昭和41年3月に卒業した高校クラス会(都立H高校31R)は、卒業以来48年もの長い間ほとんど毎年開催されてきた。歴代幹事の面倒見がよく、クラス全員の連絡先を把握できていてメールや葉書で案内がくる。
31R50数名の男女比率は4:1というアンバランスだが、残念ながら物故者が一割以上になったにもかかわらず元気に仲良く集いを楽しんでいる。昨日から1泊2日でMacchanの三ケ日「遊び小屋」で、エキストラクラス会を開催した。月初にメールで案内したが、都心から250Kmの距離は遠かったか参加は5名(一昨年秋ボストンで世話になったA君は帰国中で飛び入り参加、紅一点Tさん+家族は日帰り)と小ぢんまりした会になった。
それぞれが手作りや名物を持参し、皆が揃ったので小屋のテラスでパーティーの開始。メンバーの一人が持参した「冷たいトマトのスープ」はレストランを経営していた亡きH君直伝の本格イタリアン。たっぷり量があって解散するまでの3食で、H君のありし日を偲びながら堪能した。
宿泊した4人は夜8時ごろまで灯りを点けてテラスで談話、その後は囲炉裏端に席を移し干物を焼いたりMacchan自作のスタウトを含む酒もたくさん飲んで、午前1時頃まで積もる話に花が咲いた。不参加のK君が差し入れしてくれた地元八王子の大吟醸酒も、なかなかのものだった。
今朝は8時まで寝て、朝食後浜名湖を一望できる展望台や奥浜名湖の猪鼻湖をドライブしてきたが、昨日の黄砂がまだ残っていて自慢の景色は霞んでいまいちだった。小屋に戻って薪風呂を焚いて「あいうえお」の出席簿順に入り、浜名湖名物のうなぎ白焼きを丼にして昼食を楽しんだ。2時過ぎには丸一昼夜に及んだ楽しかった集いは、「またやろう」と握手とハグで散会になった。
31R50数名の男女比率は4:1というアンバランスだが、残念ながら物故者が一割以上になったにもかかわらず元気に仲良く集いを楽しんでいる。昨日から1泊2日でMacchanの三ケ日「遊び小屋」で、エキストラクラス会を開催した。月初にメールで案内したが、都心から250Kmの距離は遠かったか参加は5名(一昨年秋ボストンで世話になったA君は帰国中で飛び入り参加、紅一点Tさん+家族は日帰り)と小ぢんまりした会になった。
それぞれが手作りや名物を持参し、皆が揃ったので小屋のテラスでパーティーの開始。メンバーの一人が持参した「冷たいトマトのスープ」はレストランを経営していた亡きH君直伝の本格イタリアン。たっぷり量があって解散するまでの3食で、H君のありし日を偲びながら堪能した。宿泊した4人は夜8時ごろまで灯りを点けてテラスで談話、その後は囲炉裏端に席を移し干物を焼いたりMacchan自作のスタウトを含む酒もたくさん飲んで、午前1時頃まで積もる話に花が咲いた。不参加のK君が差し入れしてくれた地元八王子の大吟醸酒も、なかなかのものだった。
今朝は8時まで寝て、朝食後浜名湖を一望できる展望台や奥浜名湖の猪鼻湖をドライブしてきたが、昨日の黄砂がまだ残っていて自慢の景色は霞んでいまいちだった。小屋に戻って薪風呂を焚いて「あいうえお」の出席簿順に入り、浜名湖名物のうなぎ白焼きを丼にして昼食を楽しんだ。2時過ぎには丸一昼夜に及んだ楽しかった集いは、「またやろう」と握手とハグで散会になった。




実は迂闊ながら3回目の解体ヘルプの後、Macchanはブログ記事にしている時に撮った写真を眺めていて再活用を思いついた。信州大町の山小屋は本当に狭いのだが、2階の6畳間に昇降するのを30年余り梯子でやっていた。何人か酔っ払って落ちた者もいたが、幸い怪我人はいなかった。しかし今後は怪我人が出るかもしれないし、何より齢を重ねると梯子段の昇降はなかなか億劫だ。

最後は施主の特権乱用、先週準備していたテーブル用の厚さ1.2mmの透明ビニールシートを型紙で切り取って、網戸上部に画鋲で留めるという奇襲作戦を貫いて何とか体裁が整ったのだった。どれだけ長く性能を維持できるか分からないが、すぐ壊れたら「板で塞ぎたい」と言っていたうーさんに頭を下げて再度お願いするしかないね。
そうそう、嬉しい話がもう一つ。先週「水の中でも固まる防水パテ」を使用して修理した、「杉風呂桶」の水漏れがなんと塞がっていた。しかしパテは白色しかなく、張った水が減らないのはいいが修理跡がなんともはや「ぶしょったい」(遠州弁で”みっともない”の意)。

4時までの演奏会は、慌しくプログラムが進んでいった。何箇所か音が下がったりしてハラハラした部分もあったが、聴きに来て下さった450名もの聴衆の盛大な拍手を頂き、友人知人からは「よかったよ」「泣けたよ」などと暖かいメッセージを頂いてぐっと満足度が高まった。
お客様を2階テラスから歌いながらお見送りした後、「コール丘」との合同打ち上げ会が大層盛り上がったことは言うまでもない。Macchanは演奏会運営のプレッシャーから開放されて、2次会まで仲間としこたま呑んだ。今朝は7時半まで、ほとんどボロキレになったように爆睡した。
かみさんが「出来損ないのソラマメ」を蒔いたのがなんとか育って、晩酌ビールのつまみにできるようになった。美味い!幸せ!!小市民のささやかな喜び。

