの植林に比べて掘る土の量が圧倒的に多いので大汗をかくが、確実に定植して立派な雑木に生まれ変わり防災に役立つのだという。Macchanは見届けられないと思うが、30年後が楽しみだ。(写真は浜北の「オオタカ」が棲む森の手入れをしているメンバーが、子供たちにオオタカの食餌写真を見せているところ)



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浜松市市街化調整区域の怪

2012-03-26 | 日々雑感
「市街化調整区域」は自然の保護や農作地確保のために出来た制度で、日本国土全体の10%強を占めるそうだ。この制度そのものに、Macchanは異論がない。しかし地方都市の中では比較的大きな都市(全国18番目の政令指定都市)の浜松に長く住んでいると、この制度は特例が多く不可解なものであることに気づく。

現役の頃、社内に何人も「市街化調整区域」に家を建てた人が居て、「不可解」が始まった。何と調整区域に住む子弟家族は、新たに建てることができるんだと聞いた。既存家屋の建て替えが可能、ということではないかと耳を疑った。また道路に面した田畑が埋め立てられ、医院やガソリンスタンドや商店飲食店などが次々に出来た。「その地域に必要な施設」は、特例で建築許可になるのだとも聞いた。

その結果市郊外のMacchanが住む近隣の「市街化調整区域」は、田畑が激減し存在する田畑も道路に沿ってほとんど住宅と特例施設で囲まれてしまった。冒頭に書いた本来の目的はどこへやら、この法制度はザザ漏れのザルのような存在ではないか。少し勉強しようと思って、浜松市のHPを読んだ。頻繁に「市街地縁辺集落」という、キーワードが出てくる。どうやら市街化区域と調整区域の中間に、ファジーな地域を指定して特例を認めているように見える。

そんな時先週末の新聞に、とんでもない文言の入った不動産屋の折り込み広告が挟まれていた。特定の町に20年以上住んでいる人やその子はどこに住んでいても、広告掲載の「田」地目の土地を買って家を建ててもいいのだと書いてある。浜松市は「市街化調整区域」をやめて、どんどん市街化しようとしているのか! もう少し勉強を続けて、更に続きを書くことにしよう。
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「遊び小屋」の懐かしい光景

2012-03-25 | 「遊び小屋」を遊ぶ
「遊び小屋」は余生を親しい友人や家族らと、心置きなく遊ぶ場所だ。Macchanが少年時代を過ごした昭和30年代の、皆が希望に燃え貧しくとも心豊かに暮らした生活を再現したい。そのための雰囲気作りや小道具なども、わざとらしくない?程度に工夫している。

景色が歪んで見えるガラス戸、その内側はカーテンではなく雪見障子。共に昭和30年代初頭の家を取り壊す時に頂いて来た。ガラスにひびが入った程度では、取り替えない。障子も少し破れたくらいでは、張り替えない。和紙を花びらに切り貼り付けてしのぐ。どこの家も、これくらいの節約はやっていた。

小屋に電気と水道は引いてあるが、ガスはない。煮炊きは電磁調理器ではなく、体力気力が続く限り薪を焚いてやる。「かまど」を作りたかったが、玄関と台所兼用の土間はそう広くないので薪ストーブか庭の薪かまどで調理する。マッチ1本新聞紙1枚と、秋に収穫した豆がらを炊付けにして薪を燃やす。

こうして修理一つ普段の煮炊きでさえも段取り準備が必要で、人によっては「面倒くさい」「ダサい」と一蹴されそうだ。「便利さと物的な豊かさ」を追い求めた時代には気がつかなかったが、「不便さ」は「心豊かに生きる」ための必要条件のような気がするこの頃だ。
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市中2箇所の公園探索

2012-03-24 | 母の介護
先週の浜松最奥地水窪に続き今日は雨上りを期待して、市中心部に近い「住吉平和公園」と「四ッ池公園」を母とかみさんと一緒に散策した。

Y社に勤務して以来延べで36年市内に暮らしていながら、戦没者を祭った前者の公園は存在すら知らなかった。

2つの公園は自然に恵まれて植物や野鳥が多く、浜松駅から数Kmしか離れていないのにまるで数十Km離れている郊外のような雰囲気だ。先週に続いて母は、元気に歩いている。平地より階段の方が、気合を入れて歩くみたい。

