超大型台風が去って一週間、またまた台風22号が列島接近の天気予報を横目に1ヶ月ぶりにまた安曇野ぶらぶら歩きに出かけたぞ。今回の主目的は「大町エコノミスト村」の環境委員会ボランティア活動なので、Macchan一人往復Mira e:sを駆っての3泊4日の旅。
出発した25日は車の旅としては嫌な雨、それでも移動するだけなのでゆっくりのんびり飯田街道経由で景色を楽しみながら7時間かけて入村。翌朝目覚めると待ってました~の晴天、朝から市内の展望のよいスポットを巡って紅葉の5段染めになった山々を眺める。

山岳博物館、鷹狩山展望台からの景色は最高! 爺ヶ岳・鹿島槍ヶ岳、汗をかいて登った山々はやはり愛おしいもの。


唐花見(からけみ)湿原のウメモドキの真っ赤な実、数年ぶりの大峰高原の七色大かえでの紅葉もちょうど見ごろで満足満足。村から近い大町ダム下の高瀬川から眺める北葛岳と蓮華岳の絶景は、村に通い始めて50年「灯台もと暗し」の初体験。
3日目と4日目は終日、村の環境委員会活動に参加。20年以上行ってきた活動は、村内の森林整備が中心。最近は整備が進んで、委員会メンバーの高齢化もあり春秋の2回に活動を減らした。



今回は見事な紅葉を横目に事前にチェックした「危険木」(風雪で倒木の危険がある木々)の自力伐採と片付け、村周囲の下草刈りに集中させた甲斐があってきれいさっぱり仕上がりましたぁ。

活動の後は温泉に浸かり、飲食はボランティアらしく割り勘で歓談。今回は委員仲間のAさんが7年に亘って撮りだめた「村内の植物」写真を使ってのレクチャー。半世紀以上前に開村した先代は学者が多かったが、われわれ2代目世代の中でAさんは伝統を受け継ぐアカデミックで希少な存在。
Macchanは最終日29日の活動を免除してもらって、日曜日終日開催される「浜松市民合唱祭2017」のために後ろ髪(あ、そんなのもう無いや)を引かれながら帰途に着いた。仲間も景色もいつもながら最高だった!


それでもなんとか無事だったものを35%焼酎で渋抜きを試み、数十個は剥いて「遊び小屋」のテラス軒下に干してみた。昨日の投稿記事のどれかの写真に写っているのが、干し柿の吊るしですわい。
さて昨日の記事で紹介した生り過ぎの300個余りは、家に持ち帰ってかみさんと深夜まで5時間近くかけて皮を剥き、焼酎を霧吹きして20本の紐に吊り下げた。風がない日は、仕舞ったばかりの扇風機のお出まし。近来にない干し柿の簾(すだれ)が我が家の2階に出現したが、毎年書いているとおり温暖な浜松で干し柿が成功する確率は半分あるかないか。
最近は月2回平均に落ち着いてきたが、今月はMacchanのスケジュールの都合で月末になっての1回になってしまった。それでも季節外れの超大型台風の襲来があり、危うくそれも流れそうになったがなんとか天気が回復して5人が顔を揃えた。幸いにも台風の被害は、色づき始めた花梨(かりん)が2~30個落ちただけで済んだ。
先ず仲間の力を借りて小屋周囲に張り巡らせた暴風ネットを外そうとしたら、山歩き&農作師匠でもあるKさんが「週末にまた台風が上陸しそうだからそのままにしておいたほうがよかないか」と言い出した。「う~んそうか、来なくて元々そのままでネットの内側でランチだな」、ということで「檻の中ランチ」のはじまりはじまり~ぃ。
今回は心臓手術後リハビリのごりちゃん、長崎離島の旅から戻ったう~さんの共通ワード「無事生還」がテーマで、シリアスなテーマもいつもと同様笑い転げながら一本ずつの缶ビール付ランチが盛り上がる。

