goo blog サービス終了のお知らせ 

団塊世代MACCHAN(まっちゃん)の、<人生これから>だよ!

リタイア後17年、人生を日々面白がる楽しみを綴ります。健康と家族と友人を大切にする、年金生活爺さんの「残日録」です。

これからの「自治会」のありかたを考えてみる

2019-02-24 | 地域交流・地域文化
自治会(町内会)の歴史は古く、太平洋戦争前の戦時体制構築のために国家命令で「隣組(となりぐみ)」制度が作られたのが発祥だと聞く。敗戦後GHQの指示で制度が一度廃止になったが、行政的な観点から間もなく形を変えて復活したそうだ。

市町村広報誌の各戸配布、各種ごみ収集場の維持管理、街灯の保守・管理と電気代負担、防災訓練および器具用品の保守点検、保健体育振興、日本赤十字ほか募金活動、行政・学校関連イベントへの出席などなど、これらは補助金や交付金をからめて行政下請け的な仕事がとても多い。

一方核家族化や共働き化による地域より家族、さらには個人主義化によって地域自治会活動を疎んじ避ける傾向が顕著のように思う。結果自治会加入率は半強制感があり横並び感が強い国民性をもってしても、現在は70%程度に減っているようだ。

都市化に伴うマンション化でも、町内自治会に代って「管理組合」という名の自治会的な活動が主力のようだ。マンションの場合は「修繕積み立て金」を元にした修理建て替えのニーズが強いから、考え方によっては従来型の戸建て住民自治会よりは否応なしであれ本来の「自治」の性格が強いかもしれない。

Macchanが楽しんでいる「遊び小屋」がある三ケ日Tリゾートでは、別荘としてではない永住世帯が次第に増加して全戸の4分の一を超える勢いだ。中には従来の住宅の自治会組織を嫌って移住してきた方々も多いと聞く。

そこまでして嫌われる自治会、今後はどうなるのか? Macchanも社宅の借家時代から勘定するともう延べ40年近く自治会活動に関わって、会計役2回そして数回の班長や3年間の防災委員もこなしてきた。「昔は役所がやってた仕事だよな」とか「なんでこんなことをやらなきゃならないのか?」という疑問があり、活動を批判的に感じたことも数多い。一方で自治会活動を通じて得た住民の輪や、住民の和を楽しいやりがいと感じたこともある。

古希を迎えて「孤独死」や「災害時の助け合い」のニュースを度々知り、やはり地域の少なくとも班レベルの隣保とはお節介にならない程度に、日頃の親しいつき合いが必要だとも感じている。そんなところに音楽好きで男声合唱をやっているMacchanに、「みんなで歌おう」という集いをやるので歌唱指導をしてほしいというリクエストが舞い込んだ。ちょっと考えて、指導は無理だが「みんなで歌を楽しむ」のを一緒にやるならやらせて下さいと引き受けた。

先週は同じく地域の面倒をみる役を以前からやっている伴奏のSさんと共に2~3回のリハーサルをやって、1時間の楽しいひと時を20人の参加者と共に過ごしその後のティータイムも楽しんだ。飲食物を持ち寄ってカジュアルに楽しめる「仲良しクラブ活動」が増えるなら、今後も協力したいなと思った。

(参考=「自治会活動」に関する過去記事)
自治会活動の感想(その1)
自治会活動の感想(その2)
自治会活動の感想(その3)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

暖かい晩冬の浜松、寒かった昨年より10日以上も早い春の訪れを楽しむ

2019-02-21 | 四季折々の花華
昨今河津桜の名所ががあちこちで出現しているが、やはり元祖は伊豆河津町だろう。旅好きなMacchan夫婦もこの数年、本場河津町や房総各地そして静岡県内浜岡でも見事な桜並木を堪能した。

浜松市内でもこの10~20年規模は大きくはないがあちこちで河津桜が植えられ、それまでの染井吉野桜より1ヶ月早く鮮やかなピンク色に染まり本格的な春を待ちきれない人々をいち早く魅了する。

先週末浜北の「岩水寺星まつり」の実況を当ブログでもお伝えしたが、今日は暖かい日和の中で行われた週一テニス仲間の話題はメンバーMさんの畑と近くの「東大山町桜まつり」の「河津桜」で盛り上がった。Mさんの畑はまだ1~2分咲きだそうだが、昨年3月1日のテニスの帰りに寄った「東大山」は早過ぎてまだつぼみで振られたので、今日は様子見で1年ぶりに覘いてみた。今週末から2週間ほど「桜まつり」のイベントが行われるらしく、駐車場も花見会場も既に準備が着々と進んでいた。

