今年2回目の大型台風が先週も2つ並んで日本列島に上陸&接近して以来、1ヶ月余りに亘って悩まされた猛暑が去って朝晩を中心にかなり涼しくなった。
数日前から畑と遊び小屋や自宅の庭の草取りにまた精を出し始めたが、今日は思い立って庭木2本の伐採をすることになった。20年位前にかみさんが友人からもらった種を播いて育てたザクロと、同じ頃に野鳥の糞から発芽して裏庭の片隅に根付き近年ザクロと同様3m以上に成長したヒメシャラだ。
裏庭隅に育ったが日照が不足しているのか、ザクロは毎年数輪の花は咲くが結実は数年に1個、ヒメシャラはついに花一輪さえも咲かず。かみさんと相談して、気の毒だけど他の植栽のためにも処分しようと決めた。
庭木を伐採する時は最初に根元から切るものではないということは、プロの仕事を見たりこの20年余りのDIY生活で身に着けた知恵だ。今回の3m余りの立ち木の場合は、手を伸ばして届く2m位の高さで先ず剪定用ノコギリでカットする。剪定バサミでカット出来る枝は10~20cm程度に切り刻み、家庭用ゴミ袋に詰め込む。剪定バサミでは手に負えない太さの枝は、剪定鋸で切り刻み同じくゴミ袋に。
最初のザクロのここまでの段階ですでに汗だく、次に7~8cm径の幹をゴミ出し基準の60cm以内に切る段階で、汗はもう飛び散るほど。給水タイムを少しとって2本目のヒメシャラに挑戦し、同じ段取りで進んでいく。ただしヒメシャラはザクロより硬く太い分、汗も作業時間も多目になった。かくして滝のように噴出す汗でシャワーを浴びたようになったが、昼食タイムは昨日に続いて母の食事介助にかみさんと行くことになり本物のシャワーを浴びる。
酷暑の日陰や夕刻に草取りは続けてやってきていたが、これほどの汗はかかなかった。すっきりした裏庭を見ながら、疲れたけどMacchanにはやっぱり大汗が似合ってるなと思った。
数日前から畑と遊び小屋や自宅の庭の草取りにまた精を出し始めたが、今日は思い立って庭木2本の伐採をすることになった。20年位前にかみさんが友人からもらった種を播いて育てたザクロと、同じ頃に野鳥の糞から発芽して裏庭の片隅に根付き近年ザクロと同様3m以上に成長したヒメシャラだ。裏庭隅に育ったが日照が不足しているのか、ザクロは毎年数輪の花は咲くが結実は数年に1個、ヒメシャラはついに花一輪さえも咲かず。かみさんと相談して、気の毒だけど他の植栽のためにも処分しようと決めた。
庭木を伐採する時は最初に根元から切るものではないということは、プロの仕事を見たりこの20年余りのDIY生活で身に着けた知恵だ。今回の3m余りの立ち木の場合は、手を伸ばして届く2m位の高さで先ず剪定用ノコギリでカットする。剪定バサミでカット出来る枝は10~20cm程度に切り刻み、家庭用ゴミ袋に詰め込む。剪定バサミでは手に負えない太さの枝は、剪定鋸で切り刻み同じくゴミ袋に。
最初のザクロのここまでの段階ですでに汗だく、次に7~8cm径の幹をゴミ出し基準の60cm以内に切る段階で、汗はもう飛び散るほど。給水タイムを少しとって2本目のヒメシャラに挑戦し、同じ段取りで進んでいく。ただしヒメシャラはザクロより硬く太い分、汗も作業時間も多目になった。かくして滝のように噴出す汗でシャワーを浴びたようになったが、昼食タイムは昨日に続いて母の食事介助にかみさんと行くことになり本物のシャワーを浴びる。
酷暑の日陰や夕刻に草取りは続けてやってきていたが、これほどの汗はかかなかった。すっきりした裏庭を見ながら、疲れたけどMacchanにはやっぱり大汗が似合ってるなと思った。


どっこいこのまま秋になるほど自然は甘くないと思うが、数日前まで鳴いていたツクツクボウシは静かだし、宵には秋の虫の声が日に日に元気になってきた。散歩すれば晩生栽培が多い近くの田んぼでも稲が穂を垂れ始め、畑に行けば先日剪定したピーマンやナスが質のよい実を付け始めた。
当日はいつものかみさんに加えて市内在住の上の妹も合流して、母を囲んで次々に話しかけながら世話をする。
食後は職員手作りの花火大会で、他のユニットの入居者と同数以上の家族が中庭に集まって楽しむ。怖がったり無関心が多い入居者より、むしろ家族や職員の方が楽しんでいるかも。先日の近所の梨畑訪問に続いてのイベント、年間には節目に何回も楽しい企画を組んでくれているようでとてもありがたい。
同じ日の朝、母の介護当番で使用していた敷布団を、燃えるごみ出しの規則に従って60cm以内に切り刻んだ。この1年くらい何回もの「おねしょ」(紙パンツやパッドから漏れたり自分で外して)で、濡れたり乾いたりを繰り返したもので家族といえどもう使えないと見切った。3百円払えばそのまま引き取ってもらえる選択肢もあったが、いずれ母の介護の思い出になるかもしれないと汗をかいて少し頑張ってみたのだった。

その間に特養に移った母の具合をチェックしながら、かみさんと毎日食事のアシストをしに散歩を兼ねて出かけている。昨日は近所の梨畑に散歩に連れて行ってもらってかぶれたのか、蕁麻疹が出たようだが薬が効いたのか何事もなかったように食欲旺盛。人間いつでもそうだと思うが、母の年齢になると食欲がある時は大丈夫元気、逆になくなるとあっという間に衰弱してしまう。