今冬は寒さが続き、桜が2週間は遅れるだろうと踏んでいたが、どちらの公園もソメイヨシノの蕾が膨らみもう1週間くらいで開花しそうな感じ。まぁこれから1~2週間の気温で開花と花の持続が決まるから、予断はできないけどね。
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雨の金曜日はーー

2012-03-23 | 「遊び小屋」を遊ぶ
週間天気予報で数日前に予告されていたとおり、今日は朝から雨が降り出した。誰も「遊び小屋」での作業にエントリーはなかったが、Macchanはぱらつく雨の中かみさんと三ケ日へ向かった。

かみさんは自宅庭の芝桜を移植することと先週着手した障子紙貼り、Macchanはロフト階段最後の下三段の取り付けが目的だ。でも現場に到着すると雨脚は強くなり移植は延期、室内作業を優先する。暖房用と昼飯用のかまどを兼ねて、薪ストーブに火を入れる。丁寧に火熾しする作業は、何度やっても面白い。多分死ぬまで飽きることはないだろう。

昼食は現場ではお馴染みのスパゲッティ。深鍋に湯を沸かして卵を茹で、順に麺と菜の花の蕾を茹でてソースのパウチも同じ鍋で温める。出来上がるのを待つ間お茶を飲みながら、煎餅や魚肉ソーセージを食べてかみさんとダベリング。いつもの仲間となら缶ビール1本いっちゃうところだが、母のデーサービスからの帰宅に間に合うように戻らなくてはならないのでグッと我慢。

苦戦しながらも外れない構造の雪見障子の張替えを終えたかみさん、他の障子の破れ部分に昔懐かしい花びら型の修理貼り。Macchanは水曜日に準備した材料を仕上げ、残り3段の階段脇枠を取り付けた。正味3時間程度の作業だったが普段と違う会話も出来たし、BGMを聞きながら雨の日としては充実したひと時を過ごすことが出来た。
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認知症は病気か?(その1)

2012-03-22 | 母の介護
母の介護を3人の兄妹間で、5週間ずつ輪番でやっている話は何回も書いた気がする。今は正にその当番中で、間もなく4週間目が終わる。認知症患者を介護している方々は既にお気づきと思うが、症状は様々でその症状の波すなわち日月差・時間差が著しい。長いトレンドでは確実に悪化しているのだが、日によっておやっと思うほど変化があるものだ。

7年前に亡くなった父も今面倒をみている母も認知症なので、二人のDNAを受け継いだMacchanは正直恐ろしい。認知症は遺伝かどうかまだ解明されていないようだが、物忘れが重なったり大ボケこいたりした時は少々落ち込んでしまうこともある。

さてその母の基本症状だが、短時間の記憶装置(海馬?)が壊れていて発症以来の記憶の累積が全く出来ない。従って同じ質問が度重なり、不安になると更にその間隔は分単位に縮まる。普段の会話も昔の経験記憶か只今五感で感知できる事象だけなので、会話の応酬や積み重ねは全く不可能だ。

大勢の認知症患者の症状を知っているわけではないが、父と母の2人でも異なっている。母は元々の性格もあると思うが、他人に対する過度の気遣いと恐れや不安が人一倍強い。我が家では夫婦二人共に見える範囲に居て対応していないと、自分が嫌われたと思うらしく突然気分を害して異常行動になることが多い。近頃は出て行ってしまうことはないが、怒ったり泣いたりすることは今でも時々ある。

介護施設の宣伝に出てくるお年寄りは、上品で明るく活き活きしていている。介護者も皆ニコニコ滅私献身的で、職業意識に徹しているように見える。この15年の経験ではあらゆる広告の中で、これほど実態とかけ離れた誇大表現は他にないのではないかと思う。

写真は今週裏庭で開花した河原で咲いているようなしょぼいヒヤシンスと花ニラ、まだまだ頑張るクリスマスローズ、何と可愛いじゃありませんか!





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仲間の厚情に感謝!