主役の河津桜は木によって1~2分から4~5分まで開花し、美しい色のコントラストのインスタ映えを狙った?菜の花もいい感じに咲き誇っていて、まだまばらな花見客に混じって下見をしてきた。昨日は全国的に温暖な天気に恵まれ開花が促進されたようで、週末は早くも花見で賑わうことだろうね。

全国的に有名な桜名所も捨てがたいが、少々しょぼくてもそれぞれの地方地元で人々が自分たちも楽しみ、訪れる人々にも見てもらって共に楽しもうという手作りの企画イベントMacchanは好きだな。昔からの花見は、やはり長く寒かった冬から待ち遠しくやっと訪れた春を愛で、共に「生きていることを喜ぶ」手作りの楽しみだったと思うのだ。

下見が予想より成功し、うれしくてたくさん撮った写真をどうぞ楽しんでくださいな。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

三ケ日「遊び小屋」から三河地方の食文化を楽しむ

2019-02-19 | 地域交流・地域文化
リタイア後のMacchanの趣味の柱は、旅行・農作・テニス・ウォーキング・チャリ・遊び小屋・山小屋などアウトドア活動が過半数を占める。昨年暮れから週一回のテニスが、「遊び小屋」がある三ケ日Tリゾートの提案で3月末までの期限付き無料の「住人同士テニスの集い」が週一回加わった。

今までのテニスも今回も他の同好会と同様、平均年齢アラ古希でメンバーの大半は60~80歳であまり変わらないが、総じてみな元気で実年齢より10~20歳は若く見える活動派が多い。三ケ日は浜松市の中では最西端、湖西連峰の峠を越えると三河豊川・豊橋市は20Km以内で地区によっては浜松中心街より近い実感あり。Tリゾートの住民や別荘オーナーも静岡県・愛知県からの方々が首都圏を上回るほどメジャーだ。

ということで「遊び小屋」を拠点に新たな楽しみが加わった「テニスの集い」で、住人のSさんから「浜松より豊川で買い物をすることが多くなった」と聞き、ごひいきの店を教わって行ってみた。スーパー「サンヨネ豊川店」と「JAひまわり豊川店」だ。以前から三河地方のスーパーは全国ブランドより地元ブランドが元気だなと感じていたが、2度通ってみて「こりゃすごいわ、がんばってるわ」というのが実感だぞ。規模が大きく新鮮・安い・地元顧客の嗜好を考えた地場産の品揃えが豊富と三拍子揃っている。

最近はどこの地方へ旅行しても全国を席巻しているメジャー資本スーパーの画一的な展開に辟易していたが、こうして地元資本が生き残りをかけて元気にやっているのを見るとうれしくなる。長野県内に限定してがんばっている小諸出身のスーパー「つるや」はすでにお気に入り、軽井沢や塩尻や大町南隣の池田町では訪問するたびに「普段の買い物で行けたらなあ」とため息をつきながら種々買い込む。

2社の経営母体立地に無理やり共通点を探すと、三河も南信州も中世から産物の交易でにぎわったところ。商人たちは「生き馬の目を抜く」商魂を鍛え鍛えられてきたのだろう。資本力と国内外の広域マーケティングで全国制覇ができるほど、庶民はやわではないわいのお手本で快い。

そんな豊川には多分戦前から庶民や交易商人たちから愛された「昭和の食堂」が健全だった。同じくSさんから教わったのだが、「サンヨネ豊川店」近くの「金屋食堂」がそれ。「安くて美味しくて懐かしいよ」というお勧め言葉どおり、家族経営でお馴染みにも一見客にも愛想がよく親切、各種定食はほとんど6~700円で味もボリュームも言うことなし。地元名物のメヒカリと思しき上品な白身魚のフライ定食600円に、腹いっぱいになりながらサービスデザートのコーヒーゼリーも完食。買い物と同様、「遊び小屋」に行ったらまたわざわざ寄りたいと思うのこころだ~。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

晩冬の美しい日、毎年恒例の「岩水寺星まつり」と「味噌作り」

2019-02-17 | 地域交流・地域文化
この冬も厳しい冬将軍の襲来に遭っている北国のみなさんには「申し訳ない」という気持ちをもちながら、この冬例年より暖かい浜松から晩冬の恒例行事をご紹介しましょう。

