桜の開花が遅れた上に春寒もあって、今春の浜松は北国並みに百花繚乱で楽しんでいる。10日前には三ケ日の「遊び小屋」庭の花々の咲き乱れる様子を、”「春の嵐」に負けず花々続々”のタイトルで写真30連発で紹介した。

ネモフィラ&ツルヒメソバ

カラー&ワスレナグサ

クレマチス&モッコウバラ

ヤマブキ(白)&フリージア(野生種?)

シャガ&イチゴ

八重桜(普賢象=ふげんぞう)&クレマチス
いずれもかみさんが普段から手塩にかけ育てているのだが、毎年紹介している我が家の庭の花々も取り上げなくては片手落ちだろう。今月に入って母の看取り介護(ターミナルケア)が始まり、市内から外に出かけられない日々が続いているが不自由なことばかりではなく、身近な春を丁寧に探して今までにない発見を(Macchan毎年忘れるだけちゃうん?)楽しんでいる。

イキシア&シラン

ツツジ&源平コギク(白から赤に変化することから粋な古人が名づけた)

ストック&アマドコロ

クンシラン&ハゴロモジャスミン、モッコウバラ
今日は「庭の花々30連発」をお届けし、読者のみなさんにも楽しんで頂きたいと思う。Macchanはとても全ての名前と由来を紹介できないので、かみさんにその都度確認しながら書いている。

コデマリ&シラー、ツルヒメソバ

ヒメウツギ&バビアナ

タツナミソウ(斑入りの葉は咲き終わった、キバナオドリコソウ)&ネモフィラ、サクラソウ

オオムラサキ(ツツジ)&ジュウニヒトエ(十二単衣)、源平コギク(庭の片隅に繰り広がられる平安絵巻のよう)

タツナミソウの群生&アブチロン、アマドコロ
それにしても日本の春は素晴らしい!



以降日付が変わるまで地元の産物や酒を囲んで、積もる話をねたに延々10時間前後。最近の健康に配慮した暮らしぶりや、若き時代とリタイア後の原因や動機は異なっても失敗した経験を、面白可笑しく互いに自虐的に話しながら笑い転げる。
集った5人の年齢は団塊世代を中心に5~6歳違い、住むところも暮らしぶりも皆異なるが交遊を楽しみにしながらリタイア後の人生を送っているのが共通だ。最近も続けて亡くなった共通の友を偲びながら、人生互いにあと10年か20年か健康でいる限りまた会って生きている幸せと喜びを確認し合おうと約束して、旧友たちは小屋を去っていった。
トキワマンサク(白&赤)(近来は虫害に弱い赤芽ガシに替えて庭の垣根によく使われているようだ)

アリアケスミレ&スミレ(庭では花が可愛いとて引き抜かれないが、はびこり方は雑草なみ。人間の評価ではあってはならぬこと)
アセビ(馬酔木=その昔ポットン便所時代はウジゴロシと呼ばれ実用で重宝されたらしい)
シバザクラ(在来種)(最近は花が大きく鮮やかな色の園芸種が多くなっている)
葉ボタン(ほとびて花が咲いた姿も味がある、なに?花柳界のお姐さんの話じゃないってば)
ツバキ(赤&白)(浜北「万葉の森」公園では百を超える種類が数ヶ月に亘って開花競演する)
オキザリス(カタバミの園芸種)(「置き去り」になるっすと覚えるのだが、記憶が置き去りになってしょっちゅう名前を忘れる)
フリージア(白)(こいつの名前もよく忘れるんだな、ごめんな)
クラブアップル(「ターシャの庭」で知って、かみさんが珍しく購入した苗から育った)
シジミバナ(よくぞ名づけたと思うね。花好きの古人はユーモリストだね)
ニガナ(苦いのかな?)
十二単衣(ジュウニヒトエ)
オウバイ(昨秋の剪定で詰めすぎたのか、春先は花蕾がつかなかったがやっと追いついてきた)
オオデマリ(開花当初は黄緑色だが徐々に大きくなるにつれて真っ白に変化していく。白アジサイも同様だから、白花種に共通かな?)
モモ(元は岳父が愛していた盆栽を地に放ったもの)
チューリップ(小屋庭の場合は花が終わっても掘り上げず放置するが、翌年拗ねて花をつけないものもあり見事に咲くものもある。人間界と同じ?)
ルピナス(どんどん増えるのに名前を忘れる三横綱のひとつ)
ビックリグミ(在来種のグミと隣り合わせに植えて実をつけやすくしているが、剪定の巧拙か受粉させる蜂の数か毎年実の数が大きく変化する)
カリン(花梨)(絶妙の彩りの花が年々大型化し数が増す。結実する数も多くなったが、熟して芳香を放つまで樹上にあるのは限られる)
ノースポール(種が飛ぶ飛ぶ、庭のあちこち芝生の中にも。生命力は雑草並みだ)
ネモフィラ(「モルヒネ」と覚えるのだが、ケシじゃないし「なんだっけ?」が落ち)
ジゴクノカマノフタ(あまりにも奇妙でおどろおどろしい名前につきよく覚えていられる。それにしても命名者はどこから発想したのか不明なり)
シロヤマブキ(「実のひとつだに無きぞ悲しき」と五百数十年前太田道灌に捧げられたのは白色だろうか黄色だろうか?)
スオウ(葉より花が先行する種類、今年はソメイヨシノと同様開花が遅れた)
ハナダイコン(「ダイコンノハナ」というのもあるからややこしい)


