デーサービスとショートステーにお世話になっていた母が、昨年から申し込みをしていた3箇所の「特別養護老人ホーム」の一つから入居OKの返事を頂き、8月から入所する手筈を整えていた。そこへタイミング悪く当の母の緊急入院、結局12日間入院してお陰さまで元気になった上に、有難いことに退院を1週間以上も部屋を空けて待ってくれていた市内最大手病院経営のWA園のHサテライトに入居することができた。
この特養は申し込んでいた3つのうち最もMacchanちから近く、家からは散歩ついでに立ち寄ることができる。長年通っていたデーサービスと比べて、どうしてもリハビリ活動が疎かになりがちな特養での認知症患者には、家族が意識して話しかけや食事介護および移動介護をして活性化をはかる必要がありそうだと感じていた。
思いついたら徒歩で行けることもあり、旅行などで夫婦共々出かける時は市内在住の上の妹に依頼して介護分担しながら、食事介護を中心に昼食か夕食時に出かけている。3年前より1年前さらにこの半年、母は残念ながら少しずつ認知症状が進み今ではほとんど息子と嫁さんさえ認識が出来なくなった。最近ではMacchanのことを「お父さん」とか「先生」とさえも呼ばなくなった。
また日中大半を過ごす食堂での様子も、寝ていたり前屈みになっていることが多くなった。そういう時は食欲も少なく、食事介護も通常の倍近い時間がかかる時がある。原因不明の「まぶたの腫れ」もあり、専属の看護師さんのアドバイスでポカリスエットを差し入れて昨日からお茶以外にも水分補給に努めることになった。自助努力を促す意味もあり、茶碗のご飯をおむすびにしてなるべく自分で口に運ぶ工夫もしてもらっている。とてもありがたい。
この特養は申し込んでいた3つのうち最もMacchanちから近く、家からは散歩ついでに立ち寄ることができる。長年通っていたデーサービスと比べて、どうしてもリハビリ活動が疎かになりがちな特養での認知症患者には、家族が意識して話しかけや食事介護および移動介護をして活性化をはかる必要がありそうだと感じていた。
思いついたら徒歩で行けることもあり、旅行などで夫婦共々出かける時は市内在住の上の妹に依頼して介護分担しながら、食事介護を中心に昼食か夕食時に出かけている。3年前より1年前さらにこの半年、母は残念ながら少しずつ認知症状が進み今ではほとんど息子と嫁さんさえ認識が出来なくなった。最近ではMacchanのことを「お父さん」とか「先生」とさえも呼ばなくなった。
また日中大半を過ごす食堂での様子も、寝ていたり前屈みになっていることが多くなった。そういう時は食欲も少なく、食事介護も通常の倍近い時間がかかる時がある。原因不明の「まぶたの腫れ」もあり、専属の看護師さんのアドバイスでポカリスエットを差し入れて昨日からお茶以外にも水分補給に努めることになった。自助努力を促す意味もあり、茶碗のご飯をおむすびにしてなるべく自分で口に運ぶ工夫もしてもらっている。とてもありがたい。



今年も「浜松市民合唱祭2015」が、アクトシティ浜松中ホールで開催された。第13回浜松市民文化フェスティバルの合唱部門として実行委員会が主管し、昨年とほぼ同数の56団体が各々8分間ずつ演奏した。
我ら「浜松男声合唱団」は、来春に予定している演奏会での演奏予定曲から2曲を選び、数週間の特訓を経て最後から3番目に舞台に上がった。和田指揮者の指導のお陰で、今までのなかでは最高の評価を頂き出場団員17名の大半が出席した打ち上げ会は大いに盛り上がった。





誰かに置き忘れられたと思しきウルトラマン達が、Kによって花壇の縁に並べられた。妙に景色に溶け込んでいた。

孫7号Oは人見知りの真っ最中、ママと手近なもの以外はまだ興味なし。ま、赤ん坊が景色にうっとりしとったら、気色悪いけどな。


隣接のワイン用ブドウ畑では収穫が始まっていた。まもなく新酒が味わえるぞ。
葛温泉からの引湯管バルブが壊れ、最後の3日間は名物の温泉に入れず。I村長は孤軍奮闘、管理人に転職したかと思うほど走り回ってくれていた。
環境委員会のK坊夫妻といい雰囲気の中で昼食後のコーヒーを楽しむ。新そばが待ち遠しい。
2年前に塞いだアカゲラ(きつつき)が開けた穴は、1年かけて以前よりも一回り大きな穴になった。

