全国規模の大寒波に繰り返し襲われている。比較的暖かい浜松でも積雪があるは、何度も結氷があるは、あろうことか停電があり水道管も凍って二階の洗面所の水が出なくなった。
室内外でできる大きな温度差で窓ガラスが結露するが、この一週間は何日か結露が凍ってカーテンがくっついていた。寝室ではオイルヒーターを点けて寝ているし、日中も居間や自室に籠るときは複数台の灯油ストーブの世話になる。今冬は電気代や灯油代の値上がりが大きく、年金生活の爺婆の懐には響くがそんなことは言ってられないくらい寒い。
こんなに寒くとも平日5日間のテニスは休まない。金曜日の「お達者テニス倶楽部」は幸いなことに、花川運動公園の屋根付きコートだったので、雪が降りしきる中しっかり2時間プレーできた。有難いことだね。
そうそう、三ケ日小屋庭の渋柿の剪定もみぞれが降る中でやり終えた。畑の堆肥の山に積み上げた枯れ枝や作物滓や雑草類も、寒い静かな日に焚火をして処理しておきたい。
昨日はかみさんのうん回目の誕生日。あまりにも寒いので何か温かいものを食べようと言っていたのに、結局コロナ感染渦中3年余続けてきた4回目の「くら鮨」テイクアウト。寒さしのぎに熱い蛤のお吸い物小どんぶり山盛りにMacchanだけ熱燗をつけて祝う。厳冬期のど真ん中に生まれたんだね、本人は記憶はないにしても暖房の乏しい時代だ、お母さんやお父さんは大変だったろうね。
さあ今年はかみさんの股関節障害が完治し、コロナ渦も去って何の憂いもない元の活動的な生活を取り戻せるかどうか。信仰心の希薄なMacchanはただ祈るばかり。






私は栃木県佐野市で誕生したと戸籍にはありますが、母は栃木県足利市の実家で私を生んだそうです。
長男と17才違う私が『無事生まれたよ!』と次男(S・10生)の兄が、自転車で走ってみんなに知らせたと聞いてます。
それは戦後間もない昭和24年2月の事でしたが、その時の赤ちゃんが今や74才。しかも来月3/17には妻・とみえさんと金婚式を迎えます。
人生って・輪廻って面白いな・すごいなあ~!って、感じてます。
KUNITYANのお陰で連想が膨らみました。ありがとうございました。よろしくお伝え下さい。
生い立ちや境遇や人生を楽しむ面白がる生き方が似ているのだろうね。
間もなく3年前のように自由に交流できることを願っている。