2012-03-21 | 「遊び小屋」を遊ぶ
今週初めての「遊び小屋」作業は、ふくちゃんとの組み合わせ。今日はかみさんが出かけていて、母のデーサービスからの帰りを待ち受けなくてはならないので3時過ぎには現場を出発する。さ~て、5時間余りの滞在で何が出来るか。

ふくちゃんは数週間前から準備していた、薪小屋2号の組み立てに入った。小屋南側のテラス(ベランダ)に鉛筆で直角線を罫書き、それに合わせて材料を置いてビス留めしている。作業が丁寧な上に、なかなかのアイディアだ。

Macchanはロフト階段の、最後の3段の作成を始める。ここだけ「箱階段」型にして収納スペースにしようと考えていたが、階段幅が90cm近くあるので構造的にはなかなか難しい。そこで考え抜いて?左右の階段脇枠にあたる部分を間柱材の横使いで作成することにした。階段踊り場下は収納スペースになるので、うまく繋げれば収納部分を広めに使えると思う。

間柱材は32cm、52cm、72cmの3種類各4本を切り出す。先週準備した、杉風呂桶用材の端材も上手く使えた。部屋側から見える部分は、表面にサンダーをかけて他の階段部分と同様塗装する予定。

さて今日の表題だが、トイレの貯水タンクの上に合唱団合宿用に注意書きを紙に書いてガムテープで留めていた。先週来たGolichanがよほど気の毒?と感じたのか、何と水に塗れても大丈夫なプラスティック製の「注意書き」を作ってくれた。文字は何と、自分でカッターで切り抜いて貼り付けた力作。「遊び小屋」建築工程をスケッチしてプレゼントしてくれたGolichanの株は、またまた300円のストップ高!

もう3~4年も無償で奉仕してくれている建築のヘルプ陣、建具や家具などを頂いた方々や慰問と共に励ましの言葉をかけつづけてくれた方々、みなさんのご厚情に感謝しても仕切れないくらいだ。
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彼岸の墓参り

2012-03-20 | 日常
長かった寒い冬が明けても春は逡巡し、一進一退を繰り返しながら暖かさに向かっているように思える。「寒の戻り」という言い得て妙な言葉を今春は再認識したが、暦が弥生に変わって既に3週間もう何回も聞いているような気がする。などと思っているうちに今日は彼岸の中日、週末ごとの雨を数回体験してもあまり暖かくなっていないなぁ。

かみさんの姉妹家族が墓参りにやってきて、今日は暫くぶりに交流した。迎えるは浜松の地元我々夫婦と次男の家族、浜名湖畔舘山寺温泉に宿をとった遠来千葉の衆と楽しく遊んだ。先ずはかみさんの先祖が祭られている積志の墓を参り、律儀にMacchanの父が眠る三方原市営墓地の墓参にも全員がつきあってくれた。

先祖代々の墓の存続が危ぶまれている時代、ともかく三世代が揃って(四世代になるキーパーソンの母は、幸か不幸かデーサービスで不参加)先祖の墓参りが出来るのは幸いだ。墓参後は千葉の衆が三ケ日の「遊び小屋」を暫くぶりに見たいというので、昼食をとりながら小屋で遊ぼうと意見が一致した。母がデーから戻るまでの数時間、ワーワーガヤガヤ賑やかに過ごす。一番素直に喜びを体現していたのが互いの孫2人、即興の歌を唄いながら囲炉裏の覆い板の上で踊っていた。

仲がいいかみさんの姉妹家族でも、両親が亡くなった以降近年はなかなか皆が揃って会うことは珍しい。互いが元気なはずの10~20年?、こういう機会は意識的に作ってまでも大切にしたいものだ。(写真は例年より2週間遅れて開花した庭の「ボケ」)

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軽トラのユーザー車検

2012-03-19 | 日常
6年前に農作師匠かずさんから軽トラを譲り受けて、今日は3回目のユーザー車検を受けるために浜松「軽自動車検査協会」に出かけた。事前に2年目点検をTオートで受け、ネットで予約をしておいた。Macchanは自分では整備ができないので、本来の「ユーザー車検」とは言えないかもしれない。狙いは単に整備工場の車検代行費を、セーブしようという魂胆だ。