ここでも館内は鑑賞することなく、美しい庭を愛でながら弁当をぱくつく。Macchan夫婦は芸術より食欲の秋だった。
と言いながら滞在中市内の数店でいろんなそばを食した。古そば?でも十分うまかった。














名も知らぬ数々のきのこたち、み~んな美味しそうで食欲をそそるけど命が惜しい。こいつらは食べずに眺めるだけ~。
余禄もある、どんぐりは食えないが山栗は剥いたりほじくり出すのに少し苦労だが、秋の味覚を堪能させてくれるぞ。♪くーりのーみー煮てーます、いろーりーばーたーー、っとぉ。





大歩危は昔から妖怪伝説が多く残っていて、今では妖怪ブームに乗って道の駅には妖怪展示館があり昔懐かしい彫刻の妖怪がそちこちに。





高所恐怖症のMacchanは、高所がへっちゃらのかみさんに「渡ろうよ!」と誘われた。500円が惜しいのではない、本当に怖いのだ。



祖谷渓谷は黒部渓谷と並ぶほど切り立ち深いのだそうだ。天気がよく見間違った休日運行のバスに乗ることができたならば、下りて行ったかもしれない。二つの仮定が成立するなんて、ありえねぇ話はやめろよMacchan!


阿波池田町は幕末から明治にかけて「阿波刻みたばこ」の生産で栄えた。最盛期には約100軒の民営たばこ工場があったそうだ。すっかり寂れてしまった今でも、往時の町並みが保存されていて目を楽しませてくれる。
池田町といえば蔦監督率いる池田高校が、甲子園球場を何度も沸かせたことを思い出す。山に囲まれた小さな町だが、大都会の強豪校を相手によくぞ優勝を勝ち得た球児たちが育ったものだ。単線の田舎町の駅は本当に心和む。かくして大満足の四国の旅を終え、また10時間かけて浜松にたどり着いたのだった。
ワンマンカーなので運転手は車掌の役目も兼ね、山間駅の待ち合わせは待機所が限られるので前後の運転席を換えてスイッチバック運転もやる。車内トイレがないので停車時間が長い駅では、乗客の用が済むまでちゃんと待っていてくれる配慮もある。「青春18切符」ファンとしては、「これらもみんな含めて楽しみなんだよね」と割り切っている。
第37番札所岩本寺
昼飯はやっぱり塩たたき定食!小鉢はブリの子と四万十名物手長えび、味噌汁の貝はその辺で採れたムラサキガイとアオノリ。み~んないけてる。
アサヒとキリンのビール戦争も土佐弁でやるとむっちゃおもろい。「猛烈うまい」とだけ言っている王者アサヒのドライに対して、キリンはライバルに「薄いのはよくない」と喧嘩を売っている。





四万十川にはおよそ40もの沈下橋(水害の時に流されないように流木などが引っかからないように工夫されている)があるらしい。ダムを作らずとも道を確保する古人の優れた知恵だ。それにしても四万十川はどこも絵になる。




JR予土線には町おこしのための「なんちゃって新幹線100系」が走っている。老若問わずてっちゃんからは大人気で車内は鉄道模型やフィギュアがあちこち展示されている。偶然これに乗れて窪川まで移動した。

あの~清流にうっとりしてるんだから、人のこと改めて「はげ」なんて言わんでくれる。






最後の写真は城の石垣から雨水を排出する「水樋」、沢マンの建築者も同じ原理で壁からパイプを露出させて雨漏り対策にしていた。古人の知恵は大したものだ。




手入れの行き届いた広大な敷地に「楚々と咲く花々」を選んで育てていて、同じ趣味のかみさんは「何日いても楽しめるわ」と何回も感激していた。Macchanは正直なところ牧野さんの生き方に共感して2時間で十分堪能した。