猛暑が続くがこの2~3日のお湿りで、裏庭の真夏の花々がまた元気を取り戻してきた。人間様もまったく同じ、夜のつかの間の涼しさで少し体力が回復してきている。明日からまた猛暑日になると、天気予報が警告している。

伸びに伸びた草は何度も草刈機の歯とガードの間に挟まり、その度にエンジンを止めて取り除く手間が加わった。うんざりし始めた頃、思わぬところからスイカとカボチャが2つずつ顔を出し、危うく振り回す草刈機でスッパリやってしまうところだった。両方ともまだ完熟とは言いがたい状況だったので、もう少しそこだけ刈り残した草叢で寝ていてもらうことにした。
カラスに見つからないように、もう少し草を足してカムフラージュしておくとするか。

いとこどうしの再会は喜びの創作ダンスで。




今年も会社の夏休みに合わせて帰省してくる家族、大勢が集まって食事を囲み孫達の遊びに合わせて接触する機会はすくすく成長している証しがそこかしこに見られて、なんともはや眩しく嬉しいものだ。


すいか割りは部屋の中でもやっちゃった~い。種飛ばしはちびから爺婆まで全員夢中に。
長いものは一週間近く短いものは都合で一日、それでも特別なことをしなくとも毎日毎日子供達夫婦の交流や孫達の交流を見ているだけで十分楽しい。


一夜明けて今日午前中、盆休みで帰省していた長男家族と共に4世代の長である母にそろって面会した。父も含めた4世代の頭をずっと刈ってきたハサミで、少し伸びすぎた母の髪をカットした。「若くなって58歳に見えるよ」のMacchanジョークにも反応せず、暫くぶりに大勢に囲まれて始終ニコニコしていた。




大船渡小被災時のK校長の生々しいメモを基にした講演、そしてそこの生徒全員がより高台へ緊急避難して全員が無事だった因縁の大船渡中のK現校長の自作の歌を交えての講演、パソコンのパワーポイントを駆使してのリアルな説明に6月の現地体験が重なりまた何度も眼が潤む。生まれて68年目の今夏、短い人生でも世の中はますますドライにビジネスライクに進んでいると実感しているが、どっこい未曾有の災害を通じて人の心や人の絆は捨てたものではないことを悟った。
それでも夕刻にはこのところ経験がないほどの涼しい風が立ち、母の入院先へのかみさんとのドライブは久々にエアコンなしの窓全開。昨日は「遊び小屋デー」でかみさん一人に介護を頼んだが、元気になってきた母は昨日から4人部屋に移動したとのこと。それでもやはりベッドには寝ておられず、起き上がっては徘徊での転倒防止のために車椅子で軽く拘束されスタッフステーションでおとなしく?していた。夕食時だったので許可を得て本来の部屋に連れ戻し、かみさんと食事介助をする。食欲はますます旺盛、30分足らずで完食した。同室の患者仲間は認知は母よりずっとましだと思うが、「まだ食べられん」とか「食事はいらん」と言って看護師の勧めには応じない。
病気の重篤さや元々の食の太さの違いもあると思うが、母の回復度といつもながらの食に対する貪欲さが戻ったのは何にも代えがたく有難い。病室からはやや秋色を帯びた美しい夕焼けが!

今日はうーさんとなべちゃんが参加して「何もしない日」を楽しんだ。昼食は持ち寄ったおかずに、ゴーヤとキュウリのチャンプルと庭の紫蘇をトッピングしたそーめん。会場は暑いテラスは避けて室内へ移動しようとしたが、南京はぜの木陰が涼しそうだったので急遽変更。今年は昨年に続き暑いが、なぜかオニオコゼ(イラガ)などの悪性の毛虫がいない(少ない?)ので快適だ。
小粒になった夏野菜も美味しい使い途があると、かみさんが埼玉在住の親友Tちゃんから教わって来て早速実行してみた。ゴーヤとピーマンにミニトマトとキュウリをざく切りにして、庭のレモンバームとローズマリーを加えて瓶に詰め、今回はラッキョウ酢が余っていたのでそれを注いだだけ。一日で美味しく食べられるようになり、朝のパン食にも昼の麺類にも夕食の晩酌にもつまんで重宝している。
少し日が翳り始めた頃、今日もかみさんと母入院の日赤病院を訪れた。今日はスタッフステーションではなく、ベッドで軽く拘束されていた。起き上がって徘徊し始めるので転倒を防止すること、点滴を外してしまうのでミットまで着けているが、いずれも打ち合わせで保護者としては了承事項。訪問時から「これなんだろう?」「Iさんこれ引っ張って」と会話は意味不明だが、直裁的な訴えは少しまともになってきた。
尿が雑菌で汚れて腎臓機能に支障を来たしていた原因は、月曜日から行われている検査の結果を待つしかない。それにしても昨日からの母の症状回復は、劇的と言うべきだろう。一般病棟に移った昨日も今日も、面会に行った時は他に問題がありそうな患者1~2名とスタッフステーションに、点滴スタンドと共に車椅子に「かっこいい拘束用ベスト」を着けた母が居た。
病室に連れて行き、出来るだけ機能回復に役立つかもしれないと、意味不明の会話に付き合う。今日はなんと2ヶ月ぶりに「Iさん」と「Kちゃん」と、Macchanやかみさんに何回か呼びかける瞬間があった。眼が潤むほど嬉しかったが、その後また他人に話しかけるような口調。ま、ここまで意識と表情が回復したのはほんとうにありがたい。




