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団塊世代MACCHAN(まっちゃん)の、<人生これから>だよ!

リタイア後17年、人生を日々面白がる楽しみを綴ります。健康と家族と友人を大切にする、年金生活爺さんの「残日録」です。

"ガラパゴス"男声合唱団、今秋の演奏会を目指して元気に活動中

2020-01-27 | 男声合唱(合唱)
Macchanが所属する浜松男声合唱団は、今から40年前に浜松初の社会人男声合唱団としてスタートを切った。半世紀前は各大学のグリークラブという名の「男声合唱団」は多分ピーク、どの大学にも最低1つ多いところは3つも4つも存在したのではないか。

かくいうMacchan学生時代はスポーツ主体で、誘いはあったが合唱など見向きもせず中学=軟式庭球・高校=水泳・大学=スキーに現を抜かしていた。当ブログにも書いている通り、男声合唱をやるようになったきっかけは浜松市政90周年(今年は109周年)のイベントに誘われ、浜松交響楽団をバックにカール・オルフの名曲「カルミナ・ブラーナ」を大勢の合唱仲間と歌ったこと。

千人以上も収容できる浜松アクト大ホールで1時間に亘る大曲を歌い終わった時は、合唱の素晴らしさに感動で目が潤み客席が霞んで見えたものだった。その後練習中から仲良くなった大勢の合唱仲間から誘われるままに、現在の「浜松男声合唱団」に加わって活動を始めた。週一回の練習そして年に数回のステージ演奏、この10年余は団独自の演奏会も2年に1回のペースで開催できるようになった。創団当時からの3名を含む団員仲間は現在18名、団塊世代のリタイアが始まった頃、一時は20名を超えたこともあったがこのところやや減り気味。そして平均年齢は70歳前後と年々確実に1歳ずつ増えている。

混声も女声も入れると音楽の街浜松にはおそらく100団体位の合唱団が存在すると思われるが、学校のクラブ活動も社会人活動も人数が減りやや衰退のイメージは逃れられない。まあ暗い話になってきたが、それでも歌好きの高齢者にとっては楽しくて生活の柱になり、「死ぬまで歌い続ける」つもりで日々の活動を続けていると思う。

今秋11月には市内の女声合唱団Mとジョイントで、あこがれのアクト中ホールで演奏会を開催する予定。9カ月前になりステージで歌う曲も20曲近く候補を決め、昨年から毎週練習に熱が入ってきている。新年も既に練習3回を終え、昨日は新年会代わりの月例飲み会で仲間と改めて固い契り?を交わしたのだった。(毎月だからまだ本番まで9回も契りを交わすのかい?)

表題の「ガラパゴス」は「絶滅危惧種」の別名、「ガラ携」などと揶揄する時に使う言葉(Macchan解説)


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Macchan行方不明? んーなこと、なか! と、俄か九州弁(その2)

2020-01-23 | 旅行
2泊3日の充実した福岡の旅を終えて、ぬぁ~んと引き続き大分・熊本の旅を楽しむべく3日目の朝は新たに3人の同行者を福岡空港へ迎えに行くのら。同行者?誰? 浜名湖Tリゾート住民テニス同好会(あくまでも仮名です)の仲間Hさん夫妻と愚妻の3人(今時こんな言い方する人いる? うちも例え謙遜語と分かっていても本人の前でこんなことは言えましぇ~ん)どす。

テニスをやりながら九州旅行に行く話をしていたら、「定年まで勤務していた会社の厚生施設が湯布院にあったな、安いよ」とHちゃん、話はとんとん拍子に実現の方向へ。ということで3人分の福岡~中部国際往復のLCCチケットとレンタカーも3日間分予約し、湯布院の宿泊も予約してもらったのだった。

空港出迎えまでは、博多駅周辺に多い古い由緒ありそうな神社や寺巡りで時間調整。湯布院・阿蘇は寒いと聞きつけてもっこもこに着膨れた3人が到着、あMacchanも同じ出で立ちやけん、もっこもこカルテット集合やん。レンタカーを借りて、いざしゅっぱ~つでござる。九州は道路インフラがすごいぞ、どこに行くにも高速道路が縦横無尽につながっておる。勢いを駆って湯布院を通り越し、雄大な絶景の別府湾へ向かってダウンヒル、そして別府温泉へ!

