レパートリーは少ないが、Macchanは料理をするのが好きだ。買い物で目に付いたもの、冷蔵庫で在庫があるものを使って作ることが多い。
借りている畑の持ち主Mさんから頂いたごぼうをヒントに、天ぷらときんぴらにすることにした。天ぷらは冷蔵庫にあった在庫のれんこんとしいたけ、鶏肉を一緒に揚げることにした。青物は畑の菜の花、彩が鮮やかで美しく食欲をそそる。
天ぷらDIYの最大メリットは、揚げている者の特権と言おうか呑みながら熱々をつまみ食い(にしては量が多いけどーー)出来ることにある。何もかけなくても、こんなに美味しいものはない。
借りている畑の持ち主Mさんから頂いたごぼうをヒントに、天ぷらときんぴらにすることにした。天ぷらは冷蔵庫にあった在庫のれんこんとしいたけ、鶏肉を一緒に揚げることにした。青物は畑の菜の花、彩が鮮やかで美しく食欲をそそる。天ぷらDIYの最大メリットは、揚げている者の特権と言おうか呑みながら熱々をつまみ食い(にしては量が多いけどーー)出来ることにある。何もかけなくても、こんなに美味しいものはない。




先日「遊び小屋」賑わいの水曜日が、金曜日に移行したように思うと記事にした。今日金曜日も棟梁うーさん・土木班長のふるちゃんが加わって、3人の賑やかな?現場になった。昼前には既に庭の薪がまに火が熾り、飯盒のご飯とふるちゃん特製のにんにく唐辛子たっぷりのチキンソテー作りが始まる。

今日は冷たい風が治まり明るい陽射しに誘われて、自転車でチャリチャリ出かけた。家の近くの「長池」は2~3分咲き、市中心街に近い北小学校の古木はなんと5分咲きだ。その他の場所も枝全体が赤らんでいて、正に爆発直前の花火のようだ。
と言い訳しつつ規則違反は承知で幅広のしっかりした階段取り付けを始めて3ヶ月、やっと下の3段を取り付けて完成したのだった。江戸時代?から歴史ある当初の「箱階段」構想はやめて、残り少なくなった残材端材を使用した「頑固な」構造にした。特に踏み板は3段共に岳父が材木店を廃業した時に残した(売れ残った)、材種も厚さも異なる板を活用した。
いかにも素人工作丸出しの作品だが、暫く振りの建築DIYに少々興奮しながら数週間を過ごした。結果も100%ではないが、まずまず満足している。晩酌が美味い!


景色が歪んで見えるガラス戸、その内側はカーテンではなく雪見障子。共に昭和30年代初頭の家を取り壊す時に頂いて来た。ガラスにひびが入った程度では、取り替えない。障子も少し破れたくらいでは、張り替えない。和紙を花びらに切り貼り付けてしのぐ。どこの家も、これくらいの節約はやっていた。

苦戦しながらも外れない構造の雪見障子の張替えを終えたかみさん、他の障子の破れ部分に昔懐かしい花びら型の修理貼り。Macchanは水曜日に準備した材料を仕上げ、残り3段の階段脇枠を取り付けた。正味3時間程度の作業だったが普段と違う会話も出来たし、BGMを聞きながら雨の日としては充実したひと時を過ごすことが出来た。



先祖代々の墓の存続が危ぶまれている時代、ともかく三世代が揃って(四世代になるキーパーソンの母は、幸か不幸かデーサービスで不参加)先祖の墓参りが出来るのは幸いだ。墓参後は千葉の衆が三ケ日の「遊び小屋」を暫くぶりに見たいというので、昼食をとりながら小屋で遊ぼうと意見が一致した。母がデーから戻るまでの数時間、ワーワーガヤガヤ賑やかに過ごす。一番素直に喜びを体現していたのが互いの孫2人、即興の歌を唄いながら囲炉裏の覆い板の上で踊っていた。


水窪に着いたら雨が止んで、低い雲が山に沿って上がっていく。あんなに高いところまで人の暮らしがあるんだと、山の集落に改めて驚く。

戦国時代の城跡は、さらに凄まじい勾配だ。駐車場から雨上りの滑りやすい急斜面を、かみさんと母をかばいながら登っていく。怖い怖いを連発しながらも、87歳とは思えぬほどの体力だ。カメラを向けると、両手を挙げるパフォーマンスもーー。