桂浜の表示がある絵葉書で有名な箱庭的景色は5分で十分、高台からの雄大な景色を含めて浜の美しさに得心した。

記念館滞在中の1時間半、「龍馬はなぜ志を遂げないまま暗殺されてしまったのに一世紀以上も国民に愛されつづけているのか」と思いながら、筆まめだった龍馬直筆の展示されている手紙を全て読んだ。閉館時間が来て他の展示物はほとんど見られなかったが、答えが見つかったような気がした。「日本の未来を見通し志が大きく、大胆で明るくかつ繊細な心配りができた好青年だった」からではないか。最近の大河ドラマでは人気俳優福山雅治が龍馬を演じて、国民の覚えは一層よくなったのではないか。






結局「ひろめ市場」には高知市内滞在中3日3晩夕食に通いつめた。2日目には東京から単身赴任している甥っ子のS君と合流して、市場内の贔屓にしている店から名物の注文のしかたを教えてもらい今回の旅行中最も美味い「塩たたきと餃子とうつぼ唐揚げとかつをの心臓?煮つけ」を食すことができた。土佐人の飲み方は男も女も豪快で、会話も熱い。こういう風土から歴史の転換点を作り出す傑出した偉人が登場するに違いない。

明けて始まる欲張りな観光の初日が市内名所見物、そのまた第一弾が最大目的の「沢マン見学」で早速ネットで見学案内の予約を入れた住人の写真家岡本明才さんを訪ねる。運よく手造りリフトで自室から降りてきた沢田未亡人にも偶然お会いできて、わずか5分の会話でもヒューマニズムに富み自由奔放に住民とともに生きている姿を生で感じ取れる。
先ずは最上階までスロープと廊下で車のまま各部屋に行けるというユニークな建物の全景に圧倒される。

松の植え込みの右側鉄フレームの中に、沢田夫人がリフトから降りてきた。玄関から屋上まで緑と水が豊かで、まるで自然の中に佇むよう。
オーナーの自室前にはかまどでご飯が炊かれ傍らには番犬ならぬ番豚が寝ている。

各階には製材所や工房があり、まだまだ自力での部屋や導線の改修改造が行われている。屋上には亡き沢田さんが失敗を重ねて作り上げた大クレーンまであり、地下にはDIYでコンクリート作りをこつこつ続けた小型ミキサーがまだ現役で活躍していた。
一階には住民手造りのギャラリーがあり、イベントが行われ自主運営されている。とにかく愉快なのは建物だけではなく、住民同士が作り上げるコミュニティーが魅力でなんとも羨ましい。「人生を面白がる」を座右の銘にしているMacchanにとっても、残り少ない人生をより面白く生きるヒントが満載だ。


国勢調査員になって活動を始めた投稿をして5~6日ブランクがあった間に、Macchanが住んでいる浜松地域に豪雨災害があったことが全国ニュースに流れて、ありがたいことに何人かの友人から心配のメールや電話を頂いた。実は表題にあるように青春18切符の夏版期限ぎりぎりに4泊5日の四国旅行にかみさんと出かけ、比較的天気に恵まれた高知県下にいたので文字通り能天気に観光をしていた。

高知市内見学&観光=「沢田マンション見学」「高知城」「はりまや橋」「牧野富太郎植物園」「桂浜」「坂本竜馬記念館」「ひろめ市場」
徳島県下観光=「大歩危(おおぼけ)」「祖谷(いや)渓谷」「阿波池田町並み」
雨模様の涼しい日が続いて、昨日は久々の青空と日照に恵まれた。我ら「浜松男声合唱団」は団員Oさん奥様が主宰する「長月の会」が開催されるということで、4年ぶりに賛助出演してきた。
「長月の会」は音楽家のO夫人が指導しているピアノの生徒たちと、2つの女声合唱グループの発表会だ。浜松市中心街のアクトシティー音楽工房ホールに、100人近くの家族や友人知人が聴きにやってきた。