別府温泉の名物はなんちっても「数々の地獄巡りでっしょ」、中でもお勧めに従ってカルテットは「海地獄&血の池地獄」を巡る。韓国人は少なそうだが中国人がむちゃくちゃ多いですな、春節の前倒し休暇?でもみ~んなどこでも楽しんでおるーー。名物文旦と一緒に足湯に浸かり、もっこもこ爺婆カルテットはもっこもこの湯煙に遠来の外国人(いや、ここは九州、カルテットと同距離位かむしろ近いかも)と同様歓声を上げてはしゃぐ。
昼食は温泉たまご&サイダー付き名物団子汁定食よ。

宿泊施設は湯の町湯布院温泉からさらに上った別荘分譲地の中、庭には野生の鹿も現れる百人は泊まれそうな大きな施設に結果2泊ともカルテットの貸し切り状態。温泉の大きな風呂、連日新鮮な海の幸に舌鼓を打ち美味い酒も焼酎もたらふく飲みましたわ。そうそう共に青春時代の懐かしのメロディーを中心に、2~30年ぶりにカラオケで10曲以上も歌ったかな?貸し切りじゃけん回ってくるのも早いんよ。

2日目は九重高原からこれまた定番の阿蘇外輪山巡り、途中今回の旅最高の海抜1300mも通過、駐車場には積雪もあり爺婆連も大はしゃぎ。でも道路は雪もなく凍ってもいなかったので、夏タイヤ仕様のレンタカーは危うくセーフ。
阿蘇では世界的な規模のカルデラを詳細に説明した火山博物館や草千里の雄大な景色を楽しみ、阿蘇神社に寄って熊本地震で大きな被害を受けた社に参詣した。
昼食は名物赤牛丼、馬まん(馬肉入り中華まんじゅう)いきなり団子(サツマイモ&餡子入り)という「妙な」いや「妙(たえ)なる」取り合わせ。連泊の夕食はHちゃんの配慮でてっさてっちりのふぐ料理でひれ酒の杯を重ねる。ばかうま。

最終日は国東半島を巡りまたまた「太刀魚蒲焼き丼&たこ飯」などの名物を食し、全国の八幡神社の総元締め「宇佐八幡宮」の広大な社を歩き回って朝から晩まで笑い転げながら楽しんだもっこもこ爺婆カルテットの旅は終止符を打ちました。ああおもろかった馬勝った美味かったぁ!!


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Macchan行方不明? んーなこと、なか! と、俄か九州弁(その1)

2020-01-22 | 旅行
「どうした?また寝込んでるか旅行かと思った」と、10日間も投稿が無いと心配してくれる友人たちや家族がいるのは幸せだ。ま、今回の理由は旅行かな。

ひょんなことで急に福岡へ行くことになり、周囲に話をし始めたことがきっかけになって今回は福岡&大分の旅になった。きっかけは勤務先Y社スポーツ事業部の仕事で一緒だった九州在住の先輩Oさんの奥様が昨年急逝されたこと、このところ入れ込んでいるOBテニスお達者倶楽部仲間で九州勤務経験があるEちゃんが昨年に続き九州OB会に出席することを知ったことだった。

仕事ぶりにも人間的にも尊敬していたOさんに四半世紀ぶりに会いたいと思い、無遠慮に飛び入りでの九州OB会への出席を幹事にOKしてもらい前日には久留米市に住むOさんの自宅を訪ねることになった。久々の「押しかけ」を歓迎してくれたばかりか仏壇をお参りし、近郊の雄大な筑後川蛇行の絶景を見下ろせるホテルのレストランで昼食をご馳走になりながら中身の濃い貴重な数時間の再会を果たせた。

翌日は旅のきっかけを作ってくれたEちゃんと合流してOB会へ、Oさんに加えかつて上司だったKさんや共に汗を流したMさんを始め、100人余にのぼる大勢の参加者の1割近い友人知人と再会し楽しい3時間余を過ごした。初対面の方々も含め九州人らしい人懐っこさと熱い雰囲気に惚れ込んでしまった。

仕事で何度か訪れた福岡、滞在中は必ず一度は仲間と飲み食いを共にした名物飲み屋「鉄なべ」をEちゃんと探し当て、懐かしさのうちに福岡の夜は更けていった。
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♪わたしはまっかなリンゴです~♪ 「ものすご~いへそ曲がりで悩んでるんですぅ」 ♪リンゴ、リンゴ、リンゴ、リ~ンゴかわいい ひとりごと♪