今日は昨日よりは数度低くなったが、西高東低の気圧配置になっても北西の風はそれほど強くもなく、何よりも春を目前にして陽射しが日に日に強まってきたのを実感できる。地元恒例の大祭「岩水寺星まつり」の日、家内安全のお札代理もらい受けリクエストは年々少なくなるが、素朴なお祭りが気に入って世話人のMacchanは毎年通っている。ご参考=昨年の記事。

今日は上天気に誘われて「年寄りの冷や水」、ヘルメットとデイパックを身に着けて単独チャリで出発。出発して北へ向かう道はアゲインストで予想より冷たい風が強く、家からの下りを終えるとギアをトップより数段落としてチャ~リチャ~リとこがざるを得ない。それでもテニスでもウォーキングでも同様体を動かし始めると30分で汗ばみ、停車して先ず4枚着込んだ上着を脱ぐことにする。岩水寺が近づくと駐車場誘導を兼ねた交通整理の方々が既に何人もーー、勝手を知りながらも係員に確認し境内に最も近いベスポジに愛車を駐める。

おうおう何年か前に植えられた河津桜がかなり開花し歓迎してくれているわい。

境内広場には既に餅まきや歌謡ショーイベント目当ての爺婆連中老若善男善女がわんさかと。

辛うじて継続しているかみさん3姉妹家族のお札を受け取り、世話人特典の「昼食券」をゲットして好物の素朴な手作り掻き揚げうどんと漬物とお茶を頂く。これを食すと、あ~春が来るなと感じる。Macchanはパブロフの犬か!

参道の屋台の賑わいを確認して、寺奥の「旧石器時代の人骨」が発見された根堅遺跡を徒歩でうろつく。
原人ではなかったが三ケ日といい浜北根堅といい、人類大祖先たちにとっても気候温暖で食物豊富なこれらの地は生活しやすいところだったのだろう。江戸時代からの歴史ある石灰岩(消石灰原料)採掘が優先されて、貴重な発掘現場が保存展示されなかったのが口惜しいね。

遺跡見学後、最ローギアでも息を上げながら到着したのは森林公園最上部の「森の家」、やや霞んではいるものの遠州灘や浜松市街地まで見渡せる上々の景色。

昨年はかみさんとウォーキングを楽しんだ浜北森林公園を上り下り一周して35Kmのミニチャリツアーを終え帰宅すると、まだまだ恒例仲良しグループと味噌作りの真っ最中だった。練炭七輪で豆を炊き始めた前日からの手作りシーンを一気掲載。糀(こうじ=米麹を意味する日本漢字だそうです)と赤穂の塩は購入ですが、大豆と黒豆は毎年Macchan畑で自給。「美味しい!」と言ってくださる方だけにプレゼントするかみさんのささやかな楽しみなり。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

親友Golichanの木版画初個展

2019-02-15 | 地域交流・地域文化
現在は月1回のペースで開催している三ケ日「遊び小屋」デーのメンバーの一人、Golichanが趣味の木版画初個展を開催している。
浜松駅近くの地ビールレストラン「マインシュロス」付設のギャラリーにて、『村上剛木版画展』2月12日(火)~17日(日)11時~18時(最終日は17時終了)入場&駐車場無料。

当ブログのカテゴリー「遊び小屋を遊ぶ」で何回か取り上げている、Golichanの「小屋建築DIY中のスケッチ」と「遊び小屋」庭の花々の版画は殺風景な小屋内を暖かい雰囲気にしてくれていてありがたい。10年位前のスケッチも時々現場に来てはサラサラと描き上げて、記念すべき11枚の建築工程として小屋完成祝いにプレゼントしてくれたものだ。なかなかの腕前だがそれもそのはず、浜松に本社がある自動車メーカーS社で、長年デザインを中心になって担当し活躍した経歴の持ち主。

父親譲りの絵のセンスはリタイア後趣味で磨き、6年前からは市内の版画クラブに在籍してあっという間に腕を上げ、静岡県下はもとより東京国立近代美術館での美術展に入選するほどになった。今回はその「あっという間」の最近3年間に、お気に入りの旅行先フランス・ドイツ・オランダなどの水辺で建物やヨットをモチーフに制作した作品を展示して、毎日自ら来場者に薀蓄を説明する力の入れよう。1年前は心臓の病で1ヶ月入院したとは思えない元気さ。

