先週末の浦安ぶらぶら歩きに続いて、今週は穏やかな天気に誘われて自宅近辺のウォーキングにハーゲンははげんでいる。国内ではどこでも歩くと気がつくのだが、アメリカ人と違ってジョガーより圧倒的にウォーカーが多い。アメリカではそんなに走るより少しは食事制限した方がいいんじゃないかと思われる太っちょジョガーが多いが、日本のウォーカーはうちの近所では普通体型で毎日の生活習慣にしている人の方が多いように見受ける。
ダブルストックを持っている人、軽いウェイトを両手に持っている人もいるし、腕を前後に振りながらかなりスピードを上げて歩いている人もいる。グループは圧倒的に女性が多くお喋りしながら楽しんでいるし、夫婦と思われる男女ペアは女性上位で、男は誘われて渋々後を追っている人が多いように思われる。
Macchanは日課にしているとは言い難いが、週に1~2回はウォーキングに出かける。独りの時は買い物や郵便局などの目的を作って早足で4~5Km程度歩く時が多く、かみさんと一緒の時は普段より会話ができるのでいい時もあるが、家々の庭植栽や野の花に暫し立ち止まって動かなくなるので調子が狂う。


昨日は上天気の夕方かみさんとの散歩、美しい馬込川の夕景を撮っているうちに逆に置いてけぼりを食わされた。


2年生のKはサッカーを続けているお陰か、「3分間走」ではなかなかの走力で目尻を下げた爺婆は本人指名のいつもの「スシロー」のスポンサーになった。

浦安はもともと江戸時代から栄えた漁村、古人は富士山信仰の基点として三社に参っていたらしい。


どこの境内も銀杏や桜やケヤキなどの大木が、見事な紅葉で迎えてくれた。



途中市が保存している旧家の屋敷や、山本周五郎「青べか物語」で有名になった船宿などを見学した。贅沢な3時間ウォーキングだった。
一年に5~6回は成長を目にする機会があるが、孫1号4号7号は会う度にたくましく変身していく。幼児から少年少女へと成長していく姿に、目を細めながらちびりちびりと一杯やるのが爺の楽しみでもある。

Macchanも今日は芝刈りと草取り、午後からは駐車場の菖蒲の葉を刈り取る作業をやる。
旅行中の出来事を中心に話は盛り上がる際限を知らず、午後4時開始以来延々6~7時間。Macchan持参のサラダ2種は出番はあったものの、炉端焼き物材料は出番なし。でもこれでいいんだ。


暖かい日差しを浴びてテラス上でゆっくり朝食を2時間、米子でお世話になったIさんへのお礼の寄せ書きをしたため、来年の「反省会の反省会」を約束して「反省の弁は一切なしの熱い集い」は散会したのだった。

暦上の秋が残り2週間になって、畑の大豆&黒豆はやっと枯れて収穫が可能になった。個体差があるので先ず半分収穫して、根っこを切断して軽トラで三ケ日の小屋テラスに運び込みシートの上に広げて寒風にさらす。カラカラに乾いたら足で踏みつけて殻から豆を取り出す。
母はお陰さまで食欲があり、スプーンと茶碗を持たせると自分で口に運ぶまで回復した。3週間前よりさらに表情が豊かになり、意味不明でも短い言葉をしばしば発するようになってきた。2~3ヶ月前は口も開かず咀嚼もせず飲み込むのも忘れて、一時は先行きが長くないなと観念したほどだった。
しかし「美味しいねえ」とにこにこしながら食べている姿を見ると、短時間ながら食事介助に出かけるのが楽しみになるものだ。

裏庭のミニ畑でひっそりと育つバジルとパセリは、時に小屋の集いの食卓に上る。日照に恵まれない方がよく育ち長持ちする種類もある。人間界も同じだろうか?
岳父が遺した各種盆栽のサツキは、地に放たれて伸び伸び育ち晩秋には数輪ずつの「狂い咲き」で目と心を楽しませてくれる。





ススキとスズメノヤリはこの庭では目の敵にして退治しているが、このヤバネススキは園芸用に改良?されて葉の模様と姿を楽しめる。
かみさんが手をかけて自宅や小屋の庭に育てているタマスダレも、



この白ツルバラも春以外の季節に少しずつ狂い咲いて存在を穏やかに知らせてくれる。

ベビーマラカスというひょんきんな名前をもった花も、逞しく芝の中に種を飛ばし晩秋まで生き延びている。
根っこを延ばしてしつこく繁茂するヒメスイバを退治した後には、桃の木を囲むようにジニア(プロフュージョン)が拡がっている。可憐な花々たちもそれなりに生命力旺盛に咲き誇っているようだ。
数週間前には夏日だったことが信じられないほどの秋らしい気温、天気予報どおり昼から雨が降って少し冷えてきた。午前中から庭で火を焚いていた仲間は、昼食会場をテラスにして賑やかな時間を過ごした後は今季初の薪ストーブを土間で楽しむ。午前中から作業を楽しむ者、昼寝を楽しむ者、新たなビールを仕込む者など、それぞれ自由に過ごす。


寒さが感じられる今頃になると、玄関先に植えた「ツワブキ」が少しずつ種で増えながら艶やかな葉と共に、鮮やかな濃い黄色の花を咲かせて目を楽しませる。深まる秋も花々は元気だ。

脱穀は昨年新規購入した足踏み式で、籾摺りは昨年はMacchanOB会のIさんから借りたが今年は近隣から譲り受けた数十年前の籾摺り機でやることになった。
毎回の集いには人寄せが上手なふるちゃんのかみさんふーちゃんとお母さんの昼食もてなし、そして二人は集った仲間をおだてて気持ちよく働かせる特技がある。今日は「籾摺り機」のご機嫌が悪く思わぬ時間がかかったが、それでも朝から夕方まで気持ちよく楽しく過ごせた。
先週末浜松市民合唱祭があるので一足早く引き上げる時に、師匠は「浜松のとんきい豚」って知ってる?と聞いてきた。Macchanは「ロース肉を数Kg購入して一回燻製にしたことがある」けど、正直2倍近い価格の「とんきい豚」と地元産の一般的な豚肉との差が分からなかったと正直に伝えた。YGさんは「その豚肉(多分ロース肉)を使って生ハムを作ったので食べ比べてみて」と、真空パックにした一品を差し出された。
サツマイモの茎は、70年前後昔戦中戦後の食が貧しかった時の語り草の食材だ。敗戦直後昭和22年生まれのMacchanは幸か不幸か食した記憶がなかったが、「お気に入りブログ」の
農作小屋は人生初めての大型工作物だったので、うーさんや亡くなった善ちゃんに手伝ってもらったが5cm位ひん曲がって完成した。弥生時代の建築物を真似て「掘っ立て小屋」にするために、焼き杭を8本打ち込んでその上に小屋を建て柱と杭は「鎹(かすがい)」やV字金具で接続した。
10年近く経過して小屋がグラグラし始め、焼き杭の地中部分が腐っているのに気がついていた。
今週初めにそのうちの一本が宙に浮いているのを見つけて応急処置をし、これはいかんと思って対策を考えた。小屋部分はまだ使えそうなので、とにかく土台部分を修理することにした。
土台部分は重量ブロックに交換するのだが、柱をブロックに置くだけでは強度が出ないので小屋最下部を囲うように材木で補強した。
また小屋を置いただけでは風で倒れる可能性があるので、8本ある柱の外側に「遊び小屋」建築時に使用した足場用鉄パイプを打ち込んで番線で縛り付けることにした。
畑のサツマイモに珍しく花が咲いていて、寒風の中で「早く掘りあげてください」と催促しているように見えた。




忙しなく滞在した2泊3日の間、朝夕半日毎に赤や黄色が鮮やかに変化していくのがよく判る。23年に及ぶ委員会のボランティア活動では時季が合わず、気がつかなかった現象だった。




そんな中でプロによって伐採された木々の枝葉を、11人の仲間は連日軽トラ2台を使って一箇所にまとめる作業を黙々と続けた。
初日の夕食は大町山岳博物館裏の鷹狩山展望台にあるレストランにて、何はともあれYさんの慰労会を会費制で催して盛り上がった。