2020-01-12 | 非日常
新春に三男Eの家族と大町エコノミスト村を訪れた時、半世紀来の友人ITちゃんから「リンゴ農家からおまけでもらったんだけど食べる?」と渡された包みに、今まで見たこともなかった不思議な姿のリンゴが混ざっていた。

へそというのか尻というのか、花が咲いて受粉した後果実が大きくなるにつれて凹みが大きくなって「ここが深くくっきりしているやつが甘くて美味いんだ」という話は聞いたことがある。Macchanちがよく買う一山いくらの2級品はもともといびつなのが多く、少しくらいへそが曲がっているのはいくらもあるがここまで曲がっているのはねぇ~、は じ め ての驚きサプライズ。もしかしてへそが真横についてねぇかい?

リンゴは数々の雪国の童謡や演歌で歌われた、元気で可愛いこどものほっぺの象徴、そして純朴可憐で色白な少女が恥らうように微笑む笑顔の象徴。そして誰からも親しまれるように「りんごちゃん」の愛称で呼ばれた「かわいい子、かわいい娘」はかなりの数に上るのではないか?

そんなかわいいリンゴに独り言のように、「ものすご~いへそ曲がりで悩んでるんですぅ」なんて告白されてもねぇ。いやぁ~「リンゴは見かけじゃね~よ、やっぱり中身味だよ」なんて直ぐ返せますぅ?おの~のがた。下品とも思えるそのまんまの迷回答に怒ったりんごちゃんに平手打ちをくらい、真っ赤に腫れあがった左ほほを真っ赤な夕日に染めて目を細めている「寅さん」の姿が、ややへそ曲がりなMacchanの場合は目に浮かんじゃいますね。
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年寄りの冷や雪、15年振りのスキーに老いらくの恋再燃! 

2020-01-09 | 老いらく?
昨年末から続々集まってきた長男・三男の家族と総勢12名の合宿正月を過ごしたあと、「スキーに行かね?」との誘いに乗っかってきた三男家族と大町の山小屋へ3泊4日のスキー旅行を敢行した。住宅事情がよくない都会暮らしの家族にとっては、購入しても年に1~2回しか使用する予定がないスタッドレスタイヤやスキー用具・ウェア類を揃えて参加するのはやはり英断の部類に入るのだろう。

でもうちの3人の子供たちは春も夏も冬も遊びに行く先は「大町の山小屋」しかなく、そこでいろんな遊びや楽しみ方を覚えた。今も懐かしく会話することがよくあるので、「できれば次の世代にも同じ経験をさせてやりたい」という気持ちになったらしい、けっこうけっこうこけこっこ~。

都会顔負けの狭小な2LDKの小屋は詰め込めば何とかなるもの、30年前は最高12名で合宿したこともあった。もちろんLDKにも布団を敷いてね、トイレに行く時は人を踏みつけないように細心の注意を払い、時には順番待ちでテンパった大小を漏らさないように我慢も強いられる。でもこれがみんないい経験になるんだよね、一族郎党の冠婚葬祭が小ぢんまりした家族単位になった昨今、爺婆やおじおばや従妹たちと交流し犬猫のようなじゃれあい生活を共にする機会はそうはないよ。

というわけで年末から始まった毎晩宴会付きの合宿生活は、所を雪の山中に変え正月休み明けの6日まで続いたのだった。婆を除いて6人は果敢にスキーに挑戦、昔取った杵柄の爺はおだてられるままに15年ぶりのスキー、コーチをやり合間に2日間でリフト10本以上を滑った。振り返るとこれがいけなかったね、ちょっと風邪気味だったのに加えその夜から発熱咳込み関節痛が加わり。6日の合唱歌い初めには出席しようと高速を4時間半も運転したのも体調悪化に拍車をかけた。

かくしてダウン状態で3日間60時間爆睡、今朝やっとメール連絡やブログ記事を掲載する気持ちになるまで復活した。格言にある「年寄りの冷や水」よりかなり厳しい「年寄りの冷や雪」、今回はちょっと懲りたが「老いらくの恋」は再燃したままもう少しは続きそうだね。
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