浜北区御陣屋川沿いの50年を越える古木の桜、西友浜北で買い物をしたついでにぶらぶら歩いた。小河川だが、ここは桜並木保護のためか、今や当たり前のコンクリート護岸になっていないのが景観にもプラスになっている。多数の大きな乗っ込み鯉が上流を目指して泳ぎ、清流と共に風情を高めている。弁当もまして酒も持たない夫婦連れは、暫し川岸に腰を下ろして短い春を無言で見送る。

そして今日は恒例の週一テニスを満開の桜の高丘公園で仲間と楽しみ、



昼食の介助を終えた後またかみさんと示し合わせ佐鳴湖公園まで足を伸ばして散り始めた桜も堪能した。近所の珈琲店で一休みしながら、テニス仲間のAちゃんが習っている絵画教室主催の作品展も楽しめた。
Macchanちは所帯を持つ前も今も昔から「うちご飯」が当たり前で、外食するのは飲み会か大勢の家族が集う時の特別のイベント時がメインだ。リタイア後は出来損ないが多いが畑で出来た作物と、もらい物(おすそ分け?)と地場産の購入材料が食卓を飾る。
ぬかるんだ畑に出かけて、ネギとワケギと最後の春菊を摘んできた。スーパーのタイムセールの手羽元をロースターで焼き、酒みりん醤油に酢を効かせて暫し煮込む。寒波に耐えた南天の葉を飾りにしてと。うちの裏庭の蕗はまだまだひょろひょろ、OB会ウォーキングクラブのMさんから頂いた色鮮やかな蕗を湯がいて筋を取り油揚げときのこと一緒に煮た。
春菊は花が咲きそうなので脇芽の柔らかそうなところを選んでサッと茹で、昨秋収穫したゴマで和える。かみさんの親友Tちゃんに薦められて数年前に購入し年季が入ってきたゴマ擦り器と、寒の戻りで今日は朝晩点けている灯油ストーブがこういう時はちょ~役に立つ。
ワケギの定番料理は、茹でてかみさんの手前味噌に味醂と砂糖を加えていただく。サトイモの植え付けが終わって残りの芋はしょぼいものばかり、「衣かつぎ」というよりは「ボロかつぎ」だが味わいは濃い。寒の戻りでしょぼくれている桜を愛でながらの「うちご飯」は、なんてことはないがやっぱり美味いわい。


母の残り少なくなった命を見届けるために遠出はできないが、近年大木に育った近所の桜見物にウォーキングを兼ねて繰り出した。お~見事じゃ見事じゃ。

桜はやはり水辺が映えるのぉ、などと春を待ちわびて懸命に花開く桜の気持ちを踏みにじる勝手な感想を抱く。

覚悟してわざわざ出かけなくとも観賞できる地方都市の桜は、木の下で宴会をしている風景は稀だ。雨上がりは思いつきの散歩で花見を楽しむ人々と間断なくすれ違う。


前回の投稿から1週間以上時が経って、世の中は弥生3月が終わって新年度が始まった。遅れていた桜もここに来てやっと開花が進んで、週末には満開を迎えるだろう。忘れっぽさは置いといて、浜松で開花が4月にずれ込んで、見ごろが月半ばまで持続するという経験はなかったように思う。


北国ではこぶしが咲き、梅や桜や杏など花々が一斉に開花していくのだと聞いたことがある。浜松ではそこまで極端ではないが、居ながらにして北国の人々の春の訪れを喜ぶ気持ちを今年はなんとなく解ったような気がするのだ。
しかしこの数週間前から日中もとろとろと眠ることが多くなり、一週間くらい前から手足にむくみが出始めた。浮腫は全身に広がり、この一週間で体重は6kg増加した。医師の診断では、老衰による心肺腎機能の低下が原因だろうという。利尿剤の効果が少し出て、浮腫は少し軽減したが余命は数日から数週間レベルで家族も覚悟したほうがよいとのこと。
今週は10数年前の認知症発症から輪番で介護してきた兄妹3人が集まり、残り少なくなった母との時間を共有している。長寿社会になった今日90歳は珍しい長生きでもなくなったが、よく頑張って生きてきたなと思う一方いよいよ来るべきときが来たかとの感慨がない交ぜだ。