今年は小屋庭の渋柿が生り年、その後は小さいながらも300個以上の実を高枝バサミでう~さんと交代で収穫した2籠分を、病み上がりのごりちゃんが干し柿用にヘタに残った枝を小さなT字型に切っていくチームプレー。
きっかけはかみさんの従姉Mちゃん経由で頂いた浜名湖産の生タコ、解凍して「茹でダコ」をクックパッドで復習しましたが、既に丁寧に塩もみして汚れ落とし過程は終了していて、簡単に茹で上がりました。「やっぱり地物はうまい」とたこ焼き用に刻んでいるうちから飲んではつまみ食い。
最初の回の15個は、鉄板の油なじみが悪かったのか小麦粉の水が少なかったのか、膨らみの悪い食パンのように固く失敗。でも全材料の半分がかかっているのと空腹で、文句いいながらも捨てずに完食。
2回目の15個は改善策が効いて中がふんわりして成功!お好み焼きと違って、小麦粉はやや水が多すぎるかなと思うくらい薄めるのがどうも肝のようだ。祭りの屋台とかスーパーの入り口でやっている「たこ焼き屋」を、今度はもう少し真剣に観察しよう。
そう言う4倍近い齢を重ねた爺のMacchanの気持ちも似たようなものだ。「何故1100兆円の借金があるのに返済計画を先送りにしてまでも見栄や外聞優先の甘言をばらまくのか?」「何故多くの知識人の違憲の声に耳を貸さず地球の裏側にまで自衛隊を送り込む安保法制決議を強行しておいて、いまさら現憲法に自衛隊を書き加えることに拘るのか?」
昼食後昼寝から目覚めると、まだ雨にはなっていない。よっしゃ!2週間ぶりに馬込川岸のウォーキングじゃぁぁぁ。おうおう咲いとる咲いとる満開のセイタカアワダチソウ(ブタクサ)、これぞMacchanの誕生日を祝福してくれる秋の花粉症アレルギー原因の嫌疑を永年独り背負ってきた功労者。

川面には数を増す各種の鴨たち、獲物をじっと待つシラサギ&ゴイサギ、狙われても意にも介していない巨大な鯉の群れ。これこれだよMacchanが待ち遠しかった中秋の景物たち。1時間半7Kmコースを終えると、週末いっぱいまた予想されている雨がぱらつき始めた。
わが家の植栽も少々影響をうけておりまして、先週開花して香り始めた金木犀が毎夕香り立つ間もなく無粋な雨にたたられて散り始めました。どうやら長雨は今週末まで続くようですから、今年はこれでもう終わりかもしれないと思うとちょっと残念ですね。