「好きな事に打ち込む姿」ってなかなかいいね、うれしそうに語る若々しさは70歳代半ばとは誰も判らない。

展示は作品だけではなく、「木版画」制作過程や独自のこだわりを分かりやすく実物やパネルで説明する工夫もされている。

搬入搬出時には「Macchan軽トラと手を貸して」の声がかからないなと思ったら、画材屋のプロと交渉し展示場の平面図をもとに自ら展示作業マニュアルを作って指示しながら行うという器用さも持ち合わせていた。飾らぬ人柄とともに趣味のアートに情熱を傾け続ける市民芸術家の姿を、苦労?話を交えながら感じることができるぞ。運転とお急ぎでない方は、美味しい地ビール(これは有料)でのどを潤すことも可能。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「統計」にまつわる行政スキャンダルに思いを馳せる(その2)

2019-02-10 | 日々雑感
昨日の記事は、手抜きによる統計手法の作為的な「大チョンボ」の話。今日は「統計」連想で、普段考えていることを書き留めたい。

「統計」の定義は昨日「広辞苑」から引用させてもらったとおりだが、得られた数値を単純に鵜呑みにすると理解を間違えることがあると思う。「統計」はルールどおり正確に行われた作業結果であれば数値的には正しいが、その「目的」や「定義」と「社会背景」などによって変化があり、経年推移を見た時に「おや?」と感じる時があるものだ。

例えば警察庁の統計では、「交通事故死者数」は約半世紀で1万7千人から3千5百人と20%程度に激減していることが分かる。大きなトレンドでは、自動車文化の成熟と道路整備や関係者の交通事故撲滅の努力が実を結んだ複合成果だろうと喜びたい。しかしどこかの時点でわが国の独自基準で、事故発生後24時間以内の死者数で統計基準が変更されていることで、半世紀の経年変化把握や国際比較の統計としては失格だ。

また近年増加し年明け後も痛ましい事件が相次いでいる「児童虐待」の実態はどうか? 昨日のニュースでは「昨年比20%以上の増加」としていて、「やっぱりな」「最近はひどい親が増えたもんだ」というのが視聴者の一般的な感想だろう。しかし「社会背景」を勘案すると、別の局面が見えてくる。厚生労働省管轄で政令指定都市以上に設置が義務付けられた「児童相談所」が増え、「駆け込み寺」としての機能を発揮しているのだろう。事件が増えマスコミが取り上げる頻度が増えると、悩みを抱えている市民の相談者が急増することも想像できる。ということで、統計的な数字の報道があると「ん?何か裏にあるぞ」という意識で、「統計」の数字は色んな要素を勘案して読み替えなければならないと思う。

Macchanは甘い自己評価ではバランスがとれた市民ではないかと思っているが、客観的に見るとやや「統計」フェチの変な老人のはずだ。好きな科目「地理」の延長で、5年に一度は高等地図帳を買い替え付録の「地理資料」で国内外の産業統計を「愛読」している。先に述べたように国による統計基準が異なり、産業では通貨価値が各国間時々刻々異なるので単純な比較は困難だが、大きなトレンドは把握できる。行政や企業のトップの思惑や指示・忖度が入らない真面目な「統計」を見て、世の中の流れの真相を深読みし、先行きを想像するのも楽しみの一つだ。

暖かいの寒いのと言っているうちに冬も終盤、梅がほころび早咲きの伊豆河津桜祭りも始まった。春が近い。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「統計」にまつわる行政スキャンダルに思いを馳せる

2019-02-09 | 日々雑感
この数年、国や地方にかかわらず「行政に関するスキャンダル」が多い。民間でも最近のルノー日産三菱グループの総帥、ゴーンCEOの詐欺スキャンダルが国際的な事件になっている。しかし年明け露呈した厚生労働省の「統計」スキャンダルは、国の政権や行政活動の基幹に関するものだけに、国民の信頼はぼろぼろだ。

Macchanは数学や物理などの理系科目が好きで「比較的」得意だったが、高校3年の夏休みにある思いで文系に転向して経済学を志した。文系の中では数学が必須の「統計学」に興味をもったこともあるが、当時は社会人になっても机上の勉強を続ける必要がありそうな技術系の仕事は嫌だなという、今思うと単純で幼稚な動機だった。しかし大学進学後、「統計学」は期待以上に面白く数少ない全出席科目で色んなことを学べたと思う。