特に家と家の間の強い風や日差しが避けられるところは、昨年あたりから特に育ちがよく茂ってきた。「遊び小屋」がある三ケ日のTリゾート浜名湖の管理規定で、隣家との境界線には塀を作ってはいけないが高さ1m未満の生垣は許可されている。植えた「お茶」の木の育ちのいいものがそろそろ1mに届くので、刈り込みをしようとしていたところかみさんが「お茶」を作ってみようと言い出した。ネットで検索して「初心者でも簡単に作れる方法」を探し出し、かみさんは先週トライした。
① 先ず今春伸びた新芽をたくさん摘む。
② 水洗いして軸から葉だけ外す。
③ 蒸し器で5分ほど蒸す。
④ 100~150℃の電熱鉄板上で水気を飛ばし、水洗いした軍手をはめて揉みながら炒る。
こんな日にも仲間は小屋の備品建具の修理をしてくれた。先日から脚の具合が悪かったテラス上の丸テーブルや、掃き出し口の網戸の滑りが格段に良くなった。



直近の作品は、玄関のアーチ状のドアによく似た室内ドアを、Macchanの横浜実家を昨年末解体した機会に外してきたものを使って網戸に仕立ててくれた物。ほぼ同時に浴室やトイレがある水周り小屋の出入り口内側に、ふくちゃん自宅の風呂場改装時に不要になった吊りスライドドアを使ってこれまた見事な網戸をこさえてくれた。

取り皿に風で飛んできたごみがついてる、と思ったらちょーミニチュアのカマキリじゃないか! どこから飛ばされてきたのかキョロキョロ見回したら、なんとテラスの天井部分に産み付けられた卵から次々に孵って糸でぶら下がって降りてくる。最初のやつは無事着陸したが、その後は強風で手間取っているうちに必要な水分が失われてしまったのか、乾いて死んでしまった。
半年もかけて孵ったのに、弱肉強食の世界に入る前に命を絶たれるとは。一同「もっと簡単に地上に降りられる場所に卵を産まなかった親が悪い」と意見が一致した。


昨日に続いてすごくいい天気だが何故か風が強く、「旧山章工房」の2階部分の取り壊し中は時折突風にあおられる。強風の中、破壊が進むにしたがって摑まるところがなくなったので、床をめくった結果1階が見えるようになって高所恐怖症のMacchanは恐る恐る作業を進める。
昼食はYamashowさん手作りの「冷やし中華」得意の生野菜たっぷり添え、いや~美味かった! 昼休みはかっきり1時間だけで、直ぐ現場復帰で汗を流す。作業中にも見たことない抜け殻が、「ヤモリの卵」と教えてもらって心が和む。この卵は数年前から新設している、西伊豆の「新山章工房」にも材木媒介で移動して可愛がっているらしい。いいね!


以前お知らせしたように、仲間に前もって連絡して集まる「遊び小屋」オフィシャルデーは週に1回。しかし小屋庭の手入れをし始めているので、このところMacchanはそれ以外に2~3回は通っている。先日タイトルのような記事を書いて今日は2回目、訪れるのは一人が多いので「しょんぼり」だがやることは多く、実際はしょんぼりしている余裕?はない。

先週水曜日に自作ビールを仕込んでいるので、昨日に続いて様子を見るために小屋に出かけた。ビールはまだ盛んに発酵しているようで、発酵容器の蓋をそっと開けると表面は泡で覆われている。今週は気温が高めなので「発酵仕込み終了」の目処は1週間目の今日なのだが、いつ終了してもいいように詰めるためのビンは46本(23L分)準備してある。

ということで今日はビン詰め作業はなかったので、昨日(かみさん同行)に次いで庭の草取り作業を行った。昨日から全国的には30℃以上になる真夏日が出現し始めているが、浜松はそこまでいかないものの庭を掘り返していると知らず知らず大量の汗をかいている。そして刺す力はまだ弱々しいが、早くも蚊が出現し始めている。


高さを増していく草の山を横目に、ピークを過ぎたものの庭を彩る草花をカメラに収めた。1年余り前から庭造りのためにかみさんが種を蒔いたり、家の庭から移植したものが多い。
安全ベルトとカケヤと大きなバールに弁当と水筒を持って、東名磐田インター近くの小屋に直接到着した。既に延べ2~3日かけて小屋周囲や屋根のトタン板が剥がされていたので、今日は野地板剥がしから開始。午前午後合わせて4時間半かかって、やっと屋根部分を分解することが出来た。建てる時は「上棟」というから、さしづめ「下棟」作業をやったということかな。
さすがというか何というか、Yamashowさん10年余りの工房にいい材料使いすぎだよ!作業が進むにつれて破壊する面白さが出てきたが、予報どおり雨もパラつき始め7時からの合唱練習を控えて4時半には現場を辞した。近いうちにもう1~2回参上して、体験を深めさせてもらう予定だ。