今頃はその無罪放免?されたセイタカアワダチソウの群生を眺めながら、馬込川岸を夕方ウォーキングするのが楽しみなのですが、旅行が続いたこともあり今秋はまだお預けになっています。濡れそぼってうつむき加減の庭の花々にも、激励のエールをお願いしますね。
翌日は宮ヶ瀬湖方面のドライブ&ウォーキングを計画してましたが、生憎の雨模様と前日の呑み過ぎで中止。朝昼食兼Macchanの古希誕生祝い膳に早替わりし、またまた余韻を楽しんで今回の旅の主目的は何だったかよく判らなくなりなりました。朋は本当にありがたいものですね。
本命のゼミOB会は、米寿の先生をお祝いする学生同士30学年の差がある集い。当日は60余名の教え子たちが集い学生同士の知り合いは精々前後1~2年数名ずつなのだが、姿勢がよく若々しい先生は相変わらず知的好奇心が旺盛で、教え子の各テーブルで歓談し合っておられる。互いに元気な間は18歳の年齢差は縮まることはないけど、先生を見習いせめて米寿までは元気に人生を楽しみたいものだと感じさせられましたよ。
4番目の孫ももう幼稚園年長、孫たちの成長が速いぶん爺も歳をとるのが速く感じるものです。
爺婆はテント下のシルバーシートもOKとのことで、甘えて日陰の快適空間で楽しめました。いつも感じることですが、園児たちの練習を重ねた見事な演技を上回って先生方の各種準備と指導がどれほど大変なことかがよ~く分かります。
他の園児たちも含め可愛さ無邪気さで、笑い涙ぐむこともたびたび。歳を重ねるとどうも涙腺がゆるくなります。重ねて夕食後のサプライズ。爺の70歳誕生日の一週間前祝で、ケーキと同様70の数字と名前と背番号が入ったポロシャツのプレゼント、みんなでピアノ伴奏のハッピーバースデーの合唱つき。またまた緩みましたわい。
それでも近所のお稲荷さんの境内では風雨で揺さぶられた銀杏の実が大量に落ちていて、2週間前の「落ち栗&落ち胡桃」に味をしめた爺婆は孫4号と7号を出汁にしてしっかり拾ってきましたよ。都会のマンションでは臭いが厳しいので、水でよく洗ってベランダでよく干してから取り入れました。
茶封筒に入れて電子レンジでチンして、夕食時の爺のビールの良いつまみになったことはもちろんです。都会育ちの子供たちには自然の中での収穫物(拾い物?)でも食べ物になるというよい体験になったのではないでしょうか? いっちょまえに「うん、うまい」と口を揃えていましたがーー。
Macchanは決して鉄ちゃんではありませんが、小さいときから単線のタブレット交換とか客車貨物車に書かれた鉄道管理局名とか車両型式名には興味がありましたね。当時の駅入場券を模したチケットに入鋏してもらって博物館に入ると、いきなり昭和30年代前半港区赤坂に引っ越した時にまだ走っていた銀座線の古い車両が飾ってあって、鼻の穴がふくらみましたわ。
上野駅は何故か「うへの」と左からの横書きだったんですね。
当時の銀座線の車体が木造が多いということは知っていましたが、車軸を支える大型部品にも材木が使われていたことを初めて知って、眼も大きく見開きましたよ。子供たちもそれほど飽きずに楽しんでいたようですが、子連れの親御さんたちは、けっこう鉄ちゃんが多そうで子供以上に興奮してましたな。
まだ雨が降ってこない2日目は、孫1号Kの学年5クラス合同体育授業のサーキットトレーニング。走跳投鉄棒などの5種を10分位ずつ、順繰りに楽しそうにこなしていく。今の子は小学生から体育専任教師に教わる機会があるんだね。Macchanたちの時代60年前は、学級担当の先生が何でも教えていたので、ソフトボールとかドッジボールとか跳び箱とか種目が著しく偏っていたような気がしますね。
満水の時は自力で外界に復帰可能でも、長さ2~3センチの体格では5cmも減水すれば全く不可能になる。その間蛙たちの意識はどうなんだろう? Macchanはたまにその場に居合わせれば枯れ草や枯れ枝を投げ込んで、意思?さえあれば行動できる手助けをする。翌日確認するとほとんど100%いなくなっているので、伝って出て行ったのだろう。
それでも大量にゲットした胡桃を目の前にして、悩んでいるだけでは季節の食べ物にはありつけない。太古の昔から人類は食用にしていたわけだから、やっぱり石か何かで乱暴に叩き割っていただろうと割り切った。それでも飛び散り対策をしなきゃねと考え、濡れ布巾に挟んで金槌で割ることにした。
何度も続けていると力加減を心得て、粉々になることもなくなった。前日夜から水に漬けて少し柔らかくする術も併用した。ほじくり出すのが少し大変だが、こればかりは時間をかけて忍耐強くやるしかないね。まあ手間隙かかっただけ拾ったものでも愛おしく、また香ばしく美味しいので朝からにんまりするこの頃だ。
時期を間違えずに一斉に咲き誇るけど命も短い「白彼岸花」、我が家の玄関から最も近いところに咲くよ。定番の赤の方は消えてしまったそうだ。
お馴染みの「タマスダレ」は、川底にも流れ着いて咲くたくましさがあるね。
「柳葉ルイラ草」という可愛い名前なんだけど、道路端にもどこにでも蔓延る生命力があるそうだよ。
桃色吐息じゃなくて「桃色月見草」だそうです。