今回は「統計学」を解説するのが目的ではなく、あくまでも行政の「統計」に纏わる「大チョンボ」へ馳せた思いを書くことにある。「統計」は広辞苑によると「集団における個々の要素の分布を調べ、その集団の傾向・性質などを数量的に統一的に明らかにすること」とある。今回の問題は景気対策や社会政策の判断決定の拠り所になる、「中規模以上の企業従業員の賃金調査」が本来決められた方法から「手抜き」されて実施されたことが判明した。

結果的に「アベノミクス」の政策が過大に評価されたこと、各種社会保険金支給が不足し収入の少ない庶民の生活に影響を及ぼした。行政施策立案や民間企業の経済活動にも少なからぬ影響があったと思われる。「大チョンボ」発覚後の国会追及では当事責任者トップの大臣の答弁が的を得ていないばかりか、担当責任者の証人喚問をしながら指摘追求する野党のパワー不足も歯がゆい。

「統計」はあくまでも調査手段、決められた前提条件や手法が人為的に「変更」「手抜き」されると、当然ながら「事実」と異なる結果が出る。基底にある「本来の目的」が常に明示され、調査は決められた方法で継続的に粛々と実行される必要がある。定期的に行われる大掛かりな調査はしっかりした組織で行われているはずで、今回の調査責任者答弁のように「組織的なミスとは考えにくい」というのは詭弁だ。

どうもこの数年に起こる官民のスキャンダルは、地位と金銭の欲望に負けたトップの「ごまかし」に起因しているものが多そうに感じる。「国民市民顧客のために奉仕する」という大前提の志は、みんなどこかにすっ飛ばして私利私欲に走った結果だ。歳をとっても死ぬまで騙されないで生きていたい。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「遊び小屋」欄間取り付けと障子の張替え

2019-02-06 | 「遊び小屋」を遊ぶ
北海道と東北の一部が周期的に訪れる寒波の影響を受けているが、関東東海以西は総じて暖冬だ。浜松住民としては今冬の暮らしは楽でいいが、気温が乱高下し体調管理が難しい。とは言え家にじっとしているわけではなく、東に集いがあるといえば出かけて行き「遊び小屋」にも週2回は遊びに行く。

先週末は今年初めての東京へ、大町エコノミスト村の理事会が京橋区民館で開催されるというので滅多にない新幹線日帰りの旅をした。浜松の自宅からもかろうじて遠く見ることができるが、やっぱり富士山は間近で見ると迫力が違うね。今年は今のところ雪が少なく、山ひだや登山道が肉眼でも確認できる。太平洋側の沿岸低気圧通過による降雪で、もうすぐ真っ白になるはずだ。

ところで本日のテーマ。みなさん欄間(らんま)って知ってますか? 昔の家はつながった和室があるのがあたりまえだったので、多くは襖(ふすま)で仕切られていても鴨居(かもい)の上には通風や採光のための「欄間」が設えてあった。

「遊び小屋」のDIY建築にあたって、親戚や隣人知人から多くの木製建具をいただいて活用させてもらった。小屋の建築はまさに最もDIY製作が困難な建具を中古で活かす代わりに、建物の建築を建具に合わせる方法を取り入れた。顛末は当ブログ左側の「カテゴリー」の「遊び小屋DIY」「300万円の家づくり」に、数百回に亘ってレポートしているので興味と暇があったらご覧になってください。

「遊び小屋」は昭和30年前後の「貧しくとも心豊かだった時代」の生活を再現するコンセプトで建築したが、貰い受けた中古の建具の中で唯一使えてなかった「欄間」が長い間気になっていた。装飾性の強い芸術的な作品だったので、その間は自宅の階段踊り場に縦に並べて飾って楽しんでいた。「遊び小屋」は平屋作りだが天井がなく、大屋根の裏に板を二重張りにして吹き抜け仕様で暮らしている。昔の家のように土間を入れて田の字型に4部屋を設えているが、和室はなく貰い受けた畳を8畳分敷いている3部屋は板の間だ。ということで残念ながら欄間の出番は無かったのだが、完成後5~6年経過して時々暮らしながら室内を見渡しているうちに、鴨居の上に本来の「通気&採光」のためではなく単純に先祖リスペクトの装飾品として飾ろうと思いついた。

ということで昨日Tリゾート住民親睦週一テニス会に泊りがけで出かけたついでに、「欄間」の取り付けと破れていかにもくたびれた感じの障子の張替えをやった。お陰さまでなんだかいつもの見慣れた小屋内が、とてもいい感じになった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする