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団塊世代MACCHAN(まっちゃん)の、<人生これから>だよ!

リタイア後17年、人生を日々面白がる楽しみを綴ります。健康と家族と友人を大切にする、年金生活爺さんの「残日録」です。

♪「コブシ」咲くあの丘北国の~

2011-03-31 | 300万円の家づくり
「コブシ」が咲くと、額に大きなほくろがあった時代の千昌夫の「北国の春」を思い出す。今はそれに加えて、大震災に見舞われた北国のまだ訪れぬ春をイメージする。

北国ではどうかわからないが、遠州地方ではモクレンに少し遅れて「コブシ」が咲きだす。寒さの中から桜花に先んじて咲く白い豪華なモクレンもいいが、楚々とした「コブシ」はいかにも寒さに耐えてやっと咲きましたという感じがして、なおいいと思う。

三ヶ日の「遊び小屋」作業現場の前には公園があって、誰も訪れないのをいいことにMacchanやヘルプ陣はバイオトイレ(昔は立ちーーーと言ったかな?)に使っているのだが、植栽がなかなかよくて当ブログにもよく使わせてもらっている。数日前から「コブシ」が咲き始めて、今日は暖かさにつられて大分開花した(写真)。

暖かい浜松も今冬は大きな寒波が何回も襲来して、本格的な春の訪れを待ちかねている。未曾有の震災に見舞われた北国は、さぞかしと毎日思いを馳せる。北国の被災地にはモクレンより、やはりこのコブシが似合うと思うね。

昨日は賑やかにヘルプ陣が揃ったので、今日は単独作業になると思い込んでいたら、早朝いとちゃんからエントリーがあった。単独でロフト(土間の上の8㎡=味噌や梅干やラッキョウなどの保存食置き場)の床張りをやっていたら、いとちゃんがやってきた。勝手がわかっているので、早速自主的に梁上の内壁張りをやってくれている。

今週で内壁張りが全て終了しそうだし、ロフトも完成しそうだ。なべさんの設計図に基いた建築申請内容は全てやり終えるので、いよいよ来週は「建築完了検査」を申請する。強力な?ヘルプ陣のお陰で順調にここまで来たが、嬉しい気持ちと早く終わって残念な気持ちがない交ぜだ。

しかし、まだまだ作業は続く。3坪の「作業小屋」を改造して「トイレや風呂などの水周り」を作ったり、「遊び小屋」土間に台所やストーブを取り付けたり南側にはテラスも作る予定だ。押入れなどの物入れも、これからの作業になる。「遊び小屋」の機能を装備した完成までは、まだ半年はかかるだろう。

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「謹慎中」の現場に5人が集う

2011-03-30 | 300万円の家づくり
寒波がまた襲来していたが、今週は日を追うごとに少しずつ暖かくなっている。毎週水曜日はヘルプのメンバーが集まりやすい日なのか、他の日に較べて大勢が集まる。「謹慎中」と言っても、大災害の被害者を慮ってというわけではない。先日庭の薪釜からボヤを出したので、自主的に「焚き火」を謹慎しているということ。

昭和30年代の「省エネ」の家をDIY建築している仲間が5人も揃った(いとちゃんは来なかったが、先週から加わったふるちゃんが入った)ので、昼食は皆が持ち寄ったおかずとスパゲッティで楽しく過した(写真)。薪釜の傍には、先日ふるちゃんが持ってきてくれた消火器を忘れない。1時間半のランチタイムは、何故か「ゴミ収集」や「下水処理」のチョー社会性のある話題まで様々な話題が飛び交い、作業を止めて一日中このままでもいいと思わせる魅力的な時間だった。

今日の参加者、うーさんとなべさんのコンビは梁上の内壁張り、ふるちゃんは先週続きの南側掃き出し口前のテラス下整地、ふくちゃんは各種室内建具の調整、Macchanはロフトの床張りに着手した。それぞれの得意技を活かして、思い思いに楽しんでいるようにも見える。端材と廃材活用の魔術師うーさんは、いつの間にか現場の主食の茹で上がったスパゲッティを掬い取る為の小道具まで自作している。

これでいいのだ! なんでもかんでも「謹慎中」の世の中と違って、普段の生活を「はしゃぎ過ぎず」各々が限られた人生の楽しみを見出している。
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暖かくなるのが待ちきれない!

2011-03-29 | 300万円の家づくり
暦上で春になって早1ヶ月、今月に入ってからも冬将軍が頑張っているためか昨年よりソメイヨシノ桜の開花が遅れている。毎年ほぼ同時か少し早めに開花する三ヶ日の桃の花が、少し暖かくなった今日次々に花を開いた。昨年の3月21日に「♪桃や桜や杏(あんず)咲~きーー」という題で、当ブログに同じアングルから撮った写真を載せていた。昨年より8日遅れということだね。バックの「遊び小屋」が、1年経過して随分変わったと思わない?

まあ桃が咲いたから、ソメイヨシノも時間の問題でしょ。暖かくなるのが待ちきれないのは、桃や桜ばかりではない。大震災の被災地をはじめ、恐怖に満ち溢れ暗いニュースばかりの日本中がこの季節を待っている。

今日も誰もエントリーしていないので単独作業を覚悟してしこしこ作業をやっていたら、監督のなべさんが1週間ぶりにやってきた。「大分進んだね」といいながら、各部屋を見渡している。二人で手分けして梁上の内壁張りを始める。足場を移しながら高いところで踏ん張ってやっていると、結構汗をかく。暖気が屋根裏にまで上がってきているのかもしれない。

小屋束の曲がりに苦労しながらも、北西部屋の梁上が半分以上杉板で覆われた。明日は大勢がエントリーしてくれているので、更に作業が進むだろう。尻から下、脚の筋肉痛が更に増している。早く暖かくなぁ~れ!



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梁上内壁張り半分終了

2011-03-28 | 300万円の家づくり
弥生もあと数日でお終いだというのに、いつまでも寒い。自然の神々よ、もういい加減に冬将軍に引導を渡して、震災で苦しむ東北の人々を早く楽にさせてやってくださいな。

週明けを待ち受けて、Macchanはいそいそと冬と同じ恰好で現場に出かける。先週から梁上の内壁張りに入っていて、今日2部屋目の土間の作業の続きをやる。土間は床が無いので梁の高さは3m以上、最も長い梯子を使用し間柱材数本をビス留めして梁上に足場を築く。ヘルメットを着けて、素足感覚で足裏の感覚を感じる底の薄いシューズを履く。狭い足場上の作業が多く頻繁に長い梯子を上がり下りするためだ。

梁下は柱材をこまめに垂直確認して取り付けているので、高さ270cm余の柱間は違っても2~3mmだ。しかし梁上に載っている束は厳密に垂直確認をしなかった為に、最大20mmの曲がりがある。梁上の内壁を取り付ける時は、1枚ずつサイズを確認しないとならないのでなかなか面倒だ。覆水は盆に返らぬが、こういう修正が効かない場所は念には念を入れて作業をやるべきだった。更に面倒さに拍車をかけているのが、束をまとめる板状の筋交いが内壁の取り付けに邪魔になる。(写真は土間を下から見上げたところ)

単独作業なのでムッツリしこしこ、何十回も梯子を上がったり下りたりしながら夕方5時過ぎまで板張りを続ける。煙り抜きの小窓の両脇にできた柱との間の10~20mmの隙間に、奥行き105mmの下地を取り付けて壁板を縦使いにしてビス留めする。細かいが、やりがいのある面白い作業だ。

こうして先週から3~4日の作業で2部屋分が終了したので、上手くすると今週中に梁上内壁張りが完了するかもしれない。しかし、今日は寝る前から早くもケツから下の筋肉痛が始まっているぞ。
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未曾有の大地震に思うこと(7)

2011-03-27 | 日々雑感
より便利で快適な生活を目指す人間のエゴを自ら戒めて、住んでいる地球をこれ以上破壊しないと誓ってみても、実行に移すとなるとなかなか難しいだろう。だからこそ東日本が壊滅的な被害を受けた今が、それを実行に移すよい機会なのではないか。

被災者への無償の支援や避難者を受け入れることによって、痛みを分かち合うことから出発できる。東京電力が被害を受けて発電量が2~30%減ったというが、いいじゃないか。サイクルが異なっても送電できる設備を早急にこしらえて、日本全体の電力量で調整しよう。全国民が、10%の電力消費を我慢すれば可能だ。原発がだめだから化石燃料でカバーしようなんて考えるようでは、本当に100年後の地球はないぞ。

職場はもちろん、家庭でもISO19001の基準を遵守する。まず夏は28℃以下にはしない、冬は18℃以上にはしない。車は複雑な税体系になっているが、あっさり燃費だけで累進課税にする。高速道路も最高時速を80Kmにする。店の深夜営業を認めない、コンビニの営業時間はまず元の7~11に戻す。販売店舗や遊興施設の照明も、必要最小限に規制する。ドーム球場は屋根を解放して、以前の姿にまず戻す。私生活も朝シャンは禁止、風呂も毎日入らなくたってOKの数十年前に先ず戻る。スイッチを入れれば部屋が快適温度になりすぐ湯が出るという生活も、ここで反省して見直す。

思いつくままに書き出してみたけど、さてこれを誰が言い出してどう実行するか。自分のことになるとエゴの塊になる人間を、エゴの塊の人間が説得するのだ。これからの世の中福祉も大切だが、人類と地球を持続可能な世界にしない限り、国民全体の幸福なんてあり得ないではないか。

Macchanは、自分で出来ることをまずやるぞ。昨日も今日も寒さの中、自給のための畑作をしこしこやってるぞ。(写真はB畑の食用にしている菜の花)
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未曾有の大地震に思うこと(6)

2011-03-26 | 日々雑感
東日本大震災が起こって丸2週間が経過し、死者は日ごとに増えて既に1万人を突破した。一方で、不明者がなんとまだ2万人近くいる。事故を起こした福島原発を、仕事を超えたモチベーションを持続しながら復旧活動に専念している人々にはただただ頭が下がる。

今回の大震災で明らかになったことはいくつもあるが、その一つに電力は決して安定的な供給が期待できるものではないということだった。首都圏を中心に日本全体の電力の3分の1以上を賄う東京電力では、発電量の4分の1近くを原発が占める。その主力発電所の事故で大規模な計画停電を実行せざるを得なくなったことで、今後の安定供給がかなり難しいことが明確になった。

水力発電はダムの建設が困難になって、既に数十年前から発電量はほとんど増えていない。代わって登場した原子力発電に大きな期待がかかったが、数値改ざん事件をきっかけにこの7~8年は発電量は余り伸びていない。実はこの10年の電力需要の増加を支えてきたのは、石炭や天然ガスなどの石油以外の化石燃料だったらしい。風力や太陽光発電はいかにもクリーンなイメージがあるが、未だ主力になるには程遠い。

一方で「地球を守る」を合言葉に、二酸化炭素や窒素酸化物の排出をできるだけ減少させようと世界中は躍起になっているように見える。しかし人間のエゴが国別にも現れていて、なかなか足並みが揃わない。そんな中で我が国では政府が音頭をとって、エコカーやエコ家電購入のキャンペーンが実施された。実態は不景気打開策を兼ねた主力産業援助の色合いが濃いと、へそ曲がりのMacchan懐疑的だ。自らも恩恵を受けたし直接省エネに結びつく結果が得られたと信ずるが、大型自動車や大型家電により多くの補助金が出たことには未だに疑問を持つ。

また「電力はエコ」とばかりにオール電化や電気自動車への補助には、より多くの金額が費やされた。直接被害が無かったとはいえ中部電力管轄の浜松では、大震災後の今も「オール電化キャンペーン」が実施されて折込広告が入るのには少なからぬ反感が湧く。そして今後増えるはずの電気自動車に日々供給する電気の確保は、誰がどうしてやろうというのだろう。最もクリーンなエネルギーと期待される「太陽光」でさえ、膨大な量の発電パネルを製造するのに費やしたエネルギー量と、寿命が来た時に廃棄される資源やエネルギーのロスは誰も調査したり口に出す者がいないではないか。

本当に必要なのは、「一見クリーンに見えるエネルギー」に代替させて生活のレベルを維持向上させることではない。今回の震災をきっかけに、より便利で快適な生活を目指すことは人間のエゴだと目覚めることではないか。そして「住んでいる地球の破壊と引き換えに暮らしている」、ということを真剣に反省することではないか。(明日に続く)(写真は満開になった三ヶ日現場の椿=斑入りの変種でもよくみると赤と白の花が混ざる)
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梁上内壁張りが進む

2011-03-25 | 300万円の家づくり
東日本大震災の死者が、ついに1万人を超えた。一方で不明者がまだ2万人近くいるので、最終的には未曾有の言葉どおりの犠牲者になる模様だ。宮城県警本部長は被災3日目には「本県だけで死者が万の単位になる」と声明を出したが、縁起でもないと思ったものの10日経った今は慧眼に恐れ入る。

原発の損壊や農作物・飲料水からの放射性物質の検出など、世間はおどろおどろしいニュースと人々の不安に満ち溢れているが、Macchanは棟梁うーさんをピックアップして今日も現場に向う。はしゃがず世間を忘れることなく、この粛々と普段通りの事を進めるのがいいのだ。

午前中の作業を終えて昼食の準備をしていたら、なんと昨日来たふるちゃんが粉末消火器を5本も抱えてやってきた。昨日、先日の「焚き火のボヤ騒ぎ」の話をしたら、元の職場で期限切れで廃棄する消火器がたくさんあるのでもらってきてやると言っていた。職場は消防検査があるので期限切れはまずいが、一般家庭ではまだ10年は使えるとのこと。各部屋1本ずつと作業小屋用(「遊び小屋」完成後、風呂場とトイレに改装する)だ。土間と風呂では薪を焚き、居間の囲炉裏では火を燃やすので有効に使えそうだ。即刻の有言実行、有り難いことではないか。

来週の再来を約束してふるちゃんが帰った後、またうーさんと高所の壁張りの続き。昨日と今日で2部屋の8~90%が張り終わった(写真)。足場をしっかり確保するのが肝だが、それさえやれば姿勢が不自由なだけでそう難しい作業ではない。今週は、4日間の作業で終わってしまったのが残念だった。
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新たに有能な仲間が加わった

2011-03-24 | 300万円の家づくり
またまた冬将軍が元気になったので完全冬装束で三ヶ日に向っていたら、合唱団の仲間ふるちゃんから「昼前に現場に行くから」と電話があった。今日から始めた「梁上の内壁張り」をやっていたら、段ボール箱を提げてニコニコしながらやって来た。

Macchanが居ない時に一回来てくれたと聞いていたが、毎週浜松男声合唱団の練習場で会っているのに現場で会ったのは今日が初めてだった。合唱仲間のヘルプ陣が何人か来ていると思ったらしく、焼鳥の材料や手作りの漬物など沢山のおかずと焼き芋を携えていた。直ぐに暫く謹慎していた薪かまどの火を熾して、先日完全リタイアしたお祝いを兼ねて缶ビールを開けて乾杯した。

道路工事などの土木が得意な建設会社に永年勤務し、定年後2年間は嘱託契約で仕事を続けていた。今回めでたく毎日が日曜日になったので、これからは「遊び小屋」現場を手伝えるというとても有り難い申し出だ。役員を終えた後は現場も手伝っていたとのことで、「遊び小屋」縁側前のテラスを取り付けるところの地面均しをお願いした(写真)。

本人はやる気満々だったとみえ、レベル出しの道具や作業用の革製ブーツなども持参していた。うーさんやなべさんやいとちゃんと同様、18人の合唱メンバーの中では定例会(月に一回の飲み会)の主力?常連メンバーだ。よりにもよってよく飲みよく喋る楽しい現場仲間が、また一人増えた。ふるちゃん、ウェルカムだぞ!
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梁上にも内壁を張る理由(わけ)

2011-03-23 | 300万円の家づくり
うーさんとなべさんが加わって、今日は3人で作業が進んだ。なべさんと手分けして梁下部分の内壁張り、うーさんは早くも梁上部分に着手し得意の幅の狭い部分を横張りしている。

ここで昭和30年頃の生活を再現する平屋の「遊び小屋」に、梁上にも内壁を張る理由を説明しておこうね。小屋は「住まい」というよりも、非日常スペースでの家族や友人知人とのコミュニケーションの場であり、「人間生きていて楽しい」思いを共有する場だ。従って個室は無く、煮炊きと暖房を兼ねた薪ストーブがある玄関兼厨房の土間と3つの板の間がある。うち1つには、ぐだぐだと飲み食いしながら話ができる囲炉裏もこしらえる予定だ。

大勢が集まっても24坪のスペースに閉塞感を感じないように、天井を作らず全室吹き抜けにした。田の字に並んだ4部屋は梁下部分だけで区切られ、梁上には隔壁が無い。囲炉裏の煙が抜けやすくすることと、薪ストーブと囲炉裏だけで全室暖房することを狙ってるんだけど上手くいくかね。各部屋は室内建具を全部解放すると、大きな1室になるイメージだ。屋根は杉板に断熱材を挟んで2重に張り、下の板は天井を兼ねて化粧板にしてある。ということで各部屋からは屋根裏が丸見えで、もちろん梁上の外壁裏部分も剥き出しだ。それで梁上にも内壁を張るというわけ。

日暮れまでには梁下の内壁は全て張り終わり、棟梁うーさんは狭いスペースで身体を捻じ曲げながら梁上の内壁張りを最後まで頑張っていた(写真)。
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粛々と粛々とーー

2011-03-22 | 300万円の家づくり
3連休が明けても大震災前のように心踊ることもなく、支度をして僧の勤めのように三ケ日に向う。今日は誰もエントリーがないので、ゆっくりと自分の為だけに準備をして内壁張り作業を始める。先週なべさんと、いとちゃんがやり残したところを先ずやろう。

監督が手掛けたところは一番下の板1枚しか張ってないが、既に苦労した跡がある。筋交いが手前に出っ張っているために、なべさんは筋交いに当たる部分の板裏をノミで削ってあるぞ。よく観ると際間柱も15mmの規定より手前に付いているので、板を張っても柱の線より出っ張ってしまう。取り付け直しだな。

筋交いはいまさら取り付け直せないから、2枚目の板もなべさん流に裏を削って調整する。際間柱を付け直したら、なんとか板を少々湾曲させれば張っていけそうだ。5枚目からは悪知恵が働き、沢山余っている50cm位の端材を使って90cm余りの新たな板と組み合わせて交互に張っていく(写真右側)。こうすると湾曲もさせやすいし、余禄もあるぞ。梁まで張り上がると、色と模様が異なる杉板が美しいパッチワークのように見えるのだ。

続いていとちゃんの張り残し(写真左端)を完成させ、最後に障子の上の梁までの隙間を埋めた。ラジオからひっきりなしに流れる余震の警報、原発から漏れ出た放射線物質と首都圏の計画停電関連のニュース。東北は言わずもがなだが、関東首都圏も人口が多いので何かと大変だ。

申しわけないがここは混乱から離れた奥浜名湖、粛々と粛々と修行僧のように板を張り続ける。日没までに、建具上梁までの4箇所が残るだけになった。明日にはやり終えて、残る梁から上の作業に移れそうだ。
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未曾有の大地震に思うこと(5)

2011-03-21 | 日々雑感
未曾有の大震災から丸10日経過し、昨日は石巻の倒壊家屋から老若2人が救出された嬉しいニュースがあった。一方で死者は8600名を超え、未だ不明者は13000名以上だ。被災3日目で無謀だと思えた宮城県警本部長の「県だけで死者万人単位」のコメントは、どうやら当たらずといえども遠からずの結果になりそうな気配だ。

福島原発は自衛隊・警視庁・東京消防庁の頑張りで小康状態を得ているが、仮に被害が今のまま最小限で留まっても原子炉自体が廃炉になることは残念ながらほぼ間違いないだろう。使いきった燃料棒の廃棄をどうするかが決まらないうちの見切り発車だったのに、現役の燃料棒をどう処理するかは鳩首が何百何千集まったって答えが出るはずがない。核の拡散をだましだまし最小限に留めながら、処理には数十年もかかるに違いない。残念ながら結果を見届けられないMacchanは、何とも言えない複雑な気持ちだ。

そもそも原発は水力・火力の資源限界を見越し、プルサーマルを見込んで大気を汚染しないでほぼ永遠に続くエネルギー源としてこの数十年期待の星とされていた。アメリカで軍事産業として発した原子炉は日本を含む世界各国に技術が装置共々輸出されたが、オリジナル技術のロシアと共に大事故を起こして、核技術の元祖家元のドイツでは既に原発から手を引いているように見えた。

既存の原発で今回様々な問題課題が発覚した以上、これから新たに開発される施設はクリアすべき技術的な難問と近隣住民対策で暫くは手が着けられないのではないか。ここでMacchanは考える。衣食住に関して、近年人類が経験したことがなかったほど快適な生活にそろそろピリオドを打ち、1億3千万人の国民が3~50年前の生活レベルを甘受する覚悟が必要ではないか。

原子力・化石燃料で謳歌してきたこの世は、今の生活レベルを維持発展しようという価値観では解決はできない。代替は太陽光でも風力でもないだろう。生活レベルを落とすことを前提とするなら、輸出依存の工業立地も見直せるし首都圏集中のあらゆる考えからも脱皮できるはずだ。(写真は6年前亡父の枕元に飾られていた、「馬酔木(あしび)」を挿し木してかみさんが育てたもの。彼岸中日の今日、玄関先によい香りを漂わせている)















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お彼岸の一日

2011-03-20 | 日常
「遊び小屋」建築が終盤に入って、内装作業が奥深くて面白い。できれば毎日、朝から晩までやっていたい楽しさにはまっている。しかし休日工事禁止の規則は規則、年に何回かある土日月3連休も同様で、身を持て余しながらも羊のようにおとなしく従っている。

今日は午後から市街中心部のアクト大ホールで開催された、劇団昴の「親の顔が見たい」という公演を観た。かみさんが加入している「浜松演劇鑑賞会2011年」の2ヶ月に1回の観劇会だが、先週から風邪で消化器をやられている本人に代わって権利を譲り受けたのだった。Macchanにとっては無名の役者さんの集まりだったが、シリアスでかつ暗い題材の「いじめ問題」を取り上げながら、人間の弱さ身勝手さをクローズアップした脚本を皆好演していた。代理でも観てよかったなと思った。

帰途寒さで遅れているなと勝手に思い込んでいた、「モクレン」の花が咲き始めているのを見つけた。家の裏のOさんの庭には毎年見事な紅白の大輪を咲かせる、対のモクレンがある。帰宅して直ぐ、2階に上がって確認してみた。満開間際の見事な花が、既に匂うが如く咲き乱れていた。3年半のブログ歴の中で、何回かこの借景を取り上げていたなと思い出した。何と丁度3年前の2008年3月20日に、記事『「借景」とはとても思えないでしょ? 』というタイトルで取り上げていた。

今年は大きな寒波に何度となく波状攻撃を受けていたので、本格的な春の訪れは遅いと勝手に思い込んでいたが、どうして自然はほとんど狂いがなく季節の使者を送り込んできていたのだった。ついでながら昨年の3月30日にも、記事「後2日で4月だというのに、浜松で氷が!」で、遅い薄氷が張ったのにいたく驚いていた。忘れるのは仕方がないにしても、こうして数年前の出来事を自在に振り返って記憶や思い込みを修正したり懐かしんだりできるのが、日記代わりのブログの良さだと思った。





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浜松で氷なら東北はさぞかしーー

2011-03-18 | 300万円の家づくり
大自然を司る神々は大震災を送り込むだけでは気が済まず、3月も半ばを過ぎたというのにくたばりかけた冬将軍にカンフル注射をして我が国に送り込んできた。

今朝新聞を取り込もうとして玄関を開けたら、なんと庭の睡蓮鉢に氷が張っていた(写真)。例年ならもう2週間もすれば、桜が満開になるというこの時期になんということだろう。暖地の浜松でこれだから、東北の被災地は厚い氷が張って山は吹雪だろう。大自然の神々は、何にそんなに憤っていなさる?  

この1週間東北・関東大震災がクローズアップされているが、新燃岳の噴火だってまだ終焉していないだろうし鳥インフルエンザだって終止符を打ったとは思えぬ。発言撤回した石原都知事ではないが、これほど連続して色んな大自然災害が起こると「天罰」か?と頭によぎる。しかし大自然の神々が、よりにもよって日本だけに天罰を下すとは思えないしーー。

ということで今朝は真冬並みの装束で、事前エントリーがあったうーさんを拾って現場に向った。2人で手分けして、土間の内壁張りを行った。他の3部屋に較べて床が無い分5~60cm低いところから梯子や脚立を使うので、悠に3m以上になる梁に近い上部の作業は安全のためにヘルメットを被る。Macchanはかみさんの実家の八幡自治会の、うーさんは前の棲家の緑ヶ丘自治会の防災ヘルメットを作業に使っている。

本当を言うとこの時期に連日「遊び小屋」作りを能天気に作業していることに、少々後ろめたさがある。また住人がいなくなって使わなくなったといえども、防災用ヘルメットを作業に流用していることもほんの少しだが気がひけているのだがーー。彼岸を間近にして、日が本当に長くなった。6時まで作業を続けて、土間から見上げる内壁はほとんど塞がってしまったように見えた。
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内壁張り難関突破す

2011-03-17 | 300万円の家づくり
死者が5千人を突破し福島原発が危ういというのに、Macchanは今日も粛々と「遊び小屋」(今時けしからん名称じゃないか!)の工事現場に出かける。今出来ることは状況を確実に把握し、被災地に影響がありそうな買い溜めに無闇に走らない、電気をはじめ省エネを一層進めてデマやチェーンメールに惑わされないことだ。

単独作業の今日は昨日夕方やり残した部分の内壁張り続きをやり、難しいアーチ状の玄関ドア上部を何回も失敗しながら完成させた(写真)。電動ジグソーという便利な道具があるので、Rの罫書きさえ正確に出来ればこの作業はそんなに難しくない。凸凹が多いアーチ部分の型を採るのは想像以上に難しく、内壁側は外壁側より凸凹度が高いので3回も失敗した。Rが一部分でも正確に罫書けないと全体に影響が及んで、結果的に10mm以上の隙間になってしまうのだ。

土間の北側に作る玄関は、ドアだけが玄関らしいだけで単なる勝手口だ。土間は炊事場と煮炊き&暖房兼用の薪ストーブを据えるのでほとんど台所だが、2年半前に隣家のNさん宅が建て替えをする時に40年前の立派なヤマハ木製玄関ドアを頂いた。50年前の和風建具の中では、雰囲気が異色に見えると思う。

物心両面で応援していただいているご近所の皆さんの科白を借りると、「ステンドガラスと玄関ドアがモダンですね」ということになる。写真にも写っている通り、玄関外には足場が邪魔していてまだドアは取り付けられない。外壁をもう一回塗装し樋を取り付けたら、足場を取り外してやっとドアが付け終わる。この分でいくと、梅雨入り前には「建築完成検査」を受けられそうだ。

それからやっと「作業小屋」を風呂場とトイレに改装し、土間にも水周りを取り付ける工事に入る。秋には家族や友人たちと囲炉裏やストーブを囲める、文字通り「遊び小屋」になる予定だ。それまでに今回の大震災の復興が順調にスタートを切り、福島原発が大事に至らずに修理か取壊しの方向が見えていることを祈るばかりだ。






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内壁張りが一気に進む

2011-03-16 | 300万円の家づくり
未曾有の大震災を挟んで、暫くぶりにヘルプ陣を入れた5名全員が揃った。揃ったところで今までの作業を説明して、ふくちゃんには得意種目の建具(鴨居と敷居)調整、なべさんとうーさん・いとちゃんには内壁張りをお願いする。

Macchanは土間の内壁張りをやり易くするために、部屋の四隅に溜まった端材の整理をする。いとちゃんは後から加わったのに、具体的な説明指示を受けることなく堂々と作業を進めている。自宅庭に独力で完成させた、「男の隠れ家」作りが大きな自信になっているに違いない。

実は大震災が勃発した11日、地震直前に現場でボヤを起こしていた。うーさんといつもの薪ストーブ(薪窯)で、スパゲッティを作って昼食をとった。ポットで紅茶も沸かして、3時に残りを楽しもうと保温のためのおき火をしておいたのが仇になった。火の粉が近くに置いてあったおが屑を詰めたビニール袋がくすぶり、酒瓶のプラスティックケースにも火が移っていた。

我々2人は作業に没頭していたが、通りかかった管理事務所のスタッフの「火が出てるぞ!」の声で気がついた。汲み置きの大バケツの水を掛けて事無きを得たが、強風下とんだ失態だった。「焚き火は県の条例で禁止されている」という大上段の叱責には、失火を出した立場では返す言葉がなかった。ひたすら不注意を詫びて土間に煙突付きのストーブを付けるまでの数ヶ月間、戸外での「焚き火」を自粛することにした。

ヘルプ陣に不要になったカセットコンロの持参を呼びかけたら、なんとうーさんといとちゃんが応えてくれて2個も集まった。とうわけで今日の昼食は、不本意ながら化石燃料を使用してのスパゲッティ作りになった。「野性味に欠けるなぁ」とのメンバーの悔し紛れの同情票を買いながら、それでも熱々が出来上がっていつもと同様の楽しい昼食タイムを過した。

午後からはMacchanも内壁張りに加わり、室内は一気に模様が美しい(半年後には消えてしまうが)杉板に囲まれる面積が増えた。もちろんふくちゃんが調整を担当した室内建具も、お陰でスイスイと軽やかに動くようになった。
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