車検認定工場のTオートの代行費用は¥8400、軽自動車検査協会の検査費用は¥1400なので正味¥7000のセーブということになる。年金だけで人生を楽しんでいるMacchanとしては、一日分に近い年金額に相当するのでこれは大きい。3回目ともなると少し慣れて、書類を書いたり待ち時間を入れても検査時間は正味1時間くらい。往復30分かけても、わずか1時間半しかかからなかった。

浜松は多くの地方都市と同様の車社会で、一家に2台は当たり前で3~4台持っている家も珍しくない。元々軽自動車は2台目以降の補助カーの色合いが強かったが、近頃は性能アップやガソリン高騰で比率が増し走っている車の半分は軽自動車ではないかと思えるほど多い。

それでも軽自動車協会の場所は変わらず規模も大きくなっていないのは、電子化と合わせて「車検委託工場」を増やして凌いでいるのだろう。Macchanは時代に逆行しているかもしれないが、年代別人口が多い団塊世代のリタイアがますます増えて同類の仲間が多くなるのではないかな。



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介護母との近郊ドライブ

2012-03-18 | 母の介護
妹2人と相談して、要介護度2の認知症の母を5週間ずつの看護当番で面倒をみている。ウィークデー5日は、デーサービスにお世話になっている。うちと直ぐ下の妹の時は浜松市内の同じデーに、一番下の妹の時は東京のデーに世話になる。ケアマネさんの配慮で、このような変則でも引き受けてくれるデーを探してもらった。大変ありがたいことだ。

デーのない週末は、不安と寂しさで精神が不安定になりがちな母に密着して過ごす。昨日と今日のように雨が続くと、同じ話が延々と続くお相手に閉口してストレスが募る。こういう時は、買い物やドライブに連れ出すのも一計だ。

今日は天気予報が外れ天気がよくないが、昼前から天竜区水窪(みさくぼ)の「高根城跡」を訪ねた。天竜川は川霧に包まれ、何ともいえない幻想的な雰囲気。川面に映る上下対称の景色が、さらに魅力を増している。

水窪に着いたら雨が止んで、低い雲が山に沿って上がっていく。あんなに高いところまで人の暮らしがあるんだと、山の集落に改めて驚く。

戦国時代の城跡は、さらに凄まじい勾配だ。駐車場から雨上りの滑りやすい急斜面を、かみさんと母をかばいながら登っていく。怖い怖いを連発しながらも、87歳とは思えぬほどの体力だ。カメラを向けると、両手を挙げるパフォーマンスもーー。

家で炬燵守りをしながら相手をしていると、解っていても弱者につい声を荒げてしまうことがある。今日のように介護者も楽しめると、精神的に余裕ができて少し優しく振る舞える。

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金曜日の賑わい

2012-03-16 | 「遊び小屋」を遊ぶ
このところ水曜日は隔週、半年間限定の特別団員になっている「浜松合唱団」の練習日。また先月末から5週間の母親介護当番が重なり、水曜日は「遊び小屋」に出かけることが少なくなった。

今週は火曜日に次いで今日金曜日の2日間を、事前にヘルプ陣に案内していた。エントリーはうーさんとなべさんだったが、なんと昼前に久しぶりにGolichan夫妻がやってきた。メンバーが各自持ち寄った昼食は、近来にない?豪華メニューで時ならぬ宴会状態。事前に準備した3合の飯盒飯は、全く手付かずで残ったほどだった。たっぷり2時間、様々のネタで楽しい会話が続いた。

うーさんは得意の木工作業、なべさんは細々と続く毎週の作業状況のチェックと薪かまどの火守り。Macchanは、杉風呂桶の用材補充のための切り出し。Yamashowさんに依頼している用材の半分に腐りが入っていて、どうも使い物にならないらしい。わざわざ杉材を追加購入してまでは固執していないので、少なくなった残材を全てチェックして使えるところだけを取り出した。それでも何とか合格して、杉桶風呂に入りたいものだ。

大勢集まる特異日は金曜日に移ったように思える日だったが、今後もみんなが思い立ったら寄り集まれる「楽しみの場所」であってほしいね。





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